side−a  
 
 『学園都市第7学区』  
中、高等教育機関が集約された学区であり、超能力開発を行う上で最も重要な学生とそれを教育する立場にある教師たちのほとんどが生活の場としている場所である。  
「不幸だ…」  
「…」  
そこに点在する教育機関は限られた敷地の中ということをかんがみると異常と呼べるほどの数だ。  
「不幸です…」  
「……」  
その星の数ほどある学校にも外の通常の教育機関と同じように学力、能力ごとにランクが存在し、上は、レベル3以上が入学条件、下はほとんどの生徒がレベル0、また発現しにくい稀有な能力を集めたところ、同系統の能力者のみを集めた学校など実にさまざまな種類がにわたる。  
「ふぅこぉうでぇす」  
「………」  
しかし星の数ほどの種類があるといっても、そこは人間、学生であり通常は他学校の生徒とはあまり接点がなく、同じ学校内でほとんどの交友を持つ、ということがほとんどである。  
のだが…  
「ふぅ〜こぉ〜で…」  
「うるさぁあああああい!!」  
この二人、大通りを走る上条当麻と御坂美琴には当てはまらない。  
 
「ちょ、ちょ、ちょ。ごめんなさいごめんなさい調子に乗りすぎましたすいませんごめんなさい!でもいきなりビリビリは心臓に悪いといいますか下手すると止まるといいますか」  
「うっさい!アンタがグチグチグチグチうるさいからでしょうが。いっつも逃げ回ってるんだから慣れてるはずでしょ!?」  
「それとは事情が…ハイ、ワタシガワルカッタデス」  
現在二人は絶賛逃亡中である。何からって  
「なんであの清掃ロボット絶縁装備なんてしてるのよ!?」  
「しらねぇよ!オマエが片っ端から壊すからついに対策されたんじゃねぇのか!?」  
「うっ…」  
 
ことは15分前  
 
上条さんはいつも以上に内容の濃い小萌先生の愛の補習(そのままの意味で)を受け疲労困憊。朝に昼飯として作った、いや作ろうとした弁当の中身を居候シスターに強奪されていた彼は、このまま何も口にせずに帰ったらどうなるかを想像する。  
(インデックスはまず間違いなく食料を要求してくるはずだ。ただでさえブラックホールの胃袋なのに補習による帰宅時間の遅れ。これが意味するものは…)  
頭に噛み痕をつけ台所で死ぬほどお腹を空かせながらシスターにご飯を提供し続ける自分の姿  
「…(ブワッ)」  
今の彼がこのまま帰宅すれば間違いなくこうなる。自分のために作ったご飯もこの体力では守りきれない。  
「…(ひっくひっく)」  
家主なのに自分のご飯の確保すらままならない自らの姿に涙を流す。まるで新築の家を買った直後なのに妻と子供に出て行かれ、一人暮らし強いられ絶望しているところにリストラを叩きつけられたサラリーマンのような背中だ。  
(せめて…せめてなにか口に入れないと)  
しかしお金がない。もう本当にない。  
原因は暴飲暴食のシスター、でもあるが、ていうか8割がそうなのだが、残りの2割がこの冷戦状態だ。先の「天使」の事件によってローマ正教と学園都市との間には強烈な亀裂が走り火種が生まれ、今まさにそれが爆発する直前というのが現在の状況  
そんな状態では嫌でもお金が飛んでいく。それがたとえミサイルの飛び交わない冷戦という形であっても。  
科学サイドはそれを学園都市内技術の公開による競売によって補填している。しかし備えはいくらあっても足りないのが戦争、そのあおりは学園都市生徒の生活費を直撃していた。  
故に  
「糖分の高いもの…安く、早く、今すぐに!!」  
そして見つけた自動販売機  
帰宅途中でこれをほぼ満たすものはこれしかない。多少スーパーよりも値は張るが、値上がりしている肉や魚、野菜を視界に入れることによっての精神的外傷でPTSDに陥りたくはない。背に腹は代えられないのだ。  
「この際仕方がない…!!オレに…オレに栄養を…」  
そうしてなけなしの500円を投入しようとしたところで  
「見つけたわよツンツン頭!!」  
「不幸だー!!」  
会ってしまうのが彼である。  
 
