『ねーちん、今何やっているんだにゃー?』  
「すいません!今手が離せない状況なんです、また後ほどかけなおします!』  
神裂火織、本日もお仕事中。  
よくわからない遺跡に送り出されてよくわからない任務に就いた。  
なんやかんやでもうちょっとでお勤め達成してよし帰るかと帰り支度。  
するとズゴゴ……と遺跡最深部から一歩踏み出したとたん遺跡崩壊。  
なんか自壊魔術が隠されていたらしい。  
「それでは通話切りますよ!」  
天井が崩れ巨大な岩が降ってくる。無論直撃なんてド素人な事態を神裂さんがおこすわけもなく、  
七閃やら刀を駆使して砕く。  
しかし砕いたのはいいが、複数の巨大な岩は砕かれたことで大量の大粒の石となる。  
さっきから神裂の頭には石がぶつかりまくって涙目だ。  
『まぁまぁ聞け。結構重要なことぜよ』  
「いまそれどころじゃ……あ、痛いいたたたあ!あぁもう良い!さっさと言いなさい!」  
とりわけ大きいのが頭にあたってぶちきれる。  
『さっきカミやんの所に行ってきたんだが、カミやん熱だしてるぜい。  
 一応薬飲ませといたが、かなりシンドそうだ。仕事終わったら看病しにいってやってはどうかにゃー?』  
「彼が熱ですって、何度ほどか測りましたか!?あいた、くそっ煩わしい!」  
『39度3分だったぜい。しかしなんだ、カミやん家事に追われて休んでられん様子だ。  
 洗濯は手伝ったから良いが、飯はねーちんが用意してやってくれ』  
「しかし、ここから日本は離れすぎています。最速でも3日はかかるかと」  
『それなら仕方ないにゃ〜。かわりに五和を送りつけることにするにゃ〜』  
「いや、待ちなさい!待ってください!やっぱり私が行きます!」  
『3日もかけたら熱も治ってるぜよ?』  
「知人の魔術師に確か転移が得意な方がいます、彼に頼んでみますから五和に連絡は不要です!」  
『そうか。それじゃ看病は任せたぜい』  
電話が切られる。ツーツーと空しい電子音を確認して携帯をしまう。  
「いますぐ向かいますよ当麻!」  
岩を片っ端から砕き、ショートカットを探す。  
地図を見たところこの遺跡は迷路のようにいくつも分岐がある。  
「でも関係ありません!」  
確認したのはここからどの方向に出口があるのかだけだった。  
彼女は出口の方角に『直進』する。  
当然目の前には壁がある、しかし駄菓子のように砕かれた。  
二つ目の壁、豆腐のようにスライス。  
そんなこんなで迷路なのに壁をぶち抜かれて一直線に脱出する神裂さんであった。  
『ありえねぇ』  
迷路がつぶやいた気がする。  
 
