「……なぁ……どうして……こんな望みを言ったんだ?」
俯いて表情の伺えなくなった当麻に、キョトン?と小首を傾げながら
「先生に最後を迎える時にどうしたい?と問い掛けられましたので、ミサカは貴方の部屋で貴方と過ごして。と答えました。とミサカは答えます」
「……ふざけるな……ふざけんなよ!」
当麻はまさに激昂してミサカの肩を掴んでいた。
「なんでそんな事に成るんだよ!もっと他に手はあるだろう!」
「ありません。とミサカは答えます。考え得る全ての治療をミサカは施されました。その結果であり止むを得ない事です。とミサカは貴方に説明します」
「お前!」
今も昔も変わらない。いや、少しは変わったのかも知れない。最後に当麻に逢いたいと願う程には。
でもソコまでだった。
今ココに至っても、彼女達にとって、彼女達の命は何処か軽かった。
「待ってろ!俺の知り合いにスッゲー腕の良い医者が居るんだ。その人ならお前だって何とかしてくれるさ」
言って当麻は携帯電話を手に取るのだった。
カエル顔の医師に外線の連絡が来たのはその1分後だった。
「意外と時間が掛かったね」
予想していたのだろう。とくに怪訝に思う事も無く彼は受話器を取った。
「あ!先生!良かった。実は先生に診て欲しい患者がい「彼女達の事だね?」!!先生、なんで」
当麻が思わず固まっていると
「彼女がソコに行く事を許可したのが私だからだよ」
「そんな……それじゃ」
「ああ。彼女を診ているのは私だ。君にはすまないと思ってい「なんでですか!!」…なんでとは?」
医師の声には抑揚が感じられなかった。
「先生は俺の右腕だって繋げてくれたし、いつもひでえ怪我したって助けてくれたじゃないですか!どうしてこん「でも君の記憶はどうにも出来なかった」…それは」
2人の最初の出会いは、決して医師の勝利では無かった。
「上条君……確かに私は多くの人を助けて来たし、どんな困難な状況からでも勝利をもぎ取って来たのかもしれない。だがね?
我々医療にたずさわる者は皆、勝ち続ける事は出来ないんだよ。我々は決して神ではない。ただの人間に過ぎないんだからね」
電話を手にする当麻の体から力が抜けてくる。
「……もう、できる事は無いんですか?」
「私がその子にしてあげられる事は無いね。だけどその子の闘病を経て、他の子達の治療に確かな進歩があったのは事実なんだよ。
私は何もして上げられない、でも私は何一つ無駄にはしないよ。私の誇りに賭けてね…君には、まだして上げられる事があるんじゃないかね?じゃ、切るよ」
当麻は電話を切るとふと少女に目を向ける。どこか人事の様に、どこか達観したように座る少女。
「……!そうだ、魔術!医術だ駄目なら魔法があるじゃねぇか!」
以前の当麻なら考えも付かない方法。だが現在は既に大きく魔法側の事情にも喰い込んでいるのが自分だと理解していた。
そこで考える。
「インデックスは……駄目だ。こいつの事情をインデックスが理解出来るとも思えねぇし、第一今は小萌先生と一緒だ。あと頼!!土御門!!」
当麻は素早くメモリーを検索して土御門元春の名を引き出した。
意外にも1コールで彼は出た。あるいは彼にとっては意外では無かったのかも知れない。
「土御門か!俺だ、お前に頼みが「いや〜。カミやんの頼みだったら何でも聞くぜよ〜。同じ顔した女の子の事意外だったらにゃ〜」!!お前」
彼ならば科学側、魔術側、両方の事情に精通していると踏んで電話を掛けた。でも、当麻の思っている以上に、土御門は知っていた。
「言っただろ〜カミやん。土御門君はスパイだって。情報こそスパイの商売道具なんぜよ?その子の事も知ってるに決まってるにゃ〜」
「だったら!こいつを助ける魔術とか無いのかよ!」
それは当麻の最後の希望。だが
「カミやん。魔法が万能なんかじゃない事は誰よりもカミやんが知ってるだろ?たった一人の女の子も救えずに右往左往して来た魔術師を、カミやんは何人も知ってる筈ぜよ」
「それは」
