太陽が傾き夕闇に包まれるある日。
学生であるが故に果たすべき義務を終え、友達と連れ立って遊びに行くもの、思いの人が待っている場所へ足早に駆けだすもの、携帯片手に自転車という危なっかしいもの。それぞれが勉学から解放された喜びからか足取りは速い。
次の勉強に勤しむため英気を養うかのように・・・。
学園都市である街の一角のベンチに座る小さな女の子が一人。
まだ秋とはいえ日を追うごとに従って寒くなる季節、真新しい赤い耳あて、小さな体躯を隠す真っ白なコート、という暖かそうな装いである。
だが、その前を横切る人の何人かは「寒くないのかな?」「いや、寒いだろ」「夏ならいいけど…」「私は大丈夫かな」
とそれぞれ口にしながら歩いている。
「んっふふ〜んっふふ〜、ん〜ふ〜ん。ってミサカはミサカは上機嫌そ――」
「おィ、テメェ………!?勝手にうろちょろすンじゃねェ!!」
女の子の前に現れた男の子、少年と訂正しておいたほうが良いだろう。(元)学園都市最強と言われたレベル5の白髪の少年。
真っ黒いダウンジャケットを着込んだ風貌と鋭い目つきは、近寄りがたいオーラが発せられている。……両手に持ち物がなければの話だが。
「わざわざオレが買い物に付き合ッてやがるのに……。クソガキがァ!!」
この女の子を捜しているときに、
(あンのクソガキィ、絶対ブッコロス!!!)
と考えていたところで発見し、無事であると確認できて安心したのである。
そんな気持ちをよそに女の子が言う。
「両手に持つ『そふとくりーむ』という甘味デザードを舐めながら、ってミサカはミサカはまだ手をつけてない方をアナタに差し出してみたり」
「あァ………!?こンな寒ィときによく喰えンなァ」
差し出されたソフトクリームを無視し両手に抱えた荷物をベンチに置いて少し間を空けて座る。最近、無視し続けることを後ろめたい気持ちを持ちつつ、
(無視無視)
女の子は無視されたことに疑問を持ちつつまだ全然溶けきらないソフトクリームと自分の食べかけなソフトクリームとを見比べ考える……。
天の邪鬼とも言える少年の無視という行動の裏に何があるのかを最近考えるようになったのだ。
……。
………。
…………。
「そっかー、とミサカはミサカはアナタとの間にある微妙な距離を縮めつつ違う方のそふとくりーむをアナタの前に出してみる」
「どォ考えたらそうなるンだァ?……悪ィがさすがに寒ィ。よく喰ンな」
と幅を寄せられた距離を再び取り戻そうとベンチの上を滑る少年。
「んー、アナタに買ってもらった耳あてがとっても暖かいから大丈夫だよ、ってミサカはミサカは今度は両手のそふとくりーむ差し出してみる。ん?また微妙な距離だ、とミサカはミサ――――」
座りなおそうとした時、片方のソフトクリームが奪われる。
もちろん、手に残っているのは半分以上なくなったソフトクリームだった。
「喰ッたら帰ェんぞ………」
と近頃いいようにされている感じもしながら余り好きでない甘味を食べる。
周囲から見たら季節外れのソフトクリームを食べている仲がいい白い装いの兄と妹とも見える姿がそこにあった。
先ほどまでうじゃうじゃといた制服姿の学生に代わってネクタイを緩める男性、買い物袋を提げていそいそと帰る女性や子供連れの家族。
赤く染まった空は徐々に灰色へと変化していく。暗くはなるがそれに伴って街の街灯が点き始め昼間とは違う夜の顔が出始める頃。
それは帰宅を促すようにベンチに灯りをともす。
「帰ェんぞ」
ベンチに置かれた荷物を持ち立ち上がる。
「うん。初めて食べたそふとくりーむは美味しかったよ、ってミサカはミサカは立ち上がりポケットを探ってみる。アナタと一緒に食べたから美味しかったのかな、とミサ―――」
「おィ!!早くしろ……置いてかれてェかァ?」
