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 キャーリサと上条が乗ったタクシーが着いた先は学園都市でも有数の高級ホテル。  
 着いた途端すぐにタクシーを降りたキャーリサは、ボーイの出迎えも無言の威圧で制すると、上条の手を引いてホテルの中に入って行く。  
 ロビーに惜しげの無く敷き詰められた絨毯を力強く踏みしめて、そのままフロントの前を素通りするつもりだったのだがそこで呼び止められた。  
「何? 私は今、見てのとーり取り込み中なんだけど?」  
「申し訳ございませんキャーリサ様。実はエリザード女王陛下よりお荷物が届いておりまして……」  
 そして手渡されたのは自分宛の小包。それを前にキャーリサは美しい眉を寄せる。  
「あのクソ女王(ババア)今度は何を……?」  
 高さ20センチ程の長方形の箱。周りには英語と日本語で『割れモノ注意』のシールがべたべたと貼られている。  
 ゆすると涼しげなガラスがぶつかり合う時の様な音色のする箱に、キャーリサはそれ以上の詮索を止める。  
 そして再び上条の手を引くと他の人たちが使うエレベーターとは別のエレベーターに向う。  
 その、明らかに他とは意匠の異なる無駄に煌びやかなエレベーターに乗り込むと、2つしか無いボタンの内、最上階を示すボタンを押した。  
 全く重力を感じさせずに動き出したエレベーターの中で、  
「さっきから黙っているけど観念したの?」  
 上条の方を振り返らずに話しかけると、  
「――――それはお前だろ? 傷付くのは俺じゃ無い。お前なんだぞ? 俺はお前にそんな事して欲しいなんてこれっぽっちも思っちゃいないんだ。だから……」  
「止めろって言うの? ふーん……。こんな私の事でも心配してくれるんだなお前は? 流石は我らの救世主殿はお優しい事だ」  
 全く心の籠っていない言葉は上条に対して暗に拒絶を意味している様に感じられた。  
 上条は何と言っていいのか判らずにまた押し黙ってしまう。  
 と、そこで涼しげなチャイムと共に目の前の扉が開いた。  
「着いたぞ――ほら降りるの」  
 再び上条の手を引いて歩きだしたキャーリサは、豪華な調度品で埋め尽されたリビングに入ると、黒皮張りのロングソファーに上条を突き飛ばした。  
「うわッ!?」  
「そこに大人しく座っていろ。ふぅ、それにしても喉が渇いたな――おい、お前は何が飲みたいの?」  
 しかし上条は無言のままキャーリサを見つめるだけで何も言わない。  
「まただんまりか? まーいー。こっちで勝手に用意させもらうし」  
 そう言ってキャーリサは先ほどの荷物を持って部屋を出て行く。  
 キャーリサの姿が見えなくなった所で、上条はソファーの背に体を沈めると天井に向かって大きなため息をつく。  
「冗談だろ……」  
 まさに言葉通りである。  
 今朝起きた時は今日は一日補習で終わるのだなと思っていた自分が、こんな場違いなホテルの一室で英国王室に連なる者――まして一方的とは言え命のやり取りまでしたあのキャーリサと肌を重ねるかもしれない。  
 その事の重大さは、いくら上条が楽観的であっても覆し様の無い重圧となって肩にのしかかる。  
 今自分がソファーに沈み込んでいるのもその重圧のせい――そんな事さえ思ってしまうほど心も体も重い。  
 ならばいっそ逃げてしまえばとも思うのだが、キャーリサを1人残してはいけないと何故かそう思ってしまうのは、エレベーターを降りるのに手を握られた時、キャーリサの手が震えていたのに気が付いてしまったせいか……。  
「不幸だぁ……」  
 ため息混じりにいつもの口癖が零れる。  
 
「不幸?」  
 独り言のつもりが相槌を打たれて上条は驚いてソファーから体を起こした。  
「キャーリサ……」  
 そこには脚の長いグラス2つと赤い液体の入ったデカンタをトレーに乗せたキャーリサが立っていた。  
 キャーリサはつかつかと歩み寄って来ると、テーブルの上に持って来たものをそっと下ろす。  
 そして、デカンタを手に取ると慣れた手つきでグラスの1つにそれを注ぐ。  
 注ぎ終えると、そのグラスを手にとって中の液体を軽く回してから、上条の目の前に置いた。  
「ほら」  
 そう言って目の前に置かれたグラスに視線を向ける上条。その中ではまだ赤い液体が踊っている。  
「これ?」  
「赤ワイン」  
 キャーリサは上条の質問に短く答えながら、もう1つのグラスにも赤ワインを注ぐ。  
