今から数年前、とある傭兵と英国の第三王女の間が結婚した。
もちろん結婚するまでにも一騒動あった。
具体的には、とある傭兵が幻想殺しの少年などと協力して世界の争乱を止めて英国に帰ってくるとなぜか傭兵が第三王女にプロポーズし
たことになっており、英国王室が総力を上げて傭兵と第三王女を結婚させるために働きかけてきたのだ。
傭兵にしてみれば訳のわからない話でありたまらず逃げ出そうとすると、旧友である騎士団長を筆頭とした騎士派が総動員して傭兵を捕
らえようとし、終いにはノリノリでカーテナ=セカンドを振り回す英国女王までもが傭兵を捕らえようとする始末なのだ。
二重聖人であり神の右席としての力も兼ね備えている傭兵であるが、向かってくるのは騎士派の連中や王女であり正真正銘の敵という
訳ではないので殺す訳にもいかず、最終的にはカーテナ=セカンドの加護を受けた疑似的な天使長と天使達の数の暴力に屈してしまう。
そして捕らえられて連行されたバッキンガム宮殿では第三王女の泣き落としにあい、肉体的にも精神的にも追い詰められた傭兵はついに
結婚を承諾。
そして傭兵と第三王女の結婚式が挙げられた。
結婚はしたものの、傭兵のすることは今までと変わらず争乱が起これば止めるために奔走する。
変わったところといえば争乱を鎮めた後、傭兵はしっかりと第三王女のもとへと帰ってくるようになったところだろう。
しばらくの時が流れ、傭兵と第三王女の間に子供が産まれた。
玉のような男の子であり、これには国中が喜んだ。
特に英国女王の喜び様は凄かった。なぜなら彼女には三人の娘がいるにも関わらず長女と次女はなかなか結婚しようとはせず、以前か
ら孫の顔が見れないことを嘆いていたのだ。
そんな時に産まれた待望の初孫である。
彼女はとてつもなく喜んだ。具体的には公務をほっぽりだしてドンチャン騒ぎを始めるほどに。(それが原因で騎士団長が頭痛を覚えたの
は言うまでも無い。)
更に時は流れ子供も成長し、ヤンチャ盛りを迎える。
この頃の子供はいろんな事に興味を持つ。特に男の子は時に手をつけられないようなヤンチャをすることもある。
そして今、英国王室はそんなヤンチャによって……
壊滅の危機に陥っていた。
詳しく説明すると父親の血を受け継ぎ聖人として生まれた身体能力をフルに使い、母親の血を受け継いだ事によって使うことが出来る面
白半分で祖母が渡したカーテナ=セカンドで遊んでいるのだ。
より解りやすく危険度を説明すると、まだまだ幼く使いこなせない部分も多々あるとはいえ、魔術サイドでは核兵器扱いされる聖人がただ
の人間である英国王族を天使長にしてしまう霊装を思いっきり振り回しているのだ。
もうたまったものではない。
騎士団長を始め、騎士達や使用人達が止めようとするも聞く耳を持たずに遊んでいる。
「お止め下さい!危険ですから!……危ないから止めろって言ってるだろうが!」
「見て見て騎士団長!この剣凄いんだよ!」
そう言って更に剣を振り回す。それによって次元切断の残骸物質が飛んでくる。
とはいっても本人はあくまで遊んでいるつもりであり傷つけようとしている訳ではない。更にカーテナ=セカンドを使いこなせていないので
大怪我を負うような攻撃は飛んでこない。
騎士団長達が真に恐れているのはカーテナ=セカンドの暴走である。
現状ではまだかわいいものであるが、暴走されてしまうと手がつけられない。
そうなる前にどうにかしておきたかった。
「そもそもアンタが面白半分でカーテナ=セカンドを渡すからこうなったんでしょうが!聞いてますかエリザード様!」
「見ろ騎士団長!不完全ながらもあの年で聖人の力とカーテナ=セカンドを使っているぞ!流石は私の孫だな。これで英国の未来は安泰
だ!」
