――暗いんだよな、この人  
――髪型が変  
――残念美人  
 
職員達の心を読んで知りたくないことを知ってしまった私は、結局彼らを食事には誘えず、一人でトボトボと歩いていた。  
私の右手は夕食の材料が詰まっている袋を掴んでいる。  
それが私の日常だったからか、考えたことはなかったが、一人で食べる食事というのは案外味気ないものなのかもしれない。  
しかし彼らの気持ちを知ってしまった今となってはもう誘うことは出来ない。  
興味本位で人の心を覗いたバチが当たったのだろう。  
私の責任だから仕方がない。  
人の目は気にならないはずなのだが意外と傷つくものなんだな。  
失敗だ。  
これからはこんな失敗はしないように気をつけよう。  
あの子達のためだ。  
落ち込んでいてもしょうがない。  
でももしかして私って不――  
 
「不幸だ―――――!!」  
 
どこかで誰かが叫んでいる。  
私の心の声を代弁してくれた人がいた。  
高校生くらいの少年。  
その少年は街中を全力で走っている。  
その後ろには資料で見たことがある顔があった。  
御坂美琴。  
理由はわからないが、その人は学園都市レベル5に追い掛け回されているようだった。  
あれは確かに不幸だな。  
学園都市の人間の憧れであり、目標であり、最強の人間の一人。  
その能力者に追い掛け回されるなんて一般市民にとっては恐怖でしかない。  
特に電気を操る彼女は能力の使い方次第で本当に進化する。  
見た感じでは体外に電気を発生させて攻撃することしかしていないようだ。  
勿体無い気はするが、それが彼女なのだろう。  
他のレベル5と違って危ない雰囲気は持っていないが、もしあの計画を知ったら彼女はどうなるのだろうか。  
まあ今の私には関係ないな。  
私は早くあの子達をなんとかしなければいけない。  
 
なぜか気分が軽くなった。  
あの少年の不幸を目にしたからだろうか。  
少し楽しく、少なくともさっきよりは楽しい気分で家へ帰ることができそうだ。  
 
 
「もう出て来ても大丈夫だ」  
 
私は歩道の茂みに向かって、そう声をかけた。  
私の声に反応し、一人の少年が辺りを見回し警戒しながら茂みから姿を現す。  
見ると、服に大量の落ち葉をまといつかせている。  
息を殺し地面に腹這いになり、災厄が通り過ぎるのをじっと待っていたのだろう。  
 
「た…助かったのか? これは…夢?  
 上条さんが、綺麗なお姉さんに救われるなんて事が……」  
 
そんな事をぶつぶつ呟く少年を見ながら、私はこうなった経緯と今後の対処を検討する。  
遠ざかって行った叫びを後にし、家路へと向かっていた私の前に再び現れた少年。  
路地から飛び出して来た少年は、その勢いのまま茂みへとダイブする。  
驚いたが、追跡を逃れる為に街の一角を一周してきたのだろうと推測できた。  
少し遅れて路地から飛び出してくる御坂美琴。  
どっちへ行ったのよー? とキョロキョロ辺りを見回す彼女に私は声をかけた。  
どうして私から声をかけたのかは、よくわからない。  
幾分軽くなった気分がそうさせたのだろうか。  
 
「不幸とか叫ぶつんつん頭の少年なら、あっちに行ったぞ」  
「えっ、あ…あの、ありがとうございます」  
 
短い遣り取り、彼女はぺこりと頭を下げ再び追跡を開始する。  
今日こそ決着を……、そんな事を叫んで消えて行く彼女に、少しだけ罪悪感を感じるが。  
レベル5の一人から一般市民を守る為だ、深く考えないようにしよう。  
さてと、この後はどうするか。  
そこまで反芻し、私は少し自分の行動が可笑しくなった。  
これでは、行き当たりばったりの考えなしではないか。  
今日はどうかしているな。  
職員達を食事に誘おうとしたり、無関係の人間を助けようとしたり。  
私には、あの子達の為にやらなければならない事が山積みなのに。  
綺麗なお姉さんか、今迄言われた事がなかったな。  
残念美人と綺麗なお姉さん、私は今日聞いた言葉を比べてみる。  
そうだな。  
沈んでいた私を楽しい気分にさせてくれたお礼だ。  
乗りかかった船、と言う言葉もあるし、少年にもう一声だけかけてみようか。  
それで最後にして、私はいつも通りの日常へと返る事にしよう。  
決して、綺麗なお姉さんが嬉しかったから声をかけるわけじゃないからな。  
 
