『王様ゲーム』  
 
 上条当麻は不幸な人間だ。 
 そんなことは今更言うまでもないのだが、番号の書かれたクジ代わりの割り箸を握りな 
がら、上条はこれから降りかかるであろう不幸を思って溜息をついた。 
 余興が何で王様ゲームになったかなどと言うことは、もはや思い出せないし、思い出し 
たくもない。 
「みなさん?あくまで余興なんだし、もう少しこう、力を抜いていただけないものでせう 
か?」 
 言った上条に、鋭い複数の視線が突き刺さる。 
「いいからあんたはさっさとクジを出しなさいよ」 
「なんで短髪が仕切るかな?」 
「ゲームだから。あくまでゲーム。ふふ」 
 なんで今からそんなギスギスしてますかーっ、上条さんが一体何をしましたかっ! 
と悲鳴を上げたいのを堪え、黒いオーラに包まれた少女たちから目をはずし、もっと幼げ 
な容貌の―――月読小萌に目をやる。小萌センセー何とかして・・・と助けを求める視線を 
送ろうとした上条だが、 
「うふ、うふふ。上条ちゃんったらそんなに照れちゃって。でも、不純異性交遊はダメな 
のですよー。センセーも参加して、ちゃんと上条ちゃんが暴走しないように見ててあげま 
すからねー。うふふ」 
と呟き続けるのを見て、 
「だ、駄目だ・・・」 
肩を遠目に見ても判るくらい落とすしかないのだった。 
「可愛いお嬢さんがたに囲まれて余興をするだけでございましょう?あなた様も純粋に楽 
しめば良いのでございますよ」 
 後ろから声を掛けられる。 
「あのなあ。オルソラ、余興とはいえあんまりにも雰囲気が・・・せっかくこんなところま 
で来てくれたってのに・・・しかし、なんで何時の間にこんな人数になってるんですか上条 
さんちはーっ!」 
 
 無意識に叫んだその声に、牽制しあっていた少女たち――インデックス、オルソラを迎 
えに行ったらたまたま路上で出会い、強引に付いてきた御坂美琴、インデックスを預けよ 
うと連絡を取ったら逆に乗り込んできた小萌先生と一緒に現れた姫神秋沙――の目が再び 
上条に向く。 
 
「とうまはオルソラと二人っきりになりたかったの?それでこもえの家に行けとか言って 
いたのかな?そうだとしたら聞きたいことがたくさんでてくるかもっ!」 
「そうよあんた、街中でオルソラ・・・さん?と良い雰囲気で歩いちゃってたりして、一体 
何人見せつければ気が済むのよ・・・ってなに言わせんのよっ」 
「君は。一週間ごとに新しい女の子と知り合っているような気がするのだけれども」 
 
 三毛猫も何時の間にやら姿を消す暗黒のフォースにたじろいで、座ったまま数センチ後 
ろに逃げる上条。その背中に柔らかい感触が広がる。 
「あらあら。そんなに近くに座りたかったら、言ってくだされば宜しいのに」 
 振り向いた上条の顔のすぐそばに、片手を頬に当てたオルソラの顔があった。微妙に紅 
潮しているような気もするが・・・ということは、この極上の感触は・・・ 
「わ、悪いオルソラ、あ、これはだなっ」 
 下がった拍子にオルソラの胸に背中が当たっていたのだ。慌てて前方に躙り出る。 
 
「とーうーまー」 
「あ、あんたねえ・・・」 
「全く。君は」 
「上条ちゃん・・・不純異性交遊は・・・」 
 
(く、黒っ!生きて帰れない?ってここ自分ちだしっ!ど、どうすれば・・・って、まま 
よ!) 
 もはや部屋中を覆い尽くした暗黒のオーラの前にパニックを起こしそうになりながら、 
もうどうにでもなれ、と上条は割り箸を握った手を差し出す。 
 
「ほら、やるぞ、早くしろって言ってただろ」 
 数秒の沈黙。針の筵のごとく突き刺さっていた視線が上条の手に握られたクジ代わりの 
割り箸に移る。 
 少女たちの視線がさらに鋭くなったような気もするが、その際これは無視してしまいた 
い。 
 
 
「「王様だーれだ!」」  
 
 
 上条の引いたクジは三番だった。まあもとよりこの手のゲームで王様とかを引いたこと 
など無いのだが。むしろ、今回は王様でない方が良いような気もしている。この状況で王 
様など引こうものなら、上条の破滅は決まったようなものだ。 
(上条さんにはまだツキがあったみたいですよ?周りだけで進んでいってくれれば・・・) 
 上条の安堵の溜息がそのまま進むはずもないのだが。 
「俺は違うな。他は?」 
 周りを見回す。インデックスと御坂美琴の不満そうな顔を見るに、王様を引き損なった 
ようだ。姫神秋沙も、いつもと比べても明らかに表情が表に出ている。あれは落胆の表情 
だ。月読小萌も違うと言った表情。 
 
「あら。わたくしが王様・・・女性ですから女王様、いえ神に捧げた身でございますから、 
この場合はおこがましくもございますが女教皇とでも言ったら良いのでございましょう 
か?あなた様はどう思われますか?」 
 オルソラだった。 
「いや、そんなことを上条さんに振られても・・・って、良いから何か命令をって、うおわ 
っ」 
 
