学園都市市中、とある病院。
“冥途返し”の存在で知られる病院である。
その病室の一つ、寝台の上で身を起こす人影があった。
長い金髪を流し、自分の身体を見つめる少女の姿が。
数日前まで何も無いかのようにへこんでいた下半身を覆う布団には、膨らみが存在している。
“冥途返し”謹製の義体だった。
数日前、手術によって取り付けられたそれ―少女の遺伝子情報を登録した生体金属を用いている為か拒絶反応も皆無であった義体を
眺めながら、少女―フレンダは、手術を受ける前の“冥途返し”の言葉を思い返していた。
『いいかい? 君の遺伝子情報の登録は完了しているけど、完璧に動作するには暫くのリハビリが必要だ』
『関節だけでも良くて半年、下手をすれば一年近くかかる。この学園都市の技術をもってしてもね』
『まあ、ある程度は再生治療でどうにかなったから、君の生殖機能やその他の生物としての機能は全て元通りになる……はずだ』
『それと、下半身のある感覚……俗に言う性感だけど……とりあえず、一般的な女性と同等のレベルに仕上がっているはずだよ』
実を言うと、これが一番苦労したんだとカエル顔の医者が苦笑し、
それで良いかと確かめてきた確認に確りと頷いた直後、フレンダの意識は麻酔によって失われた。
十数時間――フレンダからすれば数秒だったのだが――の後、意識を取り戻したフレンダの視界に収まった物は。
継ぎ目も何も無く、本物と遜色ない、復活した自分の半身だった。
その数日前の事を思い返していると、いつの間にか口角が吊り上っていた。
「ようやく、他の娘と同じラインに立てた……ってことかな?」
そう言いながらも、その瞳に浮かび上がる感情は口調と正反対の物。
『これで“そういったこと”が出来ないって言うハンデは消えてなくなったね……麦野はまだ出てこられないらしいし、滝壺も
絹旗も一線を越えるには至っていないらしいし……万一情報が間違ってても、掃除しちゃえば良いよね』
小心者であれば、見た瞬間に恐怖で竦み上がるだろう狂気に満ちた笑みを浮かべながら、
内心でそんなことを思っているフレンダ。
「元々、最初に意識したのは私だったんだからさ……邪魔する奴を排除して何の問題もないよね……ふふ……」
そこまで呟き、これから訪れる予定の『彼』に見られでもしたら大変と、慌てて表情を変える。
そんな様子を他所に、病室の扉からノックの音が響く。
ビクンと反応し、一瞬身構えるフレンダ。
今の言葉を、何者かが聞いていたのかと思ったからだ。
だが、扉の曇り硝子に映った金色の髪を持った長身の影に、その表情は一気に緩む。
彼女の知り合いで、長身で金髪となれば自然と数は絞られる。
そして彼女は、その長身の影を思い人と判断した。
「フレンダ、起きてるか? 差し入れ持って来たぞ」
そう言いながら、金に染色されたボサボサ頭の男が廊下から姿を現す。
それを見たフレンダの顔が刹那輝き、誤魔化すように不機嫌を装って口を開く。
「遅いよ、浜面……で、今日も麦野の余り物?」
「おいおい、最初からそれかよ……今日はフレンダが最初だ」
言いながら寝台の横に置かれた椅子に腰掛け、片手に提げていた手縫いの買い物袋から果物を取り出す浜面に向き直るフレンダ。
ったくよ、などと悪態をつきながらも、腕まくりをしてバッグから果物ナイフを取り出す浜面。
「へえ、今日も剥いてくれるんだ」
小悪魔じみたフレンダの言葉を受けながら、浜面は慣れた手つきで取り出したリンゴを剥いていく。
フレンダの瞳の奥に宿る、凄まじいまでの狂気に気付かぬまま。