ついでに声をかけられ振り向いたときに、そのなけなしの500円が落下、コロコロ転がるそれをカラスが持って行くという不幸にも会ってしまうのも彼だと記しておこう。  
 
その後はいつも通りだ。説明も面倒なので音声のみでお楽しみください。  
 
人の顔見るたびに不幸だ厄日だビリビリだ…私にはねぇ!!  
もうホント勘弁してください。お腹が空いて力が出ないんです。もうご飯作りたくないんです。この自動販売機はあきらめますから。500円もなくなりましたから。もう生きてすらいたくないんです。生きててごめんなさい。  
人の話をきけぇえええええええええ!!!  
ギャー(バリバリ)  
ドーン  
あっ…  
ビービー  
 
とまあこんな具合の夫婦喧嘩で自動販売機を破壊し、対電撃仕様の新型清掃ロボット(4649―7閃式)に追われている次第である。ちなみにこの対策の実態は「樹形図の設計者」の破壊によって天気の予測があいまいなものとなり、万が一に備えて落雷対策を行った結果である。  
しかし彼女が本気をだせばそんなものは関係なくボディを焼き切れるのではあるが…  
 
裏路地を走る走る  
やり過ごせないのならば撒くまで。商店街、学校などの敷地内を突っ切ることでようやく警報音が聞こえない地点まで逃げ切ることができた。  
しかしその代償は大きい  
「もう…上条さんはダメです…先立つ不幸をお許しください…願わくはこのビリビリ中学生に法の鉄槌を喰らわせてやってください…」  
お腹が空いたのである。空きすぎたのである。今ならとある禁書目録ですら凌駕できる量の食物を胃の中に入れられるのではないだろうか。  
「わ、悪かったてば!でももともとアンタが人の顔見て不幸だ言うからこうなったのよ」  
「オマエ、オレのせいだってのか!?」  
「アンタのせいだけだなんて言ってないわよ!」  
「ハァ…」  
「だ、だから…その…お、お詫びになんか奢ってあげるから…買い物…付き合いなさぃょ…」  
後半は消え入りそうな声で、下を向きながら伝える。おそらく顔はなぜか真っ赤だろう。  
(せっかく学校からこっそり追いかけて、しなくてもいいフルマラソンまでしてやったんだからハイっていいなさいよ!  
ていうか言わないとコロスでも用事あったかな顔も青いし体調悪いのかもってそんなことはどうでもよくて、アレ?コイツと闘いに来たのになんで買い物いくことになってんだろでももしよくないなら明日とかにしたほうがいいのかなでもそしたらコイツのことだから…)  
と思いながら「あーなんで私ったらコイツのことになるとこうなるんだろう」  
いつも頭の中はオーバーヒート寸前だ。レベル5、ましてやの学園都市3位の演算能力をもってしても処理しきれない。メビウスの輪のように思考が堂々巡りを起こし、それをさらに処理しようとするから深みにはまる。  
それが処理しきれないものではなく、処理できないものと気づくのはほんの少しだけ先のお話  
そして  
 
「マヂで!?ヒャッホーイ!!」  
 
この感情に気づくのもほんの少しだけ先のお話  
 
 
side−b  
 
「仕事だ」  
場所はとある警備員所有、いや元所有の訓練場詰所  
「内容は簡単、お偉方が気に食わない、とある研究所を潰せとのご命令だ」  
夕暮れ時、西へ沈もうとする黄金色の太陽を避けるように集まる影の者たち  
「メンドクセェ…んなこと下ッ端連中か警備員にでも任せりャいいだろうがァ」  
「なにか特別な…事情がある、ということですかね」  
死神と悪魔は息を潜める。まるでそこには存在しないかのように。忘れ去られようとするように  
「相手にとんでもない戦力が、弱みを握っている連中くらいにしか任せられない研究、単なる人で不足、さてどれでしょうねぇ〜」  
「おそらく全部だろう。上の意向に逆らってでもやる価値のある研究だ。それなり以上の戦力はあるだろうし、そんな研究を下っ端なんぞに見せられない。さらには他の火消しは壊滅とくれば…」  
しかし彼らは確実に存在する。どんなに取り繕っても、忘れ去っても。  
「チッ、つまんねェ仕事だ」  
「面白い仕事なんてありましたかね?」  
さあ行こう、日が落ちる  
「決まッてんだろ」  
夜は彼らの時間だ。  
 
