「うーん」
「どうかしたかね」
「冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)の遺産でしたっけ。すごい技術ですよね。あの状態から蘇生するなんて」
「全くだ。しかし私としても後塵を拝するつもりはないよ。さしあたり左腕には荷電粒子砲をだね」
「なんでそかそのサイコガン。今時サイボーグなんて流行りませんよ」
「即座にそれが出てくるあたり君も相当だと思うが。なあに、私はこれで理事会からも予算を取っている」
「潮岸さんといい、いつまでも子供の心を失わないってのは幸せなことですねえ」
「君もなにか考えたまえよ。右目には何を入れたらいいと思うかね?」
「僕は目が覚めた後、彼女にぶち殺し確定されたくないんで遠慮しておきます」
原子崩しは平凡の夢を見るか2
「だからなんでこんな甘ったるい歌詞なんだよ。俺たちのはもっとこうハードにだな!」
「なに言ってんの? 今の流行はこういうのなのよ。あんたたちの古臭いセンスなんて一体誰が見に来るっての!」
「てめえ言いやがったな! 俺たちにだってファンはいたんだぞ!」
「ほとんどボーカルの分だったんでしょ? それが変わったんだから客層も変わるに決まってんじゃない!」
とある高校の放課後。
バンド『スキルアウト』が同好会として借りている視聴覚室で、二人の男女がぎゃあすかと罵り合いをしていた。
男のほうは浜面仕上というアホなチンピラであり、女のほうは麦野沈利という女子グループのリーダーである。
そして二人は『スキルアウト』のボーカルとギター担当であり、そのことについて今まさに口喧嘩の真っ最中だった。
他の三名。ドラム担当の駒場利徳、ベース担当の半蔵、マネージャーの郭は触らぬ神とばかりに隅で雑談をしていた。
「また喧嘩かよ。あの二人も飽きないな」
「……まあ、音楽に対して熱意があるからこそだろう……」
「それにしても半蔵様。あの麦野女史は如何な方なのでしょうか?」
「知らないとかお前女子からハブられてんのか? この学校でも結構有名人だろ」
「私のような下っ端が麦野女史と対面するなどとてもとても恐れ多くて」
「……どこの不良漫画だ……」
「まあそれは冗句とするとしてでもですね、どうしてあのような方がこのような零細バンドにいらっしゃったのでしょうか」
「ストレートだが当然の疑問だよな。まあ、バンドに興味がわいたって言うのが一番ありそうな線だと俺は睨んでいるが」
「はっ。もしや半蔵様を見初めて入ってきたのでは! ああ、私は一体どうすればっ!」
「……安心しろ、競争率は一倍だ……」
その頃、二人の言い争いも脱線に脱線を重ねて佳境を迎えていた。
とはいえそれは妥協点らしきものが見出せたからではない。単に罵り合うための語彙が尽きたためである。
「このミーハー女が、一人でカラオケ行って勝手に百点でも取ってろばーかばーか!」
「あんたこそその貧相なテクを磨いて私の伴奏できるレベルになってから口を利きなさいよ!」
ぐぎぎぎ、とお互いの額を付き合わせんばかりに睨みあっていた浜面と麦野だったが、ふん!と顔を背け、どすどすと視聴覚室の扉に向かった。
並んで歩いてはいるが顔は合わせない。あわてて半蔵が声をかけた。
「おいおい二人ともどこに行くんだよ?」
「「帰るっ!」」
それだけ声を揃えて
ばん、と視聴覚室の扉を開き、二人は左右に別れて歩いていった。麦野は下駄箱の方に、浜面は教室の方に。帰るんじゃなかったのか。
残された三人のなかで、呆気に取られていたのは郭だけである。残りの二人は、やれやれと肩をすくめるだけだった。