 
「あ〜、目が回る。熱いしダルイ」  
さすがに熱出してる時に風呂で寝る気にはなれず、インデックスに貸しているベッドで寝る上条。  
鼻水で息がしづらく寝付けない。スピースピーと自分の鼻息が鬱陶しい。  
「とうま、とうま。本当に大丈夫?」  
「大丈夫なわけあるかい。薬は安ものだからか全く効かねーし、寝付けねーし。  
 もうやってらんねーって感じですよ」  
あまりに絶不調だからか妙に卑屈だ。  
「とりあえず濡れタオル容易したんだよ。懸命に介護する私にとうまもときめいちゃうかも」  
「一瞬感動したが最後の俗っぽい言動で台無し」  
とはいえ彼女の行為は嬉しい。  
冷たいタオルで頭を冷やせ少しはましになるか。  
と、期待した自分が馬鹿だった。  
インデックスは濡れタオルを絞るといきなり布団をはがし、彼の服をめくる。  
「何しやがるテメェ!病人の布団引っぺがすとかまともじゃねぇぞ!」  
「うん?体を拭いて身を清めるんだよ?」  
そういう用途での濡れタオルかよ、と愚痴る。  
どうせ体拭いてもまた寝たら汗をかく。ぶっちゃけ意味ないと思うんだが。  
とはいえせっかくの好意だ、無下にするのもちょっと可哀そうか。  
「そうですか、それじゃあ背中と拭いてくれると助かる」  
大人しく上着を脱いでうつぶせで寝る。  
インデックスも素直に従う当麻に満足したらしい、やさしい手つきで背中を拭く。  
「とうまの背中、久しぶりにみたけど前より傷増えてる」  
「そうか?」  
「そうだよ」  
その背中に思うことがあるのか、インデックスの雰囲気が普段とは違ったものになる。  
とはいえ背中を向けている当麻には窺い知ることはできないが。  
「あ〜、気持ち良いですよ。なんか心なしか熱が引いた気がする。  
 ありがとな、インデックス」  
少しおちこんだインデックスに対して上条はなんと声をかければ良いか思い浮かべなかった。  
だから今はただ感謝の言葉をおくる事にした。  
そんな心遣いにインデックスも気づく。  
「いいんだよ。とうまの為だもん」  
いつものようにニコリと笑顔で返す。  
少しぎこちないが、それでも当麻にとっては大好きな彼女の笑顔だ。  
その笑顔を見ると、なんか疲れが抜けた気がした。  
無性に眠くなってきた。  
「悪い、ちょっと寝るな」  
「うん。おやすみ、とうま」  
 
「失礼します!当麻、大丈夫ですか!?」  
「ん〜……火織じゃないですか」  
「土御門から聞いて来ました。体調はどうですか」  
「一眠りしたらなんかスッキリしたよ。あれ、そういやインデックスはどこだ」  
寝る前にいたインデックスの姿を探すがどこにもいない。  
かわりに机に置かれた書置きらしきものを発見する。  
『元気の出るもの買ってくるから今日は大人しく寝てるんだよ』  
泣かせる。  
彼女の献身的な看病にじーんときてしまう。  
いつも非常識なインデックスがやたら今日は常識的なのがよりパンチを利かせる。  
 
 
「美味いなまじで。カツオと昆布のあわせダシがきいている」  
「そんなものは入っていませんがね」  
神裂は布団の上で梅粥をかき込む上条を眺める。  
高熱の割には体調はすこぶる好調……とまではいかないが、悪すぎではない。  
魘されていたりしていなくて良かったと胸を撫で下ろす。  
これなら多少の冗談もできそうだ。  
「当麻、ちょっと失礼します」  
「え、何を?」  
当麻の手にあるスプーンを取り、粥を掬う。  
「どうしてほしいですか?」  
照れたように質問する。  
しかし当麻は質問の意図が理解できない。  
「何がだ?」  
「どうやって食べさせて欲しいですかと、聞いたのです」  
「え、いや。自分で食べれるって」  
「遠慮しないでください」  
ここで上条気づく。  
自分たちは彼氏彼女の関係なのだ。もしかしてこれは好機じゃないかと。  
そして同じく神裂は考えていた。  
熱を出して寝込む彼氏におかゆを食べさせる、つまり『あーん』なる行為をしてみたいと。  
つまり二人は似たようなことを考えて  
「口移しでお願いします!」  
「……え?」  
いるわけがない。  
男と女だ、思想も願望もそりゃ違う。当然の結果だ。  
男上条当麻、熱の所為か暴走気味だった。  
「看病までしてもらって厚かましい要求なのは自覚してる。  
 しかし彼女にどうやって食べさせてくれるのかを俺が選べることができるのなら、  
 そりゃ口移しを願うさ。誰だってそうする。俺だってそうする」  
この男、もう熱なんてないんじゃないか?  
と疑問を思いながらも思考する。  
 
