『とある打ち止めと誤算の聖夜』
クリスマスのこの日。
やっとの事で、この世で一番大切な、愛してやまない一方通行(アクセラレータ)に男女の一夜を約束させた打ち止め(ラストオーダー)は、うきうきとした気持ちを抑えきれずにいた。
「るんたったー、るんたったー。ねえねえ、こっちのベビードールとこっちのベビードールどっちがこのみ? ってミサカはミサカはあなたに聞いてみたりぃ」
「あァ? ンなもンどっちだっていいだろォがァ」
薄いピンクと薄いブルーのベビードールを持った打ち止めに向かって、ソファーの上でふてくされた様に天井を眺めていた一方通行は、心底面倒くさそうに言葉をかえす。
「どっちでもいいって事はないんだよ、ってミサカはミサカはあなたの言葉に異議をとなえてみたりっ。視覚効果ってのはいがぁーいに馬鹿に出来ないんだから、ってミサカはミサカはさり気無く教養のあるところを自慢してみる」
「オマエのそれは教養じゃなくてただの耳年増だろォが。ンだァ、一々めんどくせェなァ。どっちにしろ最後は裸ンなンだから一緒だろォが」
「もう! 初めてなんだからミサカはもっと雰囲気を楽しみたいのッ! ってミサカはミサカは主張してみたりっ。しかもしかも今日はクリスマスなんだから、と、く、に、雰囲気は大切なんだよッ! ってミサカはミサカはちょっと憤慨してみたりぃ!」
「ホントめンどくせェえ」
そう言って一方通行は枕にしていた肘掛けから頭を起こすと、今度は背もたれに後ろ向きに顎を乗せた。
「もォ一度見せてみろ」
「うん! この2つなんだけどどっちがあなたの好み? ってミサカはミサカはあなたが乗り気になったので飛び跳ねて喜んでみたりっ」
「一々跳ねンじゃねェよ」
そこで小さくため息を付くと、
「それじゃ判ンねェからちょっと着てみろ」
「ぇ……?」
「着てみろって言ったンだが聞こえなかったか?」
「あ、え、じゃあちょっと着替えてくるから――」
「いいからそこで着換えろよ」
「えぇ――――――ッ!?」
一方通行の言葉に驚愕を露わにする打ち止め。
そんな打ち止めに、一方通行は表情一つ変えずに、
「なンか問題でもあンのか?」
「え、だって……着替えるって事は裸になるんだよ? ってミサカはミサカは困った顔で訴えてみたり」
「裸ァ……? 裸ねェ……」
何か思案する様に眼だけ動かす一方通行を前に、打ち止めは不安そうに彼の顔を見つめる。
「今更だろ? いいからここで着換えろよ」
「!?」
打ち止めは言葉を無くして立ち尽くす。
よもやこの様な事になろうとは……。
「あ……あの……」
一縷の望みを託して、泣きそうな表情まで作って声を掛けようと試みるが、
「嫌か?」
「あ、今着替えるから待っててね、ってミサカはミサカは準備を開始してみたり」
たった一言で打ち止めの抵抗は終わった。
(これも惚れたよわみなのかしらー? ってミサカはミサカは説明出来ない感情に理由を探してみたりっ。ヒモと情婦ってこんな感じ? ってミサカはミサカはちょっとそれもいいなあなんて思ってみるっ)
そう心の中で自問自答しているうちに、この見た目10歳くらいの女の子はすっかりその気になっていた。
どこからか椅子を一つ引っ張って来て一方通行の目の前に置いた打ち止めは、先ほどのベビードール以外にも用意してあった大人顔負けのショーツとストッキングも引っ張り出して椅子の上に並べた。
「オマエ……、何処で買ってくるンだそォいうもンは?」
「まあ、色々ってところかなぁー、ってミサカはミサカは女には色々秘密があるのってアピールしてみたり」
「ふゥん……、そンなもンかねェ」
「そうそう、そんなもんなんだよ、ってミサカはミサカはあなたの反応にちょっぴりがっかりしてみたり」
「ゥン?」
実は黄泉川を焚きつけて色々用意させたのだが、
(それを言ったらきっと『黄泉川が噛ンでンのか』って怒るから内緒、ってミサカはミサカは黙ってみたり。でもでも、これ買ってもらうまで大変だったのにー、ってミサカはミサカは内心嘆息してみる)
家事手伝いまがいに色々家の手伝いをした記憶が甦って、思わず小さくため息をつく打ち止めだった。
「と落ち込んでいても始まらないので早速始めまーす! ってミサカはミサカはあなたに宣言してみたり」
「おうやっとか? 期待してンぞ」
「任せてッ! ってミサカはミサカはあなたの言葉でやる気が200パーセントアップしたり!」
そう言うと打ち止めは、目をつぶって大きく二回ほど深呼吸する。
それから潤んだ瞳――本人はそのつもりだが、どう見ても眠そうにしか見えない――を一方通行に向けると、妖艶に腰をくねらせながら――これも本人はそのつもりだが、どう見てもお遊戯レベル――ゆっくりといつものワンピースを脱いで行く。
健康的な肌つやの太ももが露わになり、続いてその付け根を覆う年相応の下着が、その次に引き締まったお腹とかわいい臍が順を追って現れてゆく。
しかし、かわいらしい胸まで露わになった所で打ち止めの動きがピタリと止まった。
(見てるかな? どうなのかな? ってミサカはミサカは不安と緊張で固まってみたりッ!?)
