「あー、疲れたー」  
「超お疲れさまです、浜面」  
絹旗最愛と浜面仕上は場末としか言いようのない映画館の座席に座り込んだ。例によって他の人気は全くない。  
二人は薄汚い席の中列に並んで座っている。間にはビッグサイズのポップコーンが置かれていて好きに摘めるようになっていた。  
ぐったりと座席に沈み込む浜面に、けろりとした絹旗。同じ修羅場を潜ってきたにしては、性別年齢が逆転したような差である。  
今日は以前に約束した通り、浜面は絹旗の仕事をアシストするために同行した。新チームの方に話は通っていたらしく、割とあっさり受け入れられた。  
与えられた仕事自体は『何かしようとしている組織があるから探して潰せ』というオーソドックスなもので、チームの個々人が能力を発揮して滞りなく済んでいる。  
それでどうして浜面が疲労困憊なのかと言うと、バラバラになろうとするメンツを繋ぎとめていたからだ。  
「まー仕事自体は周囲でお膳立てして私が超突っ込むだけでしたけどね」  
「そのお膳立てが大変だったんじゃねえか。一応、あの手塩って女がリーダーなんだから従えよ」  
「いやー彼女は正直、リーダーに超向いてないですよ。あの中で大人だから立候補して、それが特に拒否されなかっただけです」  
「確かに責任感の固まりって感じだったな。あいつ絶対アンチスキルだぜ、スキルアウトとしての勘が言ってる。車盗む時滅茶苦茶睨んでたしな」  
「用事がすんだら戻しとけと超言われてましたよね浜面」  
「黄泉川のバカと言い、なんでアンチスキルの女ってのは頭が固くて背が高くてジャージなんだ?」  
「それは超偏見です。でも、他の三人が超個人主義なのに一人だけ統率主義だと痛々しいですよね。超空気読めって感じです」  
浜面は手塩と名乗った女性のことを思い浮かべる。刃物のように鍛えられた体を濃紺のスポーツジャージに包んだ姿は軍人か格闘家という風情だった。  
少なくともジャージの着こなしに関しては滝壺をも上回る逸材に違いない。一言一言を区切るように喋る女だった。話し方も滝壺に似ている。  
「というか作戦立案も正直疑問なんですよね。私は盾なんだからもっと超突っ込むべきなのに、過小評価されてるんでしょうか」  
「いや、ありゃお前のことを気に掛けてたんだろ」  
「私を? 何故ですか。チームだけの繋がりですし、頑丈さなら超自信がありますよ」  
「お前が確かに化け物だってことは知ってるが、ガキを突っ込ませるのに心咎める人間もいるんだよ。アンチスキルなら尚更だろ」  
「あ、あーあー。そういうことですか。超謎が解けましたよ」  
ぽむ、と手を合わせる12歳を見て、浜面はこの少女が今までどれだけ年齢に合わない扱いをされてきたのか考えかけて、やめた。  
代わりに、ぽんぽんと絹旗の頭を優しく叩く。即座、低い弾道のストレートが浜面を4座席分横に吹っ飛ばした。  
「ちょっと! 髪にポップコーンやら体液やら精液やらが超付くじゃないですか!」  
「ご、ごぼっ! ちょ、ちょっと待て。最後のはついてねえ! 手ぐらい洗うわ!」  
「だから否定の仕方が超キモイんです」  
ハンカチと消臭スプレーで髪を掃除しだした絹旗の横に、腹を押さえながらよろよろと浜面が戻る。何故戻るのか。  