(とーうーまーはーなーんーでーそーんーなーにー・・・) 
(あいつ、あのシスターさんばっかり見て・・・いつもいつもいつも・・・しかもあの人が王 
様?) 
(ふふ。私っていつもこんな感じ。彼もこっち見ていないし) 
 
 王様が来なかったのは上条のせいだ、と言わんばかりの視線が向けられていた。怖い。 
 冷や汗を通り越して脂汗が背中を伝うのを感じながら、死を呼びそうな視線から逃れる 
と、上条は無理矢理明るい声を絞り出してオルソラに言う。 
 
「ゲストが最初に王様なんて出来すぎだな、まあ兎に角、なにか命令しろよオルソラ」 
 
「宜しいのでございますか?では、三番の方にお願いしたいのですが」 
 
(ええええええええええええええーっ) 
 なんで俺?と上条の頭の中に混乱が走る。 
(ふ、不幸だ・・・でも、オルソラなら無茶なことは言わないだろう・・・) 
などと都合の良い方向に思考を向けつつ、上条は手を挙げた。 
「三番は俺だな。オルソラさんは上条さんになにを命令するのでせう?」 
 周囲の視線が痛いが、無視しなければ体が持ちそうにない。あとはオルソラの命令が無 
難なもので有ることを期待するだけだ。 
 
「あら。あなた様でございましたか。わたくしのお願いは・・・」 
 オルソラは微笑みながら言葉を紡ぐ。その微笑みがいつもと違うことに気が付いたのは、 
おそらく女性に生まれたものだけだっただろう。微笑みの違いに、オルソラでは無く上条 
に少女たちの視線が突き刺さるが、オルソラの命令が余興で済むようなものであることを 
期待している上条は気が付かない。 
 
「あなた様が掛けてくださった十字架を、もう一度掛け直して欲しいのでございますよ」 
「そんなことで良いのか?わ、判った」 
 助かったー、と安堵の息を下ろしつつ、上条は以前もその首に掛けてやった十字架を受 
け取ると、オルソラの前に立った。オルソラも膝立ちになり、上条に少し近づく。 
「じゃあ、掛けるぞ?」 
「待って欲しいのでございますよ」 
「え?」 
 
 オルソラの制止を受け、十字架を手に持ったまま立ちすくむ上条。その目の前でオルソ 
ラはフードとウィンプルを外すと、修道服の胸元を開きだした。 
「お、オルソラ?一体なにを・・・」 
 そろそろ呂律も回らなくなりそうな状態になりながらも、上条がオルソラに訪ねる。と、 
微かに頬を染めたオルソラは、上目遣いで 
「十字架が直接肌に触れるように、あなた様に掛けて欲しいのでございますよ。あなた様 
から頂いた十字架ですし・・・」 
とつぶやいた。 
「え、そういうモンなのか?そういうことならまあ、ってブッ!」 
 
 見下ろすと、開かれた胸元からオルソラの豊満すぎる谷間が覗いているのだった。黒い 
修道服から見える肌は光り輝くように白い。それに、狭い部屋に何人もいて蒸すせいか、 
微かに上気してしっとりとした肌は――健康な男子高校生にはもはや凶器だ。さらに、ウ 
ィンプルも外されて露わになったうなじも、上条の脳髄を容赦なく襲う。 
 
「どうしたのでございますか?宜しければ、お願いしたいのでございますが」 
「あ、ああ、じゃあ・・・」 
 
 手を組むと目を閉じ、軽く上を向いたオルソラの喉に、いつかそうしたように鎖を巻き 
付けるように手を伸ばす。前回は白い布の上から、それでも何かキスでもするようで緊張 
したのに、今回は素肌だ。短く切りそろえてあるとはいえ、手に当たるオルソラの金髪は 
良いにおいがするし、これは・・・肌のにおいか?などと考えてしまって、上条の手は震え 
が止まらない。しかも、視線を少し落とすと魅惑の谷間だ。落ち着こうにも落ち着けるも 
のではない。震える手が、幾度もオルソラのうなじに当たる。 
 
「あっ、あふ」 
 
(な、なんですかーその吐息はっ!上条さんはイケナイ子になってしまいそうですってい 
やいやいやいやだからそうじゃなくってーっ!) 
 
 焦れば焦るほど震える手に悪戦苦闘する上条の背後では、少女たちが嫉妬にも似た視線 
を上条に突き刺しているのだが、上条の中ではその視線に気づかないほどに緊張ばかりが 
高まって行くのだった。 
 
(ううっ。とうま、あんなに赤くなって、しかもいつもなら絶対無いくらい優しげだし 
っ!あとで百回くらい頭“クイチギッテ”やるかもっ!) 
(なによなによあいつっ!いっつもいっつもあたしのことはスルーするくせに、今日もあ 
たしから声掛けても何度もスルーしといて、そのヒトに対する態度はなによっ) 
(ふふ。今日も脇役。しかも別の女の子と良い感じなのを見せつけられて。さすがに今回 
ばかりは彼にもお仕置きが必要) 
 
「上条ちゃんってばホントやんちゃさんなんだからー」 
 
 月読小萌の滑った台詞も、もはや誰にも届いていない。改めて言うが、 
 
 
 ――上条当麻は不幸な人間だ。 
 

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