「何してんだ御坂。こんな所で挙動不審にウロウロしてると警察呼ばれるぞ」  
「あ……あ〜。ぐ、偶然ねぇ〜」  
今、上条当麻は夏休み真っ只中であった。  
外に出れば昼であろうと学生を見つける事は容易い。  
無論平日祝日休日構わずである。  
学生側の視点では別に違和感などないが、大人の視点ではそれも夏休みの特徴として見ている事が多い。  
「偶然ってお前。何か用事があってここでうろついてたのか?  
 あ〜、もしかしてここの寮生の誰かに用事があったり?」  
「え、あ。いや、まあ間違えてはないけど」  
今日はインデックスが小萌先生のところで焼肉を以下省略。  
そのため自分の分のためだけにわざわざ飯を用意するのも面倒なため今日はコンビニのお世話になることにした。  
「そうか、まあ他校の生徒だし入りづらいだろ。俺が呼んできてやるよ」  
夏休み効果か、普段より時間に余裕ができて無駄に親切心が増している彼だった。  
しかし美琴はそれに対する返答に悩む。  
 
言いよどむ美琴に上条はハっと何かに気づいた。  
「もしかして彼氏とかですか?そりゃ他人に言うのもアレですよね。  
 それならそうと言ってくれれば素早くどっか行ってたものを」  
じゃ、と上条はスタスタとその場を去っていく。  
「え、ちょっと待って!」  
ぶっちゃけ言わずもがな当麻に用があった美琴慌てる。  
結構な音量で呼び止める美琴の声に上条もすぐ気づく。  
「なんだ、やっぱ俺に呼び出して欲しいのか?」  
「そうじゃなくてさ。その、今日はアンタに用があるの」  
訝しげな顔をつくる当麻。  
「今からあそこいかない?」  
どこかを指差す方向に目を向けると、そこはこの学園都市でもっとも見晴らしの良い高台だった。  
はて、と携帯電話を見ると時刻は夜8時ちょっと過ぎ。  
こんな時間にあの高台に行こうとは……  
いまいち美琴の考えがわからない当麻。  
「別に良いけどさ、あそこに何か用でもあるのか」  
疑問をうかべる当麻に美琴は歯切れよく返答する。  
「もちろんよ。ほら、空をみなさい。よく晴れてるでしょ?」  
「ああ、お陰で星がよく見えるな」  
「そうね。だから私と一緒に天体観測をするの」  
「……誰が?」  
「アンタよアンタ」  
何当たり前なことをと言った風な目を向けてくる彼女に当麻はため息を吐く。  
「いやさ、そういうのは白井とか学校の友達とやることじゃないんですか。  
 上条さん、天体とか星なんてこれっぽっちも関心ないんですけど」  
露骨に嫌そうな顔をする。  
しかし秀才な美琴さんはここで上手い事を考えた。  
「手伝ってくれたらアンタの夏休みの宿題見てあげるわよん。  
 どうせまだ全然手をつけてないんでしょ」  
「ちょっと待っててください。すぐ用意していきますので」  
上条当麻、中学生に宿題教えてもらう事にもう抵抗はなくなっていた。  
 
「おい、望遠鏡はどうした。お星様みるみるじゃないんですか。裸眼でみるとか正気の沙汰じゃねぇぞ」  
現地についたのはいいが、やはり何もなかった。  
これには上条も疑いの目を向けるが、  
「じゃん!そういうと思って持ってきた美琴さんお気に入りのコンパクト型望遠鏡登場!」  
バッグからごそごそと取り出したものは、  
「どうみても双眼鏡です。何だお前、もしかして俺が望遠鏡と双眼鏡の違いもわからないほど馬鹿だとおもってやがったんですか?」  
露骨に目を背ける美琴。  
上条は射殺さんとばかりに目を合わせようと凄まじい目つきで美琴の周りをグルグルとまわる。  
まるでチンピラである。  
「ほら、別に星の並びだけ見れたら良いしさ。ね、始めよ?」  
にこっと笑う美琴に当麻はギリっと歯軋りをした。  
バリっと美琴が帯電したのでニコっと当麻は笑った。  
「それでよし」  
「情けないよな、俺」  
 
