美琴は休日の学園都市を歩いていた。目的は無い、強いて言うならどっかであいつに会えるかな。と、ある少年の顔を思い浮かべたところで、
「いやいや違う違う私はただ寮にいても暇だし黒子が色々とアブナいし……」
その幻想を全力で首を横に振ってぶち壊す。
ただ、寮にいることで常に貞操の危険にさらされている彼女にとって、あながち言い訳でもなかったりする。
彼女が休日までも制服を着ているのは、通っている中学がすごいお嬢様学校で、服装とかそのへんにすごいうるさいからだ。
「しっかし、この堅苦しい校則なんとかなんないのかしら。……私だって、もっと可愛い格好で迫れば……」
そこまで考えて、さっきぶち壊したはずの、とある幻想殺しの少年を思い浮かべる。
そして、その幻想をぶち壊す。さっきからこの繰り返しだ。
何か考える度にその少年は、脳裏に現れては、消えてゆく(というか消している)。それはその少年が、思考の99.9%を支配しているからだ。
と、人気の無い裏路地で一匹の黒猫を見つけた。毛並みは重力に逆らうようにツンツン尖り、どこか幻想殺しの少年を連想させる。
彼女の体は、常に電磁波をまとっている。それは動物にとって不快らしく、美琴の大好きな猫やらひよこやらはどれたけ愛情を注ごうとなつかない。
こういう理由があって、普段なら遠くで眺めるに留まるのだが、
――捕まえたい。
美琴はそう思った。理由は無い。断じて無い。
幸いその猫は、何かに夢中のようでこっちに気付いていない。しかし、猫の両脇腹に手を添えて掴もうとすると、猫はビクッ!とこっちを向いて一歩下がってしまう。
「あっ!こらっ」
美琴が捕まえようと、一歩前進したところで、ぐしゃっと何かが潰れるような音がする。
「ん?」
美琴が足下を見ると、先程まで猫がいた位置に、魚が靴と地面の間で無残にも潰れていた。
「にゃあぁぁぁ!!!」
変わり果てた自分の昼飯を見た猫は、絶叫する。美琴にはその猫が「不幸だぁぁぁ!!!」と言っているように見えた。
美琴が猫を抱いてペットショップに入って行けたのは、「ごめんね、何か買ってあげるから」というお詫びの意思が伝わったからだった。
餌コーナーの棚には、安価なものから高値のものまで色々揃っている。
その中でも割と値の張る猫缶に手を伸ばすと、腕の中の猫がビクゥッ!と震える。美琴はそれに気付かずに、レジで金を払い、店を出て、さっきとは別の裏路地で猫を下ろす。
缶を開けると、待ってましたと言わんばかりに、猫がガツガツと缶の中身を食べ始める。
それを近くで見ることができている美琴は、幸せそうに猫の食べっぷりを眺めている。
しかし、幸せな時間というのはすぐ過ぎ去るもので、缶が空っぽになると、
「にゃー、にゃー」」
美琴の方を向いて、猫が何かを言っている。美琴には意味はわからなかったが、感謝の気持ちは伝わった。なので、笑顔でコクンと頷くと、
「あっ……」
猫は、どこかへ走り去ってしまった。裏路地には、ポツンと一人、哀しげな美琴が立っている。
「幸せだ……」
上条は、夕方の公園のベンチで小さな小さな幸せを堪能していた。
子萌先生から一端覧祭の準備による休日出勤の要請が来た時には不幸だと思ったが、準備のことで困っている女の子を助けたら、お礼に焼きそばパンを貰った。そして、彼の日常ならありえない事、この公園でジュースがちょうど買えるだけの小銭を拾った。
そうして手に入れたやきそばパンとジュースを両手に、幸せに集中している今の上条には、周りの音は聞こえない。その証拠に、
「ねぇ」「ねぇねぇ」「ねぇってば」
と上条を呼ぶ声を、無視している形となっている。
しかし、流石にバチバチ電気が帯電し始める音、不幸の足音にだけは反応する。
「なんだ?」
なんだか嫌な予感と共に、両手にパンとジュースを持ったまま振り返ると、そこには比喩や形容ではない、文字通り雷神が立っていた。
「あんたはいつもいつも……!!!」
「美琴!?待った!!今両手が塞がってるからっ!!」
しかし、美琴は電撃を止める気配は無い。とっさに右に飛んでかわそうするが、
ズバン!!という轟音と共に美琴の前髪から電撃が発射される。
なんとか直撃は避けられたが、その衝撃波によって上条の体が吹っ飛ばされる。その拍子に両手からジュースとやきそばパンがすっぽぬけ、宙を舞う。
地面に叩きつけられてダメになった、やきそばパンとこぼれたジュースを見て上条は、
「うわあぁぁぁぁ!!!」
割と本気で絶叫する。人が本気で不幸と思った時は、「不幸だぁぁぁ!!!」とは言わないものだ。
上条が一つ2000円もするホットドッグを食べているのは、彼の絶叫を聞いて、なんだか悪かったなと思った美琴が「なんか買ってあげるから立ちなさい」と言ったからだった。
これは、まぁ結果オーライなんじゃないだろうか。
やきそばパンとジュースを生贄に手に入れた、高級ホットドッグの味を噛みしめながら、上条は思う。
横で一緒に同じホットドッグを食べている美琴は、ホットドッグを食べることに夢中な上条に、話かけられずにいた。
でも、二人きり。傍から見たらカップルに見えるんじゃないだろうか。それにしてもおいしそうに食べる。そんなに上手いのか。食べ終わったら何話そうか。あんたに似た猫の
こと、昨日手に入れたゲコ太のこと、あれ?あんたまた怪我したの?また、どこぞの女を助けようとして――あ、そうだ、一端覧祭。一端覧祭の約束を取り付けよう。なんか約
束なんて恥ずかしいな。また罰ゲームふっかけてやろうか。
こうした話したいことのあれこれはたくさんあるのに、いつも胸の奥でつっかえて話せない。あんたが無視したり、喧嘩になったり。
色々と考えを巡らせながら、ようやくホットドッグを食べ終えたようだ。美琴は大きく息を吸って、
「あ、あのさ……一端覧」
「ふぅ、上手かった。ありがとな。じゃ、帰っていい?」
と、美琴の勇気を振り絞って言おうとしたことを遮って、上条は椅子から立ち上がりながら、なんとも薄情な言葉をかける。そもそも上条の幸せの結晶を粉砕したお詫びとい
うことなので、薄情というのは多少語弊はあるのだが。
キョトンとした美琴の是非を問わず、「まずは飯作んなきゃ……」とかいいながら、そそくさと立ち去ってしまった。
美琴は、あの猫が言っていたことがわかった気がした。
「バカ!!人の気持ちも知らないで!!」
大きな声でそのバカの背中に叫ぶが、届かない。
end