「大体、アンタはいっつも私をスルーして―――」
「ちょっ!?また電撃を飛ばすなよ!」
学園都市のとある夕方。あまり人通りの無い通学路で、二人の男女の言い争いが起こっていた。
彼らにとってはいつもの光景で、はたから見ればただの喧嘩のようで、同世代の人々から見れば痴話げんかのようで…
そんなやりとりが交わされていた。
通行人の好奇な視線にも関わらず、二人は大声を張り上げて言い争っている。
夕焼けに照らされた二人の表情もまた印象的だった。高校生の少年のほうは気だるそうにしていて、中学生の少女は眉を吊り上げながらも、どこか楽しそうで、頬を赤らめていた。
その光景を見ていた一人の少女が溜息をついた。
彼女は、その場から一瞬で姿を消した。
そして、言い争いをしている二人の眼前に現れる。
「お姉さま!こんなところにいましたの!?」
「うわっ!?黒子!」
御坂美琴は、『瞬間移動(テレポート)』で目の前に現れた白井黒子に驚いた。黒子はすぐさまお姉様の腕に手を回し、
「こんの類人猿!性懲りもなくお姉様に近づくとは!本当にいい度胸をしていますわねぇ!」
黒子の罵声を聞いた高校生、上条当麻はツンツンとした頭をかきながら、+
「やっと白井が来たかぁー…って、類人猿は言い過ぎじゃないかと上条さんは思うのですが!?」
「…わたくしの警告を何度も無視してお姉様に近づく輩は、サル並みの知能ですの」
「俺から御坂に突っかかったことって、一度も無いような…というか御坂からいつも突っかかってくるんだぞ?」
上条の言葉に、御坂は喰いかかった。
「なっ!?何それ!私が一方的にアンタに気があるみたいじゃない!」
「…は?」
間抜けな声を出した上条当麻を見て、御坂美琴はハッと口に手を当て、みるみる顔を赤くした。
御坂の表情を見た白井黒子はワナワナと体を震わせて、
「ムキーッ!おのれぇ!恐れ多くも御坂お姉様の気を惹くなんて!こンの類人猿があああっ!!」
「不幸だーっ!」
上条当麻が追い払われた後、御坂美琴と白井黒子は二人で常盤台の女子寮まで歩いていた。ちなみに白井黒子は御坂の腕に両手を絡めている。下級生の嬉しそうな顔を横目に、複雑な表情で彼女を見つめる。
「黒子、ちょっと離れなさいよ」
「いやですわ。お姉様に言いよる男は全てわたくしの敵ですの!」
「……そう」
メラメラと燃える黒子の瞳を見て、御坂美琴は、ふぅ、と大きな溜息をついた。
「と・く・に!私の目が黒いうちは、あの類人猿だけは放っておけませんわ」
「なっ!何よそれ!なんでアイツの事をっ…」
その言葉に、御坂は過剰に反応を示した。
彼女の頬を朱に染める表情を見た白井黒子は、
「…上条さんのこと、好きなんですよね?」
御坂美琴は言葉を詰まらせる。
視線をあちこちに向けていたが、白井黒子の真剣な瞳を見た彼女は言葉を失った。
そして、
「…………うん」
かき消えそうな声で御坂美琴は、はっきりと頷いた。
その時、彼女の腕を掴んでいた白井黒子が、無言で力を込めた。
若干、窮屈に感じた御坂美琴だったが、俯く彼女を見て、何も言わず歩き続けた。
時刻は夕方。
日は傾き、茜色の空が広がっていた。
多くの生徒が下校時間を迎え寮へと帰宅する中、とある男子寮の一室で少年は小さな溜息をついた。
「…ふぅ」
彼の溜息が聞こえた少女は、彼の方へ体の向きを変えた。
「どうしました?当麻さん」
当麻、と呼ばれた少年、上条当麻は脱ぎ散らかしたワイシャツを手に取った。
今、上条当麻は何も着ておらず、彼に問いかけた少女もまた、ベッドのシーツに包まっているだけでブラもショーツも履いていない。若い男女がベッドの上で、裸のまま何をしていたかなど聞くまでも無いだろう。
「…別に、ただ夕飯をどうしようか考えていただけだよ」
「お惣菜が冷蔵庫に残っていましたよ?おかずはそれで十分でしょう?」
「いやぁ、なんか、こうさ…今日は久しぶりに、ハードなセックスだったから、腹が減ってさあ。肉なんか、がっつり食べたい気分かなー、とか思っちゃって…」
「うふふっ。確かに、今日は何時に無く激しかったですね。二回も気を失っちゃいましたし、すごく気持ちよかったです♪」
途端、彼女のお腹から、ぐぅ、と音が鳴った。
その音を聞いた上条は笑いだし、顔を赤くした少女は恥ずかしさのあまり、手元にあった枕を投げつけた。
ごめんごめん、と手を合わせる彼を見た少女は、床に落ちているリボンを指差す。それを手に取った上条は、慣れた手つきで彼女の長い髪を結え始めた。
ボサボサになった髪をブラシでとかし、丁寧に束ねていく。
その途中で、ふいに上条当麻から声がかかった。
「なぁ…」
「…何です?」
「御坂に何時まで黙っているつもりなんだ?黒子」
ぴたりと、ブラジャーのホックを止めようとしていた少女の手が止まった。
黒子と呼ばれた少女、白井黒子は一度俯くと、口を開いた。
「お姉様が当麻さんのことをどう思っているか…気づいているでしょう?」
彼女は重い口調だった。
上条当麻は白井の髪を結えながら、
「…ああ、なんとなくはな」
と、返答した。
そう、
上条当麻と白井黒子は恋人同士だった。
付き合い始めてから半年も経っていないが、すでに何度も体を重ねていた。どのようなものが好きか、あるいは嫌いか、身体のどこを責めたら感じるか、互いのことを知り尽くしている。
だが、その関係を知る者はいない。
知られてはいけない。
そうなれば、二人を囲む人たちの関係すらも変わってしまう。
「当麻さん…」
震える声で、白井黒子は呟いた。
「私…怖いんですの。お、おね、お姉様に…私たちの関係を知られてしまうのが、怖くて…もし、私が、当麻さんのことを好きだって言ったら、お、お姉様は…っ!」
上条は何も言わず、震える彼女を抱きしめた。
白井黒子の頬にそっとキスをする。
「黒子の心の整理がついたら、二人で御坂に言おう。それで良いじゃないか」
「で、でもっ…」
「大丈夫。俺がビリビリに負けることなんて無いから。今日の勝負で一七八連勝だしな」
上条は、柔らかい表情で白井黒子に笑いかけた。
彼女は恋人の精一杯の笑顔を見て、ぷっ、と頬を膨らます。
「…あはははっ。頼りにしてますわよ。とう――」
そこで彼女の言葉は止まる。
白井黒子の唇は、上条当麻の唇によって塞がれていた。
数秒の後、唇を離した二人は近距離で見つめ合う。
無言のやりとりが続く中、先に口を開いたのは上条だった。
「黒子…好きだ」
真摯な眼差しで、上条は彼女を見つめる。
そして、
彼女もまた、
「私もですわ、当麻さん…愛してます」
カーテンの隙間から夕日が照らす中、二人の唇はまた重なり合った。
互いの温もりを感じ合う二人。
彼らのキスは、とても切なく、とても甘かった。