当麻の脳裏に満面の笑みを浮かべた同居人の姿が浮かぶ。その受けていた呪縛とともに。
「魔術に出来る事なんてたかが知れてる。そんな事、もうカミやんは身に染みて知ってるんじゃないか?」
何時もより真剣身を帯びた友人の言葉が当麻の心に響く。
「魔術や医術がその子にしてやれる事は何も無い。もう、なにもな……でもカミやん。カミやんに出来る事は有るんじゃ無いか?」
そう言い残して、土御門は電話を切った。
「…なんでだよ」
当麻はただゆっくりと携帯を放り投げた。
もう、自分には出来る事は無いのだろうか?一番嫌いな諦めが……一番身近に感じられた。
その時、ミサカはついと立ち上がっていた。
え?と見上げる当麻に
「ミサカはアナタを苦しめる為にココに来たのでは有りません。と、ミサカは弁明めいた事を言って見ます」
「え?お前」
「ミサカが居る事でアナタが辛い思いをするのでしたら、ミサカは病院へ戻る事にします。とミサカはココを去る事を提案します」
提案では無い。ミサカは既に帰る事を決めていた。
彼を苦しめる事に成るとは思ってもいなかった。それは彼女達シスターズにとって、望む筈が無い事である。
玄関に向かって歩き出した彼女を、どこか呆然と見送る当麻は、自分の取るべき行動が全く思いつかなかった。
止めてどうする?行かせてどうする?
どちらも取れない選択の中、彼の行動を決めたのは。
ゆっくりと崩れ落ち倒れた、ミサカの姿だった。
「……う……あ」
「よう。大丈夫か?」
当麻の部屋のベットの上で、ミサカ13045号は目を覚ました。
「ここは?とミサカはアナタに状況の提示を要求します」
「はは。ココは俺の部屋で、ソコは俺のベットだ。お前倒れたんだよ。ホント、ビックリしたぜ」
「そうですか、それはご迷惑をお掛けしました。とミサカは貴方に謝罪し!……すみません。まだ身体を動かす事が出来ないようです」
「そっか」
当麻の表情はどこか穏やかだった。
自分で決めた。自分は決めた。
まだ、じゃない。もう彼女には身体を動かす事は出来ない。彼女が意識を失っている間、倒れた彼女をベットに運び、今一度医師に電話を掛けた。
もう終わりはソコまで来ていた。
「なぁ、目、瞑ってみないか?」
「?どうするのですか?とミサカは問いかけ「いいから。な」…はい」
目を瞑った彼女は怪訝に思ったが、ふと呼吸がしにくくなってる事に気が付いて目を開けた。
当麻の顔が大きく映っていた。
驚きに目を見開いている彼女に気付き、当麻は頬を赤らめながら顔を離した。重ねていた唇と共に。
「あの」
「言っておくけどな!コレが俺のファーストキスだからな!」
どこか慌てて言う当麻に、何故か暖かくなるものを感じる。今までには感じた事の無い、暖かいもの。
「はい。ミサカも初めてです。とミサカも言っておきます」
「そっか」
「はい」
もう夜も更けている。部屋の明かりは彼女が眩しくない様薄明かり。
その夜の月は、とても明るかった。
「雑誌によればこのまま2人は初体験へと雪崩れ込むのですね?とミサカは心の準備のために確認しておきます」
彼女の情報収集に使用した雑誌によると、そうなっているらしい。
思わず当麻も笑みを零す。
「おいおい、行き成りはないんだよなぁ。まず順序ってもんが有るんだ」
「順序?ですか?」
「ああ。俺達は今始めてキスをしたわけだろ?」
(こくん)
「そうだなぁ。だったら次はデートだな」
「デート。ですか?とミサカには経験の無い事ですので想像できません。と貴方に宣言します」
大した宣言である。
「俺だってした事なんて無いさ」
「ではどうするのですか?とミサカは頼りなさげに聞いてみます」
どこか視線が冷たくなった。
「そうだなぁ。なぁ、どっか行きたいトコ無いか?」
「行きたい所ですか?それならばミサカは貴方の部屋に行きたいと言い、現在ココに居ますが?と貴方の記憶力に不安を感じながら答えます」
「いや、そうじゃなくて、俺と行きたいところだよ」
「貴方と?」
ふと怪訝そうな顔を見せる彼女の髪をゆっくりすきながら、当麻は静かに頷く
