その日、珍しく美琴に捕まる事も無く、ひと気の少ない公園をとぼとぼと寮に向かって歩いていた上条当麻は、  
「殿方さぁーん!!」  
 その聞き覚えのある独特な呼び方に、ぎくりと肩を震わすと脱兎のごとくに走り出そうとした。  
 しかし、  
「どわっ!? お? おぐふぅ……」  
 上条の視界は何者かによって闇に閉ざされてしまった。  
 柔らかく頬を挟むぬくもりと、鼻と口を封じるつるりとした布地の感触、それから微かに感じる湿り気に、  
(最後に見たのは確か……、豪華なレースの小さい三角形の布……)  
 そこまで思い出した上条は、とある変わったこだわりを持った人物を思い出して――、  
「ふごがっ!! ふごおお!!」  
「あん。殿方さんの息遣いが感じられて……、気持ちいいんですの」  
 上条の頭をがっちりと抱え込んだ白井黒子は、うっとりした声を上げる。  
 そう、上条を逃すまいと白井は、上条の顔目がけてテレポートしたのだ。  
 そんな訳で、白井の股間に口と鼻をふさがれた上条は、じたばたと暫くもがいたのだが、やおら白井の足首をがっちりと掴むと、  
「おがががが……だあっ!!」  
「きゃ!?」  
 無理やり足を引き剥がれて、白井の体が大きく傾く。  
 しかし、そこは我らが上条当麻、器用に両手で白井を抱きとめると、無事地面の上に白井を降ろす。  
「ぐ、ぐはっ! っ、は、はぁ、はぁ、はぁ」  
 そこでひと段落ついたのか、上条は両膝に手を置いて体を支えながら全身で息をする。  
 そんな上条に屈託のない笑みを見せる白井は、  
「あら? 殿方さん――いえいえ、ここは2人っきりですから、『当麻さん』とお呼びした方がよろしいかしら? それともそれとも、『ご主人さま』と恭しくお呼びするのも悪くありませんわね? ね、どちらがよろしいですか?」  
「元気そうだな白井」  
「嫌ですわ、そんなよそよそしい呼び方。『黒子』とちゃんと下の名前でお呼びになって下さいまし。それとも前回の様に『フランソワ―ズ』でもかまいませんですわよ?」  
 全く話がかみ合わない事に上条がうんざりしている一方、白井の方は、ほら、と言いながら鞄の蓋を開けた。  
 すると中から出て来たのは、真っ赤な犬の首輪と、ふさふさの長い毛が付いたもの。  
「あ……」  
 その見覚えのあるアイテムに、上条が愕然としていると、  
「いつ何時当麻さんから求められましてもいいようにと、常に持ち歩いておりますの」  
 そう言って鞄を地面に置いた白井は、首輪を胸の辺り、ふさふさをお尻に当てがって楽しそうにほほ笑む。  
 そんな白井の姿に上条は、ある忌々しい記憶を呼び起されていた。  
 その記憶とは――。  
 
