『とある少女の秘密の夜』a_secret_whisper
上条当麻の寝床は、本来の目的に使った後に水滴を拭き取ったユニットバスの中だ。も
ちろん、こんな狭い場所に好き好んで潜り込んでいるわけではない。故あって、この手狭
な学生寮で同居人を匿っているからなのだが、その同居人こそが彼の悩みの種の一つであ
り、ユニットバスに閉じこもらざるを得ない理由なのだ。
禁書目録のシスター――インデックスと名乗る少女と同居するに至った理由は、彼が記
憶喪失であるが故に想像するしかないのだが、今その銀髪の少女と同居しているという事
実はあくまで事実であり、仮にも女の子に自分より不快なところで眠らせるなんてできな
い上条当麻としては、ベッドを少女に明け渡さざるを得ないのであって、また、何かの間
違いが起こってもいけないと、この学生寮の一室で唯一閉じこもれる場所――ユニットバ
スに潜り込むのだった。そして、それは今夜も。
(ああ、疲れた…しかし上条さんはどうしてああもIQ80の不良さんたちが女の子に絡ん
でるところにばっかり遭遇するのでせう?あの子逃げれたかな…そういえばその後はまた
御坂が絡んでくるし…学校もなんかロクなこと無かったよな…上条さんって不幸だ…)
色々あって疲労昏狽したせいか、取り留めのないことばかりが頭に浮かんでは消えてゆ
く。そうしているうちに、眠りが上条を包んでいった。ユニットバスの中でももうすっか
り熟睡できるようになったのは喜ぶべきことか悲しむべきことか…。
上条がすっかり眠りについた頃、部屋の中で動き出す姿があった。件の同居人――禁書
目録のシスターである。入浴を済ませた後なので、普段の安全ピンだらけの修道衣ではな
く、上条のお下がりのぶかぶかのシャツ一枚を寝間着に着込んだだけの格好だ。
横目で三毛猫が丸まって寝ているのを見ると、インデックスはユニットバスのドアへと
足を忍ばせる。
(とうまはほんとうに疲れてるときは、鍵、わすれちゃうんだよね…)
胸の前で手を組み、息をのむ。おそるおそるドアノブに手を掛けると、細心の注意を払
って扉を開けた。扉の向こうでは、ドアが開いたことにも気付かず少年が熟睡していた。
「――とうま…」
消え入りそうな声で呟く。少年が目を覚ます様子はない。インデックスはバスタブの縁
に手を掛けて膝を着くと、薄暗いユニットバスの中で上条の横顔を見つめて、小さな声で
話し出した。
「とうまはときどきほんとにぐったりして帰ってくるんだよね…そんなときは晩ご飯もい
い加減になっちゃうし、ほとんど話もしてくれないで寝ちゃうけど、まいかやこもえが教
えてくれるから、それがどうしてか知ってるんだよ?今日も悪いやつから誰か助けてあげ
てたんでしょ?とうまはやさしいもんね…でも、そんなやさしいとうまをひとりじめした
いっていうのはいけないことなのかな…?」
少年は相変わらず熟睡しているようだ。インデックスは手を伸ばして恐る恐る上条の頬
に触れた。そのまま、起きないで…と呟きながら、バスタブの中に潜り込む。すでに一人
が入り込んでいる狭いバスタブの中に入り込むと、ちょうど上条を跨ぐような格好になる。
それでも、小柄なインデックスからすれば、上条の顔を若干見上げるような体制だ。
大きなサイズのワイシャツを羽織っているだけなので、薄い下着越しに、太股の方は直
接上条のスウェットの感触と、その体温が伝わってくる。薄っぺらな布越しに伝わる温も
りに、何度かこっそりと上条の胸に顔を埋めた、そのときだけに感じていた不思議な感触
が全身を覆う。その、気怠いながら他の何にも代え難い快感に、思わず吐息が漏れた。
「ふあっ…あっ…とうま、とうまぁ…」
インデックスは小さな両手で優しく上条の頬を包む。
「みんなにやさしいとうまが好きだよ?そうしてるとうまが素敵だから…でも今は…眠っ
てる間だけでも、私だけのとうまで…」
心臓が激しいビートを刻む。顔も体も火照っていて、きっと耳まで真っ赤になっている
だろう。背中から腰にかけて、再び心地よい痺れが駆け抜けた。
(修道服、脱いじゃってるもの。今はふつうの女の子なんだよ、私)
勿論、そんなことは詭弁にすぎない。しかし今はどんな詭弁であろうと嘘だろうと、少
女は宗教者でも禁書目録のシスターでもなく――ただの女の子で居たいのだ。
熟睡する少年の頬を抱えたまま、銀髪の少女はその唇に、自らのそれをそっと重ねた。