「そうだよ。この上条当麻さんとドコか一緒に行きたい所は無いですか?と上条当麻は貴女に聞きます」
暫く当麻の目を見詰めていた彼女は
「……水族館に……水族館に行ってみたい。とミサカは「よし!それじゃあ明日水族館に行こう!」え?だからミサん!!」
再び彼女にキスをして言葉を遮る。
何の為にかは、考えない事にする。
「行こうな」
「……はい」
それから、当麻は彼女の隣に横たわり、その身体を抱きしめながら、2人はただ会話を続けた。
時折、軽くついばむ様な口付けを交えながら、静かに穏やかに、時を過ごした。
「観たい魚はいるのか?」
「…マンタを見てみたい。とミサカは巨大水槽を思い浮かべます」
「はは。お前の事だからどうせマンタにイルカとかって名前を付けそうだな」
「そんな事は有りません。とミサカは少し拗ねてみます」
「はは悪い悪い。それで、他には?」
「イルカやアシカのショーを見たいです。とミサカは水に濡れる覚悟もある事を宣言しておきます」
「おいおい。びしょ濡れは勘弁だぞ」
「その後は観覧車に乗ってみます」
「なんだ?また雑誌のデートコース情報ですか?」
「そうです。そこでミサカは貴方にキスをして貰ん!」
「……こんな風にか?」
「……まだ話の途中です。とミサカは少し不満を漏らします」
「いやか?」
「いやではありません」
「そっか…さぁ、観覧車は降りましたよ。お次は何を?」
「レストランで食事です。とミサカは貴方に奢って貰う事を前提に話を進めます」
「はいはい」
「その後は2人で初めての夜を過ごします。とミサカは勝負下着を貴方に披露する事を宣言します」
「いや、今夜も一緒に過ごしてるんですけどね」
「それとコレとは別です。とミサカは申し渡しておきます」
「そうかい」
どれくらい言葉を重ねたのだろう……静かに静かに、終わりが近付いてくる。
「……それから……夜明けはコーヒー……をのみ、ます」
「俺は麦茶が良いんだけどな」
「ミサ、カ……煎れ…す。とミサカは…す」
「そっか。だったら飲みますよ。どんなに苦くてもね〜」
ふと彼女の手が当麻の頬に添えられた。その手に手を重ねる当麻の耳には
「困りました……一つと言われてい…のに、もう一つ望…出来てしま…。とミサ…貴方を睨んで言い 」
その目の先には誰も居ない
「なんですか?ならもう一つの願いはこの上条当麻さんが叶えてあげるとしましょう……さぁ、なんですか」
「 」
「なんですか?お〜い。ミサカさ〜〜ん」当麻はにこやかに聞き返す
「もう 一日 もう 一日だ け 」
「ははは。なんだ、そんな事ですか。それなら簡単。このまま俺と一緒に寝て、朝起きれば、また次の一日が始まるんですよ。それだけの事です」
笑いながらおでこに口付ける。
「 ミサかは ます」
「それに一日だけじゃないだろう?明日が水族館なら明後日は動物園ですか?」
「 」
「ほら、お前今なら能力無いから動物にも恐がられないだろ?うん!これ良くね?」
「 」
「そうそう。インデックスがスフィンクスっての飼ってるからさ、それ抱かせてもらって試そうぜ」
「 」
「仕方ないからこの上条当麻さま特製の弁当も用意すっから。なんならインデックスとか御坂とかも一緒に皆で行こうぜ」
「 」
「た〜のし〜ぞ〜。なぁミサカ」
上条当麻はただ楽しげに言葉を連ねる。微笑みながら、笑いながら。
その腕に中に在る
徐々に冷たくなっていく少女を硬く抱きしめながら
涙を流し続けて、明るく話し続けていた。
上条当麻は決めていた。その最後の瞬間まで、共に有り、送る事を
翌朝、インターホンを鳴らし部屋を訪れたのはミサカ妹。NO.10032号だった。
「NO.13045を回収に来ました。とミサカは貴方にココへ来訪した意図を告げています」
「ああ」
当麻にもなんとなく予想は付いていた。だからすんなり彼女を部屋に通す。
続いて部屋に入ってくる数人の少女達もまた同じ顔をしている。
シスターズの回収には、やはりシスターズが来ていた。
