「あら。“また”あなたなの?」  
「ええっと、確か風紀委員の……固法だっけ?」  
「変な事件を調べてると行く先々にあなたがいるわね。それで、これってどういうこと?」  
「……っていうか違う!そこのいかにも妖しげで元気百倍な栄養ドリンクとかスケスケコスプレセットとか  
 ぬるぬるローションは上条さんの私的な所有物じゃありませんから!」  
「わかってるわよ。いかにも公序良俗に反した危ないお店に学生が連れ込まれたって通報があったから、  
 駆けつけたのよ」  
「……なんて通報だったんだ?」  
「え?」  
「その通報した奴ってさ、金髪でグラサンの―――」  
「そうそう。やっぱり、あなたの友達なのね。それと彼から『これを飲ませてあげて欲しいんだにゃー』って」  
「―――は?」  
「はい」  
「っ!?」  
「……ふふ、良い友達ね。『あいつを救ってやってください欲しいんだにゃー!』って、本当に心配してたわよ?」  
「……ぷはっ。……はは、どういう意味で心配してるんだか」  
「待ってて。すぐ手錠を外すから」  
「―――!?」  
(ちょ……後ろ手に手錠で柱に鎖で繋がれて座らされてるからって、正面から密着して肩越しにやらなくても―――!?)  
「うーん……おかしいわね。ごめんなさい、もうちょっと待って。よいっしょっ」  
(膝立ちなんてしたら、か、顔に胸が……っ!膝をそこに押しつけたら―――)  
「ああ、ほら。じっとしてて。動かないで」  
(で、かい!? や、やわ……。うう、に、匂いが!さっきの薬のせいで理性がああぁぁぁっ!)  
「―――あ、外れた。もう大丈夫よ」  
「―――ああ。外れちまったなあ……」  
「……?」  
「ところで―――他に誰もいないのか?」  
「そうだけど……?」  
「――――――」  
「……あら、膝になにか固―――っ!?」  
 
「……なんなの、これ。何が入ってるの?ちょっと硬い……」  
「何がといわれたらナニなんですがって、す、ストップ!そこは進入禁止!通行止めだーっ!」  
「……あ。もしかして、ここのお店の物を隠してるんじゃないでしょうね?」  
「上条さんはどれだけ貧乏でも万引きなんて真似はしませんからぁっ!」  
「じゃあ、何を隠しているの?」  
「それは……」  
「仕方ないわね」  
 溜め息を一つついて、固法は眼鏡を外した。  
「―――なあ、固法」  
「“固法さん”とか、“先輩”って呼んでもらえないかしら。私の方が年上でしょう?」  
「確かにそうなんだけど……!」  
「私の能力が何か覚えているかしら」  
 固法美偉の両目が静かに閉じられる。  
 それが能力を使う際に行われる、心理的な切り替えのための動作だということが上条にはわかった。  
 尚更止めなければと声を発しようとするが、手遅れだった。  
「駄―――」  
 開かれた固法美偉の瞳が真っ直ぐ見つめる。  
 注がれるのは一点。  
 上条当麻の下腹部よりさらに下。  
 股間に位置する――――  
「………………」  
 
 
 じっ、と直視してから十秒ほど経過すると。  
「―――――――っ!?」  
 様々な知識と過去の記憶から、関連する情報が怒涛の勢いで固法の頭の中で渦巻いた。  
 そして、最後に渦に飲まれた情報は。  
 ニット帽子を被った美人の同僚が見せつけた押収品の―――雑誌や写真だった。  
 
 何かを叫ぼうとした。悲鳴を上げようとしたのかもしれないが、声にならなかった。  
 それだけ衝撃的だった。  
 今まで数々の能力者と対峙してきたが、これほど衝撃を受けたことは無かった。  
 くすんだ肌色。腫れ上がったように大きな柱。  
 同僚が、違法な風俗店の捜査や摘発の度に見せびらかせる卑猥な写真や画像、雑誌に小道具の数々が  
思い出される。  
 あまりのグロテスクさに泣き出しそうだった。  
 それでも、目の前にいるのは自分の知っている年下の男子であった。  
 そして自分はそういった生理現象があるのは知識としてはあったのだ。  
 いつもの生真面目から邪推してしまったのは自分の方だ、と気持ちを押さえ込む。  
 押さえ込み……ようやく冷静になれた。  
(こ、これ……これが“アレ”なのよね……)  
 男子の股間を透視しておいて、他の何かだとは言えなかった。  
「うう……どうして私って、こう抜けているのかしら……」  
 あの同僚には絶対に話せない。  
 年下の男子に迫って恥部を覗き見るなんて―――  
 自分の間抜けさに泣けてくる。というか、本当に目尻に涙が浮かんできた。  
「そろそろ本当にお嫁さんにいけないかも」  
 
 
 一方、見る側という経験だけなら多くの女性と男性に失礼なほど多かった上条当麻だが。  
 見られるという経験は多くない。  
 まして、恥部だけをピンポイントで透視された経験など過去にあるはずもなかった。  
 というわけで、  
(――――あああああっ!?)  
 こちらは声にならない悲鳴を上げていたのだが、むしろ女の子の方がショックだろうと  
気を静めて『……あのさ、大丈夫か?』と声をかけようとしたのだが―――  
 