 そして、グラスを手にとって先ほどと同じように液体をくるくると回した後、  
「私たちの初夜を祝して――」  
 そう言って上条の目の前にあるグラスに自分のグラスをぶつけると、そのグラスをくいっとあおる。  
 そして小さなため息を付くと、満足げな笑みを浮かべた。  
「『バローロ』――イタリア産のワインだし。アイツらクソどもには虫唾が走るけどこれは好き」  
 唄う様に呟くと2口目をあおる。  
 そしてグラスをあおりながらチラリと上条の方を見ると、上条はまだ相変わらずグラスを眺めていた。  
「ん? お前は何をそんな難しい顔をしてるの? 私も同じものを飲んでるんだし心配する事は無いぞ」  
「いや、そう言う事じゃ……」  
「なら飲めるだろ? ほら、英国王女が自らデキャンタージュしたワインなんぞ滅多に飲めるものでは無いしー。香りが逃げない内にさっさと飲むの」  
「あ、うん……」  
 いささか強引ながらそう進められては上条も飲まざるを得ない。  
 先ほどの独り言を聞かれた後ろめたさも相まって一気にグラスをあおると、上条はその濃密な香りに思わずむせた。  
 そんな上条の姿に、  
「あははははは。子供にはまだ早かったか?」  
「ごほげほごほ……、ちっくしょ……何でこんな渋い飲みもんが旨いなんて思えるんだよ……?」  
「いわゆる大人の味ってやつかな? はははっ。なーに気にするな嫌でもすぐ大人になるの。そんな事よりもほら、もー一杯どーだ? ん?」  
 そうして上条が1杯飲む間にキャーリサが2杯のペースでワイングラスを空けて行きあっという間にデカンタの中身は空となる。  
 すると今まで向いのソファーに座っていたキャーリサは、立ち上がって上条の隣に来るとどかっと横に腰を下ろした。  
 それから上条にしなだれかかりながら首に手を回すと、耳元にそっと唇を近付ける。  
 熱い息が上条の耳をくすぐる中、  
「さー上条。そろそろ始めようか?」  
「や、やっぱ本気なのかよ?」  
「なーにを今更。お前は本当に諦めが悪い男だなー。――とは言え、その諦めの悪さに負けたのが私な訳だし」  
 急に声のトーンを落としてそんな事を言うキャーリサに、「キャーリサ」と上条は心配と混乱をない交ぜにした様な声を出す。  
「あ……悪い悪い。恨み事に聞こえたの? それだったら謝るし」  
「あ……いや……そんな事は……」  
 キャーリサは自分の腕の中で百面相をしている上条の姿を見てにっこりとほほ笑む。  
 
「ンフフフ……。お前は本っとーに面白いの。年齢や経験不足なものも有るのであろうが、ウィリアムの様に変にスレてもいないし、騎士団長の様に格式に縛られ過ぎた堅物でも無いし……」  
 改まってそんな事を言われると、上条は何だかとても居心地が悪い気分になる。そして思うのだ――キャーリサは何を根拠に自分を構うのかと。  
 もしかしてこれは盛大なドッキリでは無いのか。それとも実は自棄になっているだけで、上条が相手で無くても良かったのかも知れない。  
 空になったグラスに視線を落としてそんな事を考えていると、急に顎を掴まれてグイッとキャーリサと視線を合わされた。瞬間、何が起きたのか判らずに酔いの回った瞳で同じく赤みの射したキャーリサの顔を見つめ返す。  
 とキャーリサの濡れた様に光る赤い唇が妖しく動く。  
「お前はまだ私の事が嫌いか?」  
 何でそんな事を聞くのだろうと上条は思った。そして何でキャーリサはこんなに泣きそうな瞳をしているのだろうとも……。  
 上条は、急に目の前にいるキャーリサをギュッと抱きしめたいと言う衝動に駆られ――そしてそう思った自身に困惑した。  
「お、俺は……お……あ……」  
 ――喉がひりついて言葉が出ない。  
 上条にとってこんな事は初めての経験だった。  
 混乱するばかりの上条はまるで酸欠になった魚の様に口をパクパクさせた。  
 すると、そんな悲壮感すら漂うそうな上条の姿を見かねたキャーリサが助け船を出す。  
「ははははは。無しだ、無し無し。今のは聞かなかった事にして欲しーの。んーふふふふ……、どーやら私もー、酔いが回って来たみたいだしー。あははははははは」  
 そう言っておどけて見せるキャーリサだったが、内心では自身の行動に自嘲せざるを得なかった。  
(我ながら少し事を焦りすぎたな)  
 それはつまり――先ほど彼女が上条に向かって投げかけた言葉はやはり、本心だったのだ。  
 こうして自分の心の内を吐露してしまうなど過去のキャーリサにはあり得ない事だ。  