彼女達はベットで眠る13045を回収し、速やかに部屋を後にする。当麻はそれを、どこか遠くの話のように眺めていた。
最後に部屋に残されたものは上条当麻と、10032号だった。
「……結局、なにもしてやれなかったな。アイツにさ……」
俯き呟く当麻の前に、ミサカ妹は立っていた。
その口は何も語らず、その目は何も伝えない。
暫くの沈黙の後だった。
「ミサカは脳波のリンクによってミサカの記憶を共有しています」
なにを今更。そう思いながらふと顔を上げた当麻は自分を真っ直ぐに見詰める彼女の視線に気付く。
「過去、実験において死亡した10031人のシスターズの処理に関わった者達の記憶も我々は共有しています。ですがその中で」
ふとベットに視線を送る彼女は
「13045号は誰よりも安らかな表情を浮かべていました。とミサカは事実のみを貴方に告げます」
当麻もつられてベットに視線を送る。
今は無い。微笑を浮かべているかの様に眠っていた少女を思い浮べて。
「ミサカは貴方にお礼を言います。どうもありがとう。と」
「…よせよ」
「そして約束を忘れてはいないか不安があるので、貴方に確認をとります」
「…はい?」
これには当麻は全く身に覚えが無い。だが彼女はそんな当麻を意に介さず、ベランダまで連れて行くと外を指差した。
そこには数人のシスターズが思い思いの服装で当麻を見上げていた・
「あの…これはどういう」
「記憶を共有しているとミサカは貴方に先刻も伝えました」
「だから?」
怪訝な当麻に、10032号は穏やかに、ドコか感情を垣間見せながら
「水族館に行く約束をしました……観覧車にも。その約束は確かに有ったと。ミサカは宣言します。大事な、最後の、約束ですから」
どこかで、確かに繋がっている。彼女の想いも、願いも、確かにココにあると感じる。
「そうだな。そんじゃ、みんなで行きますか!」
せめて今日は笑って過ごそうと思う。この一日を最後に願ったあの少女の為に。
「用意するから先に行っててくれ」
とミサカを先に行かせ、下で待つシスターズの姿を眺めながら、当麻は携帯を手にしていた。
「…なんや?カミやん。もう終わった頃だろ」
その相手は土御門だった。
「ああ、全部終わったよ」
「そっか」
土御門の声色は、全てを承知している事を伝えてくる。
「なぁ土御門。お前、この件の事、どれ位知ってるんだ?」
「ん?この件てなんぜよ?」
「シスターズ…この計画の事さ。コイツの黒幕とか、お前知ってるのかな〜ってさ」
電話の向こうで土御門が息を漏らすのが聞こえる。
「さぁてね〜。知ってるかも知れないし知らないかも知れない。カミやんも知ってるだろ?俺様は嘘つきだからにゃ〜」
「ははは。そっか」
「ま、そうさ」
当麻の声にも険は無い。今の所は。
「だったら知ってたらで良いや。そんでもって、もし偶然にでもその黒幕さんて奴に出くわしたらさ……伝えといてくんねぇかな」
「……なにをだ?」
土御門の声色が真剣なモノになるが、当麻はもうそんな事には構ってない。
「どんな夢物語を描いてこんな計画始めたのか知らないけどさぁ……いつか必ず、俺がこの手で、貴様の幻想をぶち壊してやるってさ」
「……カミやん」
「いつか……必ずだ」
言いたい事は言った。と当麻は部屋を後にした。大切な約束を、果たすために。
この時はまだ、シスターズは今日の日がとても楽しく、輝いた一日に成るとは思ってもいなかったし、
上条当麻も、彼女達が全員勝負下着を着用しているとは思っていなかったのだった。
薄暗い場所に立ち、土御門は携帯を静かにしまった。
「だとさ。聞こえてたろ?アイツはどうにもお前を許せないらしいぞ?」
「ふっ……アレらしいな」
答える男に背を向け、土御門はその場を後にしようとして立ち止まるり、一瞬だけ振り返る
「確かに伝えたからな。精々首を洗って待ってるんだな?アレイスター=クロウリー」
言って再び歩き出す土御門に、彼もまた言葉を掛けたのだった。
「私も楽しみにしているよ」