 
side−a  
 
「幸せだぁ…(モッキュモッキュ)」  
上条当麻は幸せというものを噛みしめていた。  
目の前のファーストフード、俗風に言うとハンバーガー。これが至高の旨さなのである。  
食物を摂取したのは朝の7時頃。実に10時間ぶりの食物  
胃に落ちた食物が消化され、吸収され、運搬され、燃焼される。  
安っぽい肉も農薬の宝庫であろう野菜もぱさぱさのパンも今の彼には関係のないこと  
ご飯をおいしく食べられる。それだけでここ数カ月味わったことのない幸福が彼の身体を包む。  
食べるという行為がここまで幸せなことだったのか  
「アンタ、ホントにどんな生活してんのよ」  
犬(上条)にエサ(ハンバーガー)を与えた飼い主(美琴)は恍惚とした表情を浮かべるそれを見て呆れたようにつぶやく。  
「本当につらかったんです。経済破綻でお先真っ暗、御坂お嬢様には感謝してもしてもたりないくらいですよ(モッキュモッキュ)」  
「いいから落ち着いて食べ終わってからしゃべりなさい」  
それに従いがつがつ食べる。  
こりゃホント感謝だなぁ。  
あの食欲魔人が食にこだわるのも仕方ない。ちなみに彼女にはすでに連絡済。弁当の罰として夕食が遅くなることぐらいは我慢してもらおう。  
この幸せと引き換えの荷物持ちなら喜んで引き受けようぞ。一飯の恩義である。  
それだけではない。これまで街中で理不尽な言いがかりをつけていちいち自分に襲い掛かってきたことも全て水に流そう。  
しかしそれでも彼の感謝は終わらない。だって幸せなんだもの。  
(いやいや、これはその程度じゃ伝えきれないな。ちゃんと言葉にしてお礼を言わないと気が済まない。うん、いつもケンカしてばっかだったからな。今日くらいは感謝を伝えなければ)  
少しばかり考え、そして思いつく感謝の言葉  
誠心誠意、真心を込めて伝えるため目の前に座る少女に真剣な目を向ける  
「な、なによ?」  
どうやら急に犬モードから急に真剣な眼になったことに警戒しているようだ。  
顔を少し赤く染めており、おそらくまた自分が下手なことを言うに違いない、言ったら即雷撃よという意思表示なのだろう  
しかし、上条当麻は怯まない。むしろ得意気ですらある。自分は今から感謝を述べるのだ。どんなに間違ってもそれだけはない  
さあ喰らえ、我が気持ち!!  
 
 
「美琴ふとっぱらギャアアアアアアアア!?」  
 
照れ隠し半分怒り半分  
 
 
side−b  
 
歯ごたえのない仕事だった  
警備はそこいらの研究所よりも厳重ではあったが、学園都市の上層部が気にかける、さらには潰さなければならないほどの研究にしてはあまりにも歯ごたえがなさすぎる。  
警備ロボの防御は上から突然現れる撤回で一瞬にして押しつぶされ、隔壁は金星の光を浴びてただの鉄板となり、銃を持つ者、能力を使った攻撃は自らの力で絶命する。  
研究所の中枢は5分で占拠され10分でそこには瓦礫と人であったものが残るだけの廃墟となった。  
「なぜだ?」  
中枢を占拠した後、戦闘を他の三人に任せ研究内容の解析を行っていた土御門は呟く  
ここは研究所の中枢、ホストコンピューターがある場所だ。ここで行われた研究全てのデータが集まる場所でなくてはならない。  
現在は戦闘も終了した様子で、それぞれ研究施設の破壊を受け持っている。  
「なぜ…ない」  
ここにくれば何がこの研究所で行われていたのかを突き止めることができる。すなわち上層部が自分たちを使ってでも消したい研究の内容を把握できるはず。だからこそ自分はここにいる。  
しかし  
「なぜこんなものしかない」  
そこにあったのは「同一能力者の相互干渉」「パーソナル・リアリティの外部干渉」「植物状態の能力者の能力強度とAIM値測定」「身体的欠損時における能力強度の変化」等、公になれば大問題になるであろう研究の数々である。  
また他の部屋には培養液漬けの脳が2ケタ並んでいるようなものもある。  
だがこの程度は学園都市の影でしかない。いたるところで毎日のように行われている実験であり、それを黙認、もしくは許可、さらには命令してきた上層部がこれを止めるために動いたというのか  
答えは「ありえない」  
(こんなもののために研究所を潰すわけがない、なにかがあるはずだ)  
しかしそのなにかが見つからない  
(襲撃にあった瞬間にデータを破棄したか?いや、ここに入るまでの時間は5分程度。なら例え破棄したとしてもなんらかの痕跡が残るはずだがそれもない)  
無理やりデータを消去すればどこかにかならず不自然な形跡が残る。HDDの容量におかしな空きがあったり意味のわからないファイルが残っていたりなど  
それがないということはすなわち、正真正銘ここにあるデータがこの研究所の全て  
(オレ達はなにをさせられている…)  
見つからない見つからない見つからない  
あらゆるフォルダを開き、実験結果に眼を通しても決して上層部を脅かすものはない  
ただ一つ眼に入った単語ある、これまでの研究データにも何度か出てきた単語だ。  
そしてそれを詳しく知っているであろう者  
「一方通行、オマエの仕事だ」  
 
