「ただの映画には超興味ありません。この世界に低予算短時間芋俳優安設定のC級映画があるなら私のところに超来なさい、以上!」  
「お前は一体何を言ってるんだ」  
「憂鬱なんですよ超憂鬱」  
今日も今日とて絹旗最愛と浜面仕上は場末としか言いようのない映画館に来ていた。例によって他の人気は全くない。  
二人は薄汚い席の中列に並んで座っている。間にはビッグサイズのポップコーンが置かれていて好きに摘めるようになっていた。  
妙にテンションが高くなっている絹旗に対して浜面は不機嫌である。恋人と部屋でいちゃついているところを呼び出されたので無理もない。  
「ったく、憂鬱なのはこっちだぜ。せっかく滝壺が飯作ってくれてたのによ」  
「あれ、彼女調理なんてできましたっけ。どうせ解凍食品の超盛り合わせじゃないですかね。最近のは出来がいいですし」  
「お、お前男のロマンをなんだと思ってやがるんだ! 滝壺はなあ、指を絆創膏だらけにして恥ずかしそうに料理を出してくれるに決まってるだろうが!」  
「さすが浜面思いこみが超キモイです」  
一応前方のスクリーンでは今も映画が上映されているが、既に駄作を通り越して見るのが拷問の域に達する程のチープさ加減なので二人はもっぱら雑談に興じていた。  
互い違いにカップに腕を突っ込んでポップコーンを囓る。二人で1カップなのは(主に絹旗の)カロリー調整のためだ。前日にケーキを食い過ぎたらしい。  
絹旗がわざわざ浜面を呼び出して映画に繰り出したのは断じて甘い理由などではなく、ただの憂さ晴らしだった。  
「それで超聞いてくださいよ浜面。絹旗さんなんですが、最近職場の雰囲気が超最悪なんです」  
「職場って言うとあれか、壊滅した組織を集めて作った新チームだったか? 明らかにやばい気がしたんだが」  
「流石にサボりも超限界でしたね。それで2,3仕事をこなしたんですが、流石の絹旗さんもストレス超溜まりまくりですよ」  
「そりゃ殺し合った相手といきなり組めって言われても無理があるわな」  
「いやそういう問題じゃなくてですね、純粋に相性が超悪いんですよ。心理測定は援交だかで超勝手に抜けるし、死角移動はあらゆる意味で超ウザいし、筋肉女は超空気読まずに仕切ろうとするし」  
「なに、援交だと! あ、あのクレーン女けしからんな……どんなことやってるんだろうな」  
「さすが浜面反応するところのキモさが尋常じゃないです」  
少女に軽蔑しきった目で見られて浜面はゲフンゲフンと大袈裟に咳をして誤魔化した、誤魔化せたらいいな。  
「つーか全然バラバラに思えるんだが、一体何を目的にした組織なんだ?」  
「さあ? ホントに寄せ集めてみたって言うか、最近かなりのチームが壊滅したんで超急場凌ぎの何でも屋って感じですかね」  
「あー、上のやることも結構適当だな」  
「電話の向こうに『なんかさー、劣化『グループ』目指してみましたって感じだよね、あは☆』って言われましたよ超腹立ちます」  
罵ってむしゃむしゃとポップコーンを頬張る絹旗。こいつはこいつで苦労してるんだろうな、と浜面は少しだけ同情した。  
つまりストレス発散のために浜面を呼び出して趣味のC級映画鑑賞をしているというわけだ。それを思えば少しは許せないでもない。  
おや?  
