『騎士派×上条』  
 
「……!」  
 キュピーン!と初春飾利の頭の中で、光の速さで駆け巡るものがあった。  
 彼女は寮の一室で、机の上に置かれた愛用のノートパソコンを操作していた。  
 ふらふらーっとネットサーウィンをしていると、こんな一文が目に入ったのだ。  
『騎士派×上条』  
(こ、これは……!)  
 思い浮かぶのは、たった一人で無数の騎士達に戦いを挑み、ボロボロになるまで戦い続け、捕らえられた少年の姿。 少年を待ち受けるのは彫りの深い顔の筋骨隆々とした男から美形の長身痩躯の男たちによる拷問。  
 引き裂かれる衣類。肉と肉と叩き合う音。繋がれた鎖の擦れる音。少年の悲鳴……。   
(佐天さんはもう寝ちゃいましたよね……?)  
 確認のためベッドを覗き込むと静かな寝息が聞こえる。  
 ルームメイトの少女はすでに眠っているようだ。思わず口の端が釣り上がった。  
 机の引き出しからペンタブレットなどを一式取り出し、ノートパソコンへ接続する。  
 思い浮かぶのは一人の少年と屈強な男達の姿。  
 思い浮かぶのは―――  
 
 
『騎士派×上条』  
 愛用の携帯端末の画面に映る、その一文に美琴の視線が止まった。ネットの掲示板上にあった、とある一文。  
「……ん?」  
 もう一度、読んでみる。  
『騎士派×上条』  
「ふーん……?」  
 じっくり十秒ほど画面を眺めた後、こう思った。  
 ……どういう意味だろう?  
 美琴は今までに蓄えた膨大な知識の中から、関連のありそうな情報を探し出そうと検索をかける。  
 うーん、と短い時間うなり続けたが、これといった情報はなかった。  
 “上条”という単語は耳に入るなり目にするなりで、一人の少年が思い浮かぶ。  
 “騎士派”というのが何かしらの団体であることは推測できる。  
 しかし『×』が何を意味するのかが分からない。  
(フムン、あいつがどこかの連中に殴り込みに行くようなイメージがあるんだけど……何か違うわよね)  
 それなら……とネットで検索をかける。時間はかからなかった。  
 そのとき、ドアがノックされた。  
「お姉様、お帰りになられていますの?」  
 ルームメイトの白井黒子だ。  
 美琴が気だるい声で『帰ってるわよー』と応えると、白井はドアを開けて入るなり『はっ!? お姉様がベッドの上で  
無防備な姿を晒して私の帰りを……!そうですのソウイウコトですねの理解しましたわ光の速さで理解しましたわ!』  
と一方的に捲くし立てて飛び上がりダイブしてきた。  
 白井の襲撃に対して美琴はあくまで冷静に拒絶した。白井の顔を踏みつけるように、片足を叩き込んだ。  
 
 
『騎士派×上条』  
 携帯に表示されているその一文に『あー、またそういうのか』と佐天涙子は一瞬だけ想像した内容を頭の中から  
閉め出した。ちなみにベッドで布団を被ったまま。ルームメイトの初春は眠っていると思っているだろう。初春は  
風紀委員(ジャッジメント)の報告書の作成で今もノートパソコンと格闘しているはずだった。  
(上条さんのこと、思い出しちゃうな……)  
 思い起こされるのは一人の高校生。  
 無能力者(レベル0)。  
 ヒーローのように、駆けつけてくれた。  
(私と同じ無能力者。私と同じ落ちこぼれ。でも私とは全然違う。  
 信念があって、とっても強くて、優しくて)  
 ―――カッコイイ。  
 ふと、隣を歩いたときの横顔を思い出した。怒り顔、笑い顔、優しい顔、優しい声……。  
 気がつくと、顔が熱っぽくなっていた。頬も自然に緩んでいる。  
(……どうしちゃったのかな)  
 と、少しだけ鼓動が早い。  
 少しだけ……。  
 待ち受け画面に戻した携帯をしばらく眺めて、一枚の写真を壁紙に設定した。  
 携帯を静かに閉じて、枕の下に忍ばせる。  
 少しだけ、良い夢が見れるかもしれない。  
「…………?」  
 一瞬、初春の気配が変わったような気がした。  
 がらっ!という物音にどきっとしたが、引き出しを開けた音だと気づいて安堵の息をついた。  
「…………」  
 おやすみ、初春。寝不足になるとまた女を捨てることになるぞー。  
 枕下に手を入れて携帯の存在を確認する。  
 気恥ずかしさに少しだけ戸惑いつつ、甘えるように心の中で思う。  
 ……おやすみ、上条さん。  
 
