学園都市の多分に漏れず、浜面仕上も寮に住む人間の一人である。  
スキルアウト故に学園生活とは無縁だが、それでも住む場所は持っている。  
 無職とか学生ニートとかそういう言葉を使うのは躊躇われるので、言うなれば今日は予定のない平日。  
そのはずだった。  
「浜面。超お腹がすきました」  
「ざァァァァけんなァァァァァァァァァァ!」  
 そのベランダに、絹旗最愛が引っ掛かっていた。  
「時系列いつだ!! 俺お前らと面識持つのは一応スキルアウト壊滅後なんですけど!!」  
 七月二十日。学生で言うと夏休み初日。  
秋に出会うはずのこの二人、まったく接点のない時系列で事は起こった。  
「浜面の癖に超うるさいです、いや浜面だからこそ超うるさいです黙って早く飯を出しなさいぶっ殺しますよ」  
「酸っぱいサラダか! 酸っぱいサラダでいいんだなこの野郎!?」  
「超・ぶ・っ・殺・し・ま・す・よ」  
 本編に従いぶぶ漬けレベルアッパーを食らわせてやろうかと目論む浜面。  
 足をぶらーんぶらーんと全く危機感を感じさせない動きで空腹を訴える絹旗。  
口調とは裏腹に飛び掛ってマウントポジションを取らないのは、  
本人が勝手に動いてはいけないという何らかの強制力が働いているからである。世界の意思とかそういう類。  
「おい、そこらのビッチとは角度が違う絹旗。そこにぶら下がってる分には下から見ると不味いことになってるんじゃないのか」  
「ふふん、本編だってこの時点じゃ腹ペコシスターの目撃者は当事者以外には超いません。  
 よって、私が下着を見られる心配はしなくても超いいのです」  
 じゃあずっとそこにぶら下がっててくれよ……とは言えなかったので、渋々絹旗を引き上げる。上がり際、膝蹴りを一発食らった。  
 
「で、何。お前これから魔術師とか聖人とかに襲われんの。俺幻想殺しとか持ってねぇんだけど」  
「まぁ超なるように超なるでしょう。とりあえず浜面は意外と料理が上手いですね」  
「いや見るからにこれコンビニ弁当だろ。っていうかお前が俺の料理とか超想像つくから2分で買って来いとか超言いませんでしたかねぇ!」  
 
 
 
 飯を食わせた後、浜面は絹旗に寮からの強制退去を命じた。  
その言い草は超気に入らなかったが、どうやらそうするべきであるらしいので渋々絹旗はそれに従った。  
 適当に歩いてみる、と言ってひとまず別れることにする。この分では、どうせまた後で会う羽目になるのだろう。  
 食事で出たゴミを一人暮らしの男性特有の無頓着さで適当に処理してから、浜面は外に出てみた。  
さて、法則性を見るに恐らくこのタイミングで誰かに会うのだろうが、誰だろうか。  
街中の人気をそれとなく気にしながら歩いている時だった。  
「いたいた糞いやがったわねはーまづらーぁ」  
「どあああああああああああああああああ!?」  
 棒読み気味のどうでも良さ気な声に一瞬遅れて、原子崩しの閃光が浜面の足元を掠める。  
反射的に横っ飛びでかわしたが、当てるつもりだったのなら当てられたはずだ。思い切り遊ばれている。  
 アスファルトを転がって、振り返って、叫んだ。  
「今度はてめぇか麦野!」  
 時間軸の前だろうと後だろうと、人生金輪際見たくない物と奴が同時にやってきた。  
 麦野沈利。右目と左腕は健在だった。  
「いや、第3位のツンデレの代わりが私みたいなのよ。ああ、先に断っておくと私あんたにデレるとかそういうキモい可能性は0だから」  
「こっちから願い下げだ! っていうか滝壺は!? 俺の滝壺は何役なの、ねぇ!?」  
「知らないわよ。まぁ後で何かの拍子に会えるんじゃないの。ところでさ、あんた幻想殺し持ってんの?」  
「……いや、ねーし。ないと思うし、お前で試そうって気にもなんねぇ」  
 実は密かに期待していなくもないのだが、試すにはリスキーなんてもんではない能力を持つ相手である。  
触れた先から消し飛ばされては敵わない。  
「あ、そ。んじゃ、あんたは私が偶然目をつけたサンドバックってことで」  
「はぁ!?」  
「だって幻想殺しがないんならこの時点じゃ私あんたに粘着する理由ないじゃんー。ぶっ殺して終了。  
 でもそれルール違反みたいだし、あんた死ぬ気で逃げてなさい。狙いは甘くしてやるから」  
「本編より酷ぇし! 何それ!?  虚空爆破事件でカツアゲされてたいじめられっ子!?」  
「いいからほら、いくわよーふっ飛ばすわよー」  
「よせ、やめろ、お前こっち来ん  
 
