結標淡希は困惑している。  
手には赤いリボンのかかった小箱があった。中身はガトーショコラ。それも手作りの。  
 
「バレンタインは女の子の一大イベントなのですよー、結標ちゃん。チョコ作りというス  
キルも、持ってたほうがいいと先生は思うのですー。材料は揃ってますから、結標ちゃん  
も一緒につくりましょー」  
 
同居人にうまく乗せられて、作り始めてみると意外と楽しくて。まぁうまくできたかなと  
思うと誰かに渡したいような、ないような。じゃぁ誰に、と考えたところで、結標は停止  
した。第10学区に囚われた『仲間』達には当然渡せない。ふと頭に浮かんだ顔は、赤い瞳  
に白い髪の。  
 
アリエナイ。  
 
なのになぜ自分はこんな小箱を大事に抱えているのだろうか。隠れ家に使っている部屋の  
扉の前で、結標は困惑しつづける。  
 
すぐに部屋に入らなかったのは、結標が小箱の扱いを決めかねていたせいもあるが、扉の  
向こうから声がしたためだ。おそらく通話中。そしていまその部屋にいるのは彼一人に違  
いない。  
 
「……だァから、全部食ったっつーの。ったく、大量に送りつけやがって。食うときのこ  
とも考えろっての」  
 
彼はこんな声では話さない。普段の彼は、結標の知る彼は、他人を拒絶し一切の興味も関  
心も示さない。例外はたった一人―――それが通話相手に違いなく、そんな電話を他人が  
いるところで彼がするはずがない。  
 
「悪かったって言ってンだろォが。予定が変わったンだから仕方ねェだろ」  
(すっごくすっごーーく楽しみにしてたのに、ってミサカはミサカは駄々をこねてみる。  
でもでも仕方ないよね、ねえそれよりおいしかった?ってミサカはミサカは重大事項につ  
いて率直ズバっと尋ねてみたり)  
「あン? あのチョコレートの塊かァ?」  
(がとーしょこらってヨミカワが言ってた、ってミサカはミサカは自信なさげに指摘して  
みたり。作った中ではアレが一番よくできたんだよ、ってミサカはミサカはしょんぼりし  
てみる)  
「まァ最初ならあンなもンじゃねェの? 固ェし甘すぎるし焦げてるしなにより殺人的な  
量だったがなァ。 次はもっと簡単なヤツにしろ」  
(はぁーい、ってミサカはミサカはしょんぼりしつつ素直に返事をしてみる)  
「本来の目的は達成してンだから、今回はそれで良しとしとけってことだ」  
(ううーおいしいチョコケーキが目標だったんだもん、あなたにおいしいって言ってほし  
かったんだもん、ってミサカはミサカは本来の目的を暴露してみたり)  
「そォじゃなくて、バレンタインってヤツはアレだ、気持ちを伝えるとか、そーゆーモン  
なんだろォが」  
(つまりミサカの気持ちはあなたにちゃんと届いたよって言ってるのってミサカはミサカ  
は再度確認してみたり)  
「……………」  
 
もう我慢ならない、と結標は扉を蹴破った。なにが学園最強だこのロリコンが!ガコォン  
と派手な音を立てて扉はすごい勢いで内側に開いた。  
中ではソファに腰掛けた学園最強が、耳と肩で携帯電話を挟んだまま、目を見開き絶句し  
ている。一方通行があたふたしている、その姿を見て結標はある種の満足を得た。  
 
(なになに、いますごい音がしたよ、大丈夫?ってミサカはミサカは心配してみる)  
「お楽しみのところお邪魔しちゃったかしら、一方通行?」  
「悪ィがお客サンだ、またかける」  
 
なぜか怒りのオーラMAXの結標に、一方通行は慌てて通話を切った。結標自身も自分が何  
にこんなに腹を立てているのか分からない。分からないが、とにかくムカツク。結標は後  
ろ手でバタンと扉を乱暴に閉め、一方通行を睨みつけた。  
 
「なンなンだ、テメエは。いきなり喧嘩売ってン……」  
 
一方通行は不機嫌を顕わにして―――その何割かはバツが悪いというか、気恥ずかしさを  
裏返して逆切れしたとかそんなところだが―――結標を睨み返した。文句を言い終える前  
に視界から結標が消え、身体が宙に放り出された。数秒の間の後、彼の身体は重力に引っ  
張られてベッドに叩き落された。彼女が能力を使って、部屋の隅に置いてある仮眠ベッド  
の"上"に移動させた、と一方通行が理解する頃には、すでに結標は彼の上に跨り、その両腕  
を足で押さえつけていた。  
 
「随分と気を抜いているわね」  
「……チッ」  
 
勝ち誇った顔で結標は一方通行を見下ろした。膝に全体重を乗せ彼の自由を奪う。首のチ  
ョーカーのスイッチさえ入れさせなければ、いかに学園都市最強と言えど一般人と変わり  
はない。  
 