「た、大変であります。早速バンド解散の危機ではないですか!」
「いやまあ、遅かれ早かれこうなるってわかってたからさ。話つけとけつったのにな」
「……まあ、浜面だからな。そうそう小器用なことは期待しない方がいい……」
「それで如何いたしましょうか半蔵様。浜面氏を仕留めて来いというならば、この郭全力を尽くさせて戴きますが」
「脳味噌沸いてんのか。お前が何かしようとすると絶対余計なことになるから黙ってろ」
「……お互い、少し頭を冷やすべきだろう。こちらはこちらで指摘された点を改善しておかねばな……」
さて
一刻も早く別れるのを優先して教室の方に戻ってきてしまった浜面だが、今から下駄箱に向かっても麦野と再会するだけである。
仕方なく自分の教室で時間でも潰すかと、てくてくと歩いていく。帰宅部があらかた帰った校舎はひどくがらんとしていた。
廊下を行きながら思い起こすのは先程のことである。
(ったくあの女、何様のつもりだよ。入ってきたばっかりだってのにでかい面しやがって)
浜面とて麦野のセンスは認めている。
元々、彼女は勉強も運動も芸術も、トップこそ取らないが五位以内をマークするだけの実力を備えている。いわゆる才女という奴だ。
当然委員会や部活からの勧誘は激しかったが、麦野はそのことごとくを断っている。拘束されたくないというのがその理由だった。
女子グループのリーダーに納まってるのは、周囲から一目置かれ続けた結果である。
勿論欠点はある。他人の意見をあまり聞かないというのはその最たるものだろう。自身がなまじ有能なので、そもそもそんな必要がほとんど無いのだ。
なので彼女を慕う人間は多いが、反発する人間もまた多い。どちらにしろ、人の輪の中心にいるのが麦野沈利という少女だった。
(そりゃでかい面もするだろうよ。そもそも、あいつのしおらしい態度なんて想像もつかねえ)
浜面とてそんなことはわかっている。それなら一体何が気に入らないのかといえば。
「はまづら?」
「うお、なんだ脅かすなよ……って滝壺じゃねえか!」
「うん」
教室には先客がいた。
窓際の席にぽつんと座り、空を見上げているのはクラスメイトの滝壺理后だった。何故か制服ではなくジャージに着替えている。
彼女は浜面にとって意中の女性である。そのエピソードはよくある事柄なので省略するが、典型的な片思いであり、最近はまともに話すこともできていなかった。
誰もいない教室に二人きり。意図せずして千載一遇のチャンスである。正に災い転じて何とやら。
「一人で何してんだ?」
「今日は南南西からいい風が吹いているから」
浜面はさりげなく滝壺の前の席に座り、振り向いて後ろの席に腕を預けた。滝壺は両手をだらんと下げて背もたれに体を預けている。ちなみにお互い自分の席ではない。
開いた窓から吹き込む微風が二人を包む。確かに今日はいい風が吹いていた。
「最近、どうだ? 結構忙しそうだな」
「色々、連れて行って貰って、楽しいけど、少し疲れた。今日は、休憩」
「あー、そっか。そりゃそうだな。お疲れさまだ」
「…………」
「…………」
お互い、しばらくの無言。視線も外を向いている。
別に気まずい沈黙ではない。滝壺と浜面の間に流れる雰囲気は、以前からこんなものだった。互いに共通の話題はほとんどなく、そもそも滝壺は無口な性質だ。
それでも二人の間に流れる沈黙は、居心地の悪いものではなかった。柔らかな布団のような匂いがした。
浜面が滝壺を異性として意識したのも、その雰囲気の延長線上だった。普段のがっついた態度ではなく、どちらかといえば身内を守りたいという意識の方が強い。