 
side−a  
 
「なにがあったのですか?とミサカは問いかけます」  
「馬鹿だった!オレが馬鹿だった!!」  
あんな聖人を怒らせてしまった。こんなに幸せな気持ちをくれたのに!  
「なんてダメな男なんだ…っ!!せめて…せめて…」  
ボロボロ、ところどころ煤だらけな服、そんな格好など関係ない、今はもっと大切なことがあるんだ!!というように彼は後悔する。  
「せめて季語を使っていれば…っ!!!!」  
「おそらく季語を使っていたとしても同じ状況だったと思います、とミサカは少ない情報の中からおそらく当たっているであろう予測をたてます」  
ここはとある某ファーストフード店近くの大通り  
お姫様はというと、あの後顔を赤くしながら走りだし、追いかけようとした彼を街中大通りでレールガンというとんでもない荒業を決行、今は帰らぬ人である。  
「おう、御坂妹」  
「こんばんは、とミサカはアイサツを返します」  
そして彼女の登場。たまたま、なんの目論見もなく歩いていたら偶然自分が倒れていた。  
「…とミサカは事実を隠し、あなたに嘘を伝えます」  
「そうかー偶然なのかーあはははははは」  
狙っているのか?狙っているんだな!?とつっこみたくなる会話である。  
 
「…によって今の生活は十分に満足できるものである、とミサカは素直に述べます」  
「そかそか、でも毎日病院食なんだろ?オレもあそこの生活長いからわかるが地獄じゃないか?」  
「病院食以外のものをあまり食していないため比較が難しいですね、とミサカはこれまでの食生活を反芻してみます」  
「なんですと!?それはMOTTAINAI!!いまの上条さんは食魔人。無知なる羊に食べ物の旨さ、幸福さを味あわせやらねばなりません!!」  
ふたりはいっしょに街をぶらつきながら食べ歩きをすることにする。御坂もついでに探さなければならないので一石二鳥というやつだ。  
共に手持ちはあまりないが最小限の出費(それでも物価高によるダメージで財布のLPは底をつきかけているが)で有意義な時間を過ごせるはず、これまた背に腹は代えられないのだ。  
 
「この黄色いネズミはいったい何者なのでしょうか!?とミサカは眼を輝かせつつ問いかけます」  
「ああ、一昔前に流行ったゲームのキャラクターだな」  
「なるほど、この容姿ならば世間が見過ごすはずがありません。さすが任○堂、とミサカは制作会社の手腕に畏怖と尊敬を覚えます。むむ、こっちもネズミですが形が…」  
「そ、それはあんまりいじらないでそっとしておいてくれると上条ちゃんとしては非常に助かるかなぁ!!」  
一通り第7学区内の軽食めぐりを行った二人、現在は腹ごなしを兼ねた世の中のかわいいもの(ミサカ基準)めぐりにツアー変更。  
ちなみに軽食めぐり中に買った今川焼で  
これはものすごい量のクリームですね、とミサカは顔じゅうに飛び散った白くドロドロしたものをふき取りながら…ワーワーワー!!  
といったやり取りなどが多々あったためでもあるのだが、そこは割愛させていただく。理由は先のやり取りから察していただきたい  
 