災難だったな、と私は未だに独り言を呟く少年に声をかけようとした。  
が、私が口を開く直前、少年はハッと目が覚めたように私に視線を合わせると、  
 
「ありがとうございますぅぅうううう!!」  
 
いきなり土下座を実行し、お礼の言葉を大声で発した。  
面食らう私に対して、少年は面を上げ尊いものでも見るようなキラキラとした視線を送る。  
そして、その視線がフッと私の右手の袋に止まると、何やらくぐもった音が耳に届く。  
私は研究者として常に冷静な観察者を心がけているつもりだったが、  
この少年が見せる突然の行動には、いささか意表を衝かれていた。  
だからだろう、私が自分でも意図せぬ言葉を口にしていたのは、  
 
「良かったら、一緒に夕飯を食べないか?」  
 
 
ほんとうに今の私はどうかしているな。  
まったく見ず知らずの少年を自分の部屋まで連れていこうなんて。  
いや、ここで彼をこの場に置いていけばいずれ彼女に見つかるだろう。  
彼女はレベル5。  
彼と彼女の関係は私の知るところではないが、彼女の様子から察するに、よもや痴話喧嘩ではあるまい。  
それに、もはや思い出したくもない話だが、かつて私は教育者だった。  
やはり多少なりとも子供に対する配慮の情が湧くものなのだ。  
つまり私は彼の身の安全を考慮した上で招待しているのだ。  
………いかん、私は一体誰に言い訳をしているのだ?  
「あのー………」  
少年がおずおずと話しかけてきた。  
「ん?」  
「本当に…その、夕飯を………」  
…まあ疑いを持つのも当然か。  
赤の他人に食事に誘われてはいわかりましたと素直に頷くようであれば、それは彼の両親及び教師の失態だ。  
そもそも私は社交辞令として口に出しただけだ。  
そこに固執する理由など無い。  
「ああ、別にかまわない。君もお腹を空かせているのだろう?私も多少は料理を作れるからな」  
………あれ?  
 
「じゃー上条さんはお言葉に甘えさせていただきます!!」  
どうしよう、社交辞令だったのだが。  
しかし今更断ったら、土下座をしながらグバァーという音が聞こえるほど頭を下げた彼に対して、負い目を感じるに違いない。  
いや別にそれはそれでかまわないが。  
しかし私はあの子たちが来るまでは教育者として在りたいのだ。  
だから決して綺麗なお姉さんと言ってくれたこととは関わりはない、無いのだ。  
「あっ!!ではお荷物をお持ちします!!」  
思考を巡らせていたため、彼の申し出に気付かなかった。  
そして、彼の手が私に触れてしまった。  
「〜〜〜〜〜ッ!!」  
「へっ?あっ!!すすすすいません!!!」  
思わず手を引っ込めてしまった。袋から手を離してしまった。  
………なぜ私の頬は熱を帯び始めているのだ?  
「………いや、気にしなくていい。では行こうか」  
せっかくだ。  
荷物は彼に持ってもらおう。  
 
 
今、私は少年と二人で歩いている。  
社交辞令を口にして引っ込みがつかなくなってしまったのが理由なんだが、あまり悪い気はしていないのが不思議だ。  
少年は嬉しそうな顔をして私の持っていた荷物を持って隣を歩いていた。  
その荷物の中からネギが飛び出ているからか、しきりにそのネギを気にしている。  
名前は「上条当麻」というらしい。さて、なんて呼ぼうか。  
たしか仲良くなるためには名前で呼ぶべきだ、と本で読んだ覚えがある。  
じゃあ『当麻』か。先ほど会ったばかりだというのに早速名前で呼ぶなんて失礼ではないだろうか。  
呼んでみてから決めたらいいか。何事も実験だ。  
よし。  
 
