月詠小萌という人間が居る。  
彼女は小柄で泣き虫などうみても少女のような外見だがれっきとした教師である。  
正義感が強くひた向きで真面目で優秀な人間であり、からかわれたりもするものの生徒からの信頼は厚い。  
「たまたま夕食の買出しに出て、たまたま目の前に柄の悪そうな少年数人に絡まれてる見知らぬ少女がいたとしたら」そんな状況で彼女はどうするだろう?  
という質問をしてみれば、彼女を知る人間なら間違いなくこう口を揃えるだろう。  
 
「助ける」  
 
彼女は皆から見てそういう女性で、その評価に違わない人間であった。  
事実、「そんな状況」で小萌はなんの躊躇いもなく少女の前にその小さな体をまるで盾にするように、少年たちに向かって立っていた。  
「……え?」  
少女は何が起こったか良くわからずに小さく声を漏らす。  
「大丈夫ですか?」  
小萌は少女のほうを首から上だけで振り返り、優しい声で安心させるように語り掛ける。  
幼い見た目とは裏腹な落ち着いた雰囲気に思わず少女だけでなく周囲の少年達まで飲まれてしまう。  
少女が小さく頷くのを見ると、小萌はゆっくりと微笑みそれから少年達へと向き直った。  
「あなた達、男の子が大勢で女の子を囲んで怖がらせて情けなくないのですか!?」  
小萌の正面に居る少年がその真っ直ぐな瞳に見据えられて思わずバツが悪そうに眼を逸らすと、それを押しのける様に後ろからリーダーらしき少年が出てくる。  
「お譲ちゃん、俺らが用あんのはそっちの娘なの。おままごとは別でやってくれる?」  
ヒャッヒャッヒャッと甲高い笑い声で小萌を笑い飛ばすと、彼女を回りこむようして立ちすくんでいた少女に馴れ馴れしく近寄り肩を抱く。  
「…っ!」  
小さくビクリと体を震わせるが、少年を怖がっている少女は大きな抵抗もせずただ俯いて唇を強く結んでいる。  
「やめるのです!」  
再び小萌は少年と少女の間に体を捻じ込んで無理やり少年を引き剥がし、少女を守ろうと両手を広げて立ちはだかる。  
「あ? 一辺痛い目あわねーとわかんねーのかこの餓鬼、関係ねーだろ!!すっこんでろ!」  
「関係なくないです!私は教師なのです!!そ…それから私はガキなんかじゃありません!!」  
一転して威圧的になった少年に怯む事無く小萌は強く言い返す。  
別に小萌が守っている少女は小萌のクラスの生徒でも無ければ、小萌の勤める学校の生徒でも何でもない。  
ただ教師として、目の前で誰かが困っているのに放って置く事など月詠小萌には出来ないのであった。  
「あぁうるせぇな…本当に殺すぞこのチビが…!」  
そう言って少年は拳を作り思い切り腕を振り上げる。  
それでも小萌は動かず、歯を食いしばって少女の前に立ち続ける。  
決して彼女を傷付けはさせまいと。  
そして―――  
 
「ゲブァ!!?」  
 
今にも拳を振り下ろそうとしていた少年の頭が大きく横に吹き飛んだ。  
少年も、その仲間も、小萌もその後ろの少女も何が起こったかわからなかった。  
少し遅れて金属が落ちる音、音源に転がる缶ジュース。  
そして。  
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」  
缶ジュースの飛んできた方向から物凄い勢いでかけて来るツンツン頭の少年。  
小萌はその少年を良く知っていた。  
「か…上条ちゃん!?」  
「走れえええええええええええ!!!」  
ツンツン頭の少年はそう叫びながら立ち竦んでいる少年達をすり抜け、小萌と呆然としていた少女の手を掴み一気に駆け抜ける。  
「か、上条ちゃん!引っ張っちゃだめです!!って、ふわっ!?私の足が遅いからって抱えること無いじゃないですか!!?ひええええええ!!揺れるううううううううう!!!」  
 