 自らを御しえないとは私も弱くなったの、とキャーリサは思う。そして、自分をそんな『弱い女』に変えてしまったこの年下の男を憎からず――いや、1人の女として好いているであろう自分に呆れていた。  
(このレンアイと言うやつはあれだな。熱病か麻薬のよーだし。まったく……、どうしてこーも自分がコントロール出来ない事が……楽しーって思えるなんて、もう最悪だと思うの)  
 これも女王(ババア)の姦計か、とそれならそれでもいいかなどと思えてしまう辺りキャーリサは末期であった。  
 とそんな時、もの思いからふと視線を感じて出所を見てみれば上条が心配そうな顔でこちらを見ている。  
 そんな上条の顔に、キャーリサは何やら体の奥に熱いものを感じながらぺろりと唇を舐める。  
「どうしたの?」  
「い、いや……別に……」  
「そーか? 何やら随分と怯えた目でこちらを見ていた感じだしー」  
「そ、そんな事ねえよ」  
「ほらほら、その目だその目。うん、そんな怯えた目で見つめられるとだな……捕えて食ってしまいたくなるが、構わないの?」  
 上条は何を聞かれたのか判らずに思わずキョトンとした。  
 酔いも回っていたから反応が鈍かったのかもしれない。  
 だからキャーリサの顔が近付いて来ても逃げられなかった。  
 そして唇にふわっと柔らかい感触を感じた時には――上条はキャーリサに唇を奪われていた。  
「!?」  
 驚いて体を離そうとするが、ソファーに目一杯体を預けてしまっていたので身動きが出来ない。その上キャーリサが上条の頭をしっかりと抱いてのしかかって来るので逃げる事は不可能に近い。  
「ンぅ……」  
 どちらの口から漏れたのか微かなうめき声が重なり合った部分から漏れる。  
(く、苦し……)  
 上条は眉間に皺を寄せると息を吸おうと微かに唇を開いてしまう。  
 すると待ってましたとばかりに温かく柔らかい何かが口の中に侵入してくる。  
「ン゛グッ!?」  
 
 それは何かを探すかのように口の中を上から下から、歯の一本から上顎の凹凸までまさに舐めまわす様に執拗に探って行く。  
「ォア゛……ン゛ン゛ォォ……」  
 上条のうめき声にぐちゅぐちゅと卑猥な水音が重なり、上気した頬を唾液が筋を付けながら流れ落ちる。  
 頭の中をむず痒い様な痺れる様な感覚が埋め尽して行く中、上条はともすれば流されそうになる心を必死に手繰り寄せながらも自身の舌で暴挙の主――キャーリサの舌を押し返そうとした。  
 しかし、それすらも待ってましたとばかりにキャーリサの舌に絡め取られて口の外まで引き出され、  
「ン……ハァ……」  
 一瞬の解放に安堵したのもつかの間、  
「あががががあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」  
 上条は自身が付き出た舌を赤子が乳首でも吸う様にむしゃぶられて悶絶した。  
「途中まではワインが味がしたが――フフフ。ご馳走様でした」  
 そう言って口元を拭う位の余裕を見せるキャーリサに対して、上条はソファーに沈み込んだまま荒い息を吐くばかり。  
(ふむ。暇つぶしに通信講座で学んだ『恋愛における主導権の取り方』がこんな形で役に立つとは思わなかったしー)  
 そうひとりごちながら、半分死んだような目をした上条の2人の唾液でどろどろになった口元を拭っていたキャーリサは、  
「手慣れていると思われても困るので先に言っておくが、私は処女だし」  
 と今更ながらの事を口にして上条を正気に淵に引き摺り上げる事に成功した。  
「マジあッ!?」  
 咄嗟に口を突いて出た言葉を両手でふさぐと、ジト目のキャーリサがこっちを見ている。  
「何か今失礼な事を言わなかったか?」  
 その言葉にぶんぶんと頭を横に振る上条に「まあよいの」とぶっきら棒に答えたキャーリサは、すっくと立ち上がるとレザー製のチューブトップのファスナーをおもむろに下げた。  
「うわッ!?」  
 そう言って驚く上条の目の前で、チューブトップを放り出して上半身は真っ赤なブラ一枚になったキャーリサは、続いてレザーのミニスカートのファスナーに手を掛けた。  
「ストリッパーの様に勿体ぶって脱ぐなんて出来ないの。ま、だから色気が無いのは許せ」  
 そう言ってあっという間にスカートも放り出すと、着ているのは真っ赤なブラとおしり丸出しの真っ赤なTバック、それと真っ赤なガーターにこれも真っ赤なストッキングだけ。  
(何で全部赤なんだな? ワインも赤だったし赤好きなんか? それにしても肌白ッ!? でちょっと輝いて見えるのはなんでせうか……?)  