 
「―――――――お嫁さんにいけないかも」  
 
 
 何やら今だかつて聞いたことのない重い言葉に、上条当麻は十秒ほど思考停止してしまった。  
 それでも何か話すべきだと口を開いた。  
「えっと、固法……先輩?」  
「うぅ……何?」  
 固法は座り込んだまま再び眼鏡をかけると、目尻の涙を拭い上目遣いに上条の顔を見る。  
 どうやら能力は解除しているらしい。  
 だが。  
 前屈みになったまま顔を赤らめて、眼鏡越しに涙目で、上目遣いに見つめられて上条はドキッとした。  
 彼女は間違いなく平均以上の整った顔立ちで十分美人だった。  
 前屈みの状態から見ても膨らみの大きさが分かる胸。  
 スカートの裾から覗かせる太腿の白い肌。  
 しかし、それ以上に。  
 何というか、可愛かったのである。  
 それだけで火がついた。  
 
(―――うおああああああぁ!?)  
 体が再び熱くなった。血液が全身を駆け巡る。何かを後押しするように脈動するものがある。  
 いつの間にか落ち着いていた下半身への血流が増大しており、股座がいきり立ち始めていた。  
 そして気がつけば、固法の肢体を這うように視線が動いていた。  
 首筋、細い腕、冬服のブレザーを押し上げる胸、脚線……。  
 体の疼きは止まらない。  
 とにかくムラムラするのである。  
(逃げよう)  
 手錠はすでに外されている。立ち上がろうとした。  
 しかし手錠はすでに―――と、思ったとき。  
 
 ふと、手錠を外されるときの二つの膨らみの柔らかい感触が思い出される。  
 
 ズボンの膨らみがより一層大きくなったのに気づいた。  
 そのときには、上条は座り込んで体育座りの姿勢を取っている。  
 だが、それはここに留まるということであり―――  
「上条君?」  
 固法美偉が呼びかける。  
 甘い羊の囁き声だった。  
 上条は全身から、どっと汗が噴き出すのが分かった。  
 身も心も狼になるまで、そう長くはない。  
 
 
 上条の理性が戦線後退しつつあることなど露知らず、固法は呼びかけた。  
「どうしたの、上条君?」  
 上条の異変に気づいたらしく、一先ず容態を見ようと脈を取る。  
「大丈夫……じゃなさそうね。脈がかなり早いわ。顔もかなり赤いし、汗もすごいわね」  
 すると、固法の手が上条のYシャツへ伸びる。  
 布の湿り具合と皮膚の熱を確かめるように彼女の手は上条の胸板を撫で回す。  
 布越しに触れられた細い指の感触に、上条の体がびくっと震えた。  
 十の柔らかい指が胸板を這い、小さな掌が撫でる。  
 どことなく妖艶に思えてしまうのが今の上条だった。ボタンに指を絡められ、一つ一つ外されていく。  
 いつの間にか、二人の距離はなくなっていた。  
 先に気づいたのは上条だった。  
 かすかに温かさを感じさせる吐息。女性の体臭。衣擦れの音。唇の艶。時折覗かせる白い歯。  
 彼女を間近で見下ろせる。視線が下がる。視界を占めるのは、二つ。  
 手元を動かすたびに二の腕に挟まれて形を変える豊かな胸と、擦り合わされる太腿だった。  
 欲求が侵攻速度を三割増しで早まらせ、肉欲が上条の理性を駆逐していく。  
 数ヶ月に渡る禁欲生活によって圧縮に圧縮を重ねて抑え込まれた欲求が、解放されようとしていた。  
 暴発していなのは奇跡としか言いようがない。  
(そろそろ本当にまずいマズイMAZUI!)  
 先程の『お嫁さんにいけない』という言葉を掲げる理性が蹂躙されていく。  
 わずかに残っていた上条当麻としての理性が最後の力を振り絞って、拳を振り上げた。  
「……お嫁さんにいけないって言ったよな」  
「う……その、私も悪かったから気にしなくていいわよ」  
「やっぱり、いつか初めての人にのために……って」  
「それは―――で、でも。そもそも貰い手がいるのかも分からないし、私は、その。  
 ほら、場の空気っていうのが分からないというか、全然読めなくて……。  
 人の好意とか気づけないから、分かってあげられないから……  
 気がついたらすぐ傍にいた男の人ってどこかへ行っちゃってるの。  
 だから……その、男の人と付き合ったこともないし。  
 もしかしたら付き合ってくれてたのかもしれないけど、全然分からないから……  
 その人はいつの間にか遠くに離れてるの」  
「…………」  
「でも、本当は気づかないようにしてるのかもしれない」  
「なんで?」  
「私は今の仕事が好きだから。やり甲斐があるの。誇りに思ってるの。  
 それと、危なっかしい後輩がいて、その友達や先輩がもっと危なっかしくて。  
 でも、とっても頼りになる子達なの。あの子達に慕われて、私はすごく幸せだったから。  
 ……もし、男の人と付き合うことになったら、どうすればいいのか分からないの。  
 その人のことを大事に思うようになったら、風紀委員の仕事ってどうなっちゃうんだろ……って。  
 私の今までの価値観が変わって、男の人の方が大事に思うようになったら―――あの子達に合わせる顔がないの。  
 自信が無いのよ。それ以前に……私ってそんなに魅力なんてないと思うし。胸だってこんなに無駄に大きくて」  
 細腕で自分の体を抱き締める。下から押し上げるように一層強調された胸。  
 どうやら、自分のスタイルに恵まれているとは感じていないらしい。  
 それがカウンターとなって、上条の理性が揺らいだ。が、どうにか踏み止まる。  
 踏み止まって。  
 上条当麻は固法美偉をぎゅっと抱き締めた。  
「ひゃぁっ!?」  
 小さな悲鳴が上がるが、それを無視して。  
「固法……先輩は―――」  
 
To be continued...  
 

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