天気が良い為か、日向ぼっこや散歩に出てきたこの病院の患者達だった。  
「ふぅ………」  
気怠げな嘆息を一つ。すると、  
――コンコン  
「失礼するよ」  
ドアがノックされ、カエル顔の医者が入ってきた。  
「調子はどうかな?」  
「別にー」  
やはり、気怠げに窓の外に目を向けたまま言う。  
病院に運ばれた時、麦野は瀕死の状態だった。  
右目を潰し、左腕の肘から先を失い、身体にはありったけの弾丸を浴びていた。  
カエル顔の医者、『冥土帰し』でなければ蘇生は不可能だっただろう。  
「君の左腕ね、開発中の人工筋肉や生体パーツを使った義手をつけようと思うんだ」  
彼は、どうかな?と説明する。それに、  
「ふーん」  
他人事のような反応を示す麦野。  
「君の細胞を基に、左腕を作って移植しても良いんだけど、時間が掛かるから義手は繋ぎだね」  
「りょーかーい」  
と、のんびりした調子で答えた。  
結局、彼女がカエル顔の医者の方を向くことはなかった。  
 
 
昼になっても、麦野は無感動は視線で外を眺めていた。  
この病院にきて、起き上がれるようになってからずっとそうだ。  
『ちょっと、とうま!今の子は誰!?』  
『インデックスさん!?何時からそこに!?』  
隣の病室から賑やかな声が漏れてきた。  
麦野は「うるさいなぁ」とぼんやり呟く。対して、彼女の病室は酷く静かだ。  
入院中、麦野を訪ねたのは、スーツ姿の大柄の男二人だけだった。  
二人は麦野の病室に入り、起き上がることができない彼女に短機関銃を照準し言った。  
「今回の貴方が学園都市に与えた損害は、」  
麦野は「待って」と叫ぼうとした。しかし、  
「動くな!」  
もう一人の男が、麦野の右腕を膝で押し潰し、喉に銃を突きつけた。  
『ぐ、ゴホッ、ケホッ……っ!』  
麦野は、酸素マスクの中で激しく咳き込み、手術後の腹部に激痛を感じた。  
「植物性エタノール燃料自動精製工場等の物理的損害……」  
麦野に関係の無い損害もたっぷりと上乗せされ、  
「四兆八千億請求させて頂きます」  
と男が告げた。  
「尚、議会では貴方のレベル5を疑問視する声が上がっています」  
『…っ、は、……っ』  
喉を押さえられる苦しみと腹部の激痛に喘ぐ麦野。  
「よって、これより貴方の能力はこちらで預かります」  
言って、男は麦野にチョーカーをつけた。  
麦野は歯を食いしばり、涙を流した。それが何の涙なのか、彼女自身にも分からなかった。  
 
首のチョーカーに触れる麦野。  
スーツの男がつけたのは、最新の小型AIMジャマーだった。  
『とうまが今の子に「お礼だから!」って言われて、キスされてるところからなんだよ……』  
『ひぃ!なんですか!?その地から響くような声は!?』  
未だに隣の部屋の声が漏れてくる。  
『心配で心配できてみたら!やっぱり、とうまはとうまで!』  
『ぎゃー!やめ――』  
麦野はボーっと外を眺め続ける。もう漏れてくる声は気にならない。しかし、次の瞬間、  
『今の話、詳しく聞きたいわね……?』  
『げ!御坂!』  
その名前を聞いた途端、麦野の肩がビクリと跳ねた。壁を凝視する。  
『人が心配してきてみれば……』  
『ひぃぃ!病院内でのビリビリはご遠慮下さいぃ!!』  
――バチバチ!  
という放電音が漏れてきて、身を竦める麦野。  
見れば、手が微かに震えていた。視界が歪んだ。  
麦野は頭まで布団を被り丸くなる。彼女は泣いているのかもしれなかった。  
 
上条当麻はフラグ体質である。  
彼がアクションを起こせば、そこには女性の影がある。  
「一度その体質を研究したいよ」  
「な、なにを仰いますやら!上条さんはバリバリの硬派ですよ!」  
「……昨日、御坂君から何か貰っていたようだね?」  
「う……、いや、なんか、調理実習で作ったクッキーらしくて……」  
「ほう、そうかい」  
ジト目を受け、居心地の悪い上条。  
「まぁ、屋上にでも行って食べてきなよ」  
「え?なぜ屋上?」  
素直に疑問を口にする。上条は部屋でゆっくり食べるつもりだったのだ。  
「うん、それがね、君の検査なんだけど、この部屋でやるから機材を入れないといけないんだ」  
「だから、出て行けと……?」  
「そう、準備ができ次第呼び出すからさ」  
「……上条さん、昨日あんまり寝てないから寝たいんですけど」  
と言うのは、彼が昨晩、昨日助けた女の子と御坂美琴と同時にメールをするハメになった為である。  
「あのー」  
上条の言葉も空しく、カエル顔の医者はヒラヒラと手を振り出て行ってしまった。  
「不幸だ……」  
クッキーを持ってベッドから降りる。目指すは屋上だ。  
 