のりのりで脱ぎ始めたものの、いざここまで来て怖気付いてしまったのだ。
(これでバサッっと脱いだらあの人の後頭部が見えたらミサカ死ぬかも……、ってミサカはミサカはどうしたらいいのかわからな――)
「ひゃひッ!?」
一方通行の事で頭が一杯な所に、不意を突くように何かが胸の敏感な部分に触れて、思わず黄色い声が出てしまう。
(なになになにぃ!? 今のは一体何なのぉー? ってミサカはミサカは緊急事態に驚い――)
「ふひあッ!」
またも口を付いて出る黄色い声に、服の中の顔は真っ赤だ。
さらに――、
「きゃん!? くふッ、ふひゃ、あひッ!? くッ、くすぐったい!? くすぐっひぁきぃぃぃ!!」
立て続けに胸を責められた打ち止めは、くすぐったさのあまり膝の力が抜けてしまって、ワンピースを頭にかぶったままの不自由な状態で尻もちを突き――、
「うォっとォ」
と思ったら、すんでのところで一方通行に抱きとめられた。
「悪ィ。あンま面しれェ格好してっからよォ、ちィと遊ばせてもらったぜ」
「え? え?」
訳が判らないまま狼狽えていると、ふわりとした浮遊感と共に、打ち止めの足は床を離れた。
そして、頭にワンピースを被ったせいで手が不自由な打ち止めを抱いた一方通行は、そのままベッドまで歩いて行くと、
「きゃ!?」
ぼふっと打ち止めをベッドの上に放り投げた。
そんな打ち止めの耳に、ギシギシと軋むベッドのスプリングの音が聞こえて来て、
「ぇ?」
胸に感じる湿り気を帯びた温かい――、
「きゃはッ!?」
打ち止めは、再び胸に刺激を与えられてエビの様に体をのけ反らせる。
今度の感覚は湿っていてざらざらしていて温かい。
「きひッぃ! 駄目駄目駄目駄目ぇ―――――――ッ! ってミサカはミサカは混乱しにゃひんッ!? ま、も、ひゃん! なに、駄目ッ! してッ、くひッ!? ちょッ、駄目だから、も、何してるの、ってミひひ、ふ、にゃあああん!」
「ンあ? 愛撫。オマエの胸舐めたンだよ」
事も無げに言うと、一方通行は、再び打ち止めの胸に舌を這わす。
「はぁ? はひぃぃぃ!? ま、まだ話は終わって無い終わって無い終わって無い終わってないいいいいいいいぃぃぃいいいいいい!!」
「ンだよ、うるせェなァ」
「はッ、はッ、はッ、ぜッ、ぜッ、ぜッ」
「話がねェなら続けンぞ」
「ちょと、ま、まってまってまって、ってミ、ミサカはミきゃはああッ! あなたにおにぇがいいいいい!」
「なンだよ」
「りゅぅぅぅぃぃぃ……。はな……、はにゃすかりゃあ……、お、おぱ、いじるのやりぇえーッ!」
「チッ」
やっとの事一方通行の責めから逃れた打ち止めは、急いで息を整える。
さもないと焦れた一方通行(おおかみ)が何を始めるか判らない。
「な、何で急に積極的になったのかなぁ? ってミサカはミサカは聞いてみたり」
「オマエの胸が旨そうに誘ってっからいいのかと思ってよォ。我慢出来なくてつい、なァ」
「うぎッ!?」
さらっと恥ずかしげも無く恥ずかしい事を言われてしまい、打ち止めは言葉に詰まる。
しかし、このままでは後は成す術も無くいただかれるのみ。
「ぅぅ……。えとえとそれじゃあ、何でミサカは目隠しのままなのかなぁー、ってミサカはミサカはあなたに聞いてみたりぃ?」
「特に意味はねェなァ」
そう言って一方通行は、打ち止めが被っていたワンピースを事もなげに奪い取った。
「さァ、もォいいだろ?」
そう言って覆いかぶさってくる一方通行に、打ち止めはここに至って、如何に心の準備が出来ていなかったのか痛感しつつも、
(受け入れよう、受け入れよう、とは思うんだけどぉー! ってミサカはミサカは心とは裏腹に抵抗してしまってみたり)