二人は双眼鏡を片手に夜空を見上げていた。  
「ほら、あそこに大きく光ってる星がみっつあるでしょ。順にアルタイル、デネブ、ベガっていうんだけどアレを線でつなげたら三角形になるの。  
 それを俗に夏の三角形と読んでるわけ」  
「へ〜、お前結構詳しいんだな」  
「少しはね。ところでアンタって何座?」  
「え〜と、確かみずがめ座だったと思う」  
星座をかこつけて上手い具合に当麻の情報を手に入れる美琴。  
「その星座はね、サドアルメリク、サドアルスウド、サドアクビア、アル・バリ、アンカといった恒星が並び繋いだ線の名称なの。  
 で、その恒星にも1つ1つ意味があったりするわけ」  
「サドアルメリクなら王の運命。サドアルスウドなら幸福の運命、サドアクビアなら星宿の運命って具合にね」  
事前に調べていた知識をスラスラと述べる美琴。  
「ん?ちょっといいか」  
しかし美琴の説明に引っかかりを覚える当麻。  
「幸福の運命って、それはサドアル……なんとかが幸福が約束されている星ってワケなのか?」  
「どうかしら。そこら辺は私にはなんともいえないけど」  
そこまで詳しくはない美琴は返答に困る。  
しかし上条は別に残念そうな表情も無く、そうかと頷く。  
「ふ〜ん。王の運命やら幸福の運命やら星宿の運命って、随分運命が重なる星座なんだな」  
「そうね、他の星座と比べても運命が三つも重なるのは水瓶座以外になかったと思う」  
二人は星座について結構楽しそうに語り合っていた。  
 
「他に有名な恒星だとミラ、アルファードなんて車の名前で知ってるんじゃない」  
「ああ、聞いたことはあるな」  
「他にかっこいい名前だとフォーマルハウト、ドッグ・スターなんてあるわね」  
「意味はどういった具合で?」  
「ドッグ・スターは犬の星って意味だったかな。因みに、こいぬ座を構成する星のひとつね」  
「まんまじゃないですか」  
「みずがめ座がやたら意味深なだけよ。他の星座はもう少しシンプルな意味の星で構成されてるし」  
 
数分後、美琴の星座講座は終わった。  
因みに美琴はこの日のためだけに星座の勉強をしてたりする。  
努力は惜しまない子なのである。  
 
 
「で、aをbに代入したらここの連立方程式解けるんじゃない」  
「なるほど〜。で、なんで美琴さんはこんな高校問題普通に解けるわけ」  
上条、助かることは助かるが何か納得いってなかった。  
「何でって……なんでアンタこの問題解けないの?」  
解っている人間からした場合の疑問であるが、解らない側からしたら腹の立つ言い回しである。  
「スイマセンでしたね、あほで」  
露骨に拗ねる当麻。  
怒りはしないが年下に勉強で劣ると無性に悔しいものである。  
彼の心情も仕方ないとはいえた。  
「ごめんごめん、大丈夫だって。アンタの凄いところだって私は知ってるし。  
 ほら、機嫌直しなさいよ」  
「やだ、上条さんは今の言葉で深く傷つきました。慰謝料を請求します」  
「仕方ないわね。それじゃあそこにある夜店の焼きソバでどう?」  
高台を降りたところにある出店を指差す。  
「オッケー。何も食べてないから腹が空いて仕方ないんだよな」  
「はいはい、現金な奴なんだから」  
口では文句を言いつつも笑顔でやり取りするあたり互いに後腐れは残っていないことが解る。  
しかし当麻は美琴が焼きそばを買いに行った後軽くぼやいた。  
「俺の凄い所ねえ。そんなのあるか?」  
いまいち自分でわかっていない当麻であった。  
 
「っしゃ!面倒な数学終了!」  
「はいはいオメデト、それでこれからどうする?」  
ここで今日は終わりにしないあたり美琴はもう少し彼と一緒にいたいことが伺える。  
しかし当麻はそれに気づかないようで。  
「夜11時って結構な時間になってるけど門限大丈夫なのか?」  
質問するが、  
「大丈夫よ。黒子が何とかしてくれるって」  
簡単に返答する。  
「そっか、それじゃあ宿題のお礼に今夜はお前の頼みなら何でもしてやるよ」  
「……まじ?」  
「大マジだ。上条さんこうみえて結構甲斐性あるんですよ」  
 
えっへんと胸を張るが、美琴はフリーズしていた。  
何でもしてくれる。これはつまり……一世一代のチャンスではないか?  
とりあえず美琴は程度を試してみる事にした。  
 