だからこそ浜面は、現在の状況について確認しなければならなかった。
「やっぱ、静かな方が良かったか? あいつらうるせーからなあ」
「確かに、忙しいけれど、前よりはずっといい」
「あー、そりゃそうだろうが」
前、というのは苛められていた当時のことだ。
普段は存在しないものとして扱われ、負の感情や厄介事が発生したときだけそれを押し付けられる役回り。
まともに相手をするのは同じくはみ出しものの浜面ぐらいしかおらず、蓄積された憤懣を浜面は抱え込んでいった。
その噴火が麦野に対して殴りかかることに繋がったのであり、それを機に掌を返した人間を、彼はどうしても信用できなかった。
当時を思い出し、不機嫌そうな唸りが漏れる。
「あいつら、ずっと見て見ぬふりしてやがったくせに。どういうつもりで友達面してるんだよ」
「はまづら」
す、と空を見上げていた滝壺の視線が戻ってきた。静かな瞳が据えられる。
「はまづら。私は、むぎののことも、クラスの人も、別に恨んではいない。だからはまづらも、嫌わないでくれると嬉しい」
「だからなんでお前はそうなんだよ。お人好し過ぎるだろ?」
浜面が麦野を殴る前にもした問答だった。滝壺は別に誰も恨んでいないと主張し、浜面はそれに対して憤る。
彼女はお人好しというよりも、単に現世に対する執着が薄いだけなのかもしれなかった。実際、滝壺にはどこかふといなくなってしまいそうな雰囲気が付きまとう。
そんな彼女を繋ぎとめるためには、浜面のような男が想いを寄せるより、女子の輪の中で振り回されている方がマシなのかもしれない。
本来、浜面の行動によって滝壺は更に孤立してもおかしくは無かったのだから。事態が妙な方向に転がったことを、感謝こそすれ恨むのは筋違いなのだろう。
滝壺とろくに話せなくなった浜面としては認め難いことだったが。
「むぎのは、どう? バンドは、うまくいってる?」
「お、ああ。まあまあだな。しかし滝壺に頼んで麦野が来るとは思わなかったぜ、俺は」
「前に、カラオケに連れて行ってもらったとき、凄く上手だったから」
「ま、確かに大した奴だけどよ」
それもある。
麦野のセンスは実際大したものだった。バンドの演奏を一通り聞いた後、バシバシと技術的な問題点を突っ込んできたのだ。
それはスキルアウトの面々も薄々気付いてはいたものを見事に形にしたものであり、反論のしようがなかった。
浜面が噛み付いたのは枝葉末節もいい部分であり、言ってしまえば気に食わなかっただけだ。
素人の毛が生えた程度の彼等だが、正真正銘素人のはずの麦野にそこまで指摘されると、今まで練習してきたのは一体なんだったのかという気持ちにもなる。
「あ"ー」
「どうしたの、はまづら」
「カッコわりいなあ、って思ってさ」
才能に対する嫉妬と、諸悪の根源だという思い込みと、滝壺から切り離されたことに対する八つ当たりと
そういう諸々の集合体が、麦野沈利に対する反感の正体なのだ。
そんなものが、相手に対する真っ当な評価を阻んでいる。自分のことながら、器が小さいにも程があった。
滝壺が意外そうに目を瞬く。
「今更気付いたの、はまづら」
「うおい! そこは慰めてくれるとかヒロインっぽいことしてくれねえの!?」
「無理。だってはまづらが、格好悪いのは事実だから。むしろ格好悪いのが、はまづらだから」
「ひでえ!」
机に突っ伏す格好悪い浜面。グラスハートはボロボロである。前からだが。
構わず滝壺が続ける。
「だからはまづらは、無理に格好つけなくていいと思う。そんなはまづらだから、好きになる人もいると思う」
「そ……」
それはもしかして告白なのか俺も愛してるぜ滝壺――――!