「こっちの話をきけよこのババ馬鹿がぁ!こんな時に限ってヴィリアン様は公務で外出中であの傭兵崩れのごろつきはフラッとどこかに行
ってていないし!」
飛んでくる残骸物質を避けながら騎士団長が叫ぶ。このような言葉遣いは不敬罪に当たるはずだがそんなことは今更である。
「ここがカーテナの暴走を抑えるバッキンガム宮殿じゃなかったらこんなもんじゃ済まないってのに…」
「おぉ!この剣持ってると凄い速さで走れるのか」
そう言うと物凄いスピードでどこかへ走って行ってしまった。
「逃げられた!なんてことだ…」
バッキンガム宮殿の中にいてくれるのならまだいいが外に出てしまい暴走されたらたまらない。
さっきまでは(一方的な)ドッチボールまがいだったが次は鬼ごっこのようだ。
「くそ、どこにいったんだ?」
騎士派を引きつれて追っていたが見失ってしまった。鬼ごっこの次はかくれんぼである。
「散らばって探せ。見つけ次第捕まえるようにしろ。だがわかっているな?相手はカーテナ=セカンドを所有していて、なにより王族の血を
引く方だ!傷つけるようなことがあってはならん!極力素手で捕まえろ!騎士としての普段の鍛錬を見せてみろ!」
「「「「「「「「おう!!」」」」」」」」
騎士派はその名の通り騎士であり肉体派である。イギリスから日本まで泳いで行く様な連中であり、素手でも十分な活躍が出来るのであ
る。
だが、その考えは甘かったとこの後思い知らされることとなる。
「のわあああぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!」
突如悲鳴が上がった。騎士団長は何事かと思い周りを見渡す。
そして一つの光景が目に入った。
騎士の一人が、空中を舞っていた。
そしてそのまま中庭の木に引っ掛かった。
「どうした?何があった?」
「お、王子が……」
騎士団長が木に引っ掛かった騎士に尋ねた。返答を聞くとどうやら王子を見つけたものの返り討ちにあったらしい。
「クソッ!」
それを聞いた別の騎士が躍起になり王子を探そうとする。
「待て!それだけじゃないんだ!」
木に引っ掛かった騎士が更に何かを言おうとした瞬間、王子を探そうとした騎士が突如消えた。
いや正確には落ちていた。どうやら王子が作ったらしい巧妙に隠された落とし穴に。
「ト、トラップだと!?」
王子は普段からこのバッキンガム宮殿で遊びまわっていて、ある意味では騎士達よりバッキンガム宮殿を知り尽くしている。
ましてや普段のヤンチャによるいたずらでトラップの作り方はマスターしており、カーテナ=セカンドを応用すれば落とし穴などの手間がか
かるものも短縮できる。
「気をつけろ!油断するとトラップの餌食だ!」
だがその注意もむなしくまた一人トラップに引っ掛かり盛大にすっころんだ。
「えぇい!各自細心の注意を払いながら王子を捕獲するのだ!」
そしてトラップだらけの中、王子と騎士達の追いかけっこが再会した。
しかしいくら注意してもトラップに引っ掛かるものは続出した。
落とし穴に落ちるものがいた。縄ですっ転ぶものがいた。頭から水を被るものがいた。突如降ってきた金ダライが頭に直撃したものがいた
。扉に挟まれた極東の島国でいう『コクバンケシ』に気づかず粉まみれになるものがいた。不自然に置いてあるバナナの皮で転ぶものが
いた。間違えて女子更衣室に入ってしまいメイド達に半殺しにされるものがいた。
そんなトラップをかいくぐり王子を見つけても聖人の力とカーテナ=セカンドの力を使っている王子は簡単には捕まらず逃げられてしまうの
だ。
トラップはあくまでイタズラの為のものなので騎士達はせいぜいかすり傷くらいしか追わないのですぐに戦線に復活するがそれでも捕まら
ない。(一人だけ半殺しにあい戦線離脱したが)
そんな追いかけっこは日が傾いても続いた。