「それじゃあジュース買ってきなさい」  
「あいよ」  
言われるがまま自販までひとっ走りする当麻。  
ガッツポーズする美琴。  
 
「肩揉んで」  
「おう、任せとけ」  
もみもみと肩をほぐす当麻。結構上手かった。  
ガッツポーズする美琴。  
しかしこのお願いはバッドだった、あまりの気持ちよさにうつらうつらと意識が遠のく。  
「あ〜……気持ちいい。ん〜……」  
そしてそのまま夢の世界に行ってしまった。  
つくづく不器用な娘である。  
 
「寝ちまったよおい。どうすりゃ良いんだこれ」  
ベンチに背を預けてスピーと寝息を立てている美琴。  
当麻もこれには困る。  
このままおぶって寮に送っても良いが、さて。  
今二人は街を軽く見渡せるほどの高台にいる。  
そこから彼女の寮を探してみるが、  
「ムリ。いくら何でも遠すぎ」  
筋力はほどほどにあるが、それでも現在地からあそこまで人をおんぶして行くには面倒だ。  
それに既に寮の門限も過ぎている。  
ここで彼女を運ぶのはミスチョイス極まりない。  
「っくしゅん!」  
もみもみと肩をもまれている美琴が突然くしゃみ。  
「さすがに深夜はスカートじゃ寒いよな」  
当麻は苦笑いしつつ彼女をベンチに寝かせ、自分の着ていたシャツをかける。  
一応下に薄いのを1枚着ているため上条に問題はない。  
「仕方ない、起きるまで待ってるか」  
ベンチは彼女に占領されているため座れない、そのため地べたに座る。  
しかしどうも落ち着かない。  
女が寝ているそばで自分まで眠ったら拙い。変質者が現れてもおかしくない。  
しかしこのままボケッと過ごすのも辛いものがある。  
ならばどうするかという所で上条、何かを閃いた。  
「コイツに危険がないようにしつつ俺も寝る。はは、簡単な事だった」  
 
ちゅんちゅんと雀の鳴き声がする。  
凄く煩い、蝉のセックスアピールをする喚き声も聞こえるがそれすら比較にならないほどにうっさい。  
チュンチュン、チュンチュン!  
「うっさいのよ!」  
バリッと一発放電しようとするが何故か電撃が出なかった。  
仕方なく目を開けて確認すると、あたりには芝生が広がっていた。  
喧しい雀はそこらじゅうにいて虫を啄ばんでいる。  
こんなに近くにいたらそりゃうっさい訳だ。  
「ん〜……」  
寝転んだまま背伸びをする。  
良く寝た感じがする。いつもよりも爽快で今なら何でもできそう。  
しかしそれでも寝起き頭。  
現状の確認をするまでに数秒の間を要する。  
「ん〜、ベンチで寝てたのに頭いたくな〜い……」  
もぞもぞと頭を上げると  
「へっ!?」  
当麻の顔がドアップで映った。  
慌てる、びっくりしすぎて声を出しそうになるが慌てて噛み潰す。  
オーケー、冷静になろう。クレバーにいけばなんだって対処できるって。  
 
それから数分後、ようやく把握できた。  
どうやら自分は上条当麻に膝枕されていたらしい。  
ついでに後から気づいたことだが、コイツは警護的な理由で私の手を握っていた事も解った。  
「……これ、コイツのよね」  
かけられていたシャツを手に取る。  
自分の体温や朝とはいえ夏の熱気で多少暖かい。  
くんくんと匂いをかいでみた。  
自分の匂いがした。そりゃそうだ、さっきまで自分が身にまとっていたんだから。  
しかし――――かすかに上条当麻の汗のにおいが感じられた。  
「んん……」  
猫が頬をこするように、シャツに顔を擦り付ける。  
寝ぼけているのだろう、そうじゃなければこんなことできない。  
こうしているとまるでアイツの胸の中にいるように幸せで、凄く安心できて、  
ずっとこうしていたいような気持ちに。  
 
ここまでしてようやく気づいた。そういえば自分はさっきまで彼の膝枕で寝ていたんだ。  
ふと、彼の顔を見るがまだ座って寝ている。  
ゴクリ、と唾を嚥下する。  
「も、もう少しいいんじゃない……?」  
美琴、再び上条の膝に戻りシャツを羽織る。  
そのまま瞳を閉じるが……寝付けない。  
そりゃそうだ、ここまで興奮しちゃ寝れるわけがない。  
なので美琴は恥ずかしながらも現状を楽しむ事にした。  
当麻の太ももの感触を頬で確かめる。  
思ったより硬い。やはり女性のものとは別物だ。けど幸せ夢心地。  
「そういえば手も繋いでたわよね」  
彼の右手を掴んで自分の右手と繋ぎ合わせる。  
温かい。  
美琴幸せ有頂天。  
キャーと頬を掴んでイヤンイヤンしてもおかしくないぐらいに気が高揚していた。  
「んぁ?あ〜、もう朝か」  
不意に当麻の声がした。  
一気にクールダウン。  
良いことを思いついた、寝た振りしてこいつの様子を探ろう。  
「ありゃ、まだ寝てるのか」  
かかった。よし、このまま軽く寝息をたててカモフラである。  
「スー、スー……」  
「よく寝てるな」  
ガッツポーズ。  
 