「当麻、前日の口付けの件ですが。あれは私にとって始めての経験でした」  
「俺も始めてのキスでした」  
「ではわかると思いますが、私はこういった過激な行為は慣れていません」  
あの時のキスも前もって精一杯の覚悟を決めての行動だった。  
彼の前では余裕の態度を見せていたが、心臓の高鳴りは半端なものではなかったのだ。  
つまるところ彼女は初心、という事になる。  
こんないきなり過激なことを頼まれても困る。  
しかし上条当麻、ここで引き下がるほどチキンな奴ではない。  
「つまり、恥ずかしくて自分からできないということか?」  
「は、はい。あ、嫌なわけではありません。しかし心構えができていなくて……」  
ならば大丈夫だ、自分に考えがある。  
「なら発想を変えれば良いんだ。何も口移しに女発男終着というルールはない」  
「はい?」  
「もしお前がそんな幻想を以下略」  
すばやく神裂の持っていたレンゲを取る。  
なにを、と言う彼女の前でそのまま粥を掬い自分の口に運ぶ。  
その粥は租借せず、訝しげな顔を浮かべる彼女の頬を固定。  
「ちょ、もしかして」  
「そのもしかしてだ。俺が口移しをさせていただきますよ」  
ムチューっと唇を押し付ける。  
驚きで閉じられていた彼女の唇を舌でこじ開けそのまま粥を流し込む。  
唾液よりも濃厚で濃密な粥が火織の口の中に満ちる。  
だが味は若干粥本来のものとは違う感じがする。  
無論彼の唾液の味だ。  
そのことが今時分たちはいやらしい事をしている事を否応無しに自覚させる。  
「ふぁッー――んん」  
ぐちゅ、ぬちゃりと粘液の音が頭に響く。  
彼の舌から伝わる熱は彼女をさらに過熱させ、冷静な思考を奪う。  
「っぷあ!」  
熱が出ているぶん当麻の息が切れるのは早かった。  
早めにキスが終わってしまったのは不服だが、彼の顔には悪戯少年に似たものが浮かんでいた。  
「ほら、飲み込まないとな」  
「ふぁい…」  
言われたとおり口に含んだ粥を飲み込む。  
互いの唾液が混じっているためかなり水っぽいが、淫靡に満ちた味がした。  
「んん、飲み込みました」  
「よくできました、けど食べ残しがありますよ」  
頬に付いた粥をなめ取る。  
「んあ!あの、言ってくれれば自分で取れます!」  
「それでは上条さんが楽しくないでしょーが」  
目を潤ませて抗議する彼女に余裕の態度で返答。  
既にどちらが主導権を握っているのかは明白だ。  
「今日の貴方は少しスケベではありませんか?」  
「そうか、じゃあスケベついでに……」  
床にへたり込む火織をベッドに引き込み組み伏せる。  
「何をするつもりですか」  
いきなりな行為に多少きつめな怒気を発する。  
しかし上条は簡単には引き下がらない。  
「何をするつもりでしょうね〜。と、上条は質問を質問で返します」  
「ふざけるのはやめなさい」  
「ふざけてねえよ」  
急に当麻の声質がかわる。  
この声質に聞き覚えがある。これは彼が真剣に何かをするときのものだ。  
「なあ火織。俺はお前と付き合いだしてから更にお前を好きなっていく。  
 幸せにできるとは言えない。けど幸せにしたいと願ってる。  
 けど、火織。お前はどういう付き合いを俺に求めてるんだ?」  
ここで神裂はうっすらと彼の心情を感じ取った。  
彼は悩んでいるのではないか。  
 
