シンと静まりかえる空間。  
空席が一つ、二つ、三つ……。埋まっている場所を数えた方が早い。  
 
あれほどいた他の乗客は降り、バスの中には二人っきり。運転手を  
入れれば三人であろうが、後部座席に隣り合って座っている二人とは、  
距離が離れている。  
 
 時刻は二十二時半を過ぎたあたりだろうか、最終便のバス。平日で  
あれば、いざ知らず今日は日曜日。  
 それに学園都市なので学生が大半を占めている。ごく普通な学生な  
ら明日の準備、慌てて宿題を始める輩や諦めて寝る人などいるだろう。  
 外出している人は、そう多くはない。  
 
 エンジン音だけが響く車内、一番後ろの窓際に座る小さな女の子。  
 この日一日をはしゃぎ回り疲れたのか、焦点の合わさらない虚ろな瞳、  
まぶたが重そうである。バスが信号につかまるたびに、首の据わらない  
頭が、前後に揺れ動き危なっかしい。  
 時折口からは、不思議な寝言のような言葉が紡ぎ出され、夢心地のようだ。  
 
 そのすぐ隣に座る白髪の少年。  
 頭を背もたれの上に預け、口を半開きでバスの天井を眺めている。  
こちらは、襲ってくる睡魔に負けず頑張っているようだ。  
 だが、体力的にではなく精神的に疲れきった感じで、いつもより白さが  
際立っているのは気のせいだろう……。  
 
 つい先日ことである。  
 ブラックコーヒー片手に、リビングにあるソファーにふんぞり返って関  
心の無い番組を見ていると、  
「ねーねー、『どうぶつえん』って面白いの?ってミサカはミサカはアナタに聞いてみる」  
チラシだろうか、それを見ながら聞いてくる打ち止め。  
「知らねェ……動物を見て何がいいンだかなァ」  
 
「ふ〜ん、アナタも知らないなら好都合、ってミサカはミサカはとあ  
る計画を企ててみたりっ!」  
「また、くっだらねェこと考えンじゃ――」  
言い終わる前に、打ち止めは部屋を後にしていた。  
 
 そして今日、まだ太陽も顔を覗かせてすらいない時刻。  
 ソファーで寝ている一方通行、そこに忍び寄る影が一つ。  
「……ぬき足差し足忍び足、ってミサカはミサカはいつもの様に寝  
顔を確認してみたり。あ、今日はそのことより優先事項がある、ってミサカはミサカは温かそうな毛布を取ってみる」  
 バサッ、っと毛布が剥ぎ取られる。  
雪の降り始めそうなこの季節、暖房器具をつけてないリビングは寒々しい。  
「ぐはァああ?!寒ィ…………ってオイ、何してくれてンだァァああ!!!」  
 一気に目が覚め臨戦態勢。奪われた毛布を、取り返そうと右手を伸ばす。  
 その右手が来るのを予想してかマッテマシタ!と言わんばかりに、  
「ハイ、ってミサカはミサカは熱い無糖コーヒーを絶妙なタイミング  
で渡してみる」  
「うわ熱ィ、クソッ……テメェ殴られンのとひっぱたかれンのどちらか  
イイか選べ?!選ンだ方から先にしてやるヨ!!」  
とソファーから起き上がり睨む一方通行。  
 そんな凄みに負けずにポケットから取り出す一枚の紙切れ、手紙の様だ。  
 
 内容はというと、つまりはこの二人の保護者である黄泉川&芳川  
から『動物園へ行って来い』との指令文、拒否権はナシ。  
「……はァ??ったく、なンでオレが子守しなきゃなンねェンだよ」  
「子供が非行に走らないように、ってミサカはミサカは言付けてみたり。  
でも、その対象は一人じゃなく二人なんだろう、ってミサカはミサカは頭を働かせてみる」  
「黙れ!!」  
 そういいつつ立ちあがりベランダの方へ歩き出し、カーテンを開ける。  
 
いっそのこと、雨までいかずともせめて曇って……なかった。  
 
 テレビのスイッチを入れると、タイミングよく今日の天気予報  
が流れ、気象予報士が、聞きたくもない情報を与えてくれる。  
「日中は、青空が広がり風もなく、最高気温は各地とも平年を  
上回ります。ただ、夜遅く――」  
 ようやく飲めるぐらいになったブラックコーヒーを開ける、降参したようだ。  
 
 
 そんな動物園からの帰りのバス。  
 園内でも言い様に踊らされまくり(?)の一方通行は、精神的  
に疲労困ぱいで、動物園と言う娯楽設備が合うわけもなく、連れ歩かされた訳だ。  
反抗期の子供が、家族と一緒に行動するのを嫌うように……。  
 それでも、退屈ではなかったと感じている自分もいた。  
 
 ふと、何かの物音に我に返る。打ち止めの向こうにある大きな窓  
に目を向けると、ガラスにぶつかり砕けるように飛び散り、流れ落ちる水滴。  
雨粒は、小さいが雨である。  
 十二月に差し掛かるこの時期、雨に濡れて帰るのは、正直避けたい。  
けれど、傘は持ってない。  
 