 
楽しい時間だった  
世の中の楽しいこと。普通の、家族がいて、友達がいて、そして自分がいる。大多数の人間においてはコレは当たり前のもの大切なものである。  
しかし彼女にはその全てが許されてはいなかった。培養液から生み出され、その中で育ち、殺されるために生み出される。それが全て。怒りも憎しみも楽しみも悲しみもない世界に生まれた彼女の運命  
それを許せないと感じた。もっと笑っていいんだ、楽しんでいいんだ、生きていいんだ。  
だから彼女をそこから引っ張りだした。その行為はこれまでの彼女の存在意義を失わせるものだ。1万人の「娘達」の中にはそれを憎んだものもいたのかもしれない。故に自分は彼女たちを救いだしたなんてことは思わない。なぜならこれは上条当麻のワガママだから。  
 
それでも、コイツがいてくれるのなら、殺されたって構わない  
 
そうして引っ張りだした日常に溶け込んでゆく彼女の姿を見ると自然と笑みがこぼれる  
まるでひな鳥を育てている気持ちだ。  
楽しくないはずがない  
 
「とミサカは〜」  
「どうぁあああああああああ!!!」  
 
 
side−c  
第4学区研究所  
「本当に助かります」  
「いえ、これが私の仕事ですから」  
イスに座る白衣を着た研究者と話すスーツ姿の男性。  
歳は30後半、体格は体重から見れば取り立てて太っているというわけではない。が低い身長のせいで若干ふっくらとしているようにも見える。  
「この冷戦下はチャンスなんですよ」  
研究者は語る。  
「現在は兵器開発、増産のため第二学区研究施設の技術開発分野に資金が集中しています。まあこんな状況ですからね。  
我々能力開発部門の研究者としては肩身が狭い思いをしていますしかし、能力を兵器開発分野に発展させることができればヤツ等は我々の下につかなければならなくなるでしょう」  
「期待していますよ。そのための材料です」  
「ええ、任せてください」  
 
 
side−a  
 
夜も7時半を過ぎ、そろそろ本気で家の食欲魔人に殺されかねない時間になる。名残惜しいが彼女との時間は今日だけではないのだ。  
「もうこんな時間か。悪い、御坂妹。今日はここまでだ」  
「そうですか、もっといろいろな場所を周ってみたかったのですが、とミサカは名残惜しそうに伝えます」  
「もっと時間があればよかったんだがな。これ以上は上条さんの命が…」  
「いえ、とても有意義な時間を過ごせてありがとうございました、とミサカは微笑みながら答えます」  
傍目には頬がピクリと動いた程度にしか見えなっただろう。しかし最初の、モルモットであった時の彼女を知る彼にはそれだけで十分だ。  
「そかそか、今度は朝から周ろうぜ。そこいらのレストランデザート制覇とか学園都市のゲーセン全部周ってゲコ太ストラップ集めとか」  
「そ、それは大変魅力的な提案だと言わざるをえません、とミサカは眼を輝かせながら未来への希望に胸をふくらませます」  
「あっ、やっぱりほどほどにしていただけるとうれしいかなぁ〜と思ったりするんだけどなぁ〜」  
「約束ですよ、必ずですよ、とミサカは聞く耳を持たずに取り付けます」  
ゲコ太の名前が出た途端に眼の輝き、鋭さが5割増しになったことに嫌な予感を覚えフォローを入れようとするがもう遅い。恋する乙女は止まらない。  
「まさか期待だけさせておいてやっぱり無理という駄目なお父さんの典型的パターンをまだ15という年齢にして行うつもりですか、とミサカはゲコ太入手のために容赦なく攻め立てます」  
「ヒィイイイイイ!!!!上条さんのLP(財布)はもうゼロよ!!」  
「ではここで、失礼します」  
 
 
そうして異変が始まる。  
 
 
 
ドサッ  
 
どうした!?御坂妹!!  
街中で、急に、電池が切れたかのように彼女が止まった  
救急車を呼び、彼女は第7学区の病院へ担ぎ込まれた。  
 
 
夜も完全に更け、一般外来の人達もいなくなった待合室で彼は待つ  
いったいどうしちまったんだ…  
急に動かなくなってしまった彼女の心配をしながら何故倒れてしまったのかを考える。  
街を歩いていたときは体調が悪そうには見えなかった。  
なにか変なものでも食べさせてしまったのか。  
オレは大丈夫だけど、クローンの身体には毒なものもあったのかなぁ  
もしかして熱中症?いや、今は秋だしな…  
これは治るもの。しっかりと休息をとりさえすればまた今日のような日々を送れるんだ。  
そう信じて待つ  
 