と言って、右手を一方通行に付きつける。
「まだなンかあンのか?」
「そ、それならあなたにも裸になってもらいたいなぁ、ってミサカはミサカは最後のお願いを口にしてみたり」
さて、これでどう一方通行が出るかで、打ち止めの運命は決まる。
(このまま押し倒されたらミサカネットワークをストップ、洋服を脱ぎ始めたらその間に覚悟を決めるッ! ってミサカはミサカは固唾を飲んで見守ってみたりッ)
すると一方通行は、
「あァ? いきなり脱げってか? ふゥン……」
そう言って一瞬視線を彷徨わせると、すっと打ち止めの上から身を引いた。
そして、ベッドの上に膝立ちになるり、シャツの裾に手を掛けると、躊躇なく一気に脱ぎ捨てた。
闇夜に浮かぶ白い裸身は、まるで光でも発するかのようだ。
全体的に華奢な体。
そして、そこだけは立派に存在を主張する豊かな胸――、
「胸ぇ!?」
打ち止めは一方通行の胸を指を差してわなわなと震える。
一方、
「ほら、もう気が済ンだかよ? じゃ、いいよなァ?」
「ちょ!? 待って待ってスト――――――ップ! ってミサカはミサカは混乱しながらあなたを止めてみるッ!」
「おォい? まだなンかあンのかよ」
何度もお預けを受けた一方通行からけんのんな空気が漂うが、打ち止めはそれどころでは無い。
「あ、あなたって実は女なの? ってミサカはミサカは恐る恐る聞いてみたりぃ」
「あァ? だったらなンだよ?」
「はっきり答えてッ! ってミサカはミサカは必死になって確認してみるッ!」
「ンだ一体……? 女だよ女ァ。もォいいだろそンな事ァよォ……」
その言葉を最後に、打ち止めはベッドに押し倒された。
「え?」
そして一方通行の紅い瞳がスローモーションのように近付いてきて、
「あ……」
次の言葉を紡ぐ間もなく唇を奪われた。
甘美な刺激に薄れゆく意識で、
(やっぱりあなたは強引で……こんなのもいいかななんて思うミサカは変かな? ってミサカはミサカは……)
打ち止めが目を開けると、そこはいつもの自分の部屋で、慌てて時計を見れば2時を少し過ぎていた。
「クリスマス終わったんだね……、ってミサカはミサカはしょんぼりしてみたり……」
結局あんなに言ったのに一方通行は現れなかった。
「変な夢見たのはあなたのせいなんだから、ってミサカはミサカは淋しいから独り言を言ってみる……」
そしてバタンとベッドへ倒れこんだ。
『おィ……、ここに喋りゃいいのか?』
「!?」
『打ち止め……』
「!!」
『(愛してるとか言えにゃ……)』
『ざけンなッ!? 撒き散らされてェのか!』
「あのひとの声ッ! どこどこ、ってミサカはミサカ慌てて探してみるッ!」
打ち止めは声を頼りに慌てて出所を探す。
そして、
「あった! ってミサカはミサカはあのひとにそっくりな――」
『打ち止め……。テメエの事は必ず守るからな。俺の事は心配すンな。お互いそンな柄じゃねェ――』
「!」
『――またな』
「ッ!?」
その一言に打ち止めの頬を光るものが一筋伝う。
『(ひゅーひゅー、暑いぜよ暑いぜよー。誰か冷房いれてくれにゃー)』
『その前にテメエは暑さも寒さも感じなくしてやンよォォォ』
その後に続いて悲鳴と怒号と破壊音が響いて、唐突に再生は終わった。
一方通行に良く似た紅い瞳をしたぬいぐるみを抱き締めた打ち止めは幸せそうに「メリークリスマス」と小さく呟く。
「来年はひとつ大きくなったミサカをもらってね、ってミサカはミサカはあなたにもらった幸せをいっぱい感じてみたり」
その決意は、とある悪夢と合い真実あってひと騒動に発展するのだがそれはまた別のお話。
END