 
 そこはどこか豪奢な雰囲気のある大きな部屋だった。  
 上条の目の前には、全裸に、先ほどの赤い首輪をした白井が惜しげも無く両足を開いてしゃがみ、犬がする『チンチン』のポーズを取っている。  
 口にはめられたボールギャグ――穴付きボールのついた猿ぐつわ――のせいで、だらだらと涎を垂らして荒い息を吐く姿は、まさしく犬のそれだ。  
「さあフランソワーズ、このパドルを取ってこい」  
 上条がそう言って、手にした木製のパドルを下投げで無造作に投げると、  
「オァンれおわ。ハッハッハッハッ……」  
 嬉しそうに四つん這いで走り出す白井。  
 その、むき出しの生尻には先ほどのふさふさの毛が、これも犬の尻尾の様にゆらゆらと揺れている。  
 走っていた白井の姿を、じっと黙って眺めていた上条だったが、パドルの所まで辿り着いた白井が何時まで経ってもそこから動かないでいると、にわかに表情を歪めた。  
「どうしたフランソワーズ? 何愚図愚図してんだ?」  
 感情のこもらない冷たい声でそう言いながら近づいて来た上条に、それまでパドルを鼻先で転がしていた白井が、涎まみれの顔を上げた。  
「オア? ほのうひほあ、うあへはへはへうわ」  
 白井は何かを伝えようとするが、ボールギャグが邪魔をしてもごもごと言うばかりで言葉にならない。  
 ところが、  
「口答えすんじゃねー、フランソワーズ。俺がやれっつたらギャグ噛ましてあろうが咥えてくんだろうが?」  
 上条はそう言うと、白井の片方のおさげを右手で掴んで、グイッと床からひっぱり上げたのだ。  
「ぶふっ、うあう゛、あ゛ぶっ!」  
 痛みに顔を歪める白井に、上条はにわかに顔を引きつらせながら、  
「お、お前みたいに言う事聞かない馬鹿犬にはお仕置きが必要だなあ?」  
 そう言いながら、空いた方の手をおずおずと白井の尻の方に伸ばすと、尻尾の根元を掴んでゆっくりとこねまわしたのだ。  
 すると急に、白井が身をくねらせ出しす。  
「ぶふっ! ぐっ、ぐぅぅんん……」  
 さらには、のどを鳴らして媚びる様な仕草まで見せ始める――この変化の秘密は、上条が掴んだ尻尾にあった。  
 この尻尾状のものの先端には、自由に膨らませる事が出来るバルーンが付いていた。  
 そのバルーンは今、何処へ行ったのか? それは……、  
「このままこれを引き抜いちまおうか? そしたらフランソワーズに本物の尻尾が出来るかもなあ」  
 上条が尻尾をぐいっと引くと、ふさふさに隠れていた後ろすぼまりが姿を現す。  
 何時もならきゅっと閉じているかわいらしいすぼまり――しかし、今は無残にめくれて赤い縁をさらしながら飲み込んだバルーンの一部を覗かせている。  
「はめへぇ……、はべへふああうぅぅ……」  
 上条を止めようと必死にしがみ付く白井、だがその表情は何故だかとろけそうな笑みを浮かべていて、  
「(まだ続けんのかよ……?)」  
 そう耳元で小さく呟いた上条に、こくりとうなずいてみせたのだった。  
 それを見た上条は、がっくりとうなだれる。  
(何で俺がこんな鬼畜プレーを? 不幸だぁー……)  
 心の中でそう嘆くも現実は変わらない。  
 それは上条も理解している様で、苦虫をまとめて十万三〇〇〇匹くらい噛み潰した様な渋い表情を浮かべてから、  
「よぉし、今からこのパドルでお前の尻が真っ赤になるまで叩いてやるからなあ」  
 尻尾から手を離すと、床の上にあったパドルを手に取った。  
 
 場所を変えて、上条の膝の上にうつぶせに乗せられた白井、  
「うあ゛、はべへうああー」  
 妙にうれしそうにお尻を振る姿に、上条は心底うんざりしながらも、  
「さあいくぞー――いぃち!」  
 白井の引き締まった尻たぶにパドルを振り下ろす。  
「はぶっ!」  
 小気味よい音と共に、ギャグから涎を噴き出して白井がのけ反る。  
「にいぃ!」  
「あがっ!」  
「さん!」  
「あぶっ!」  
 息の合ったテンポで繰り返される、上条の声と、尻肉を叩く音と、白井の悲鳴は、この後、10分近くに渡って続くのだった。  
 