 その時、バスの強めのブレーキが効いた。反射的に足のつま先  
に力を加え、前のめりになる身体を支える。  
「ッて――」  
 隣の座席に座っている幼い体躯の打ち止めは、つま先が少し着  
くかどうか、それに夢の中。  
 故に、強くブレーキを踏まれたら――  
 ごく自然と右手を、打ち止めの前にだし、身体を支えてあげようと  
した、が思った以上にその右手は打ち止めの重みを感じなかった。  
「結構大胆なんだね、ってミサカはミサカは右手の部分にあるこれ  
から成長する胸を両手で隠してみる」  
 
 真っ白なコートの下から伸びる、すらりとした肢体を目一杯伸ばし  
、前の座席で身体を支えていた。  
「クソガキの小さなモノなンて興味ねェな、怪我されちゃこっちの身が  
危険なンで?!」  
 そんな言葉を吐きながら手を引っ込めようと、  
「でも、素直にありがとう、ってミサカはミサカはその手を両手で包み  
こんでみる。とっても大きな手なんだね、ってミサカはミサカは自分  
の両手でも収まりきらないアナタの手を観察してみたり」  
一方通行は、握られた手をそのまま振りほどき、  
「タヌキ寝入りとは……ガキがするもンじゃねェぞ?」  
「ううん、ふと目が覚めたんだよ、ってミサカはミサカはウソ偽りのない  
眼差しでにらめっこしてみる」  
 根負けしたのは一方通行。今日一日、負け癖がついている。  
「ねー、まだ寝ていても怒らない?ってミサカはミサカは目を擦りなが  
ら小さなあくびを一つしてみたり」  
「勝手にしろ……」  
 その言葉を聞き、さっきより深く座り直して浅い眠りにつく。運転手が、  
強めにブレーキをかけたことにアナウンスをしたが二人には、届かなかった。  
 そして、バスは再び動き出す。  
打ち止めの頭は前後には揺れない、頭はアナタの方に傾けて眠るから――  
 
 
「オイ、起きろ!」  
 隣で寄りかかってきている、打ち止めの頬をつねる。  
「いたたたた、ストップストップ、ってミサカはミサカは安眠から妨害され  
た不幸を呪ってみる。ふ、不幸だ、ってミサカはミサカは誰かさんのセリフを奪ってみたり」  
「次、降りンぞ」  
 打ち止めを見つつ、あごで降りるために押すボタンを促す。  
「ん?あぁ〜なるほどなるほど、ってミサカはミサカは朝のバスで達成  
できなかったボタンを光の速さで押してみる」  
 車内でピンポーンと高い音だけが響く。押せたことに満足しつつ、  
 
「朝のことに気がついてくれていたんだね、ってミサカはミサカは足をばた  
つかせて喜怒哀楽の喜を表現してみたり」  
 
 まだ知らないことが多すぎるこの世界、生まれて間もない打ち止めの初バス。ミサカネットワークでお金の払いから、乗り方降り方など知識は、簡単に共有できている。  
 それでも自分自身が、体験してみたいのはごくごく自然である。  
 特に『ボタンを押す』という行為、次に降りまーす!!と自身を主張する行為。  
それが何故かとても気になる。  
 だから、朝のバスの中で一方通行に先に押され心底悔しがった。  
「競争相手がいないと張り合いが無いね、ってミサカはミサカは腕組み  
して考えてみる」  
「いや、競争じゃねンだが」  
 腕組みをほどいた片腕で、曇った窓ガラスの水滴に触れ外を確認する。  
寝ている間に雨は、止んだようだ。  
 
 
 木々は彩り鮮やかな葉を落とし、寂しさの漂う夜道。常なら車や人も通り、  
にぎやかとは程遠いだろうが、今は誰ひとりとしてすれ違わない。  
 あるのは大きな影と小さな影が二つ。等間隔にある街灯により、陰影がはっ  
きりと現れたかと思うと徐々に霞んでは、ぼやけ再び現れる。  
時折吹きつける、木枯らしに身を竦ませ歩く二人がいた。  
 
「まじ寒ィぞ、これ……あンのアナウンサーほら吹きやがったな」  
 ぶつぶつ文句を言いながら歩く一方通行、その横でやや大股歩きの打ち止めが応じる、  
「夜には冬型の気圧配置により寒くなります、ってミサカはミサカは真似してみる。  
人の話は最後まで聞くこと、ってミサカはミサカは言い聞かせてみたり」  
 
 そんな言葉を無視、けれど正直寒かった。こんな遅く帰ってくるはず  
ではなかったので厚着はしていない。  
 
「ぷれぜんとふぉ〜ゆ〜、ってミサカはミサカは自分巻いているマフラー  
を寒そうなアナタに――」  
「い・ら・ね・ン・だ・ヨ!!余計な世話だ」  
そう言って小突かれた。  
「私は人の話は最後まで聞くし、ってミサカはミサカはコートを開いて完全  
武装した洋服を見せてみる」  
 開けた途端に入ってくる寒気、内にこもった暖気を奪うのは一瞬である。  
「馬鹿かオメエは……」  
 冷たい視線と罵声を浴びせて歩き続ける。  
「確かに軽率な行動だった、ってミサカはミサカは小さな体を更に縮こませてみる」  
そう言い身震いをして前の影に追いつく。  
 
