「まあ、その症状はたしかに病だね」  
「……そう、ですか」  
「なら、それを治してあげるのが医者である僕の務めだ。それと……」  
「あの子達の治療のためにオリジナルのデータを取りたいって話?」  
「参考程度にだよ。もっともあの子達の話を聞く限り、君はかなり不摂生らしいけどね」  
「うっ……」  
「君はまだ若いから今のところ問題ない。  
 だけど、大人になって結婚すれば、必然的に子供を生む機会もあるんだよ?」  
「こ、こ、こ…子供……!?」  
「相手に困っていないわけだし、彼のことも考えれば健康でいて損はないんだよ?」  
「いや、そんなあいつは……別に。そそ…それに結婚だなんて。私まだ一四だし中学生だし……」  
 
 
「なら、君に両方の問題を解決するための機会を与えよう」  
 
 
「……っていうか、今更だけど私のプライバシーってどうなってるのかしら」  
『まあ、研究者の間で君のプライベートが赤裸々に語られていてもおかしくはないけど、  
実験や研究に必要なデータという形で扱われているだろうし、君の体に対しても性的な興味を持つような人間は  
多くはないと思うよ?何せ、あの実験に関わるような人間にはさして珍しいものではないだろうしね。  
僕もある意味同類だよ。職業柄というのもあるけど、あの子達の治療をしているのは僕だからね』  
「―――っていうか、裸になる必要性がどこに?」  
『専用の薬液を、専用の機械で用いるからね。そんなに時間はかからないよ。  
 一時間もあれば必要なデータは最低限取れるから。  
 タオルを取っていいよ。こちらからは見えないようになっているから。  
 でもあの子達の場合は下着も付けないで待機したり動き回るから、いろいろ大変なんだよね。  
 ナースだって決して多くはないから毎回―――』  
「いえ。もういいです。っていうかこれ以上聞きたくないーっ!」  
『そうかい?そしたらカプセルに入って、横になってもらえるかな?  
 あとはこっちで閉じるから』  
「それって見えてるんじゃ―――」  
『仮想映像だし局部まで投影してはいないよ。うーん。でも僕の好みじゃないな』  
「あの。やっぱ中止してもらっていいですか?」  
『じゃあ、始めようか。ああ、溺れることはないから安心していいよ。そういえばトイレは大丈夫かい?  
 浄化装置もあるから別に構わないけど』  
「ストップ!それ普通先に言うもんでしょ!?」  
『悪いけど、もう閉まっちゃってるよね?中止して開けるのも手順が多くて大変なんだ』  
「…………」  
『それじゃあ、僕は他に準備があるから席を少し外すよ。何かあったら内壁の赤いパネルを押せばいい。わかったかい?』  
「…………」  
『ふむ。では失礼するよ』  
 
