「なんか大騒ぎになっちまって悪かったな、オルソラ。こんな遠くまで来てくれたのに」
すでに夜も更けて、街灯が辺りを照らす大通りで上条当麻は黒衣のシスターに声を掛け
た。この学園都市に宗教関係者が何の会議にやってきたのだろう、とは思ったし、その会
議が終わったら少し閑があるのでございます、宜しかったらお会いしませんか――と、今、
隣を歩くシスター、オルソラ・アクィナスから連絡を受けたときは驚きもしたが、自分に
会いに来てくれる、ということが上条にとっては素直に嬉しかった。
が――、何時のまにやら(元からいたインデックスも含め)上条の学生寮に詰めかけた
少女たちと結局大騒ぎになってしまい、オルソラとはゆっくり話すことも出来なかったよ
うな気もする。
「ふふ。よろしいのでございますよ。あなた様の普段の姿をお見せいただきましたし――、
わたくしも楽しかったのでございますよ?」
オルソラはそう言うと柔らかく微笑んだ。その表情に思わず赤面しそうになり、上条は
空を見上げて無理やりに話を逸らす。
「ついこの間まで寝苦しかったのに、大覇星祭が過ぎたら随分と涼しくなったんだ。夜と
もなると冷えるな。オルソラは寒くないか?」
ちらりと横目で隣を見る。黒衣のシスターはさっきと同じ、柔らかな笑みを浮かべたま
まだ。顔を向けるのが何故か気恥ずかしい。「なんか上着でも持ってくるんだったな」
「肉の苦しみは心の……と言うのは以前言ったのでございましたか。それにもうひとつ、
今のわたくしには心を暖めていただけるものがございますから、ちっとも寒くないのでご
ざいますよ」
オルソラの台詞は噛み締めるような響きだった。その響きに思わず上条はオルソラを見
つめる。今度はオルソラが目を逸らしたような気がする…が、やはり気のせいだろうと上
条は正面に目を戻した。
そうこうしているうちに、オルソラの泊まっているホテルが見えてくる。
学園都市にもホテルなどの施設はある。大覇星祭などで父兄等の観客を受け入れなけれ
ばならないし、科学の最高学府として学会等も数多く開かれるから、そういった人々の落
ち着き先は当然用意されているのだ。ただ、学園都市に住む上条のような学生・生徒らに
は縁がない、と言うだけのこと。先日の大覇星祭で両親が泊まった宿を覗きにいくような
こともなかったから、オルソラとともにロビーへ入った上条は物珍しさにキョロキョロす
るばかりだ。
「普通に生活してると、学園都市にこんなホテルがあるなんて気にもしないからなんか見
回しちまうよな。ま、それはそうと今日は大騒ぎになっちまって。あとはゆっくり休んで
くれよ、俺はこれで帰るから……っておい、何してるのオルソラさん?」
気がつくとオルソラに腕を組まれてエレベーターに乗り込んでいる。
「先ほどは冷えると申してらっしゃいましたから、熱いお茶などお飲みになってお帰りに
なるとよろしいのでございますよ。わたくしが淹れて差し上げますから、お部屋へ参りま
しょう」
「っていやそんな、悪いし!」
一応遠慮してみせる上条だが、こういうときのオルソラが意外と強引なのはキオッジア
でも感じた部分だ。それに、腕を組まれてしまって、オルソラの豊満な部分が当たってし
まっている。その想像以上の柔らかさに体が強張ってしまって、
「まーまーなのでございますよ」
と言いながら手を引くオルソラに、体を任せざるを得ない上条なのだった。とりあえず、
「(オルソラさん?何か当たって上条さんはドキドキバクバクなのですが?)」と小声で
……というか掠れ声で呟いたら「(当ててるのでございますよ)」と聞こえてきたような
気がするが、それもきっと気のせいに違いないと考えることにした。
(はっ!オルソラの胸の感触に気を取られていやいやいやそうじゃなくって兎に角何だか
気が付いたらでっかい部屋にっ!)