辺りに残るのは、突然の出来事にただただ呆然とする少年達と、遠くへと去る幼い叫び声と、まだ開いてないへこんだ缶コーヒーだけであった。  
 
そんな逃走劇から30分後。  
「はぁ…無茶しないでくださいよ小萌先生」  
呆れた様に息をつくのは上条当麻、ツンツン頭がトレードマークの小萌が受け持つクラスの生徒である。  
その隣では月詠小萌が唇を尖らせてそれに答える。  
「だからってあんな子供みたいにだっこしなくてもいいじゃないですか…」  
小萌の助けた見知らぬ少女は二人に礼をして既に帰宅している。  
上条と小萌は特に何をするでもなく公園で二人ベンチに腰掛けていた。  
「大体あんな風に物を人に投げたら危ないじゃないですか!あの子が大怪我してたらどうするんですか!?それから食べ物を粗末にしちゃいけません!」  
「拗ねてたと思ったらいきなりお説教モード!?助けたのにそれはあんまりじゃない!!?」  
思わずそう叫ぶと今度は一転ひどく落ち込んでしまう。  
「うう…そうなのですよ、結局私は何も出来なかったのです。上条ちゃんが助けてくれなかったらきっと彼女も守れなかったのです…」  
怒られたと思ったら突然落ち込まれて上条は酷く戸惑う。  
なんと声をかけたものかと悩んでいると。  
「それに」  
それは、ただただ自分を責めるような声で。  
「彼らも、もっと私がしっかり話をして上げられたら、絶対に分かってくれたはずなんです」  
まるで自分が全て悪いかのように、彼女は言う。  
「私は…教師失格なのかもしれません」  
 
「それは違う」  
 
上条はそれが許せなかった。  
彼が見たのは小萌が今にも不良に殴られそうになっていた場面で彼女がそれより前に何をして、彼らにどんな話をしていたかは分からない。  
それでも。  
 
「小萌先生は、本当にあいつらの事まで何とかしてやろうって思ったんだろ?」  
「上条ちゃん…?」  
 
上条当麻には記憶が無い。  
あるのは数ヶ月前より後の僅かな記憶だけ、小萌との付き合いもそれだけの間しか知らない。  
それでも。  
 
「あの女の子だって先生に本当に感謝してたじゃないか」  
 
上条は知っている、彼女が誰よりも生徒のことを大事に思って居ることを。  
子供たちのことを本当に想っている事を。  
でなければあの少女を助けることなど出来ない。  
学園都市に居る人間は多くが様々な異能を持っている。  
例えば上条ならばある程度の腕力と逃げるための脚力、加えて切り札たる全ての異能無効化の力を持つ右手『幻想殺し』がある。  
だが小萌にはそれすらもない。  
もし襲い掛かられたらまず大体の相手には勝ち目は無いであろうし、足も遅い、強い異能を持っているわけでもない。  
しかしそもそも、そんな事はきっと関係ないのだ。  
ただ子供を救うために、彼女は自分より遥かに大きい少年達から少女を守ろうとし、さらに少年達をも正そうとした。  
そんな彼女が、人に教える者に向いていないなんて事があるはずが無い。  
 
「それでも、もし先生が『自分が教師失格』だなんてそんな幻想を持つのなら」  
 
月詠小萌は、本物の教師なのだから。  
 
 
 
「そんなふざけた幻想はぶち壊してやる」  
 
 
 
そういって、上条は強く右手を握り締めた。  
 
 
 