 
「ああ、そういうことですのね」  
「黒子はわかるの?」  
 冬服の制服から寝巻きに着替えた白井黒子は美琴の携帯端末を操作していた。  
 ちなみに十数分前まで『お姉様の靴下を履いたお足が黒子の顔に!感触が!温もりが!匂いがーっ!』と  
騒いでいたのだが、美琴が電撃で黙らせたばかりだった。  
 美琴はテーブルをベッドの間に置いて、二人分用意したマグカップにホットミルクを注いだ。  
「ああ、武蔵野牛乳、これで最後だから」  
「これで最後……というと、お姉様は一体何本飲んでいますの?  
 冷蔵庫を武蔵野牛乳の貯蔵庫にだけはしないで欲しいですの。  
 まあ、それはともかく。先程の質問のお答えですが、要するにこういうものですわ」  
 
 白井は携帯端末を美琴に渡した。  
 画面に映っているのは、美琴がよく知る少年だった。  
 美琴のものを見る目が明らかに変わったのを白井は見逃さなかった。同時に口の端が大きく釣り上がっていたが。  
 その画像は少年が赤い服の男や、巨大なメイスを持った巨漢と戦うらしい、本の表紙のようなイラストだった。  
 何かの本のサンプル画像だろう。  
 食い入るように画像を見ていた美琴は、他にも画像があることに気づいた。カップをテーブルに置いて操作。  
 白井黒子が邪悪で真っ黒な笑みを浮かべていることには気づかない。  
 縮小されたサンプル画像を拡大表示させる。  
 巨大なメイスを巧みに操る巨漢を相手に、拳一つで挑む少年。  
 赤い服の男と対峙する少年。  
 一頁分を埋め尽くす、少年が凄む顔。台詞が頭の中で、少年の声で再生される。  
 髪から小さな火花がパチパチと飛び始めて、うっとおしく思い何とか気持ちを静めて能力を抑え込む。  
 しかし、画像を見始めると再びパチパチと音が立つ。  
 能力の制御をしつつ、何とか次の画像を表示させる。すぐには表示されなかった。  
 いや、妙に遅い。そんなにアクセスが集中しているのだろうか?  
(あとで調べておく必要がありそうね)  
 待ち時間に苛々が募る。ミルクがあったのを思い出して、マグカップを傾けた。  
 すると、画像がようやく表示された。二頁分が同時に映し出される。  
 
 
 ボロボロになった少年のシャツが引き裂かれた。  
 赤い服の男が、彼の裸の胸に指をなぞらせる。  
 細い指が股座へと伸びた。  
 ジッパーが引き降ろされる音。  
 男の手が彼の“何か”を掴んだ―――  
 
 
 地面に仰向けになったまま動けない少年。無骨な手が彼の下穿きのベルトが弛める。  
 乱暴に下穿きが下ろされると、少年の裸の下半身があらわになる。  
 最後の力を振り絞って立ち上がろうとする少年の片手を男が掴むと、強引に後ろを向かされた。  
 そして、男が少年に“何か”を突き刺した。  
 
 
 しっかり画像の隅々を見て、台詞の一つ一つを読み上げ、少年の台詞だけ頭の中で声を再生して―――  
 美琴はティーカップの中身をぶはーっ!と吹き出した。  
 携帯端末の画面ではなく。  
 白井黒子の顔に。  
「お姉様のお口に含まれたミルク……!―――と言いたいところですが」  
 顎から前髪からミルクが滴る。  
「……っ!……っ、…っ……っ!」  
 真っ赤になった美琴が白井に何か言おうとしているが声にならないらしい。  
「やれやれとしか言いようがありませんの。でも、これで同性同士の行いについて理解を深めていただければ!」  
 真っ白になった白井に鉄拳が下った。  
 
 
 某所。  
(これがBLというものなのですね、とミサカ一○○三二号はあの方のコマだけ切り抜くべくハサミを取り出します)  
(では顔のアップの頁はカッターで切り離しましょう、とミサカ一三五七七号は解体作業に参加します)  
(ミサカネットワーク内でこの“同人誌”なるものの肯定派と否定派、さらに中立派による議論が白熱しています。  
 また、作者について調査が進められているようです、一○○三九号は拘束した一九○九○号に報告します)  
(……で、では我々とあの方の内容のものを描きましょう、とミサカ一九○九○号は交渉を持ちかけます)  
 全員同じ容姿であるため、どういった特徴をつけるか、誰が最初かで揉めるのはまた別の話である。  
 
 
 おわり。  
 
 

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