 ぼうっとそんな事を考えながらキャーリサの下着姿に見入る上条。  
 そんな上条の遠慮の無い視線に自分から脱いだとはいえキャーリサも女――恥ずかしくなって少し頬を赤らめる。  
「あ、あの……何か言う事は無いの?」  
「こ、神々しいです」  
「そ、そうか? それはどうも」  
 そうして暫く黙って見つめ合う2人。その沈黙を破ったのはキャーリサだった。  
「あの」  
「え?」  
「待ってるんだけど」  
 キャーリサに言われて今まで夢の狭間を漂っていた意識が徐々にまとまって行き……、正気に還った上条は先ほどの虫の息から一変、ソファーの背もたれを飛び越えてその背後に身を隠した。  
 そしてそこから顔を覗かせて、  
「ホ、ホントにやるのか?」  
 今更ながらの言葉にキャーリサは興醒めした様な表情で自分の頬を掻く。  
 それから改めて真剣な表情で、  
「もし抱いてくれなかったら舌を噛んで死にます――」  
「!?」  
 
 心に剣を付きたてられた様な衝撃に上条の瞳が零れ落ちそうなほどに見開かれた。  
「なんて言うのは私のガラでは無い訳だしー」  
「ッ!? お、お前どっちなんだよ!!」  
 ずっこけてソファーの上で逆さになったまま叫ぶ上条。そんな上条をそのままにしてキャーリサは部屋を出て行くとすぐに手に壺の様なものを持って帰って来た。  
「何だそれ?」  
 逆さまのままキャーリサが手にした水色をした古ぼけた壺を眺める。  
「さっきお前も見ただろ?」  
「?」  
「ふん。うちの馬鹿親がご丁寧に送って来た例の箱の中身だし。『これを使えばかの少年もイチコロだぞ』とか手紙を添えてな」  
 キャーリサが付け加えた言葉に上条は、いつか女王エリザードをぶっ飛ばしてやろうと心に誓った。  
 一方、スツールの上に壺を置いたキャーリサ。その瞳に微かに恐怖の色を感じた上条が何か言おうとするが、機先を制する様にキャーリサが喋り出す。  
「こいつは『不問の壺(パスオーダー)』と言う霊装だ。で、何に使うかと言うと。『女』に対する自白強要――いわゆる拷問器具だし。命令1つでこいつの中に仕掛けられた昆虫型霊装が『女』の敏感な部分をこれでもかと刺激するらしいの」  
「おい、何だよそりゃ? 何でそんな物騒なもん女王が送って寄こすんだよ?」  
「ん? まあ、拷問器具として使われていたのは大昔の話だしー。今のこいつは誰も使う事の無いただのガラクタ。しかも、昔っからただのガラクタだったしー」  
「?」  
 言葉の意味が判らないと言う顔をした上条に、キャーリサは目いっぱいの作り笑いを向ける――これは彼女にとって引く事の出来ない大勝負。失敗したら後は無い。  
「こいつは『女』に対して性的拷問を行う霊装だとは言ったな。ところがこいつがまた制御が全く利かない代物だったの。『女』には見境無しに襲いかかるわ、話を聞こうにも相手を壊してしまうわ……。で、付いた名前が『不問の壺』」  
 何故か『女』の部分を強調するキャーリサに不自然さを感じた上条はソファーから立ち上がる。  
「そうかキャーリサ。で、そんなもん持ち出してお前はどうするつもりだ?」  
 上条は慎重に問いかけるが、キャーリサはそれに答える代りに壺の淵にそって指を這わす。  
 すると壺からは淡い光と共に、ガラスを打ちあわす様な涼しげな音があふれだす。  
「おいキャーリサ!?」  
 これで全てのおぜん立てが整った。後は上条が自分を助けてくれるかだけが心配だが――それだけは信じようとキャーリサは思った。  
 今度こそ作り笑いでは無く掛け値なしの笑顔を上条に向ける。  
「上条。願わくば私の正気が欠片でも残っている間に助けて欲しいの――」  