その頃になると騎士達は疲れ果てていた。体力はまだまだ有り余っているのだが精神的な疲労がピークに達していた。
いつまで経っても捕まえることができず、油断するとトラップに引っ掛かる。そんな状況に疲れ果てていた。
騎士団長までもが追いかける足を止めてしまった。もう精も魂も尽きようとしていた。
そこに余裕綽々な感じで王子が姿を現した。
「もう終わりー?もっと遊ぼうよー?」
せっかくの楽しい遊びが終わってしまいそうなので残念そうな顔をしている。
王子は騎士達の目の前にいるのだが捕まえようとするとまた逃げてしまうだろう。
魔術を使えば捕まえられなくは無いだろうが万が一王子を傷付けるようなことがあってはならない為、今まで生身の体だけで頑張ってきた。
だがやはり生身の体では無理がある。誰もが諦めかけていた。もう自分は十分やったじゃないかと言い聞かせる者までいた。
その時だった。
一つの影が物凄いスピードで現れ王子の首根っこをムンズと掴み持ち上げた。
その瞬間、一人の騎士がかつては傭兵だったが今は自分達の使える主人でもある男の姿を見て呟いた。
「戻ったか…」
その瞬間、一人の騎士が父親としてヤンチャが過ぎた自分の息子をしかろうとしている男の姿を見てこう言った。
「戻ったか」
その瞬間、騎士団長が旧友であり最も頼もしい援軍である男の姿をみて笑顔を浮かべながら叫んだ。
「戻ったかッ!」
そして、複数の口が同時に動いた。誰かが、あるいは、誰もがその名を告げたのだ。
「「「ウィリアム=オルウェル!!」」」
「何をしているのであるか?」
「お、お父様…」
ウィリアムはヤンチャが過ぎた息子をジロリと見つめる。
「ふむ、どうやら悪戯が過ぎた様であるな」
「ご、ごめんなさい…」
この小さな王子は自分の父親を尊敬している。家を空けることも多くあまり多くを語らない父親ではあるが、父親が持つ雰囲気から自分の
父親は偉大なのだと理解していた。
その尊敬している父親に怒られている。それだけでこの小さな王子は縮こまってしまった。
「私より先に頭を下げるべき者たちがいるであろう?」
「うん、みんなごめんなさい」
「私からも謝罪をいれるのである。息子が迷惑をかけたのである」
そう言って親子で頭を下げる。そこまでされてしまうと困るのは騎士達である。
騎士達にとって王室とは守るべきものであって頭を下げられるものではない。
ましてや今回は度が過ぎたといっても子どものイタズラなのだ。
騎士達が対応に困っていると騎士団長が王子に話しかける。
「頭を上げてください王子、我等騎士一同は誰も怒っていませんよ。ただ今回のイタズラはヤンチャが過ぎました。王子にとっては遊びでも
その力はとても危険なものなのです。力を持つものとして、いずれはこの英国を背負っていくものとして、決して力の使い道を間違えない
でください」
騎士団長は優しくそれでいて言い聞かすように王子に語り掛ける。
小さな王子の叔母であるキャーリサはその力によって改革を起こそうとした。それは間違っているとは言えないが正解だとも言えないもの
だった。
あんな悲しいことが二度と起きないように願いながら騎士団長はそう言った。
「しっかりと反省したようであるな?」
ウィリアムは父親として尋ねた。それに小さな王子ははい、と答えた。
「それでは夕食にしよう。先ほどヴィリアンも帰ってきたようである」
「お母様が?じゃあ早く行こうよお父様!」
そう言って小さな王子はウィリアムの腕をひっぱり急かす。
「そうだお父様!寝る前に今回はどこに行ってたか話してよ!ね?いいでしょ?」
「むぅ…」
小さな王子は父親が話してくれる話が大好きだった。
多くは語ってくれないがそれでも構わなかった。どうやら今日の寝る前の楽しみが増えたみたいだ。
こうして英国の夜は更けていくのだった。
END