私も含めた世界を『俺達』と言い切る少年に、貸しとか借りとか考えていた自分の小ささが恥ずかしくなった。  
聖人と呼ばれていても、人間性とは関係ない。  
「ありがとう」  
辛うじてそれだけ言った後、無意識に右手が出た。  
「お?……握手?」  
苦笑しながらその手を見る上条だったが、暫し悩んだ後、恥ずかしそうに手を握る。  
「美人のお姉さんと握手するのは、上条さんも照れますね」  
等と……あれ?  
不思議な感覚に、握りしめた右手を見つめる。  
「神裂?どーかした?」  
「いや……ちょっと、気に成る事が有るのですが」  
右手を握り締めたまま、左手でも握手してみる。  
―――やはり……おかしい。  
「おーい、神裂さん?」  
右と左で感覚がまったく違った。  
右手が伝える違和感が気に成って、左手も添えてみる。  
上条当麻の右手『幻想殺し』  
特に危害を与えられる物ではないはずなので、無造作に手にとって見たが……  
「おーい、どうした?なんかあったのか?神裂」  
黙って手を握りしめる私を不思議そうに見つめていたが、私はそれ所ではなかった。  
右手を胸の谷間に埋めて抱きしめる。  
「うおぉぉぉぉぉ、神裂ぃぃぃぃ」  
真っ赤に成った上条が逃れようともがくが、逃がさないように強く抱きしめる。  
逃げようとする上条当麻と、逃すまいとする私の間で暴れる右腕が、勢い良く胸に当たる。  
「ちょっ、なんだっ?神裂っ、正気か?」  
胸に当てていた手のひらを一旦離す。  
上条が安心した様に力を抜いた瞬間に、手を口元に持ってくる。  
そっと、指先に唇を這わせる。  
「うおっ、なんだっ、なんなんだっ」  
上条当麻までの距離を一歩詰め、手首を胸で固定する。  
指先で唇を刺激していたが、もっと強い刺激を求めて指を咥えた。  
あまりの展開に付いて行けない上条が呆然と見詰めている間に、くちゅくちゅと指をしゃぶる。  
左手で自分の胸を上条の腕に押し付ける。  
痺れるような甘い感覚。  
私は……生まれたときから聖人だったから……。  
聖域たる私の身体は、何者にも侵される事は無かった。  
異性の手、守りも無くそれに触れたのは、間違いなく生まれて初めてだった。  
自分自身に対してすら、七つの大罪たる『色欲』から守られていたため、免疫も無かった。  
『上条の右腕』そこに触れている部分のみが、聖人では無く女に成る。  
初めて知った事実と快感に、神裂は流され続ける。  
 
(やばいっ、やばすぎるっ)  
まるでアレをしゃぶる様に、一心に指を吸い続ける神裂だったが、  
(目、目が……いってらっしゃるっ)  
焦点も合わずに、必死に全身で右腕にぶつかって来ていた。  
正直今すぐ襲い掛かりたい衝動に駆られていたが……  
(土御門っ、奴が……奴がドアの外にっっっ)  
何が起きたか分からなかったが、こんなところを見られる訳には行かなかった。  
(俺は良いけどっ)  
お見舞いに来るだけであれだけからかわれた神裂が、どれだけ茶化されるのか想像するだに恐ろしかった。  
(魔術かなんかなのか?こいつって聖人とかって……特別なんだよな?)  
実はまったく違うのだが、神裂が魔法を解くために自分の右手を使っているのだと思った上条は、  
動きを止めさせるために神裂を抱きしめると、右手で頭を撫で始めた。  
(洗脳には効いたけど……どうだっ?)  
「うあっ……ひどっ……もっと……」  
耳元で囁かれる台詞に理性を焦がされながら、上条は頭を……髪を撫で続けた。  
「ずるっ…………髪より……やぁ……」  
グネグネと押し付けられる身体は、インデックスや御坂より遥かにボリュームが有った。  
(てか、直接こんなに接触するのって、始めてかも)  
インデックスが噛み付くときなのは、もっと密着しているわけだが……  
(女の人って……いいなぁ……)  
「ひぅっ……もっ……だめっ……うそ……髪だけでっっっ」  
一瞬全身を硬直させた神裂が、ぐったりと力を抜いた。  
「神裂?」  
荒い息をするだけで返事の無い神裂を自分の横に寝かせる。  
潤んだ瞳が何か言いたげに上条を見つめていたが、恥ずかしくなって目を逸らす。  
「えーと……落ち着きましたかー神裂さん?」  
土御門に聞こえないように耳元で囁くと、それだけで目を見開いた神裂がビクビクと震えた。  
(なんだか分からんが、まだ駄目みたいだなぁ)  
「土御門は俺が相手しときますから、落ち着いたら……」  
そう言われるまで土御門の存在をすっかり忘れていた神裂は、一瞬で真っ青になった。  
ごそごそとベットから降りて、廊下を窺う上条を恐々と見つめる神裂は、年相応の女の子に見えた。  
「あー、廊下すぐには居ないみたいです」  
(……もーちょっと堪能すればっ……上条さんの根性無しっ)  
今更な後悔をかみ締めながら、まだ息の整わない神裂の側に戻る。  
「……す、すいませんでした」  
神裂は泣き笑いの様な表情で上条に何とかそれだけ伝える。  
「んーいいよ、魔術の攻撃か何かなんだろ?まだ出切る事ある?」  
実態とまったく違う、上条の認識に安堵した。  
(実は生まれて始めての官能に溺れてました)  
言える筈なかった。  
「……すいませんが、もう暫くだけここで休んでてよろしいですか?」  
もう少しだけ側にいたかった。  
「おぅ、じゃ俺、土御門の相手してくるな」  
とことんまで鈍い上条は、数十秒後に泣き始める神裂を置いて廊下に立ち去ってしまった。  
 