 
 と、そんな事を思い出した上条は、頭を抱えてしゃがみこむ。  
「ああ……俺の……、俺の健全な学園生活が……不幸だー……」  
「何をおっしゃっていますんですの?」  
「お前ら一体そろいもそろって何考えてやがんだよ? まさかお嬢様学校ってのは俺の想像以上の魔窟だったりするのか? 秘密の花園でキャッキャウフフと言うのは幻想なのか?」  
 俺の幻想は何時の間にぶち殺されちまったんだぁ、と吠える上条を、白井は目を丸くして見つめていたのだが、  
「ほんと、こうして何度お会いいたしましても新鮮味が失われませんわね。で、何ですか? お姉様とわたくしの『性』の知識に関心があると?」  
「?」  
 上条は、本日初めて話がかみ合った事に、にっこりとほほ笑む白井を見上げる。  
 しかし、  
「確かに奥手のお姉様があのように開花されるとは思いもよりませんでしたが、これもひとえに、この黒子の努力の賜ッ!」  
 ぐっと拳を握り締めた姿を見やって、やぶ蛇だったと肩を落とした。  
 その一方、白井はと言えば、  
「あの日、お姉様と当麻さんとが結ばれた日から、黒子は、来る日も来る日も、お姉様に色々な事をお教えしましたの」  
 まるで水を得た魚の様に生き生きと喋る喋る。  
「ある時は、独り言を装い女性のあるべき姿を語り、ある時はさり気無く目に付く場所に本を置く、そして、眠ってらっしゃるお姉様の耳元で、毎夜の毎、甘ぁく、優しく、囁いたのですわぁー」  
 終いにはくるくると回りだした白井の告白に、  
「お前か!? お前が原因なのかよっ!!」  
 上条は拳を握り締めて立ち上がると、またもやうがぁと吠えた。  
 ところが、  
「ええ。どうです? お姉様の『淑女』っぷりは? 当麻さんのお気に召すようになりましたんですの?」  
 全くどこ吹く風の白井の態度に、上条はまたもやがっくりと肩を落としながら、  
「お前なー、どぉーっこの世界に道具から場所から自分で準備して調教フルコース頼むような淑女がいるんだよ」  
「あら? やっぱり当麻さんとしては、『や、やめてっ!?』『馬ッ鹿、お前は今日から一生俺の肉便器になるんだよ』『ああっ、後生ですから助けて下さい』『へへ、諦めるんだなぁ』って感じの方がよろしかったんですの?」  
 突拍子もない話の流れに、上条の頭は真っ白になった。  
 
 そんな上条をよそに、  
「やはり、当麻さんも世の殿方たちと等しく、『強引に事を成す』のがお好きなのですねぇ」  
 白井は人差し指を顎に当ててしみじみと頷く。  
「あの……お前は男にどう言うイメージ持ってるんだ?」  
「『ケダモノ』ですが?」  
「はあぁ?」  
 衝撃に、開いた口が塞がらない上条を前に、白井はびしっと人差し指を突き付けると、  
「まあ、当麻さんはケダモノになるにはもう少し強引さが必要ですわね。この間もあの後あんなに平謝りされましては、何だかこっちが調教している気分でしたわ」  
「そ、そんな事言われても……。てか、もーこれ以上カミジョーさんの日常を破壊しないで下さいまし」  
 上条は、そう白井に手を合わせて懇願したのだが、  
「ダメですわ。今日もしっかりお勉強して下さいまし。そうですわね、今日はわたくしの体にピアスでも付けていただきましょうか? それを見たお姉様がどんな反応を示すか考えただけでも……」  
 すっかり自分の世界に浸って、自分の肩を抱きしめて身震いする白井に、上条は心底ぞっとした。  
「そうと決まれば、さあ、まずはピアスを購入しに行きませんと。わたくしとしましては、フレアタイプのニップルピアスが欲しいんですのよ」  
「ふ、不幸だぁぁぁぁぁ……」  
 白井にがっちりと腕を組まれて引き摺られてゆく上条の叫びが、夕暮れに染まる公園に虚しく響いた。  
 
 
 
END  
 
 

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