「いつかの復讐ってヤツかァ? くっだらねェなァ、オイ」  
「そういうことじゃないわ。 ただ……」  
 
結標は言葉を切った。おそらく彼は事態を把握しかねている。結標淡希が裏切った可能性  
を、あらゆる可能性を考慮に入れ検証し、結果その可能性が低いと結論付けたのだろう。  
だから結標を跳ね除けもせず、言葉で探りを入れているのだ。ふふ、と結標は鼻で笑って、  
言った。  
「ちょっと興味があったのよ」結標の手が彼の股間に触れる。「幼女以外にも反応するのか  
しら、とか」まさぐり続けると、ズボンの上からでもはっきりと分かるほど形が変わって  
いく。  
 
「露出狂のショタコン女に興味はねェよ」  
「そう、じゃあこれはなんなのかしら?」  
「よっぽど死にてェみてェだなァ。 だったらお望みどォりに」  
 
結標は全体重をかけて一方通行を押さえつけ、その唇を塞いだ。口をこじ開け、舌をねじ  
込む。くちゅ、ちゅと唾液を吸う音が静かな部屋にこだまする。体温が上がり、はぁはぁ  
と熱い息が漏れた。  
 
「……テメエ、俺に気でもあンのかァ?」  
「まさか」  
 
口周りの唾液を拭うと結標はくるりと反転した。腰をかがめ一方通行の肩を押さえ込む。  
短いスカートがめくれ上がり、中身が丸見えになった。彼女は恥ずかしがるどころか、逆  
に挑発するように尻を突き出した。彼に抵抗される前にすばやくズボンに手を掛け、膨張  
したソレを取り出す。  
 
「随分サービス満点じゃねェか、オイいい加減に」  
「あら。ずいぶんかわいいのを持ってるのね」  
 
ぴょこんと飛び出したソレに、結標はちゅ、と口付けた。彼の年齢を考えれば不相応に幼  
い性器。まるで子供のような愛らしい形に、彼女は目を輝かせた。  
 
「ふっ、ん、ぅむ…っ、んん」  
 
夢中でしゃぶりつく。じゅる、じゅるといやらしい音を立てて。  
体の芯が熱くなる。一方通行の眼前に晒した下着に大きな染みが出来上がっていくのも知  
らず、結標は誘うように腰を振り、硬度を増していく幼いソレに舌を這わせ続けた。  
ビクン、と一方通行の身体が震え、結標の口腔内に青臭い液体が放たれる。最後の一滴ま  
で搾り取るように強く吸い上げ、ごくんと喉を鳴らして飲み干した。たとえようのない充  
足感が彼女を満たした。  
 
なぜチョコレートを渡す相手に一方通行の顔を思い浮かべたのか。答えは簡単、彼が一番  
幼く見えた、それだけだった。限られた選択肢の中で已む無く選んだだけに過ぎない。  
自身の気持ちの不可解さが解消され―――それはつまり重度のショタコンだということな  
のだが、それは脇において見ない振りをする―――結標は晴れやかな気分で踊りだしたい  
ほどだった。自分を半殺しにした学園都市最強の、最悪の、ど変態に、まさか心奪われる  
などあってはならないことだし、やっぱりアリエナイ。  
 
「あーすっきり」と上体を起こしたところ、結標はそのままベッドの下に転げ落ちた。  
 
「いたた、ちょっとあんまりじゃない? 気持ちよくさせてもらったお礼がこれ?」  
「死ぬ覚悟はできてンだろォな、結標ェエエっ!!」  
「そっ、そういえばガトーショコラ作ったのよ、一緒に食べない?」  
 
笑顔を浮かべて必死に取り繕おうとする結標だったが、箱を開けて、後戻りできないこと  
を思い知った。  
きれいな円を描き、しっとりとした黒いケーキには、アイシングででかでかと  
「変態」  
と描かれていた。  
 
「ねーねー、お客さんって誰だったの?ってミサカはミサカは質問してみる」  
「頭のイカレた変態だ」  
「ふーん、でもその人女の人だったよね、ってミサカはミサカは疑惑のまなざしを向けて  
みたり。その変態さんがなんの用だったの?ってミサカはミサカはあなたを問い詰めてみ  
る」  
「……チッ、嫌なこと思い出させンなっつの」  
「なになに、なにがあったのってミサカはミサカは嫌な予感がしてみたりっ」  
 
とある休日。  
久しぶりに黄泉川のマンションに赴いた一方通行を待っていたのは、冷凍庫に大量にスト  
ックされたガトーショコラのようなものたちだった。  
なにがあったのとまとわりつく打ち止めをほっぽって、一方通行はめんどくさそうに皿か  
らケーキの一切れを口に運んだ。がりっという嫌な音。味はしょっぱくて苦い。  
 
「ったく、もォガトーショコラっつー菓子にはうんざりだっつの」  
 
しゅんとうなだれた打ち止めの頭をぽんと軽く叩くと、一方通行はもう一口を皿から口に  
運んだ。彼のバレンタインはまだまだ終わらない。  
 
 
おわり  
 

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