 
「だめだっ」  
あれから一週間。  
「何をしても……」  
神裂は焦れていた。  
繰り返し繰り返し自慰をしてもイクどころか……  
「気持ちよくもならない……」  
脳に焼きつくように残った上条との記憶は、あんなにも気持ち良いのに。  
「いやだ……いやだ……いやだ……いやだ……」  
自分の指でも、恥を忍んでこっそり買いに行った道具達でも。  
「気持ち良くならないっ」  
一度知ってしまった快感に、毎夜毎夜夢では上条の指に狂わされていた。  
痛い位胸を絞っても、優しく触れても、小さく振動する機械を当てても。  
――――無造作に触れる上条の足元にも及ばない。  
「いらないっ……こんな身体っっっ」  
もどかしさに涙を流しながら上条の右腕を求める神裂に、もう殆ど理性は残っていなかった。  
 
 
「やぁっと、退院ですよっと」  
なぜか見舞いに来てくれた土御門と病院の廊下を歩いていた。  
「いやー、上やんが無事で良かった良かった」  
「は?」  
土御門の不穏な発言に、ちょっと怯えながらも確認してしまう。  
「何か有ったのでせうか?」  
「いやちょっと、警備員と風紀委員がなぎ倒されて侵入者が有っただけにゃー」  
…………  
「いや……結構大事じゃねーか?」  
「しかも、俺の知り合いっぽいんで、監視されてたりするんだが……」  
そこまで話しながら病院を一歩出た瞬間、横殴りの突風に煽られて一瞬黙る。  
「上やんにも……って?」  
上条当麻は消失していた。  
「えーーと……そーいや、今の風……ながーい髪があったような……」  
目の色を変えた警備員が殺到してくる様を見つめながら、土御門は呟く。  
「何が有ったのかはさっぱりだけどにゃー、上やん無事に帰ってくるかにゃー」  
 
 
病み上がりの身体を信じられないGで引っ張られたため、上条当麻の意識はあっさり失われていた。  
何の準備の無い侵入だったので宿も取れない神裂は、その辺のビルの屋上に上条を連れ込んでいた。  
「これ……これぇ……」  
期待に震えながら、神裂はジーンズの隙間から『聖域』に直接触れさせる。  
「ふあっ……」  
自分の指を使って、上条の指を執拗に絡ませる。  
「あぁっっっっ、これぇぇぇぇぇ」  
両腕で上条の右腕を抱きしめながら、全身を動かして快感を貪っていた。  
気を失っていただけの上条が意識を取り戻した時には……  
自分の腕の上で疲れ果てている神裂と、じっとりと濡れた指先……  
「こ、これはなんだ?」  
「お、起きてしまわれましたか……」  
はにかむ神裂を見ながら、パニックに陥っている上条に神裂は請う。  
「……た、たまにで結構ですのでっ……」  
いつもの凛々しさを振り捨て、年下の少年に取り縋る。  
「こ、これからも……たまにっ」  
この一週間を思い返し、断られた時に恐怖に震えながら願う。  
「な、何でもしますからっ……」  
上条の言葉を待った……  
 

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