 雲で覆っていた空から満月が覗く。月明かりによって照らす道が、少し明  
るくなり道の端の一部に目が行った。  
「なんだろう、ってミサカはミサカは好奇の目を輝かせ歩み寄ってみる」  
 さっき降った雨で水たまりができ、この寒さで薄く氷が張っていた。  
「こ、これがあの噂の氷、って ミサカはミサカは恐る恐る大きな第一歩を踏み出してみる」  
 慎重にゆっくりと、右足を氷の上に乗せ力を込め滑るだろうと身構え準備する。  
「オイこら、油売ってンなよなァ」  
 今日の保護者の立場にいる一方通行が近寄り、  
「油は売ってないよ、ってミサカはミサカは道草喰ってますよ〜エッヘンと胸を張って対応してみたり」  
「ねェ胸で威張ンな、余計寒くなンだろう」  
「……、ってミサカはミサカは的を射られた悲しみから打つひしがれてみる。  
それよりもこれは氷だよね、ってミサカはミサカは第二の発見者のアナタに質問してみたり」  
「あァ、ンだよ。それがどうかしたか?」  
 
「思ったほど滑らなくて残念、ってミサカはミサカは空を仰いで  
満月を観察してみる」  
 
 寒空で空気が澄んでいるから、満月が綺麗にはっきりと見える。  
その月光の中に、光り輝き真っ黒な夜空から落ちてくるモノ。  
 その落ちてくる雫を、小さな掌で受け取る。それは、瞬く間に溶けて見えなくなる。  
「うわぁ〜、今度は雪ですか雪、ってミサカはミサカは今日は初物  
尽くしで感慨無量になってみる」  
 
 冬、空から降ってくる、細かい氷の結晶。気象学的には、大気中  
の水蒸気が冷えて出来た結晶とされると、ネットワークに記されている。  
 
 一方通行にとってはどうでもいいこと、それでも打ち止めにとって  
は初めて目の当たりにする世界だ。  
 より一層寒く感じる中、そばにあった自動販売機の前に行き飲み物を買う。  
 買うのは温かいコーヒーを二本、無糖と微糖の二種類。  
 
「そろそろ帰ろうか、ってミサカはミサカはアナタに呼びかけてみるっ!!」  
 飛んでくる微糖コーヒーを慌てて受け取ろうとし、氷の上にいるこ  
とを忘れ踏み出した右足。  
ほんの少し雪が降り溶け濡れていた氷が、凶器に変貌していた。  
 ド――ン、と受け身も取ることなく派手に転んだ。  
 一方通行が、投げてしまったコーヒーが原因でこうなったことを悔  
いてかすぐにそばによる。  
「どォしたンだァ?これまた、初転びってか??」  
 発言とは裏腹に、まだ起き上がることができない打ち止めに差し伸べる右手、  
「あ、ありがとう、ってミサカはミサカはちょっと無愛想に受け答えてみる。ってイタ……?!」  
 
 優しくされて、嫌な女性などいない……日頃は無関心、それで  
いてツンツン、さらには少なからず想っている少年の優しさに顔だけが熱くなった。  
 温かな右手の補助を借りて立ち上がり、捻った足をトントンと  
地面に打ち付ける、そのたびに痛みが伴い表情にでてしまっていた。  
「つったく、テメェは頭がいいンだか悪ィンだか――」  
そんな言葉を放ちつつ、打ち止めに背を向けてしゃがみ込む。  
「へっ、ってミサカはミサカは兵器がって見たり……」  
「いや、文字も間違えてンだろう、オレは早く帰って眠りたいンだ。それ  
でも平気だとイイやがンなら、まァいいけどヨ」  
 下ろした腰をあげ立ちあがろうとする、  
「ふぇっと、ちょ……じゃあ、そ、そのぉ〜お願いします、ってミサカは  
ミサカはアナタの広い背中にダイブしてみる」  
 
 
あたりが静まりかえる道、打ち止めをおぶって歩く一方通行。  
雪は深々と降り続き、落ちてくる雪は、小さな雪とは打って変わった牡丹雪。  
(内心、心臓のドキドキが聞こえそうで、ってミサカはミサカは告げる  
必要のないことを喜んでみる)  
 
「うるせェから、着くまで耳元で喋ンな!!」  
と先ほど釘を刺されたばかり。  
(明日は一面の銀世界が見れるかな、ってミサカはミサカは心躍らせ  
アナタの首に腕を絡ませてみる)  
 一方通行が拒んだマフラーはいつの間にか巻かれている。たぶん、  
どんな防寒具よりも温かく感じるだろう。  
 月明かりと、街灯に照らされた帰り道。それでも、なお暗い道のりを二人  
、少し大きくなった影と一緒に帰っていく。  
 
                       〜終わり〜  
 
 

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