しばらく二人はお互いの作業に専念した。片方は髪整える作業。もう片方は呼吸を整える作業。その間に上映されていたショートフィルムが終わる。例に洩れず駄作である。  
会話を再開したのは浜面だった。空気を変えるために、最も下らない話題を選ぶ。  
「そういや、あの死角移動って奴は……なんでずっと俺の後ろにいたんだ?」  
「人の背後を取らないと落ち着かない習性らしいです。喋りも相まって超ウザイですよね」  
「逆ゴルゴかよ。何が悲しくて男を背負って打ち合わせしなきゃいけないんだ」  
「文句言わないでください。浜面が来るまでは手塩さんが背負ってたんですよ。裏拳と肘で吹っ飛ばしたことも一度や二度じゃありません」  
「そこまでして背後に執着するのかよ。馬鹿なのかマゾなのかどっちなんだ」  
「私の分析では前世で背後霊だったに超違いありません」  
「それ前世って言うのか? つーか……まさかとは思うが、俺を呼んだ理由ってのはあいつを背負わせるだけじゃ」  
「この映画基本的に駄作ですけど、端々で見られる出来の良さが更に悲惨さを煽ってますよね」  
「あからさまに話題を逸らしやがった!」  
 
二人ともずっと正面を向いたまま喋っているので、絹旗の目が泳いだことを浜面は確認できなかった。とはいえ態度で明白である。  
よほどその頭をチョップしてやろうかと思ったのだが、また反撃で吹き飛ぶことは目に見えていたので我慢した。命拾いしたな、と心の中だけで捨て台詞を吐いておく。  
ついでに最後の一人について話を変えた。  
「そういや、あのクレーン女途中からいなくなってたんだが」  
「ええ。彼女、自分の役目が終わると超帰っちゃうんですよね。チームワーク超皆無ですよ」  
「まあ、お前や他の奴らみたいに直接戦う訳じゃないからな。根城を突き止めた時点でやることは終わってるし、いいんじゃねえの?」  
「別に私としてもそれでいいとは思いますが。やけに心理定規の方を持ちますね。褒められたのが超嬉しかったんですか?」  
浜面の起こした『奇跡』を知っていたのは(少なくとも当事者が浜面だと認識していたのは)新チームの中で心理定規だけだった。  
そのせいか彼女はやけに浜面に対して好意的で、多少の因縁もある彼としてはひどく対応に戸惑った。鼻の下を伸ばしていただけともいう。  
剥き出しになった華奢な肩と、幼さの残る端正な顔立ち。強調された胸は(大きさだけなら手塩の方が上だろうが)色気というものを完璧に制御し放出していた。  
それらを思い出してだらしなく鼻の下を伸ばす浜面を、絹旗は携帯のカメラで動画として余すところなく撮影すると保存した。光量増幅装置付きの優れものである。  
保存した動画をメールに添付し『他の女を思い出して鼻を伸ばす超浜面』と題名して滝壺理后の携帯に送る。1分ほどの間を置いて、浜面の携帯が鳴り出した(マナー違反)  
『はまづら、他の女性って、誰のこと』  
「うおおおおおっ! 滝壺どうしたんだいきなりっ!?」  
携帯を取った浜面は電話口からの淡々とした、しかしどこか悲しげな声に、必死の弁解を余儀なくされた。それをまるで映画のように鑑賞する絹旗。次の上映まであと3分はある  
「例えば、例えばだ! 滝壺、お前が和食だとしよう。御飯、味噌汁、焼き鮭、煮物、漬物と揃った日本の味だ。美味いさ、そりゃ最高だよ。けど、けどな。お前が和食だとしたら、あの女は洋食!  
