『とある誰かの計画的返済』
何故か学園都市内で、神裂と出くわした俺――上条当麻――は、またもや貸しだの借りだの言いだした彼女に無理やり拉致されたと思ったら、何故か2人でラブホテル――しかも、事もあろうにSM設備付き――にチェックインしていた。
な……、何を言ってるのか判らねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった……。
今も目の前で、興味深そうに手錠で遊んでいる神裂の姿を見ていると、頭がどうにかなりそうだ。
とにかく、魔術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗をって言うか――――
「不幸だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「何を1人で騒いでいるのですか、上条当麻。 それよりこの拷問室の様な場所が、本当にホテルなのでしょうか?」
「んなの気な事いってんじゃねえ! ここをどこだと思ってんだ!」
「やはりホテルじゃないのですね。間違えてしまったとはいえ、学園都市の暗部を垣間見た気分です。ここではレンタルで拷問室を貸し出す様な商売が成り立っているのですか?」
「だああああああ!! そんな訳ねえだろ! とにかく手錠で遊ぶのは止めろッ!」
俺はそう言って、神裂の手から手錠を奪う。
「手錠? それは手錠だったのですか!?」
「そう! かわいくファーなんかで覆ってあるけど、これは手錠なの!」
「やはりここは拷問室なのですね、上条当麻。何と言う恐ろしい都市(まち)なのでしょう……」
「だッ! ちーがーうー! そうじゃなくってここはホ、テ、ル! こー言うのを使って楽しむ人たち向けの場所なのッ!」
ハァ、ハァ、ハァ。
つ、疲れるわ……って、何、その驚きと憐憫を含んだまなざし?
「かわいそうに」
「はあ?」
「この様な場所にも、相手を虐げる事に悦びを感じる様な輩がいるのですね」
「い、いや……あの……」
「上条当麻」
「ハイッ」
う。声は静かなのに何か思わず直立不動になりたくなる気迫。
「私に何か出来る事があれば何でも言って下さい。虐げられているものを救うのも我らの道義ですから――では」
え? 刀なんか構えて、ま、まさか……!?
「手始めにこの場所を使えないように破壊しましょう。二度とここで苦しむものが現れないように」
やっぱりか――――!!
「神裂ぃ!!」
「何でしょうか?」
「お願いですから、まずは落ち着いて話を聞いて下さい。お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします……」
取り合えず土下座して、拝み倒して神裂の気を逸らす。
情けない? 何とでも言えッ!!
実力行使など以ての外ッて事は、身をもって実証済みなのだ。
「私はいたって冷静なつもりですが。判りましたから、取り合えず面を上げて下さい」
「ああ、ありがとう神裂。流石は神裂、やっぱり神裂、頼りになるなあ神裂」
「い、いえ、それ程の事では……」
「と言う訳で今ので貸し借り無しな――ヨシ! そうと決まれば出ようぜ? コーヒーくらいで良ければ俺が帰りにおごっ――」
「待って下さい。それとこれとは話が違います」
うげっ。襟首掴まれて引き戻されちまった。
やっぱ騙されない……訳ね。不幸だ……。
「なー、もーいーよー。貸し借りなんてさー。何回目だよこの話? この間のエロメイドだかメトロイドだか知らねーけど、もう、ほんっとあれで十分だってば」
もう、あの時の事はホントに心の彼方に仕舞いこみたい。ってか不謹慎な話、あの部分だけ聖ジョージの羽かなんかで消し飛ばしてくれねーかな?
「あ、あれは……その、若気の至りと申しますか、気の迷いと申しますか……」
ほら神裂の奴も思い出したくねーんだよ。
「大体今回のラブホ特攻ってのは誰の入れ知恵だよ? また土御門のヤローか? それとも建宮か?」
「え? あ?」
「大方、学園都市で一番いかがわしそうなホテルに入って、俺に『借りを返します』って言えば、後は上手くいくとか何とか言われたんだろ?」
「!?」
神裂の背後に『ガーン!!』て文字が見えるよ。
またアイツらか!? チッ、ホント他にやる事ねーのかあの変態恋愛博士どもはッ!!
俺が、体中の悪い空気をいっぺんに吐き出した位の盛大なため息をつくと、神裂が「あ、あの……」とか急にしおらしくなりやがった。
そんな神裂に、俺は極力感情を抑えたつもりで話しかけた。
「いいか神裂、一度しか言わないからよく聞けよ」
「ハ、ハイッ」
「いい加減俺にかまうな。長い人生貸し借りなんていくらでもあるんだから、一々そんな事気にしてたら前に進めなくなるぞ。そんな事は俺より色んなものを見て来たお前の方が何十倍も判って……」
あれ? 何か神裂の様子が……。何かこう、神裂から澱んだ空気が黒い霞の様に漂ってくるような……。
「神裂?」
「要らないですか?」
「は?」
「私からの礼など要らないのですか?」
「え?」
何か、ヤヴァイ雰囲気が、これは逃げた方がい――――、
「ウギャ――――――――――――――――――!?」
つ、捕まった!? こ、恐い。何が恐いって神裂の完全にすわった目がこわひ。
「(かえさせてもらうからな)」
「ェ?」
「テメエにこれまでの恩、全部かえさせてもらうって言ってんだよ、このド素人がッ!!」
「ひ、ひぃいいい」
キタコレ。ブチ切れ神裂来たよ。
「お、落ち着け。な。こ、こんな事じゃ恩返しなんて出来ませんよ? ほ、ほら、カミジョーさんはびっくりしちゃって、ひ、ふ、ふるえち、ちゃってますよ?」
「やかましいこのド素人が!!」
「ひぇ!?」
「私がどんだけ気合入れてここに来たと思ってんだッ!」
「ゴ、ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ……」
「フンッ」
「おわッ!?」
いきなり片手でブン投げられた。
幸いベッドの上で良かったものの、床やら、そこら辺にある、恐ろしい器具にぶつかって――――
「神裂さん? Tシャツの結び目なんか解いて何を!?」
ギャー!! か、かかかかかか、神裂の、オ、オオオ、オオ――――――――――――――――――ッ!! って驚いてばかりもいられないのだが、前かがみになるとさらに凶悪ッ。
「挟むだの擦るだのまどろっこしい事は無しだッ! オラ! テメエもさっさと脱ぎやがれッ!」
「や、止めろ神裂!? ヒッ、ェ、うぉ!? 駄目駄目駄目駄目駄目ェ―――――――!!」
俺を押さえつけて、冷静にビリビリと服を引き裂く神裂を前に、俺は、悲鳴を上げつつも、神裂(コイツ)を焚きつけた馬鹿どもに、どう報復してやろうかと考えていた。
逃げる算段? 無理だろ。取り合えず今の俺がこの場で出来る事と言えば、こうして現実逃避する事と、
「服破かれたら帰れねぇだろぉぉぉおおおぉ!! 不幸ホガッ!?」
「私の前で不幸って言うんじゃねえよ、このド素人がッ!」
タスケテクレ――――。