ポケットから出てくるのは手首あたりに白いもふもふ付きの手袋、これも新品の様だ。
それを慌てて取り出し追いかける女の子。
十月の下旬。
街のショーケースの中にはどちらかといえば日本人にとってあまり馴染みのないイベント『ハロウィン』模様一式だ。何かしら意味をつけ売り上げを増やすための商戦では取り上げないわけもない。
主にアイルランド、イギリス、アメリカなどカトリックの諸聖人の日の前晩(10月31日)に行われる伝統行事。
なんとなく魔術などそういう類と関係ありそうな行事であるがここは学園都市、超能力が一般的であるし、何よりハロウィンだから何かしなければいけない取り決めなどここにはない。
スキップのつもりなのだろうか変な歩調で歩く打ち止め、その斜め後ろを一方通行が歩き続ける。
不意に歩みを止めショーケースの前で立ち止まる。
見慣れている野菜なのだがオレンジ色の無駄に大きいかぼちゃが気になったのだろう。
「ねー、これはいったなんなのかな?ってミサカはミサカは首を傾げて愛嬌たっぷりに振りかえってみる」
「……あァ!知らねェよ。ッつーか調べ物なンざお得意のネットワークでやりャいいンじャねェのか?」
知ったかするつもりはないが、事実一方通行も詳しいことはわからない。
(かぼちゃにお菓子、あとはなンだァ、魔女とかかァ……)
などと心の中で考えながら打ち止めを横目に再び歩きだす。
「アナタとの会話が好きだから聞いたのに、てミサカはミサカはほっぺたを膨らませながらその意見を取り入れてみる」
……………。
(なるほどー、『とりっく・おあ・とりーと』これはいいことを知った、とミサカはミサカは心の中でガッツポーズしてみる)
こちらはとても珍しく声には出さないが顔に出た、小さな天使のような笑顔!?いや、魔女のような何かを企んでいる笑顔を……。
後ろから向けられるその笑顔を、一方通行は知る由もない。そして、家に着くまで打ち止めは後ろを歩き続けた。
時々、振り返りそこにいるのかを確認する一方通行に……。
自分が何かを考えていることをバレナイヨウニ……。
ザーッと聞こえてきた雨音で、浅い眠りから覚ます。首だけを動かして今何時だろうか、起きてからする行動はそれほど多くはない。
部屋の中は真っ暗。常なら打ち止めが電気を点けテレビにかじりついていたり、ソファーに寄りかかって寝ていたり、はたまた人の寝顔の観察とかいいながら傍にいたり……。
だが、今回は少し違うように感じた。いつもの様に占領していたソファーから立ちあがりもう一度時計を確認。
二十時半あたりをさそうとしている、その横にあるカレンダーにも目を向ける。今日は十月三十一日だ。その数字を囲むよう歪な丸が赤いペンで書かれている。
(あァ!?これなンだ……?)
日ごろカレンダーを見る週間がないため気がつかなかったのだろう。
その時、風が強まりカーテンがなびく、ベランダの窓が開けっ放しになっていた。頭をガシガシとかきながら変な違和感を覚えつつも窓を閉めに行く。
違和感というのはいつもなんとなく傍にいる(いてくれる)存在がいないということだと本人は理解しないだろう。きっと無意識なのである。
そして、違う部屋にいる打ち止めを見つけたのはすぐだった。
「なにしてンだァ?」
薄暗い部屋の中で何か慌てたような様子で、
「ううん。何でもないよ、とミサカはミサカは部屋から出て答える」
いつもとは違ったよそよそしさを出しながらも、
「……。飯喰いに行くぞ」
「ん〜、今は全然お腹空いてないんだ、ってミサカはミサカはお腹をさする仕草をしつつテレビの前に座る。でもアナタは早く食べに行って食欲を満たしてきてほしいな、とミサカはミサカはチャンネルをかえる」
(寝る前になンか言ッたかァ?オレ?)
