『堕落の園、序』
休日の朝、上条当麻は寮を出るととぼとぼと歩いていた。
本日の目的はいつものごとく追試である。
上条は、右手をかざして青い空を見上げた。
「太陽が黄色いぜ」
そう呟いてもうすぐ定年間近の窓際サラリーマンばりの疲れた背中を見せる上条には目下大きな問題が発生していた。
それは、数ヶ月前にさかのぼる。
上条当麻の記憶喪失が、何故だかわからないが御坂美琴――常盤台のエースにして学園都市でも七人しかいない超能力者(レベル5)の一人、天下御免の直情型超電磁少女――にばれたのだ。
口止めには成功したものの、上条が支払った代償は大きかった。
それは『デート』……だけで済めば良かったのだが。
その言葉にプラトニックなものを想像していた上条は、お安い御用とその条件を飲んだ事を今でも後悔している。
(チェリーボーイのカミジョーさんが、まさか中学生を食っちまう羽目に陥るとは誰も想像しねーよなぁ)
そう、上条は初デートにしていきなり美琴と事に及んでしまったのだ!!
だが、それだけなら上条もここまでは悩まないでいられたはずだ。
実はこの問題にはさらなる落とし穴があった。それは……、
(はあ……、今日が休みで良かったぜ……。こう毎日毎日搾られたんじゃカミジョーさんこの歳で赤玉を拝む羽目になってしまいますんで)
そう、初めての日から妙に積極的になった美琴はすっかりエッチにハマってしまっていたのだ。
最近では毎日の様に体を求めてくる美琴に、上条は正直少しまいっていた。
すると、そんな事を考えながら歩いている上条を見つめる1人の少女がいた。
それは、先ほどから上条が心の中で何度もイメージしたあの少女、美琴だった。
「あ、当麻だ」
いつもの様に上条を見つけた美琴は、満面の笑顔で上条の元まで走ってくるが、
(大体何なんだあのサカリようは? あれじゃまるで初めてナニを覚えた猿と一緒だぜ?)
上条は考え事の真っ最中で、いつもの様に美琴には気付かない。
「やっほー、当麻ぁ」
(大体この1カ月で何回やったんだ? え……1……、2……、3……、4……)
「ね、当麻ぁ」
(17……って)
「おいこりゃ土日抜かして毎日じゃねーかよ!! 不こ――」
「当麻ったらぁ―――――」
上条の叫びと、背後からの美琴の抱きつきアタックが交錯した!!
「どわっ!? み、御さ――」
「美琴でしょ? み、こ、と」
上条の言葉を人差し指で遮った美琴は、にっこりとほほ笑んで見せる。
雷撃なら瞬時に対応できる上条の右手も、美琴の新技には無力の様だ。
「み、美琴さん……。今日はどうしたんでせう?」
「やぁーねー、そんな事言わせたいんだー。も、ち、ろ、ん、当麻に会いに来たんじゃない」
「とか言いつつ早速カミジョーさんの股間をまさぐってるそのいけないお手々をどけて下さいませぐが!?」
上条は、いつの間にかと言うか、最近は挨拶代わりに毎度忍び寄る美琴の手を振りほどこうとしたのだが、美琴に先手を打たれて、大事な玉をすり合わせる様に弄ばれると身動きできなくなってしまった。
「なぁにカタイ事言ってんのよぉー。お互い『そう言う』中なんだから……。フフ、カタイのは頭の中だけじゃないのよね当麻の場合」
(不幸だ……)
上条は不幸の味と共にじわじわと這いあがってくる快感を噛締めていた。
すると、美琴はそんな上条の顔を楽しそうに覗き込んでくる。
「じゃ、今日はどこでしよっか?」
「え?」
呆ける上条の前に回り込んだ美琴は指折り数えながら、
「昨日は公園のベンチだったし、一昨日は公園の芝生の上、その前は公園のトイレ……」
「あ、あの……」
「うーん、公園はもう駄目だわね。そしたら最初みたいにホテル? ん……、何か物足んないわね」
「美琴さん?」
「こう何ていうの? 刺激? こうビリビリっと来る刺激が欲しいのよ! そうそれよ!!」
(ビリビリって、ビリビリはお前だろーが)
拳を握り締めてはしゃぐ美琴に、上条は顔を抑えると、指の隙間からうんざりとした視線を送る。
ところが、
「何か悪い事考えたでしょ今?」
「何で心の声に反応すんだよお前は!?」
心の声に突っ込みを入れられ思わず吠える上条を前に何故だか美琴は身をくねらせる。
「考えたんだ」
「え?」
「そうなんだ……、考えたんだ……。ふーん、当麻ってそんな事考えちゃうんだ?」
「あの……」
「いいわよ。私の体、当麻の好きなようにして」
「…………。へ?」
美琴の言葉に上条の思考はピタリと考える事を止めてしまった。
「体に跡が残ると困るんだけどぉー、私はなんたって当麻の『所有物』ですからぁー」
「『所有物』って一体何の……」
「縛っちゃう? 蝋燭ぽたぽたぁってしたり、鞭でお尻叩いたりしちゃう? 『ご主人様、この卑しいメス豚をお仕置き下さいー!!』ってふぎゅ!?」
あまりの話の飛躍ぶりに上条の動作は一瞬遅れた。
それでも何とか美琴の口を右手でふさいだ上条は、美琴を抱え込む様に抱きしめる。
そして美琴の耳元に唇を近付けると声を押し殺して、
「(ば、馬鹿やろ!! 天下の往来で何トンチキな事騒いでやがんだ。ほら見ろ。みんなお前の事見てんぞ!! ただでさえ目立つ常盤台の制服着てんのにどれだけ人目を引きゃ気が済むんだっつーの!!)」
上条は早朝の町を行き交う人たちを無遠慮に次々と指さす。
これで少しは自分のした事を自覚してくれれば、と思った上条だったのだが、気が付けば美琴が小刻みに震えている。
「お、おい」
声をかけるが、美琴の震えは大きくなる一方で止まる気配も無い。
ここで上条は自分の右手が、美琴の口だけでは無く鼻までふさいでいる事に気付いた。
慌てて右手を離した上条だったが、すでにその時には美琴は上条の腕の中で盛大に痙攣していた。
「だ、大丈夫か美琴!? お、俺、お前が苦しいの気が付かなくて……。大丈夫か? なあ! おい!」
上条は、顔中真っ赤にしてぐったりと呆ける美琴の両肩を掴むと、必死に美琴に呼びかけた。
ところが――!?
「んく。苦しくって……、み、皆に見られたら……が、我慢できなくなっちゃった……」
そう言って美琴が2人の間にかざしてみせた右手の指は、糸を引いて妖しく輝いていた。
「あ……」
「行くわよ当麻。今日は私の事いっぱいいっぱいお仕置きしてもらうんだから……。フフ、ウフフフハハハハハハハハ!!」
またもや呆然とする上条の手を、美琴は高笑いしながらぐいぐい引っ張って歩いて行く。
そんな美琴の後ろ頭を眺めて、
「た、太陽が黄色いぜ……。不幸だぁ……」
上条は風船から最後の空気が抜けるような弱弱しいため息をついたのだった。
END