「と、とうまは、何をやっていたんだ?」  
「わっ、い、いきなり名前を呼び捨てですかっ!? でも年上の美人さんに呼ばれるのって悪い気が―――」  
 
とうまはまだ言葉を続けているようだったが、嫌がってはいないのはわかった。  
どちらかというと悦んでくれているようだ。しかしこれでは呼ぶのに一苦労だな。  
緊張したせいで声が裏返ってしまった。次は気をつけよう。  
御坂美琴との関係を訊いてみると、顔を合わせる度に一方的に襲われている、ということらしい。  
よくはわからないが、これも好ましい関係なのだろうか。  
とうまと話しながら歩いている。こんなことをしたのはいつ以来だろうか。  
私の人生で人と関わるのは学校の先生をやっていた頃だけだったと思う。  
 
などと考えていると、私にとっての天敵が現れた。  
ヤツは前から歩いてくる。遠くの街灯に照らされ、一瞬だけ顔が見えただけだが忘れるはずもない。  
私とヤツの間には少なからず因縁がある。  
どんどんと近づいてくる。ヤツにとって私はなんでもない存在なのだろう。  
くそっ。  
ヤツの顔や手は、しわくちゃだ。シワで身を包んでいると言ってもいい。  
身体は灰色の制服で全身を覆い、頭には角ばった帽子を被っている。帽子には『清掃』という文字が書かれていた。  
意外にも服にはアイロンをかけているようで、顔とは違い服にはシワ一つない。  
もしかして全身を覆っているシワはコンプレックスなのだろうか。  
だから服だけでもシワがないようにしたいとか……。  
冷静に対象を観察しているが、つい最近私はヤツに苦い思いをさせられている。  
あれは『量子変速』を試そうとしていた時だった。  
私が公園でゴミ箱を漁っていると突然後ろから声を掛けられた、と思った瞬間私は地面に叩きつけられた。  
正確に言うと、私が掛けられた声に反応して振り向いた瞬間にヤツのビンタが私の左頬にヒットし、吹っ飛ばされた、ということになるのだろう。  
客観的に改めて分析すると酷すぎないか?  
私はただゴミ箱を漁っていただけだ。それに一応女だぞ?  
なのにヤツは「コリャーー!!」という怒声とともに私を吹っ飛ばした。  
いいのか? 赤の他人にそんなことをして。  
現代社会では許されない行為とされてしまうかもしれんというのに。  
いくら私でも教え子達にそんなことは教えない。  
もし教えたとしても、道徳の時間に問題提起していると思う。  
そうだな。私の言い訳も含めてこういう風に言ってみるだろう。  
『ゴミの分別をしようと私がゴミ箱を漁っていたところ、突然後ろから殴り飛ばされた。これについてみんなはどう思う?』  
目的のものを探していただけだから、ゴミの分別と言っても許されるはずだ。  
そもそもヤツはその分別をせずにゴミ箱に入れていたから、私がゴミ箱を漁っているということに気が付いていない。  
もしもアルミ缶だけで分けていてくれたなら、私はゴミ箱を漁らなくて済んだんだ。  
 
思考を路頭に迷わせ、なぜか火照ってしまった頬を忘れるようにしたのだが上手くはいかなかったようだ。  
私の頬はまだ熱を帯びている。  
しかしその間にヤツはどこかへ行ってしまったようだ。いつの間にか姿が見えなくなっていた。  
よかった。やはりあの清掃おじさんの眼中に私は入っていないようだ。  
再び少年を観察する。相も変わらず少年は嬉しそうな笑みを浮かべて喋り続けていた。  
屈託のない、無邪気で純真な笑顔を私に向けている。  
ますます体温が上がった気がした。  
そんなことを考えている内に、とうとう私の家に着いてしまった。  
 
 
「いやぁー。セキュリティーがしっかりしたマンションですねぇ、春生さん」  
「あ、ああ。仕事柄そういう事には気を配らないと上がうるさくてな」  
 
エレベーターの天上を眺めて、ホヘェーとしきりに感心している少年。  
あー、少年ではなく当麻と名前で呼ぶんだったな。  
男性の苗字なら呼び慣れているが、名前で呼ぶのは構えてしまうな……変に体が熱くなるし。  
それに私から言い出したとはいえ、下の名前で呼ばれるのも…その…何だ……、  
恥ずかしいような…その……嬉しいような――――。  
ええい、何を動揺しているのだ私は。  
こういう時は思考の切り替えが必要だ。  
ふむ。見た目じゃ分からない監視カメラに気付く事と言い、ここに来るまでに聞いた話を総合すると、  
当麻はなかなか稀有な人生を歩んで来たようだ。  
私はカウンセラーではないから最適な対処法は分からないが、一般的にはこうするのか?  
私は頭に浮かんだ行動を無意識に実践していた。  
 
