土曜日の午後。  
御坂美琴は大通りに沿った歩道を歩いていた。  
先日、迷子シスター、オルソラ=アクィナスを上条宅に送り届け、  
そのお礼にと頂いたオルソラクッキーが、御坂の女の子魂に火をつけたのだった。  
つまり、現在、彼女はお菓子作り教室のレッスンに向かう途中である。  
「ええっと、エプロンに三角巾に……」  
と、持ち物を再度確認する御坂。その姿は一生懸命で微笑ましい。  
あと数十メートルで目的の雑居ビルに着く。  
 
麦野沈利は大通りに沿った歩道を歩いていた。  
リハビリを終え、定期的な検査通院のみとなった彼女は、  
現在、お菓子作り教室のレッスンに向かう途中である。  
(う〜ん、取り合えず、あのクッキーより上を行かないとねー)  
病院で上条から「お裾分け」と渡されたクッキーの味を思い出す麦野。  
どうやら、御坂クッキーは麦野の乙女魂に火をつけたようだ。  
(作ったクッキーはどうしよーかなー)  
楽しそうな麦野。一人の少年が頭を過ぎる。  
(まったく、なんで上条君が出てくんのかなー)  
クスクスと笑う。答えは既に出ているだろうに、  
「麦野さんには分かりませんよー♪」  
どこかの誰かさんの口真似をする。  
目的の場所まで、あと数十メートルだ。  
 
 
「「あ」」  
「「な、なんで、あんたがここに……」」  
見事なシンクロだった。出会う筈のない二人のレベル5が出会ってしまった。  
(くっ…、『超電磁砲』!?なんでこいつがここに……!?)  
無意識に左手でチョーカーに触れる。そう、麦野は現在能力を使う事ができない。  
使えたとしても、威力はかなり制限され照準精度も落ちる。下手をすれば左腕の二の舞である。  
(まさか、議会の決定で私を消しに……?)  
確かに、麦野はアイテムの構成員として少なからず学園の暗部に関わってきた。  
(……どうする、逃げる……?)  
険しい表情で眼前の強大な存在を見据える麦野。戦った場合の数秒後の未来を想像し足が竦む。  
(ダメだ…逃げる訳には行かない。だって……)  
恐怖しながらも、静かに、しかし、力強くそう決意する。  
 
(こいつ、確かレベル5の『原子崩し』?どうしてここに?)  
御坂は麦野が能力を使えない事を知らない。  
(しかも、何か殺る気満々だし……)  
目の前で身構えているレベル5を見据える御坂。自分の方が格上だが、勝てる保障はどこにもない。  
(こいつと私の力差は余りない…、確か、私を一発で倒せる程の力を持っていた筈だ……)  
それは核兵器に似ていた。打つ訳ないと分かっていても、あるだけで意味を成す。  
(ここじゃ周りに……)  
辺りに視線を走らせる。休日の大通りだけあって人通りが激しい。  
(どうする……)  
――バチバチ!  
御坂は無意識に放電した。  
 
バチバチと威嚇する御坂を前に麦野は一瞬怯んだ。が、直ぐに決意を固める。  
(だって……私は、クッキーを作りにきたんだ!)  
竦む足に力を込め、確りと立つ麦野。  
彼女がレベル5だった時、同じレベル5の『未元物質』から逃げ出した。  
しかし、能力を失った今、麦野はレベル5の『超電磁砲』と対峙している。  
――バチバチ!  
響く放電音。  
(っ…、こ、わい…っ、でも…っ)  
目の端に涙を溜め、歯を食い縛る麦野。表情がありありと彼女の恐怖を物語る。  
麦野は持っていたトートバッグに手を突っ込むと、何かを取り出し、  
「くらえぇー!」  
ブン!と、取り出したものを御坂にブン投げた。  
 