それから数分後、特に展開に進展はなく美琴は彼の太ももの感触を楽しんでいた。  
「こうして大人しけりゃ綺麗な女の子なんだけどな」  
髪を優しく撫でながら当麻はボソリとつぶやく。  
美琴ずっキューん。  
『綺麗な女の子って言われた綺麗な女の子って言われた綺麗な女の子って言われた』  
美琴、最高にハイ。  
そのまましばらく彼女の髪を撫で続けて当麻は時間を潰していたが、  
「足が痺れた……」  
限界がきたらしい。  
ちょっとほぐす為に彼女の頭をずらそうとするが、  
「ん〜」  
寝たふりを解く。  
名残惜しいが彼の迷惑になりそうだからしかたがない。  
「起きたか。ちょっと動くぞ」  
当麻は美琴が起き上がったのをみて立ち上がる。  
そのまま背伸びなどのストレッチを繰り返して体をほぐしていた。  
 
「おいビリビリ」  
「ビリビリ言うな。いい加減名前で呼びなさいよ」  
帰り道、二人は朝焼けの中並んで歩いていた。  
すれ違う人は少なく、散歩をしている人か新聞配達の人しかいない。  
「だったらお前もアンタとかじゃなくて良いんじゃないか?」  
日差しは眩しく目に優しくない。  
けれど風は涼しく爽やかで心に優しい。  
「良いわよ。それじゃ……と、当麻って呼ぶから」  
「おう、それじゃあ俺は美琴だな」  
夏休みはまだ終わりに近くは無く、先にまだイベントがあるだろう。  
夏祭り、花火、海。  
学園都市では行えないことも沢山あるが、それでも先に期待はある。  
「美琴、昨日は楽しかった。星座とか勉強になったしさ、宿題も手伝ってくれてありがとな」  
「う、うん」  
だからこそ彼女は今日をきっかけにしたかった。  
今まではただ偶然に出会って、ただ漠然とした話をしていただけ。  
しかし今度から違う。そう言い切れる時間をつくらなければ。  
「あ、あのさ―――」  
「なあ美琴」  
タイミング悪く当麻を言葉がかぶったが美琴は先にゆずる。  
「今度、一緒に遊びにでも行かないか?」  
「え?えぇ!?」  
美琴は一瞬思考が固まる。  
その言葉は自分がいわんとしていたことで、彼から言われるとは思わなかった。  
「嫌か?俺あんまり交友関係広くないから夏休みの大半暇でさ」  
少し自嘲も入っているのか苦笑いで打ち明けるが、美琴は聞いちゃいなかった。  
「ふ、ふぅん。仕方ないなぁ、付き合ってあげるわよ。  
 アンタ季節イベント押さえてなさそうだし私がエスコートしてあげる」  
腕を組んでえっへん。  
偉そうな態度だが内心は手放しで喜んでいた。  
当麻も快く承諾してくれた美琴に笑いかける。  
 
「そうか、それじゃそっちの暇な日の合わせるから気が向いたら連絡頂戴な」  
「わかった、けど本当にいつになるかわからないわよ?」  
「ああ、まあ気長に待ってる」  
少し眠気が残っているのか、あくびしながら当麻は返答する。  
「それじゃあ俺はこっちだから。またな」  
「うん。じゃあね」  
横断歩道を挟み互いに手を振る。  
しかしこれで繋がりが無くなったわけではなく、きっちり次に続く。  
 
当麻の背中が見えなくなったのを確認。  
「待ってる、かぁ……」  
顔を蒸気させて二度目のイヤンイヤンをする。  
彼にとっては何気ない一言だったのだろうが、美琴からしたら大きな一撃だ。  
「よしっ、次はもっと頑張ってやる!」  
意気込みは充分。  
まだ彼氏彼女ではなく仲の良い友達関係だが、美琴はそれに妥協しない。  
今年は……やる!  
 
夏休みはまだ終わらない。  
 

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