「……(ギュッ)……」  
「な、なななナニを…はは、春美さん…!?」  
 
あれ? 私は何をやっているんだろう。  
えーっと、両手を当麻の体に回して締め付けているな。なるほど、いわゆる抱擁と言うやつか、これは。  
………………………!?  
慌てて腕を離し後に飛び退くが、狭い室内ではそれほど離れることなど出来ない。  
私はぶつかった扉に方向転換すると、どくどくと早鐘を打つ胸を手で押さえ何とか静めようと試みる。  
しかし鼓動は、無駄な努力と嘲笑うかのように一向に治まってくれない。  
 
「そ、その…済まない。突然、変な事をしてしまって……」  
「綺麗なお姉さんに抱き締められるなんて幸運を、変な事だなんてトンでもないっ!!  
 こんな日が訪れるなんて……、上条さんの心は感動の嵐に包まれています。  
 ……………………い、生きてて良かった」  
 
とりあえず謝罪しなければ、と口した私の言葉に予想外の反応が返ってきた。  
ちらっと後を振り返ると、そこには瞼を閉じ目から大量の涙を流す当麻の姿が。  
プッ、思わず噴き出してしまった。  
込み上げる笑いの発作を抑えていた時、微かな駆動音を響かせ扉が開く。  
私が住む部屋の階に到着したのだ。  
こっちだ、と当麻に声をかけ扉から出たところで限界がきた。  
私は笑いながら部屋へと向かう。  
何時の間にか、胸を押さえていた手がお腹へと移動していた。  
不意に私は気付く。  
笑ったのなんて、あの子達と過ごしていた時以来だった事に。  
……そうか、私は笑っているのか。随分笑ってなかったんだな。  
そしてもう一つ気付いたのは、部屋に男性を招待するのが始めてだった事。  
あー、こういう時は何て言えば良いんだったかな? 私は部屋のロックを解除しながら、  
昔ちらっと見たTVドラマで気の利いた台詞は無いかと思い返してみる。  
確かこんな風に言っていたな。  
私は部屋のドアを開け後を振り返り、その台詞を口にした。  
 
「私、一人暮らしで部屋には誰もいないから」  
 
私は何か可笑しな事を言ったのだろうか?  
部屋に入る当麻の動きがぎくしゃくしている。  
普通、手と足は左右交互に出すものだが、どうして同じ方を出しているのか。  
まあ気にしないようにしよう。そんな事より夕飯の準備を考える方が先決だ。  
食品売り場に『今夜はすき焼きだ!』、とデカデカと書かれていたから何となく買ったが。  
一人だとあまり鍋料理はしないからな。どこに鍋を仕舞ったか先ずは探さないと。  
 
「当麻はここに座って待っててくれ。なるべく早く準備するから」  
「トンでもないです。 わたくしめもお手伝いさせて頂きますとも」  
「いや、客にそんなはさせられないだろう。すき焼き用の鍋を探すから――」  
「す、すき焼き!! やはり上条さんが睨んだ通り、このおネギさんはその具材であったんですね」  
「あ、ああ」  
「野菜の下拵えは、不肖わたくしめにお任せ下され。春生様はお鍋の探索を」  
 
お、押し切られてしまった年下の少年に。  
少し情けなさも感じるが、その方が早くて効率が良いと納得しよう。  
それに、当麻も義理で言っている訳でもないようだ。  
袋から材料を取り出す度に、お、おおー、と目を輝かせて喜んでいるしな。  
しかし、私は割り下は使わない関西風が好みなんだが。  
元教育者として未成年に供する食べ物にお酒を使うのは如何なものか? と少し躊躇われる。  
そう言えば、無礼講という言葉もあるな。  
アルコール分もほとんど飛ぶだろうし、今日くらいは構わないか。  
良し、そう納得しよう。  
 