「キャーリサ!!」  
 上条が叫ぶのと、壺の中から溢れだした淡い光の粒がキャーリサに殺到するのは同時だった。  
 
 
 
 ここはバッキンガム宮殿。その広い廊下を靴音を響かせて歩く正装をした金髪の偉丈夫――騎士団長(ナイトリーダー)は大広間に進むと、一部の隙も無く赤絨毯の上に片膝を付いて頭(こうべ)を垂れた。  
「お呼びにより参上致しました女王エリザード様」  
「うむ。よく来たな騎士団長――所でお前、」  
 女王の風格を滲ませて鷹揚に頷いた女王エリザードはそこで一旦言葉を区切ると、  
「ちょっと堅苦しくは過ぎないかお前? 少しは空気を読んでもいいだろうに」  
 その一言に騎士団長のこめかみにミミズの様な太い青筋が浮かぶ。  
 と次の瞬間、ものすごい勢いで顔を上げた騎士団長は、事もあろうに敬うべき女王を指さすと、  
「それはテメエがこんな場所に炬燵なんか持ち込んでるからだろうがッ!!」  
 激高して指さす騎士団長の姿に、ジャージ姿で炬燵に入っていたエリザードは、キョトンとしながら菓子鉢から海苔のついた丸い煎餅を一枚手に取った。  
「まあそんなに怒るなよ。ほら、このジャパニーズ・センベイをやるから許せ」  
 その言葉にムスッとしながらも、靴を脱いで炬燵に入り煎餅を受け取る。  
 そして、怒りの矛先を煎餅にぶつける様にかみ砕いていると、目の前に熱い湯気を立てる湯呑が差し出される。  
 その湯呑を無言で持ち上げた騎士団長は、口の中に残る煎餅ごと中身を流し込んだ。  
 すると同じように湯呑を傾けていたエリザードがほうとため息を付いた。  
「うちの馬鹿娘は上手くやっているのかね?」  
「知りませんよそんな事は――大体、供の1人も付けずにあの少年の下に送るなど暴挙もはなはだしい」  
 吐き捨てる様に言う騎士団長に、エリザードは自分の湯呑に、手慣れた様子で急須を使ってお茶を注ぐ。  
「いやしかしだな。ああ毎日うじうじされていてわだ、宮殿が湿っぽくなっていかんじゃないか?」  
「いかんじゃないかってアンタ……」  
 呆れて果てて空いた口がふさがらないと言う体の騎士団長。その目の前にある湯呑にお茶を足しながら、  
「まあうちの馬鹿娘の事は信じちゃいないが、あの少年なら何とかしてくれるだろうよ」  
「まあ……するでしょうな。あの少年の事ですから」  
 湯呑越しに中身の熱さを確かめながら騎士団長はしみじみと相槌を打つ。  
「おお! それよりお前を呼んだのは別の用事があったのだ」  
 そう言って立ち上がったエリザードは、何故だかこの謁見の間に持ち込まれていたクローゼットに向かう。  
「……何ですか?」  
「いや待て待て。すぐに取り出すから……」  
 嫌な予感しかしない騎士団長が本当に嫌そうに返事をするのもエリザードは全く意に返さない。  
 そしてクローゼットから取り出したものを手にくるりと振り返った。  
「やはり結婚式にはあっちのスタイルに合わせてジャパニーズ・キモノの方がいいかな? 実はドレスも用意したのだが、親が衣装替えと言うのも変かな? その辺どう思うよ騎士団長?」  
 ご丁寧に黒を基調とした着物――ワンポイントと言えるのか、裾の部分にユニオンジャックをあしらった――と、ベージュ色のシックなドレス――しかし、散りばめられた金糸銀糸のレースが否応なく存在感を示す――を手ににっこりとほほ笑む女王エリザード。  
 それを見た瞬間、騎士団長の手の中の湯呑が鈍い音を立てて砕けた。  
 

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