しかし、しばらくして処置を終え出てきたカエル顔の医師の説明がそれを裏切る。  
「やはり脳神経に大きな負荷がかかっているね」  
彼の説明はこうだ  
一万人の「妹達」はミサカネットワークと呼ばれる独自の通信網を持っている。  
本来それは情報の共有、記憶のバックアップ、演算処理能力の強化など、それをもつ者を補助するものである。しかしそれがなんらかの原因によって暴走、あるいは崩壊、または干渉を受け彼女の思考能力を圧迫しているのだという。  
「ここにいた他の娘たちみなも同じような病状だ。幸いにして今のところ運動中枢方面の負荷は少ない。今は眠っているような状態だろうね。しかしこの先さらなる負荷がかからないとも言い切れない。その場合は…」  
またなのか。  
また彼女はろくでもない運命に殺されるのか。  
あの殺されるしかない。絶望の中へ、今度は考えることすら許されないまま殺されるのか。  
望みもしないあの中に  
 
ふざけるな  
 
そんなことはさせない。光の世界に戻り、ようやくそれを楽しめる生活を手に入れたんだ。  
オマエはまだまだ知らないことがたくさんあるんだ。  
オマエとは約束があるんだ  
必ず助けてみせる。  
 
だから  
「お願いします。アイツを助けてください」  
膝を折り、頭を地につける。  
 
「――僕を誰だと思っている?」  
 
 
side−b  
 
「どういうことか説明してもらおうか」  
「現状をそのままにとっていただいて結構ですよ」  
スピーカーから悪魔で事務的な聞きたくもない糞ヤローどもの代表の声が聞こえる  
「実を言えばあなたにこのことを伝えるためにこの仕事をもってきたといってもいいかもしれません。あなた以上にコレをよく知る人材は他にいませんからね」  
その研究所にあったもの。それは「死体」と「被験者」  
死体があるなんてことはどうでもいい。影の研究所だ。首から下が全て機械の被験者がいたところでなんら問題はない。だが  
「てめェら、まだこんなモン使ってやがッたのか」  
「無断で使用されたというのが正確ですかね」  
それが彼が1万回は殺した娘達と『全て同じ顔』というのなら話は別だ。  
「ハッ、そりァあいい。学園都市でもそれなりに貴重なレベル3が一体18万でポンポコ作れんだ。オマエ等研究者さんにとっては都合のいいモルモットだろうに。それを無断で使われていました?どこの悪徳政治家だよ、オィ」  
「さらに彼女は『電撃使い』。計測もしやすく、まさに最高の実験素材といえますね」  
電話の主は本当にその通りだと、一方通行の皮肉をそのまま肯定する。  
「あれだけ使い易いモルモットも他にはいないのですが、あいにくアレを増産することは禁止されているのですよ」  
「なんだと?」  
「おかしいとは思いませんでしたか?いくらオリジナルに遠く及ばない力しか持てなかったとは言ってもレベル3。それをどのようにも扱ってもいいと言うならば、山のように需要はあるはず。なのにそれをどこの研究所でもしていない」  
「…」  
確かにその通りだ。学園都市第三位のアイツ以上の能力者など、その数字の通り、自分を含めて2人しかいない。もしクローンのなかでレベルをつけるなら上から3番目に優秀なクローンなのである。それが使われない理由。  
「追加の仕事です。そのクローンが作られている生産ライン、施設の破壊と作った人物の殺害。資料は例の黒い収集車に持たせますので」  
関係ない。  
「くッだらねェ」  
そんな気に入らないことはやめさせる。に腹が立つ。  
もし『アレ』が『ああ』にされていたら…  
(あぁキテるねェ…相当にキテる…)  
誰にも邪魔はさせない。グループだろうが、学園都市だろうが他の火消しにだって邪魔はさせない。  
 
その糞野郎はオレがブチ殺す  
 
憤怒の炎に焼かれながら携帯を閉じ、今にも跳ねだそうとしたとき  
「そうそう、あと」  
スピーカーから出る音に  
「ソレは全部殺しておいてくださいね」  
死神は足をとめた。  
 
 

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