 
「つーかお前友達いないのか?」  
「何超失礼なことほざいてるんですか突然。確かに休みがちですが、学校ぐらいは通ってますよ。超名門です」  
「いや、映画見るなら同い年の女と見りゃいいだろうに。何でわざわざ俺を呼び出すんだよ……はっ!? いや、俺には滝壺が」  
「まずその超侮辱な想像を抹消してくださいできれば脳ごと。あっちの知り合いを呼べるわけがないでしょう。自分が特殊だってことぐらい超自覚しています」  
「あー……そういやそうか。わりい」  
絹旗最愛は学園都市の暗部に蠢く有象無象に属する身である。自分もまた(かつては)一員である浜面は思い至らなかったことを一瞬真剣に恥じた。一瞬だけ。  
「C級映画鑑賞なんて趣味に、曲がりなりにも名門校の女子を付き合わせられるわけないじゃないですか。浜面なら超使い減りしないですし」  
「俺は耐久消耗材かっ!? ああもう、一瞬だけ殊勝に思って損した!」  
「浜面ごときに同情される程超落ちぶれているつもりはありません。超心外です」  
映画が終わり照明が戻ったが、二人は変わらず雑談を続けた。どうせ次の映画が5分もすれば始まるし、前の映画は品評にも値しない出来だった。  
「ところで浜面は今何やってるんですか? 滝壺さんにバニーを着せるとか超言ってましたが」  
「そりゃお前が勝手に言ってただけだろうが。それに俺は、まだ滝壺にバニーを着せるつもりはないぜ」  
「まだとか超肯定じゃないですかね。っていうか、それじゃ何時なんですか?」  
「決まってる」  
そこで浜面仕上はふっと笑った。大切なことを心の真ん中に据えた、男の顔だった。  
「滝壺を表の世界に戻してやった時だ。その時俺は、あいつにバニーを着てもらう」  
一瞬の沈黙。絹旗は、曰く言い難い奇妙な表情を見せた。  
「なんですかその、超重大な決意っぽく語られた超キモイ発言は。っていうか、単に滝壺さんから超拒否されてるだけじゃ?」  
「馬鹿っ! モチベーションを高めるために敢えて目標設定してるだけだ。俺と滝壺はラブラブなんだよ!」  
「焦り方が超怪しいんですが。どんな調子かは超知ってますよ、同じ部屋に住んでますし」  
現状、滝壺理后と絹旗最愛は同じ部屋に寝泊まりしていた。  
元はと言えば滝壺が入院中、絹旗が彼女の部屋をセーフハウス代わりに使っていたのだが、滝壺が退院したあともそのまま居着いている。滝壺自身の要望だった。  
絹旗は外出している時間が多いので、部屋を訪ねてくる浜面とは居合わせたりすれ違ったりと様々だ。浜面と滝壺が二人でいる時に帰ってくることもある。  
「こっちが仕事で超疲れた体を引きずって帰ってきたら、部屋でギシアンやってるのって超殺意が湧きますよね」  
「ちょ、おま、見てたのか!?」  
「浜面。一つ忠告しておきますが、コスプレ趣味は健全とは超言いかねますよ」  
「余計なお世話だよコンチクショウ!」  
顔を真っ赤にして喚く浜面と、恥ずかしげもなく続ける絹旗。  
浜面仕上は恋人との情事を覗かれて開き直れる程すれてはなく、逆に絹旗最愛の表情は世間話のそれと全く変わっていない。  
人生経験というよりも元々の性格の差が出ているようだった。話題は猥談に転がっていく。  
「でも超正直、滝壺さんはあまり気持ちよさそうに見えませんでしたけどね」  
「あ、ああ。それはな……やっぱ俺って下手なのか……ってなに言わすんだよ」  
「どうでしょうね。単に感度が低いだけなのかも。女の子の体は超繊細ですから」  
「じゃあ前戯をもっと丁寧にやるとか?」  
「滝壺さんは超病み上がりなんですから、時間掛けると先にバテませんかね。というかそもそも、そういうこと超やらせるなって感じですが」  
「し、仕方ねえだろ。滝壺が可愛いんだし、こっちは男なんだからよ」  
「男の性質と浜面のキモさに対して私は超区別が付きません。まあしばらく控えたらどうですかね。愛し方ってのは色々あるという説もあるそうですし」  
「そうか……まあそうだよな……仕方ないよな」  
断腸、といった様子で浜面が目を閉じて自分を納得させる。幼子を捨てる母親のような真剣さだった。絹旗の視線が白い。  
さておき、と彼女は話題を戻した。猥談終了。  
 