当麻はまだ若い。  
将来の夢だってまだ見えていない。人生経験だってまだまだ浅い。  
夜寝る時にふと、このままで良いのだろうか、と不安に駆られることだってあった。  
そんな、霧を掴むように不安定な未来を見る彼に神裂との交際は余りにも不安を煽るものだった。  
彼は不実な人間ではない。むしろ実直でお人よしだ。  
だからこそ今続けている彼女との関係を真剣に考えている。  
つまり、結婚を前提とした交際を彼は真剣に考えているのだ。  
「俺は本気だ。けど、お前はどうなんだ?」  
世の中の人間は様々だ。  
たとえ片方が真剣に交際をしていたとしても必ず片方が同じとは限らない。  
ただ遊びたいから、男を経験したいから、貢がせたいからといった理由で交際する者も珍しくない。  
まだ子供な上条当麻もそういった人間がいるのは承知している。  
そんな者に対し不純だとは思うが間違っているとは思わない。  
だからこそ、自分は真剣に考えているからこそ彼は彼女に問いかける。  
「いきなりこんな重い話を出して悪いと思ってる。  
 けど、俺はお前がお前の答えが聞きたい」  
既に彼の顔には先ほどまでの余裕などない。  
そもそも今までの悪戯は不安をただやんちゃで誤魔化していただけだ。  
「私は―――――」  
上条当麻は紛れもなく紳士だった。  
大雑把な人間かと思えば細かい気遣いもできる。  
困っている人がいれば手を差し伸べることができる。命がかかることであってもだ。  
付き合っている自分にだって決して気配りを忘れない。  
私が嫌がることだって決してしない。  
既に答えは明白だったのだ。  
「私は、常に真剣に物事を考えています。自分の人生、行為、言葉の全てにおいてです」  
私を組み敷く当麻の腕を握る。  
「無論、恋においてもそれは例外ではない」  
そのまま全身の力を使い一息で押し返す。  
「え、うお!」  
先ほどとは逆に神裂が彼を組み敷く形となる。  
 
「どれほど私が不安なのか、貴方にわかりますか?  
 他人の為に命をかける。そのたびに貴方の周りには女性の姿が増える。  
 貴方が死ぬことも、私を裏切ることは無いと信じています。けれど不安なんです」  
「けど、俺は」  
「わかっています。貴方はそのままでいい。  
 だから交際を申し込んだあの日から私は覚悟をしていたのです。貴方を誰にも譲らないと。  
 五和にもオルソラにも、無論あの子にも。貴方に好意を寄せる女性全てから貴方を独占すると」  
「火織、お前が思ってるほど俺はそんなにモテてないぞ?そんなに焦る必要なんてないんじゃ」  
「ふふっ、あなたはそういう人でしたね」  
どこまでも鈍感な上条当麻に微笑む。  
「しかし今貴方の告白を聞いて覚悟が決まりました。  
 貴方がそれほど本気ならば私が迷うことなどない」  
突如神裂の表情が獲物を狙う狩人のような質に変わる。  
「貴方を完全に私のものにします」  
 
「病人にはバナナとリンゴが体に良いって前みたマンガに書いてたんだよスフィンクス」  
街中でスーパーの袋をぶら下げてテクテクと歩くシスターの姿があった。頭に猫は標準装備だ。  
スーパーの袋に詰まっているものは様々なフルーツだった。  
この果物を彼に剥いてもらい一緒に食べる。  
想像しただけで彼女はワクワクウキウキだ。  
そう思ったら急いで帰りたくなった、よし走って帰ろうと歩調を速めたとき、  
「あれ、今日はアイツと一緒じゃないのかしらん?」  
「お姉さま、またあの殿方の姿を探しているのですか?」  
「ばっ、そういうんじゃないわよ!」  
「おや、奇遇ですね。ところで彼の姿が見当たりませんが、今日は一緒ではないのですかとミサカは辺りを見渡します」  
「やあ。こんなところでなにしてるの?」  
いきなりいろんな方向から声がかけられた。  
やや驚きつつ声のした方向を順に見る。  
美琴、黒子、御坂妹、姫神だった。  
 
嵐の、予感が。  
 
 
 
 

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