カエル顔の医者は、上条の病室を出ると、直ぐに隣の病室に入った。  
――コンコン  
「失礼するよ」  
相変わらずベッドの上で外を眺めている麦野。  
「機材を入れるのと病室の清掃をするから出てくれるかな、屋上にでも行ってみると良いよ」  
「ここよりも外が良く見えるよ」と付け加えた。  
「はーい」  
麦野は間延びした返事をしベッドを降りる。目指すは屋上だ。  
 
エレベーターには男女二人が乗っている。  
男は、黒髪のツンツン頭、一応、ファッション雑誌を参考にした『おしゃれ』が垣間見れた。  
女は、茶髪、はっきりとした目元、ファッション雑誌のモデルのようなルックスだった。  
エレベーターは最上階を目指し上昇していく。  
「あの、最上階でいいんですか?」  
上条は思い出したように尋ねた。  
「ええ」  
麦野が答える。  
エレベーターが最上階へついた。ここから階段を上らなければ屋上へは行けない。  
「どうぞ」  
上条が『開』のボタンを押し、麦野に先を譲る。  
「ありがとう」  
機械的に言って、麦野はエレベーターを出る。上条も続く。  
「結構急だな……」  
階段を見て呟く上条。麦野は一足先に階段を上り始めていた。  
「はぁ………」  
溜息を一つ。彼女は自分の身体の変化に驚いていた。  
急だが、階段程度で息が上がるとは思ってもみなかったのだ。  
(ふぅ……何ヶ月も動いてなかったもんねー)  
無理ないか、と思う反面、現実を受け入れられない自分もいた。  
(一段飛ばし位なら……)  
そう考え、麦野は足を上げた。  
 
(ヤバッ……!!)  
そう思った時は既に遅かった。  
バランスを崩し、浮き上がるような感覚を憶える。ゾワリとする背中。  
麦野は落下する時の独特の感覚に身体を縮み上がらせる。  
「っっ!」  
右手を手摺に伸ばすが届かない。  
麦野は自分の身体の変化を失念していた訳ではない。  
むしろ、だからこそ、僅かに残った彼女のプライドが『一段飛ばし』という子供じみたことをさせたのだ。  
「――――っ!」  
目をぎゅっと瞑り、落下の衝撃に怯える麦野。しかし、衝撃はやってこなかった。  
「いっ…つつ……、大丈夫か?」  
目を開けると、視界いっぱいに、痛みに顔を歪める黒髪ツンツン男の顔があった。  
「――ぁ、?」  
状況がよく理解できない。  
「おい、大丈夫か?どこか痛むか?」  
心配そうに麦野を覗き込む上条。麦野は思った。  
(あんたの方が痛そうだけど……)  
上条を見上げ、ぼんやりとそう思った。  
が、状況を理解したらしく慌てて立ち上がり、  
「ご、ごめんごめん、大丈夫?」  
軽い調子だが、彼女にしては珍しくどもっており、心配そうに上条を覗き込んだ。  
それは、アイテムのリーダーだった頃の彼女からは想像もできない姿だった。  
 
二人は屋上に一つしかないベンチに並んで座っている。  
(昨日、コイツの病室に『超電磁砲』がきてた。知り合い?コイツも能力者?)  
そう考えつつ横を見れば、彼女の疑問に答えることのできる上条は船を漕いでいた。  
嘆息と共に考えを打ち切る麦野。  
すると突然、上条が彼女の肩に倒れてきた。  
(ひっ………)  
彼女は内心悲鳴を上げ、身体を強張らせる。それは羞恥や驚きではなく、恐怖からだった。  
しかし、それも直ぐに羞恥へと変わることになった。  
「やっ、ちょっと……」  
上条は眠ったまま麦野の肩から腿へとずり落ちていく。  
その途中、彼女の膨よかな胸に、彼が顔を埋めたことは言うまでもない。  
 
(コイツ……)  
麦野は、人の腿で眠る不届き者を叩き起こそうかと思った。が、疲れたので止めた。  
彼女はぼんやりと(誰かと話したの、久しぶりだな……)と思った。  
上条が目を覚ましたのは、それから一時間後だった。  
起きて上条は猛烈に頭を下げた、麦野は「これで階段の時のチャラね」と笑顔を見せた。  
結局、今日の検査は流れ、夕方近くになり、二人は連れ立って病室に戻った。  
「はぁ……、どーしろってのよコレ」  
麦野は手に持った皿を見る。そこにあるのは、手作り感MAXのクッキー。  
病室の前で別れた後、上条が「お裾分け」と言って届けに来たのだ。  
(知り合いが作ったって言ってたけど……、まさか、『超電磁砲』?)  
「まさかね……」と呟き、クッキーを一つ取ってみる。  
普段の彼女ならば絶対に口にしない。しかし、今日はなぜか違った。  
「ぁむ………」  
一口食べてみる。  
(あ、おいしい)  
素直にそう思った。  
 