 どっちがいいとか、そういう問題じゃないんだ。タイプが違うんだよ!」  
『つまりはまづらは、私に飽きたからその女性を食べたの?』  
「違う! そうじゃない、そうじゃないんだ! 俺はもちろん和食しか食べないさ。和食一筋だ! 米は日本人の魂、毎日食べたって飽きるもんか。  
 けど、ショーウインドウのビーフステーキを見て、唾が出ちまうことはあるかもしれない。それは体の反応であって俺の意志じゃないんだ!」  
『はまづらの、意志じゃない』  
「そう、そうなんだよ! 出ちまうもんは仕方ない。けど俺はそんな店には入らないし、和食しか食わない。滝壺だけで十分なんだよ、な? わかったか? わかってくれたか?」  
『――――わかった』  
「ああ、ありがとう。愛してるぜ、滝壺」  
『私も、愛してる、はまづら』  
携帯を切った浜面はやり遂げた男の顔で額の汗を拭った。キラキラと汗がスクリーンの光に反射して輝く。そんな浜面を横からジト目で非難する絹旗。  
「なんとかなったか」  
「いや超なってませんから。何なんですか今の言い訳、超キモいんですけど」  
「うるせえな。お前こそいきなり何滝壺に送ってるんだよ! 恩を仇で返す気か!」  
「べっつにー。ただ、滝壺さんの知らないところで超デレデレしてるってのは不義理じゃないんですかね。大体彼女の能力でデレデレさせられてたってことは考えないんですか?」  
「うっ、そ、そりゃそうか……」  
心理定規(メジャーハート)は人の心の距離を自在に調節できるテレパスである。そう考えれば、敵であるより味方である方が恐ろしい能力とも言えた。  
またあの扇情的な恰好は、能力の発動を誤魔化すための一種の擬態なのかもしれなかった。実際、浜面には彼女の魅力だったのか能力の作用なのか分からない。  
一気に頭を冷やして警戒心を再燃させた浜面に満足そうに頷いて、絹旗はふと気になったことを聞いてみた。最早映画など全く見ていない。  
「そういえば、滝壺さんが和食で心理定規が洋食なら、私は超なんなんですか?」  
「んー? そうだな。デザートじゃね? ショートケーキあたりで」  
 
適当に答えてから、しまった!と浜面は身構えた。先程デリカシーのない例えと評されたばかりである。アッパーで最後列まで吹き飛ばされてもおかしくはない。理不尽だが。  
が、攻撃は来なかった。  
ガードのために身体の前で固めた腕から恐る恐る顔を出すと、絹旗は視線を逸らして斜め下を見ていた。映画の途中でなければ、頬が僅かに染まっていることにも気づけただろう。  
「へえ……そうなんですか。浜面に取って私は超デザートですか。食事のついでに超軽く食べられちゃうような存在なんですね」  
「いや、例え、例えだからな? あくまでただの」  
しばらく気まずい沈黙が訪れる。それから逃れるための道具は都合よく、二人の前にあった。無言で映画に見入る。  
超絶陳腐な駄作だった。厳粛な音楽と共にスタッフロールが流れる段になって、絹旗がポツリと呟く。  
「まあ、チームには誰か貧乏くじを引く人が必要ですからね。超偶々今回は私だっただけですよ」  
「そうかもな……」  
浜面は、アイテムのメンバーであった金髪碧眼の少女を思い受けべた。彼女が、あんな死に方をしなければいけなかった人間だとは今でも思っていない。願わくば、絹旗があんな風にならないように。  
目を閉じて、流れる厳粛な音楽に合わせて黙祷する。フレ……フレ……  
「あれ? なあ絹旗。アイテムの4人目のあいつって何て名前だっけ?」  
「ブレンダさんのことですか? 超薄情ですね浜面」  
「あれ、最初の二文字『フレ』じゃなかったっけ? いやそうだ、間違いない」  
「え、超そうでしたっけ?」  
「フレ……フレ……フレンド!」  
「なんか超友達っぽいですね。えーと、たしか…………スレンダーさんでしたっけ?」  
「細めの方向でスタイルよさそうな名前だな」  
しばらく二人で頭を捻るが、結局共に納得する答えは出なかった。あばよ、フレ……なんとか。お前は悪い奴じゃなかった。  
「まあ貧乏くじを引く役目は、これからは浜面が背負ってくれそうなので超安心です。私は元々変人に振り回される立ち位置じゃありませんし」  
「おま、またか、またかよ!? そういえばアイテムの時もお前は一人我関せずって顔してたな!」  
「超当然です。それが私のスタイルですから」  
素知らぬ顔でそっぽを向く絹旗に、浜面は自分が嵌められたことを知った。つまりそのために彼を新チームに引き込んだのだ。  
怒りに震える浜面だったが物理的な攻撃は強能力(レベル4)たる彼女には完全に無意味である。せめてもの意趣返しに口撃に出た。  
「そうそうさっきの例えだけどよ。お前がケーキだとしても、クリームの代わりに使われてるのはどう考えてもニトログリセリン」  
「浜面超アッパー!」  
≒浜面を超殺すアッパー。  
浜面の体はセリフの半ばで盛大に吹き飛び、最後列を飛び越えて壁に叩きつけられた。  
学園都市は今日も平和である。  
 

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