と自問自答しながら玄関にある傘を持ち玄関のドアノブの手をかける。
どうやら雨が更に強くなっているようだ。
「………ちッ!!!」
不機嫌だった……。
雨がうざいと感じたかったので反射させようとも思ったがやめた。今向かっている場所
はコンビニである。
何故コンビニかというと、それは行く途中つんつん頭の野郎と連れ立って歩く小さな白い女の子の後ろ姿を見つけのだ。
「とうまー、とうまーって聞いているのーーー」
と隣にいる財布と睨めっこしながら歩く男の子に問いかける。
「はい、はい、聞いていますよー。インデックスさん一体なんでございましょうか?」
場違いであるシスターの装いをした女の子はつんつんの前に立ちふさがるにして
「だ・か・ら、とうまは出会った女の子すべてにフラグを立てちゃうんだから気をつけるんだよ、わかってるのとうまー?」
その様子を見て
(あンのォレベル0!!ロリコンな上にシスコ(ry…。)
考えて止めた、馬鹿らしい……。
自分の近くにいる打ち止めも姉と呼ぶ存在がいるのだ。
(ほンとッ……くッだらねェ)
これだけの理由でコンビニへ行き買ったのはブラックコーヒーが二本。もともと食に関心はなく満たされれば十分と思っているのだ。
コンビニから出るとすでに雨は止んでいた。
道端の端に赤みを帯びた黄茶色や枯れた落ち葉が集まっている。時折、吹く風によって散り散りになってはつむじ風だろうか……再び集まる。
温かいコーヒーを飲んだからか吐息は白くなり、心なしか先ほどより風が冷たく感じる。コーヒーも残り少なく缶全体が冷たいコーヒーに変わりつつあった。
部屋でお留守番をしている打ち止めは気合を入れなおしていた。
「よし、この日のために準備していた計画を実行に移す時が来た、ってミサカはミサカは静寂に包まれた部屋でこれを――――」
ガチャリ。
聞こえた。確かに誰かがドアを開ける音、挨拶はナイ。挨拶をしないのが誰か知っている……。
だからこそ焦った。
(ええぇ!!何で?ってミサカはミサカは頭の中で考える。と、とりあえずこの衣装に着替えなくちゃ、とミサカはミサカは慌てて着替え始める)
そう、食事をしに行った訳でもないので帰ってくるのが早すぎたのだ。
空き缶をご丁寧にもゴミ箱に捨てもう一本のぬるくなったコーヒーのプルタブに手をつけながらソファーに腰をかける。
「おかえりなさーい、とミサカはミサカは―――」
ふと聞こえるはずがない声が聞こえた。いつも自分から挨拶はしないものだが帰って来ると決まって睨みつける打ち止め。ウザいので「ただいま」と言えば「おかえり」と返してくる。
だが今回はまだ何も言ってない……。無意識に言ったのかと感じたがそれはないだろう、と決めつける。そんなこと考えていたら出た言葉。
「ただいまッ……」
そんな言葉が出ていた、無意識に出てしまっていた。
今自分がどんな顔をしているのか見せたくなかったので振り向きはしなかった。
ソファーのすぐ後ろまで歩いてくる打ち止め。
「おー、先にお帰りなさいと言ってみるものだね、ってミサカはミサカは感嘆の声を上げてみる―――」
ソファーの後ろから乗せられた頭の撫でる手。
「そしてこれは指導したかいがあったね、とミサカはミサカは……いたたたた!」
撫でられたその手を強く握りつつ振り返る、
「ンな………ッ!!気安く頭を触ンじゃねェ……エ!?」
振り向けばそこにいるのは打ち止め、検体番号20001号のラストオーダー。時計の秒針だけが動く……カチッ、……カチッ。
いつもと違う格好をした彼女を見つけた。真っ黒なマント、真っ黒で少し古ぼけたとんがり帽子、箒のつもりらしいはたきを持っている。
もう片方の手に持っていたはずのコーヒーはソファーにこぼれおちている。けれど、握った手は離さなかった。
「おィ、なにやッてンだあァ?」
と湧き出した疑問を言い終わる前に、
「あーらら、アナタの寝具ではあるのだけれどそれでもソファーは大事だよ、とミサカはミサカは言いつつソファーをまたいで拭ける物がないか周囲を探索………」
それでもまだ手は握られたままである。
キョロキョロと見渡すが台拭きはない、テレビの上にはティッシュペーパーがあるのは知っていた。けど、
「ねぇ、手をつないでくれるのは嬉しいんだけ―――」
言い終わる前に放された。
(ってミサカはミサカは言った言葉を少し後悔してみたり)
ティッシュペーパーで拭きとるこぼれたコーヒーは冷たい。
もういいだろうと思いソファーの端に座りつつまだ気になっている魔女ッコは床に座りながら拭いている。
(ッたく。………ン!?)