こう見えて純情な上条がお色気シスターさんに腕を組まれていることに気を取られてい
るうちに、どうも彼女の部屋に付いていたらしい。エントランスにミニ・バー、横にはク
ロークルーム、進んでいくと豪奢なソファがしつらえられていて、奥にセミダブルベッド
が二つ並んだ広くて豪華な部屋だ。
「すごい部屋だな……俺の部屋の何倍有るんだ?学会とかでやってくる偉い先生とかはこ
んなとこに泊まるのか。うらやましいモンだな…」
「ええ、このような立派な部屋は必要なかったんでございますけど、イギリス清教のほう
で気を遣って下さったんでございましょう…あら?どうかなさいましたか?」
ここのところ、病院以外でベッドに寝たことのない上条は、思わずふらふらとベッドに
近づいて手をついていたのだった。
「あ、いや、すまん。最近はベッドで寝たことが無くってさ、ほら、インデックスがいる
だろ、それでずーっとユニットバスに毛布持ち込んで寝てるんだ。ふかふかのベッド素敵
だなー、って見入っちまった」
正直な心情を吐露する。何時だったか、インデックスがいかにももうひとり分のスペー
スがあるかのように寝ているところを見たことが有るが、だからといって上条は女の子と
同衾してしまうほど図太い神経は持ち合わせていないし、抑えが効く自信も――有るとは
言い切れない。
その結果がユニットバス立てこもりなのだが、この豪華な部屋に仕付けられた寝心地の
良さそうなベッドにはさすがに羨望を覚えてしまったのだ。
それを聞いて、オルソラが微笑みながら答える。
「そうだったのでございますか。それは大変でございますね…。そう言うことでございま
したら、わずかな間ではございますけど、少し寝ころんでいったらよろしいのでございま
すよ。わたくしはその間にお茶を淹れて参りますから」
一瞬迷った上条だったが、ふかふかのベッドが気になって仕方がない。
「じゃあ、ちょっとだけ…悪いな、オルソラ」と言うと、靴を脱いでベッドの上に横たわ
った。横目にオルソラがこっちを見ながら笑みを浮かべてミニ・バーの方へ向かうのが見
えて少し気恥ずかしかったが、上等なベッドの包まれるような感触に思考が真っ白になっ
ていった。
(あー、いいなあ、こんなベッド…体思いっきり伸ばしてもまだ余るよ…それにふかふか
だし…)
「お茶が入ったのでございますよ……まあ。本当に、お疲れでございましたのですね…」
部屋に戻ったオルソラが見たのは、すっかり寝入ってしまった上条の姿だった。
お茶の載った盆をとりあえず置いてしまうと、眠ってしまった少年の隣に腰掛ける。
「今回のことでは――お仕事を言い訳にしましたけども…本当はあなた様のいる学園都市
と聞いて…是が非でもわたくしに行かせて頂きたいと、無理にお願いしたのでございます
よ…。何故だかお分かりになられますか、――かみじょう、とうま、さん」
眠る少年に語りかけるオルソラ。一言一言を紡ぐごとに動悸が激しくなり、顔や体が火
照っていくのが判る。
「こんなときでもなければ申し上げられませんけど――さっき話したわたくしの心を暖め
てくださるもの――それは、とうま、さん、あなた様なのでございますよ…?」
相手が眠ってしまっているとはいえ、これだけのことを搾り出すのにかなりの体力を消
費してしまったような感覚だ。それに、あえて当麻、と名前を呼ぶことにも気持ちを奮い
立たせていた自分に気づく。
しかし、ここまで来たらもう止められない。
上条の頬に手を伸ばす。
そしてそのまま――少女オルソラ・アクィナスは上条当麻にそっと口づけた。
窓から明かりが差す。うっすらと意識が覚醒してくる。横になっているが、体を伸ばし
ている。ベッド?おかしいな、入院してた覚えは無いんだが…と上条当麻はぼんやりと考
え――
ガバアッッ!体を起こし、慌てて辺りを見渡す。サァーと血の気の下がる音が聞こえた。
「えっ、えええーっ、あのままホテルに?夕べの記憶無いんですけどっ?えっ、ええっ」
頭を抱えて大騒ぎする声に、上条の傍らで動くものがあった。
「んっ……。あら、おはようございます。よく眠れましたでございますか?」
慌てて傍らを見る。と、バスローブ姿のオルソラ・アクィナスがゆっくりと上半身を起
こすところだった。体を起こすその際に、肩の部分が少しずれて艶かしいうなじ、そして
豊かな谷間が見えてしまった。
それを見て、上条の頭の中ではは混乱するよりむしろハイそれまでよ、といった感じで
『カーン』と鐘がなった気がした。
「……えっと、……こんなこと聞くのも何なんですが……オルソラさん……どういうこと
でこういう状況になっているのでせう……?」
搾り出すようにして尋ねる。
「あら…そんな…わたくしの口から夕べなにがあったか言えだなんて…そんな」
しかし、肝心のオルソラは頬に手を当て、顔を赤らめてそう言うだけだった。
(――一体どうなったんですかーっ!上条さんはひょっとして取り返しのつかないことを
しましたかーっ!ひいいいいいいいっ)
実際上条はただ寝ていただけなのだが――これ以上述べるのは酷というものだろう。
その後ホテルから出るのにオルソラまで連いてきて、ジョギングをしていた吹寄制理さ
んに見つかって毛虫でも見るような目で見られたり、こういうときになぜか現れる青髪ピ
アスにやっぱり発見されて思わずオルソラの手を引いて逃げてしまったらそれを白井黒子
に見られていて、御坂美琴に有ること無いこと吹き込まれて顔面を抉られたり、朝帰りに
今までにない調子で怒りを爆発させたインデックスに気を失うほど頭を噛まれたりしたの
だが、まあそれは別のお話ということで。