「はふはふっ、この牛肉と生卵のハーモニーに上条さんはクラクラですぅぅ。ぅ熱っ!?」  
「もうちょっと落ち着いて食べないと火傷するぞ」  
 
私は自分の箸も進めながら、至福の表情で食事をする当麻を観察する。  
ほんとによく喋り、よく食べる。  
見ているこちらまで食事が美味しく感じられる。  
いや、実際に美味しいのか。誰かと一緒に食べる食事というのは。  
お陰で私も普段以上に食べているな。  
鍋物と言う事もあるだろうが、そのせいか? さっきからやけに体が火照って暑いんだが。  
 
「ぶほぉぉ――ッ!? なななナナナ何で服なんか脱いじゃってんですかぁぁ――ッ!?」  
「いや、暑いから」  
「……暑いって!? はっ、春生しゃん……ししし下着ぃぃ――ッ。下着が丸見えですよぉぉ!?」  
「ああ、そーだな」  
「なッ!? ナンでそう平然としてんですかぁぁあああ!!」  
「下着は水着と同じだから問題ない」  
「へ!? いやいやいや、あのー、黒のブラジャーが透けたりなんかして地肌が見えちゃってんですけど。  
 それで水着と言うのは無理があるじゃないか、と上条さんは思いますがどうでせうか?」  
 
私は当麻の指摘に自分の胸元を眺めて見る。  
……なるほど、確かにレースの刺繍の他の生地は薄いから透けているな。だが、  
 
「乳首が見えてないから問題ない」  
 
 
「ち、乳首ってアンタ……いいから服を着てください!!」  
当麻はいったいどうして慌てふためいているのだろうか。  
そもそも布面積は下着の方が水着より若干上回っているし、  
私自身はあまり関心は持たないが、最近の流行からいえばもはや水着と称しても相違ない服装が主流だ。  
水着が下着とほぼ同じであることは先に述べた通りだ。  
いったい何の問題があるというのだ?  
「い…いやその……目のやり場に困るというかなんというか…」  
「…なるほど確かにな。私のように起伏に乏しく肌も荒れ始めた女の肢体は見るに耐えないからな、はぁ………」  
………私はなぜ落ち込んでいるのだろうか。  
「んなこと言ってないですよ!!その………春生さんが色っぽいというか…エロいというか………」  
「そ、そうか………」  
………私はなぜ喜んでいるのだろうか。  
それにしても暑いな……  
「冷蔵庫から飲み物を取ってくる…」  
「は、はぁ………」  
今日の私はどうかしているな…少し頭を冷やそう。  
次の行動をそう定め歩を進めようとした瞬間、世界が歪んだ。  
「あらっ?」  
「春生さん!?」  
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  
 
どうなったのだ……?  
ガシッと体を誰かに掴まれた気がしたが……  
ん?どうして目の前が天井なんだ?  
ああそうか、私は倒れたのか。  
「春生さん!?大丈夫ですか?」  
心配そうに覗き込む顔が写った。  
ああそうか、私の体を抱いているのは当麻か。  
「春生さん…?」  
当麻の顔がどんどん近づいてくる。  
まったく心配性だな、私は何ともないというのに。  
「ちょっ、春生さん待った待った!!」  
ん?私の腕は……彼の頭?  
ああそうか、私が彼の顔を近づけているのか。  
「春生さん!!まずいですって!!」  
まずい?何がまずいというのだ?  
もう少し論旨を正確に話したまえ。  
近年の若者たちの日本語の乱れというのは想像以上に深刻だな。  
「日本語とかそんなじゃなくてですね!!春生さんがまずいんですって!!」「まずい?私が?」  
「はい!!」  
「そうか………」  
個人の勝手な想像や空想、予想を結論としてしまうのは、研究者の姿勢としてはいただけないな。  
「は……春生さん?」  
結果とは一回の試みから生まれる。  
そして常識とは億万回の結果の積み重ねだ。  
自分勝手な妄想を常識と定義されるのは、甚だ不快だな。  
「は、るみさん………待っ」  
「まずいかどうかは…試さないとわからない………ン」  
「ング………………」  
 
 
――本当に、今日の私はどうかしているな。――  
 
 
 
 

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