座った場所が正解だったのかはさておき、そこから向ける視線の先――――真っ黒なマントの黒。無垢な肌、陰影に富む鎖骨、淡いピンクの突起そこから判断できることは何か。
マントだけしか羽織ってないようである。それを知ってかお構いなしに一生懸命コーヒーを拭きとる。
一度は見たことがあるその小さな体躯。そう、あの時初めて逢ったあの日。暗がりだったし、ほんの一瞬である。
何も着ていないなんて予想がつかなかったから―――
確認のためした行動。知らなかったから―――
では、今自分がしたいことは何のための行動なんだろうか。
人の三大欲求『睡眠(欲)』『食欲』『性欲』
睡眠は、さっき寝た。 (眠くねェ)
食欲は、まだ………。 (少し喰ィたい)
性欲は、マダ………。 (………!?)
(―――あァ、そンなことかァ!?あンのレベル0のこと馬鹿にできねェなァ)
顔を見られたのか目が合った。はっきりとわかる、心情の変化を悟られ動悸が早まったような気がした。
「ねー、なんかニヤニヤしてちょっと不気味なんだけど、ってミサカはミサカは思ったことをああああああああああ!」
急に立ち上がり部屋を出て行った。
「ッ、うるせェ!?ちょ待―――」
視線を落として見る、健全な(?)男性なら起こるごく自然な生理現象。床に座っている彼女ならすぐにわかるであろう状態の変化。
部屋を飛び出し衣装を隠しておいた場所へひた走りながら、そんなことで声を出した訳じゃない。むしろその現象は喜ばしい。
だか、ある物を忘れていた……とても大事なことも、二つも。
今日だからこそできる、今日逃したらすることが………もっとアナタに近づくことが難しくなるだろうことをするために。
今日は十月三十一日。仮装した子供たちが『トリック・オア・トリート』お菓子をくれなきゃいたずらするぞ、と唱えて尋ねる。
部屋の片隅にあるお菓子を入れるための小さな籠をとり、マントの下に着る予定だった服を踏みつけ部屋を出る。
(早く帰ってきてくれてマントの下はアナタと初めて逢った時と同じ姿、ってミサカはミサカは運命という赤い糸を信じてみたり)
たぶん今は、
恥ずかしくて絶対口には出来ないだろう言葉を―――
でもいつかは必ず口にするであろう言葉を―――
胸に刻む。
息を整え飛び出した部屋の入り口に立つ。
きっとお菓子はもっていない、きっと。
けれど、けれど……もし持っていたら――
「―――よしっ、とミサカはミサカは一大決心」
それでも言おう。
『とりっく・おあ・とりーと!お菓子をくれなくてもアナタにイタズラします、ってミサカはミサカは大好きなアナタに抱きついて背伸びする……』
〜おわり〜