というような勢いで顔を上げた浜面が見たものは、校門の方をぼうっと眺める滝壺の表情だった。どう妄想しても告白という雰囲気ではない。
がくりと肩を落として、一体何を見てるんだと視線を追ってみる。
そうして二階の教室から見えたのは、こちらにのしのしと戻ってくる麦野沈利の姿だった。こちらに気付いてはいないらしい。
「げっ! あいつ帰るんじゃなかったのかよ!」
「戻ってきた」
「そりゃそうだが……」
忘れ物か、それとも文句を言い足りなかったか。
少し迷って、浜面はがたがたと席を立った。今しがた、叱咤激励(?)されたばかりだ。
「んじゃ、俺も戻るか」
「がんばって」
「おーう」
何が、と言わなかった。ある意味、滝壺は無責任に事態をかき混ぜただけとも言える。
いがみ合っている者同士を引き合わせ、後は頑張れと遠くから応援しているだけなのだから。
けど……それでも……きっと……
しかし浜面は馬鹿らしくそんなことには気付きもせず、手を振って視聴覚室に戻っていった。
教室に一人残された滝壺は背中を見えなくなるまで追っていたが、しばらくしてまた窓から空を見上げた。
今日は南南西から良い風が吹いている。
少し時間が戻る。
一方、下駄箱に向かった麦野沈利も胸中でぐちぐちと不機嫌に呟いていた。
下駄箱で乱暴に靴を履き替え、昇降口から校門に向かう。今日は何か憂さ晴らしをしてから帰るつもりだった。
(ったくなによあの馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿ばーかばーか。せっかく人が忠告してやってるのに、それすら理解できないほど馬鹿だったわけ?)
彼女には自分が正しいという確信があった。
『スキルアウト』の面々に対し、出来る限りわかりやすく、かつ的確にバンドの問題点を洗い出し、忠告を与えたつもりだった。彼女にしては破格の親切と言える。
その返答が逆切れの上に喧嘩別れでは、麦野でなくても不機嫌になるだろう。その状態でも彼女の頭は原因を正しく分析していく。
(いや、他の二人はちゃんと理解してたんだから、同レベルのあの馬鹿にだって理解できてたはず。つまり――――私個人への反感か!)
がしがし、と八つ当たりに地面を蹴りつける麦野。不機嫌は眉根に深い谷間を形成している。
ぶっちゃけ目つきはかなり悪い。すれ違おうとした運動部員が、やくざに対するようにさっと目を逸らしたほどだ。
が、校門にさしかかるところで、そんな彼女に声をかける物好きor命知らずがいた。
「よお、第四位。随分不機嫌そうだな」
「ああん?」
ガンつけながら振り向いた麦野の視線を、校門に寄りかかった男子生徒は物ともせずに受け止めた。薄い笑みすら浮かべている。
ざっくりと着崩した制服に、長身に茶髪、ホストのような端正な顔立ち。二年の垣根帝督だった。
彼はいわゆるチャラい男として有名である。毎日のように遊び歩き、女性に声をかけてばかり。それを悪びれるつもりも無く、尊大な態度を崩さない。
何しろ美形なのでモテはするが喧嘩に滅茶苦茶弱いと言う欠点があり、小学生にも負けるのではないかと噂されていた。その点で幻滅する女生徒も多い。色男、金と力は無かりけり。
人気はあるが輪をかけて敵も多い自由人。そんな男である。最近はバンド活動までしていたが、それは既に過去の話だった。
「なんだ、垣根か。あんたが逃げたせいでこっちは大迷惑よ」
「はっは、聞いた聞いた。まあ、あいつら馬鹿だから仕方ねえよ」
「あんたも人のこと言えないでしょ」
「まあ第四位から見りゃ、そりゃ俺も馬鹿だわな」
立ち止まり、校門脇で話す麦野と垣根。
二人の間にはざっくらばんとした親交があった。友人未満知人以上。単に有名人同士の付き合いだが、垣根は割と麦野を買っていた。