「それで浜面は結局今何してるんですか。ニートですか? 超ニートですか?」  
「ちげえよ。とりあえず今は色々考えながらだな……」  
「それをニートと言うんですよ。明日になったら超本気出すんですよね?」  
「違うっつってんだろ! 昔の伝手辿って、色々話を集めながら、稼げる話を幾つか進めてる。先立つものは必要だしな」  
「それって要するに超犯罪ですよね。アンチスキルに捕まって留置所に超ぶち込まれても引き取りませんからね」  
「そんなへま、するわけないだろ?」  
今まで十二回もぶち込まれたことは秘密だ。浜面も暗部の端にいる男。どうせまともなところで働けない。  
そんな浜面に、ふと少女は提案をした。  
「ふうん……それじゃあ浜面、こっちのチーム手伝いませんか?」  
「は? 例の敗残チームのことかよ」  
「はい。私の推薦ということで下部組織に超ねじ込めば楽勝ですよ。何しろ雰囲気が超最悪なんで」  
「おいおい、そんなに俺のアシストが恋しいのかよ」  
ふっと髪をかき上げる浜面。一方絹旗は塩気でべたついた手をウェットティッシュで拭っていた。あ、小指の爪が伸びてる。  
「戯れ言はさておき。浜面って信楽焼の狸みたいで、そこにいるだけで超笑えるんですよね」  
「俺のはあんなに垂れてねえっ」  
「だから反応するところが超キモいです。アイテムの時も、浜面が来るまでは超ギスギスしてましたし」  
「へえ、そうだったのか? そんなにチームワークは悪くなさそうに見えたけどな」  
「麦野さんが超サドで、ブレンダさんを使いっ走りに。ブレンダさんは滝壺さんに陰で超八つ当たりして、私は離れたところでノータッチという状況でしたよ」  
「お前ちゃっかりしてんな。つーか滝壺が一人損じゃないか、それ」  
「だから滝壺さんは浜面に感謝してたんですよ。ブレンダさんが土壇場で裏切ったのも超そのせいだったのかも」  
女性が集まった時の生々しさにおののく浜面。ちなみにブレンダが使いっ走りにされていたのは、彼女だけ強能力(レベル3)だったからである。合掌。  
ともあれ、提案に対して浜面は考えた。  
暗部組織に所属するということは、いうまでもなく命の危険に晒される。アイテムが壊滅した一連の抗争でも、彼は幾度も死にかけた。最大の危機は言うまでもなく『あれ』だが。  
今の浜面には守るべき存在がいて、彼はどう足掻いてもただの無能力者(レベル0)である。自分から危険に近づくことなど断じて避けるべきだった。  
しかし確かに絹旗の言う通り、表に出られない浜面が金を稼ぐならどうしても裏家業になるし、それなら危険に近づいているということは変わりない。  
勿論危険の大小には差があるだろう。暗部組織に荷担した方が危険は大きいに違いない。が  
「一応聞くが、その新チームにはぶち切れて襲いかかってきそうな超能力(レベル5)はいないよな?」  
「超いません。何を心配してるかわかりますが」  
「それなら……まあ、いいぜ。ヤバいことになったら直ぐ引っ込ませて貰うならな」  
絹旗はその返答に、意外そうな顔をして目を丸くした。  
「いいんですか? 自分で言っておいて超なんですが、滝壺さんのこともあるでしょう」  
「滝壺のことを何とかするのにも、そういうところに近い方がいいかもしれねえだろ。それに」  
絹旗最愛という飄々とした少女が、浜面仕上というろくでもない男に『助けを求めてきた』のだ。  
滝壺のことに関しても、彼は絹旗に大きな借りがある。ある種の友情(戦友じみたもの)も感じている。放っておけるわけがなかった。  
……とはいえ、そんなことを正面切って言えるような間柄でもない。  
「それに、なんですか? 見返りに超キモい期待をしてるなら滝壺さんに超チクりますが」  
「バニーも似合わないガキに用はねえっ! そうだな……あのクレーン女って華奢だけど色気があって結構」  
「浜面殺す超殺す」  
「何故っ!?」  
有無を言わさず絹旗のアッパー一閃で浜面の体が中列から最後列まで吹き飛んだ。  
学園都市は今日も平和である。  
 

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