それからしばらく、小萌は憑き物が落ちたように上条を見つめていた。  
上条としては決め台詞を決めた後に何のリアクションも無いのがいまいち落ち着かず、先ほどまでの堂々とした風格はどこへやらそわそわと居心地が悪そうにしている。  
「そう…なのですか」  
ぽつりと小萌が呟いた。  
「へ?」  
対して上条は間の抜けた声を漏らすしか出来ない。  
「やっぱり、私は教師失格です」  
「だぁっ!?だからそんな…っ!」  
そんな筈は無いだろう、と言いかけて上条は硬直した。  
小萌がその小さな体を彼に預ける様に飛び込んできたからである。  
そんな筈は無いだろう、と自分に言ってみるがこれはどう見ても上条さんに抱きついているようにしか見えんですはい、としか返事は返ってこない。  
「コ、コモエセンセイ?」  
「だってそうじゃないですか、先生が生徒を好きになるなんて、いけないことなのですよ」  
これは何だ、あれか、愛の告白という奴ですか?  
いやそりゃ健康な男子高校生としては一度はされてみたい夢みたいなシチュエーションですけ  
ども大体相手はクラスメイトだったり憧れの先輩だったり中学の後輩だったりでそんな間違っても相手が担任のセンセイだなんてそんなまるでありきたりなアレなビデオじゃないんですからああああああああああああああああ???  
とか何とかで上条がパニックに陥っていると小萌は察して静かに体を離す。  
「ごめんなさいです、変な事言って上条ちゃんを困らせちゃいましたね。…今のことは忘れてくださいです」  
そうさり気無く笑顔で言っておしまい、と彼女はしたかったのだろうが、それは叶わなかった。  
上条の眼に映るその笑顔は余りに辛そうで悲しそうで壊れそうで泣き出しそうで。  
気付けば、上条は目の前の小さな身体を抱きしめていた。  
 
「か、かかかか上条ちゃん!?」  
「ん、俺も小萌先生の事、好きだ。今好きになった」  
また離れたりしないよう上条は強く、壊さないよう優しく、目の前の小さな身体を抱きしめる。  
「駄目ですよ!上条ちゃんはまだ若いから一時の感情に流されてるんです!こ、こういう事はもっとしっかり考えないと駄目なのです!」  
「しっかり考えて、小萌先生が好きだ」  
一度言葉に出すと、不思議と後はもう迷いは無かった。  
上条当麻は月詠小萌の事を愛している。  
当の小萌と言えば上条に抱きしめられた胸の中でただ顔を真っ赤に染めてあうあうと声にならない声を上げているのだが。  
上条はそれ以上何も言わず小萌を抱きしめ続ける。  
どれだけの時間が経ったのか、ようやく小萌が辛うじて冷静を取り戻して、自分を抱きしめてる少年の鼓動が今にも張り裂けんばかりに強い事に気付く。  
少し視線を上にやれば先ほどの自分に負けず劣らず顔を朱に染めている大切な人が目に入る。  
思わず、小さな笑みが浮かぶのを小萌は止められなかった。  
ああ、そうだ。  
こんな彼だからこそ、私は好きになったのだ。  
「…もう、上条ちゃんは何でいつもそうなんですか」  
上条の腕の中で強張っていた身体から力が抜ける。  
「何でいつも、一番欲しい言葉をくれるんですか」  
小さな両の手を上条の胸に縋る様に添えて、そのシャツを握り締める。  
「だから皆、上条ちゃんが好きなんでしょうねー…」  
それはまるで許しを請いて懺悔する罪人のようで。  
「インデックスちゃん、姫神ちゃん…ごめんなさい」  
小さな、本当に小さな、少し気を逸らせば聞き逃してしまうような声で小萌は言った。  
上条は確かにそれを聞き、その意味を考える。  
Tレックスの痛覚よりも鈍重な彼の頭でもそれは理解できた。  
彼と、小萌とも親しい二人の少女。  
その二人が友人として以上の好意を彼に持っていた事を。  
だが、彼の心は揺らがない。  
ただ小萌への想いだけを強める。  
それが彼の考える最大限の少女たちへの礼儀であったから。  
胸から漏れるのはか細い、震えるような泣き声。  
そんな彼女を守るように、傷つけないように一層強くその身体を抱きしめるが無駄だということは分かっている。  
彼女を責めているのは、彼女自身なのだから。  
「先生は、何も悪くない」  
そんな彼女を救おうと、言葉を探すが生憎上条が思いつくのはこの程度の在り来たりな陳腐な台詞だけである。  
それでも。  
それでも小萌は本当に救われた気がした。  
「――――っぅ!ふぅぅぅぇぇええええ…!」  
日が暮れ静かな夕闇に包まれた公園に、まるで親に無心で縋る、そんな子供の様な泣き声が響き渡る。  
上条はただ黙って、救おうと、守ろうと決めた愛しい人を抱き続けていた。  
 
 
 

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