垣根が呼ぶ第四位、というのは『なんかどの分野でも表彰台に上りそうに無い奴』というよくわからない意味合いで麦野につけたあだ名だった。
実際、麦野の方も自分の総合力はそんなものだろうと見立てているので、その妙なあだ名を受け入れている。
「まあ逃げたってのも。別に浜面のせいってわけでもなくて、単に飽きただけだけどな」
「そんなことだろうと思ったわ。そういえば彼女作ったんだっけ? 珍しいじゃん」
「おう、攻略中。なかなか手強いぜ。今もこの俺を相手に待ち合わせ10分オーバーだ」
「ご愁傷様」
そのままなんとなく話を続ける二人。傍から見れば完璧に美男美女のカップルだが、麦野は垣根を『薄っぺらい奴』と評しており、恋愛対象とは見ていない。
「にしてもさあ、垣根。先達として聞きたいんだけど、あの馬鹿どうにかならないの?」
「あー、待て待て。どの馬鹿か当ててみるか。駒場……とぶつかるようなタイプじゃないよな。半蔵と郭……は下っ端キャラだし。となると浜面だろ?」
「大せーかい。あの馬鹿なんであんなに聞き分けないの?」
「男には色々あるんだろ。ママに似てるとか」
「ぶち殺すわよ?」
麦野が両腕をさりげなく持ち上げて構える。彼女の技量ならばこの男ごとき一瞬でぶちのめせる。いや、垣根が弱すぎるのもあるが。
あからさまな脅しをさらりと流して垣根は続けた。
「つーか、そもそもお前は何をしたいわけなんだ」
「はあ?」
「どうせガキの遊びなんだからよ、そこまでムキになるこたないだろ? 馬鹿は馬鹿なりに楽しむ方法があるんだから、そのままでもいいじゃねえか」
「……なに、あんたそういうつもりでボーカルやってたわけ?」
「まあ落ち着けよ」
麦野の視線が鋭く尖り、拳が握られる。この後デートらしいから顔は勘弁してやるか、的計算が働きだす。
それを垣根が片手を鷹揚に上げて止めた。はったりだけなら実に絵になる男だ。
「俺は俺でマジでやってたさ。ただそれはマジで遊んでいたってことでな。お前みたいに、もっと上を目指そうとかそういうのじゃないだけだ」
「何よ。下手より上手い方が良いに決まってるでしょう。それの何がいけないっていうの?」
「それって結局お前がチームを引っ張っていくってことだろ。そうやって女子のリーダーになった癖に、また同じことして楽しいか?」
「……っ」
それは事実である。
麦野が女子グループのリーダーをやっているのは何となく役が回ってきたからだが、理由としては普段から周囲を引っ張っていたことの積み重ねが一番大きいだろう。
彼女は優秀な人間であり、そんな自分に自信を持っている。能力と自信から来る効率的な判断で周囲を従えてきた。効率的とは、正しさとも言える。
チームに初心者と上級者が混在するのなら、初心者を伸ばすのが正しい。集団を率いるのなら、最大人数の最大益を追求することが正しい。
だが、こんなところにまで来て能力を振りかざして一体何が楽しいのか。正しい、以外の物の見方を見つけたからこそ、麦野はバンドに参加したのではなかったのか。
垣根は肩をすくめる。
「重すぎんだよお前は。どうせお遊びなんだから、もっと気楽にやればいいじゃねえか。簡単にいうと空気読め」
「あんたは脳味噌含めて軽すぎるのよ。なりたくてもそこまで薄っぺらにはなれないわ」
「ああ俺は軽いぜえ? なんたって魂に羽が生えてるからな。イッツアフリーダム!」
瞬間的にむかついたので彼女は掌底を胸のど真ん中にぶち込んだ。「ごふっ!」と校門に跳ね返ってぶっ倒れる垣根。弱い。
それはそれとして麦野は思考に沈んだ。
垣根は彼女を重いと評したが、その重さとは即ち実力に裏打ちされた自信である。重量感があり、大抵のことでは揺るがない。
それは麦野沈利そのものとも言える。なくすことはできないし、なくして取り戻せるものでもない。