(どうしよう……)  
「くらえぇー!」  
「ふぇ?――あ゛だっ!!」  
ゴン!と御坂の脳天にヒットする『泡立て器』。  
考えを巡らせていた御坂は完全に不意をつかれた。まさかここで仕掛けてくるとは思わなかったのだ。  
「あ、あんたねー!!」  
――バチバチバチッ!!  
青白い電流が弾ける。  
目に涙を溜め頭を押さえる御坂。彼女は純粋に痛かった事に怒っていた。  
「ひゃっ!」  
驚いたように、その場にしゃがみ込んで両手で耳を塞ぐ麦野。まるで、雷を怖がる子供のようだ。  
「は、はい?」  
御坂は面食らった。麦野の反応がレベル5のそれと、大きく掛離れていた為である。  
「ちょ、ちょっと、あんた……」  
慌てる御坂。彼女のお人好しは筋金入りだった。  
 
 
雑居ビルの狭い廊下を進みエレベーターに乗る二人。  
「「……………」」  
無言である。お互いの誤解は解けたが決して仲良くはならない。  
「……ちょっと、あんた、どこ行く気よ」  
上目遣いに睨む御坂。  
「あんたには関係ないでしょ」  
と、麦野は澄まし顔で答える。  
「むぅー…」  
御坂は猫のように唸った。  
そんな御坂を見て、麦野はふと思った。  
(ん?コイツは何しにきたんだろ…。もしかして……クッキー?)  
病院で上条から貰ったクッキーを思い出す。  
「……あんたこそ、どこ行くのよ」  
「!あ、あんたには関係ない」  
プイっとそっぽを向く御坂。麦野に比べ恐ろしく子供っぽい仕草だった。  
(むっ…)  
ちょっとカチンときた麦野は鎌を掛けてみる事にする。  
「あーあ、上条君、クッキー喜んでくれるかなー」  
とてつもなくわざとらしい。  
しかし、その名前が出てしまっては、御坂は黙っている訳にはいかない。  
「ちょ、ちょっと!なんであんたがあいつの事知ってんのよ!?」  
慌てて麦野に詰め寄る。  
(くふふ)  
そんな御坂を見て、内心、意地の悪い笑みを零す麦野。  
「あんたには関係ないでしょ」  
と、麦野は澄まし顔で言う。彼女も大概子供っぽかった。  
 
教室に入った時、空いている席は、窓側に並んだ席二つだけだった。  
仕方なく、御坂と麦野は横目で睨み合いながら並んで席についた。  
現在、二人並んでクッキー作りの説明を聞いていた。  
「「……………」」  
二人共真剣である。というか、殺気立っている。周りに座る少女達が、  
『…な、なんか、空気重いね……』  
『う、うん……』  
とか、  
『…あっちの方から……』  
『見ちゃダメ……!』  
など、ヒソヒソと話している。  
御坂も麦野も一人でも目立つが、二人揃って更に殺気立っている為、余計に目立つのだった。  
実際のクッキー作りもすごかった。周りの少女が、  
「良い匂いがしてきたねぇ〜」  
「うん、美味しそうだよぉ」  
とか、  
「ねぇ〜誰にあげるの〜?」  
「えー、ないしょ〜」  
とキャピキャピとした会話をしている中、彼女達は違った。  
「「……………」」  
まるで芸術家のような集中力と繊細さで、渾身のクッキーを形にしてゆく。  
が、いよいよクッキーが完成すると、  
「「できたぁー!」」  
この教室にきて初めて声を上げた御坂と麦野。  
二人は、可愛らしくラッピングされた自分のクッキーを見て、ニコリ、と嬉しそうに照れくさそうに笑う。  
そんな二人を見た少女達は思った。  
((か、かわいい……))  
 
 
御坂と麦野はクッキーを持って競うように雑居ビルを出た。  
「ちょっと!なんでついてくんのよ!」  
走りながら叫ぶ御坂。  
「それはあんたでしょ!私の方が速いんだから!」  
返す麦野。  
二人は、ほぼ同スピードで夕暮れの町を駆け抜ける。  
目指すは上条当麻の自宅だ。  
 
一方上条宅では、  
「いやぁ、なんか悪いなー、飯まで作って貰って」  
「いいえ、お料理は好きなので嬉しいのでございますよ」  
オルソラに夕食を作って貰っている上条。  
彼は、御坂と麦野が自分の家に向かっている事など知る由もない。  
二人が到着し、オルソラといる上条を見てどんな反応をするのか、  
しかし、結局、最後に割を食うのは上条なのだろう。  
 

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