 
 
 時間は飛び、過程は省き、病床に伏した絹旗最愛。  
 
 
 一年以上の記憶が保てないとか別にそんなんではなくC級映画を見に行って  
前半で超つまらないと判断し席を立ってトイレに行っていたら  
後半超盛り上がって一緒に映画を見ていた浜面だけ大満足だったのでショックで寝込んでいるだけである。浜面の家で。  
「俺の家で!?」  
「うぅ……頭に響くので超静かにしていてください……」  
 ベッドの上でうめく絹旗。薬を処方するようなことでもないので、浜面は放っておくことにした。  
今はやることもないのでとりあえず寝ている絹旗の傍にいる。ベッドによしかかって、なんとなく話をしていた。  
「いや逆に聞きたいんだけど映画を見誤ったからってなんでそんな重症なのお前」  
「半分以上、私より浜面が楽しんだという事実に対する超屈辱です」  
「頭割れて死ねよお前」  
 布団から手を出して、浜面の頬をつねる絹旗。  
同じく、絹旗の頬をつねって反撃する浜面。お互い涙目になりながら睨み合う。  
「いや、まぁ、いい。いやよくねぇけど。で、どうすんだよこれから」  
「これからとは?」  
「なんかしねぇと話進まないんだろ。俺がお前に……何その目! 大体リアクション予想できてたけどその目やめろよ!」  
「浜面超ケダモノ」  
「時と場合と相手によってはそれ言われてもむしろ嬉しいけどお前に言われてもうぜぇから!」  
「それは、酷いです」  
 若干、絹旗の声色が変わった。う、と浜面が面食らう。  
「超、酷いです」  
「……、」  
 ずりぃと、思う。それを言うなら絹旗こそ、よっぽど浜面への態度は悪い。  
それでもそういう顔をされてしまっては、これ以上何も言えなくなってしまう。浜面がやってもまさに気持ち悪いだけなのだが。  
「……口開けろ」  
「え」  
「口開けろっての。えーと、指突っ込むのが正解だと思うんだが……」  
「ゲ、ゲ○スイッチ?」  
「お前おしっことか言った時もちょっと思ったけどさ、恥らえよ」  
 押さねーから! と念を押す浜面。  
「えー……と。舌に触れるぐらいで勘弁してくれない、か」  
「……断超の思いで。その条件を飲みます」  
「上手くねえし」  
 布団から頭だけ出して、あー、と絹旗が口を開ける。餌を待つ雛鳥みたいでなんだか笑ってしまった。  
 それなりに緊張しつつ、人差し指を絹旗の口の中に入れる。お互い顔が赤いのはなんとなく分かっていた。  
 びちゃりと湿った感触。  
「ひぅ」  
 堪え切れず、反射的に絹旗が口を閉ざした。  
「あっ、馬鹿!」  
 かぷりと、指を咥えられてしまった。  
 指全体を包む高い体温。うごめく舌とまとわりつく唾液。指の付け根で感じる歯の硬い感触。  
強く噛みつかれてないだけまだマシだったが、動揺で咥内が震え動いていた。  
「ん、ん、んんぅ」  
 絹旗が慌てて指を口から追い出そうとするが、気が動転して上手く動かせない。  
右に左に、指が押し出されようとしては避けていく。  
奥歯、歯茎、なんだか色んなものの感触を指越しに感じる。  
 気がつけば、浜面の人差し指は絹旗の口の中をかき回すように動いていた。  
「よせよせよせよせっ!」  
 ヤバいヤバいこれは何かヤバいと浜面の頭の中で危険信号が鳴り響く。  
パニックで震える指が、絹旗の口の中を犯す動きを余計に助長する。  
「ふぅっ、んっ、ちゅぶっ、ひゃ、ひゃまじゅ、んっ、ふっ、んちゅっ…」  
「あ、あ、あ、ぃぃぃ絹旗!?」  
 なんだかちょっと甘い声になってきたのがいよいよまずい。瞳もトロンと人生初の感触に翻弄されている。  
 ちょっとなんだかもう少しこのままかき混ぜていたい衝動が理性を上回らないうちに、とっとと指を引っこ抜いた。  
「っぷぁ……」  
「……っはぁ……っはぁ……」  
 抜いた折に引っ掛けた、前歯のカリっとした感触が指に残っていて、やけに生々しかった。  
 よりによって口から指まで、長い長い唾液の糸が伸びていた。重力に従って垂れてくるそれが、布団に染みを作る。  
 絹旗はしばらく放心状態で視点が定まらない様子だった。口を半開きにしたまま、ゆっくりと浜面の方に首を向ける。  
「う、うぅ、超やらしい音」  
 何を言っていいのか分からない様子で、微妙に的の外れたことを言っていた。  
 