『そういえばトイレは大丈夫かい?』  
(くっ……!)  
 その一言を言われてみると、不意に尿意に襲われた。  
 一時間。  
 あと一時間。  
 正確には五六分四二秒。  
 やや傾斜したカプセルの中、裸体を薬液に沈めたまま美琴はカウントダウンを続ける。  
 しかし、その一秒一秒が異様に長く感じられる。  
 時間を意識すれば意識するほど。精神を集中すれば集中するほど。一瞬が永遠と思える時間に感じられてしまう。  
 ふと、ほぼ中身が丸見えとなる特殊ガラス越しに影が差した。  
 見知った人影だった。  
(……あんたね)  
 欠陥電気(レディオノイズ)。  
 妹達(シスターズ)。  
 様々な名で呼ばれるが、とある少年からは御坂妹と呼ばれる少女。  
『お姉様は何を我慢しているのですか?とミサカはこの貧乳ボディの未来に希望はあるのでしょうかと  
溜め息をつきます……』  
 薬液越しに音が伝わった。  
 美琴は彼女の胸元にネックレスがあるのに気づく。  
 検体番号、一○○三二号。あの少年に助けられ、彼に何かとちょっかいを出し、アクセサリーを買って貰った妹達。  
『それ、喧嘩売ってんの?』  
『全てのミサカの共通の問題です、とミサカはお姉様の全身をチェックしつつ胸の起伏からぽっちりまでまったく差がないことに絶望します……』  
『おいコラ』  
『尿意を我慢するのはよくありません。すでに説明は受けていると思いますが浄化装置もあるのでさっさと  
出してしまった方が早いでしょう。元々備わっている機能ですから何ら恥ずべきことではありません。  
排尿を我慢し過ぎると膀胱炎になる可能性もあります、とミサカはわかりきったことを懇切丁寧に説明しつつ  
漏らした一例があることを思い浮かべます』  
 フフフ、と一○○三二号は口の片端を吊り上げて奇妙な笑みを浮かべた。  
『あんたじゃないの?』  
『先日、一九○九○号がローズヒップの飲み過ぎで―――』  
『特に何の問題も起こりませんでしたッ!!とミサカ一九○九○号はタックルをかましつつ一○○三二号を拘束―――』  
『―――顔を真っ赤にしつつ薬液の中に混入させました、とミサカ一○○三二号はお漏らしとは何事かと呆れました』  
 一○○三二号が逃走を開始する。顔を沸騰しそうなほど真っ赤にした一九○九○号が追撃しようとして、  
(?)  
 美琴を振り返ってごにょごにょと喋った。  
『……お姉様も我慢はよくありません。で、ですがミサカネットワークの存在がありますので……ご注意を。  
 お姉様の沽券に関わります』  
(ヤバイ……。何この可愛い妹。今すぐぎゅってしてみたい……!)  
 胸の中でぐっとくるものを感じながら、美琴はもじもじする一九○九○号を見ていたが、  
『も、もしそれでも我慢できないようであれば……その。ミサカの“味方”になっていただけないでしょうか、  
とミサカは強く希望します』  
『は?』  
 それでは失礼します、と一九○九○号は追撃戦に移った。  
 ガシャガシャッ!ジャコッ!ジャキンッ!!という物騒な物音が響き渡せて去ってしまう。  
(……み、味方?)  
 美琴の脳内で一万弱の妹の冷たい視線と会話。  
『お姉様がお漏らし?』  
『そこまでお子様だったんですね』  
『いやいやねーだろ普通、とミサカは哀れみ目でオムツのプレゼントを提案します』  
『では上位固体などはオムツを?』  
『ミサカはミサカはオムツなんて一度もしたことないよって反発してみる!』  
 ……という想像に血の気が引く音が聞こえた。  
(ふ…ふふ……)  
 引きつった笑みを浮かべつつ、下腹部の圧迫と孤独な戦いを続ける。  
 
 
 そして。  
「ふふふ……ふふふふふ。―――勝った。私は勝った」  
 妹とそっくりの奇妙な笑みを浮かべながら、薬液が徐々に排出されていく。  
(あとはタオル……じゃなくて病院着。それさえ確保すれば……!)  
 トイレは一般共用のものしかない。そのため、人が行き交いする廊下へ出なければならない。  
 さすがにタオルで往復するわけにはいかなかった。  
(……走るのも辛そうね)  
 排水が終了した。  
 カエル顔の医者がスピーカーで何事か言ったが、美琴の耳にはまったく入らない。  
 カプセルの蓋が開くまで待つ気もなかった。  
 あらかじめ見つけておいた緊急用のロックを解除するパネルを叩き割ってボタンを押した。  
 勢いよく蓋が開いた。  
 ほとんど同時に美琴は跳ね起きた。  
『……人の話を聞いているのかい?そこの小瓶に入っている薬を飲んで待ってて欲しいんだけど』  
「知るかーッ!」  
 素っ裸で叫ぶと、舌打ちしつつも銀色のカートの上に載せられていた小瓶を掴み、蓋を急いで開けて  
一気に飲み干した。  
『何をそんなに慌てているんだい?』  
「トイレッ!あと服も!」  
『―――らしいね。ちょっと待っててもらるかな?』  
「……は?」  
 首を巡らせて室内を見回す―――までもなくその人物は室内に確かに存在した。  
 あっちこっちの髪がはねたツンツン頭。  
 身に纏っているのは学生服でも普段着でもなければ病院着でもない。医者のような白衣だった。  
 美琴のものと同じ小瓶を空にして持っている。また、気のせいか下腹部より下の辺りが膨らんでいる。  
 とにかく―――そこの存在していた人物は上条当麻だった。  
 口をぱくぱくさせて赤みの増した顔で美琴をじっと見ている。  
(……?)  
 彼の様子に首を捻った美琴は、室内の空気の冷たさに気づいた。  
 肌寒いのだ。  
「…………ん?」  
 視線を下げて自分の体を見る。  
 色白の肌が目に映った。上から下まで、胸元から陰裂、足の指先までがはっきりと見えた。  
 小さいながらも膨らみのある乳房が曲線を形成して張り出している。  
 先端の淡く色づいた乳首が冷たい外気の触れたことで、つんっと硬く勃って突き出るのがわかった。  
 寒さを感じるのは当然だった。  
 文字通り、一糸纏わぬ姿なのだから。  
「――――――」  
 美琴の頭の中が真っ白になった。  
 何も考えられなかった。  
 ただ、太腿の間から流れる熱い液体が脚を濡らしていることがかろうじてわかった。  
 
 
   
 ……続くかも?  
 

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