次の日も上条と麦野は屋上へと追いやられた。  
麦野は一人ベンチに座っていた。そこに、  
「おそいよー上条君」  
「お前!ぜぇ、ぜぇ、人使い荒過ぎだ!一階まで、行かせやがって」  
息を切らし言う上条。彼の手には缶ジュースが二つ。  
「や、私じゃんけん勝ったし、それも三回」  
麦野は三回、上条は一回の勝利で、という約束の下じゃんけんが行なわれた。  
「ふん、どーせ、上条さんはどうせ不幸ですよー」  
拗ねる上条、缶ジュースを麦野に渡す。  
麦野は、上条から受け取った缶ジュースを腿で挟み、右手で開けようとする。が、  
「開けて開けてー」  
「ああ、はいはい」  
結局、上条に開けてもらう。  
「かみじょーくんありがとー」  
と、感謝してるともバカにしてるとも取れる調子で言った。  
 
次の次の日も二人は屋上だった。  
「なにモタモタしてんの、行くよ」  
そう言って、麦野は器用に右腕だけで上条の片腕を抱き寄せる。  
その際、麦野の豊かな胸が押し付けられ、上条の腕に柔らかな感触を伝えた。  
居心地の悪そうな上条。その顔は微かに照れているようにも見える。  
「あれー?上条君どーしたのかなー?」  
ニヤニヤと意地の悪い笑みを向ける麦野。  
「いえ、別に……」  
ぼそりと呟き、さりげなく腕を抜こうとする上条。  
「ふ〜ん、そうかなー」  
そんな彼を見て、くふふ、と含み笑いをし、更に胸を押し付ける。  
「いえ、別に……」  
「私には困ってるように見えるけどなー?」  
「いえ、って!わざとか!!」  
騒ぐ上条。その様子に、耐えられないといった様子でクスクス笑う麦野。  
上条の腕は抱きしめられたままだった。  
 
次の次の次の日、二人はやはり屋上だった。  
「上条君ゴー♪」  
上条の背中におぶさる麦野が言った。  
「ゴー♪じゃねーっ!上条さんは病人ですよ!?」  
対して、麦野を背負う上条が答える。  
「えー、でも学校行ってるじゃん」  
「う……、確かにそれは俺も思った」  
麦野の指摘に、もはや健康その物の上条が同意する。  
確かに不可解であった。  
検査があるからと、学校帰りに病院に寄るように言われ早何日か。  
何時まで経っても検査は始まらず、気が付けば麦野とダベるだけという日が続いていた。  
(まぁ、上条君が呼ばれてる理由なんて、まる分かりだけどね)  
そう思った麦野の顔には、自嘲気味の笑みが浮かんでいた。  
(そろそろ、潮時かな……)  
内心とは裏腹に、上条の背中におぶさる麦野は、彼を抱きしめるように、ぎゅっと腕に力を込めた。  
 
翌日。  
上条は、カエル顔の医者から「もう通院の必要なし」との診断を受けた。  
「マジですか!?んじゃ、いっちょ、麦野に自慢してやりますか!」  
そう言った彼は、昨日まで散々からかわれたお返しをしてやろうと思っていた。  
すると、カエル顔の医者が言った。  
「彼女ね、昨日の内に、病院からリハビリ専門の施設に移ったよ。これ手紙、君宛のね」  
言いながら、白い封筒を上条に差し出す。  
「なっ……!!!」  
中身を見た上条が驚きのあまり絶句した。それは一枚の写真。  
写っているのは、なんと、『バニーガール姿の麦野』だった。  
更に、写真にはメッセージが、「使いすぎちゅーい☆」と書かれていた。  
「な、何ですか!?使いすぎって!?写真を使って上条さんにどーしろと!??」  
パニック状態の上条。彼は写真を見て、あることに気付いた。  
(そっか、あいつ、左腕……)  
写真に写る麦野は、しっかりと左腕を使いポーズを取っていた。見た目には義手とは分からない。  
写真の中の彼女を見て、上条は柔らかい笑みを浮かべる。  
「とうま……、なにソレ……」  
「ひぃ!インデックスさん!?」  
振り向けば白銀のシスター。  
「なにニヤけてるんだよ!やっぱり、とうまはとうまなんだねっ!!」  
そして、迫る白い八重歯を前に上条は、  
「不幸だ――」  
 
 
麦野沈利は外を眺めていた。  
窓から差し込む白い日の光に目を細める。  
(からかうにしてもサービスし過ぎだったかな)  
と、写真のことを思う麦野。どことなく楽しげである。  
「はぁ、能力使えなくなっちゃったし、何しようかなー」  
『左手』でチョーカーに触れながらのんびりと言う。  
「とりあえず、クッキー作りでもやってみようかな」  
言って、麦野はベッドを降り、最初の一歩を踏み出した。  
 
 

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