 しかし、現に事の最中ちゅぱっちゅぱっともうとても人には聞かせられない艶かしい水音を立てていたのだから始末に終えない。  
「っ……ぅ…………」  
 絶句する浜面。これはさすがになんというか、色んな許容範囲を超えている。  
絹旗の反応も似たようなもので、口元を布団で覆い隠しながら抗議の目で浜面を睨む。  
 睨むのだが、何故かどことなく弱々しい、覇気のないものだった。  
「……ふ、風呂場で、手ぇ洗って、寝る」  
 浜面が逃げ出した。  
 何か声をかけなければいけないような気がしたが、やっぱり何を言っていいのか分からなくて、絹旗は浜面を行かせてしまった。  
 バタン、と風呂場の扉が閉まる音。さっきまでとは打って変わって、何の音もしない部屋。  
「……は、浜面の、指、指フェラぁ……」  
 勝手に、それこそ勝手に口の中に唾液が充満してくる。どうしようもない。生理現象だ。  
 自分はこれを、吐き出しでもすればいいのだろうか。今日、後何回? 寝るまで? 寝た後は?  
 ……どうしようもない。飲むしかない。飲むしか、ない。ごくりと、飲み込んだ。やけに粘度の強い唾液だった。  
別に、まさか飲み込んで体調がおかしくなるような代物ではない。ないはずなのに、体温が驚くほど上がった。  
 何故か、それほど不快感はなかった。  
「……ぅぅぅぅぅ!」  
 絹旗は布団を頭まで被って、何か叫びたくなるような衝動を必死に堪えた。  
 今更になって、自分が浜面のベッドで寝ていることを思い出していた。  
 
 
 
 後日。浜面仕上、垣根帝督、心理定規の三人は、とあるハンバーガーショップにて仲良く飯を食う事と相成った。  
「って待てェ!? 何このすっげぇメンツ! 俺でデルタフォース組むとこうなるの!? 駒場の旦那とか半蔵は!?」  
 4人席に座ったまま浜面が頭を抱えた。勢いでポテトが皿の中を跳ね返る。  
正面では心理定規がフィッシュバーガーをもしゃもしゃ食べながら「はよー浜面くん」なんて気軽に言っている。  
 垣根は椅子に座ったまま足を組んで、不機嫌そうにテリヤキチキンバーガーを頬張っている。  
何故かその席は心理定規の横ではなく浜面の横である。そこの正面には誰もいないのだが。  
アンタとそんな親密になった覚えはねぇと浜面がごちた。  
 頬張っていたテリヤキチキンバーガーを置いて、浜面に振り返りながら、垣根がおもむろに一言。  
「……超機動少女カナミン萌え」  
「メルヘンだからってそこまで無理しなくていいからなイケメルヘン」  
 彼なりに自分に与えられた役割に適応しようとしているのか、それとも第一位の性癖への対抗心なのか。  
なんにしても付き合いのいいイケメルヘンである。  
「いや、っつーかさ。あんたらに相談すんのもほとほとおかしいとは思うんだけどさ」  
 自棄になって浜面もハンバーガーを食べ始める。振られた話題に垣根と心理定規が意識を向けた。  
「滝壺に会ってねぇんだよ俺は。  
 こんだけ俺周辺の人物が滅茶苦茶に置き換えられてある癖に、滝壺だけスポンと抜け落ちてるのが意味分からん」  
 この状況に理論的説明なんて端から期待してはいないので、いざ口に出すと随分と愚痴っぽくなってしまった。  
「滝壺って、能力追跡のあいつか」  
「あー、あの子ね。いやほら、そこにいるじゃん」  
 心理定規が浜面の後ろの席を指差した。は? と思いながら、振り返る。  
 一心不乱に山盛りのハンバーガーを食べ漁っている背中。巫女服の、黒い髪。  
おい待て。このタイミングで会うってのはつまり、どういう意味だ。  
 背後の気配の変化に感づいて、その女が振り返った。  
「あ、はまづら」  
「そこかよォォォォォォォォォォォォォ!」  
「はまづら。良く分からないけど特定のファンに喧嘩を売るのは良くない」  
 とりあえず、巫女服の滝壺は結構可愛かった。  
 
 
 
完  
 

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