それなら周囲との関わり方を変えるべきか。遊戯と割り切って、その上で楽しむことを追求すればいいのだろう。
しばらく沈思黙考して、麦野は結論を出した。
「やっぱ、あんたみたいには生きられない。同じところをぐるぐる回るより、せめて壁に当たるまでは前に進みたいわ」
どうせ彼女の器は第四位。いつか必ず自分を上回る能力とぶち当たる。
だとしても、だからこそ、自分で壁を作って挫折を避けるなど、それこそ格好が悪すぎる。
垣根のように、そんな生き方そのものを放棄できるのならその方が楽なのだろう。
だけれども、それは麦野沈利を捨てることになり、今の自分を彼女は結構気に入っている。故に、しない。
よろよろと立ち上がった垣根が制服に付いた汚れを払う。回復が早く根に持たない男ではある。
「で、どうすんだ? 俺の彼女でも紹介しようか?」
「結構よ。そうね……とりあえず」
結局やることは変わらない。
「戻ってさっきの続きをするわ。あと、あの馬鹿の首根っこふん捕まえないと」
「結局同じことの繰り返しかよ。お前も相当頭悪いな、第四位」
「ほっとけ」
垣根に別れを告げて、のしのしと校舎に戻っていく麦野。
しばらくその背中を見送っていた垣根だったが、待ち人がようやく来たのを見つけて手を上げた。
「よう」
「おまたせ」
「ホント待ったぜ。30分遅刻かよ」
「うん、ごめんなさい。どこまで待たせたら怒り出すか知りたかったのよ」
「故意か!」
「ところでさっき話してたのは彼女?」
「ダチ。あと俺の彼女はお前だから、真顔で聞くな」
「あなたも物好きよね。不自由しなさそうなのに、なんで私なんかと付き合うの?」
「顔。あと俺って攻略難しい方が燃えるんだよ」
「死ねばいいのに。それでどこに行くのかしら」
「んー、まあ適当に歩きながら決めるか」
「だからなんでそこの音が抜けるのよ嫌がらせでしょ嫌がらせなのよねよし殴る!」
「ちょ、ちょっと待て! 今のは偶々だ、もう一回、もう一回やらせてくれ!」
「もう五回もやりなおしてるじゃないこの馬鹿!」
ある高校の放課後。
バンド『スキルアウト』が同好会として借りている視聴覚室で、二人の男女がぎゃあすかと騒いでいた。
罵られているのは浜面仕上というギター担当であり、罵っている方が麦野沈利というボーカル担当である。
他の三名は触らぬ神とばかりに、脇で自分のパートを確認していた。ふとマネージャーの少女が呟く。
「それにしても浜面氏は、以前よりも随分と我慢強くなられたようですね」
「ああ、前ならそろそろ逃げ出しててもおかしくないんだけどな。なんかあったっけ?」
「……向上心に、目覚めたのかもしれん。麦野は有能な指導役ではあるからな……」
「HAHAHA、後者はともかく前者は面白い冗談であります、駒場氏」
「何だその笑い方は。まあ、確かにちときついけど遣り甲斐っての? そういうのは前よりあるよな」
「はあっ!? まさか半蔵様の方が麦野女史に興味を持たれるとは! こ、こここころさないとおおお!」
「……落ち着け、一倍だ……」
そんな三人を尻目に、出来の悪い生徒と口の悪い教師のマンツーマンは続いていた。
不器用な手つきで浜面がギターの弦を弾いていく。麦野が目を閉じ、リズムに沿って頷いていく。見惚れるほどの、穏やかな表情。
と、音が派手に飛んだ。六度目のすっぽ抜け。穏やかな表情が般若のそれに変貌する。
「はーまーづーらー!」
「ま、待て待て待て! 今のは上手く行きかけたんだがちょっと気が逸れただけで……」
「ぶちのめし確定!」
麦野の見事な蹴りとフックのコンビネーションで吹き飛ぶ浜面。慌てて介抱しようとしてトドメを刺す郭。我関せずと練習に励む駒場と半蔵。
それが最近の『スキルアウト』の、平凡な日常だった。