ここはエリザリーナ独立国同盟に属する領内にあるとある古城。  
 湖の側に建てられたこの美しい城は、世界規模の混乱と戦乱を生き抜き、そして勝利を勝ち取った戦士たちの休息の場として提供されていた。  
 その城内でも最も見晴らしが良いと言われる城壁の見張り台に上条当麻は一人佇んでいた。  
 朝。吐く息も凍りそうな時刻。そんな時刻だからこそ観られる景色がここにはあった。  
 キラキラと朝日に輝く湖面と、その向こうに見える白く雪に覆われた山々の雄大さに上条が目を奪われていると、その背後から声を掛けられる。  
「よォヒーロー」  
 その声に振り返ると、出入り口から出て来たばかりの一方通行と目が合う。  
「そう言う呼び方止めろよ。ここに居るのはみんな主役だ。お前だってそうだろ?」  
「けっ。そンなガラじゃねェよ」  
 そう言いながら一方通行は上条の側まで来ると、先ほど上条がしていたように目を細めて景色を眺める。  
 時折白い息を吐きながらじっと湖を見つめる端正な横顔を眺めていると、上条は自分が美しい絵画の中に迷い込んでしまった様な錯覚を覚えた。  
 その夢を覚ます様に目を擦ってから、上条はここに来た目的――自分を呼びだした一方通行にその訳を聞いた。  
「で、こんな朝っぱらからこんな所に呼び出して何だよ話って? 何処かの誰かさんみたいに「自分が勝つまで勝負する」とか言うんじゃねえだろうな?」  
「俺が? ンな無駄な事に指一本動かすもンかよ。そォ言う非生産的な事ァ格下とでもやってくれ」  
 一方通行は心底嫌そうな顔した上に、お呼びで無いとでも言う様に上条に手を振る。  
「そか」  
 その何とも人間らしい反応に上条は自然と口元が綻んでしまう。  
 初めて会った時とは大違いだ――これならきっと一方通行とも上手くやっていける。  
 上条がそんな事を考えていると、チラリと視線を向けて来た一方通行と目が合う。  
「ンだテメエ? 人の顔見てニヤつきやがって。舐めてンのか?」  
「ニヤついてるって? 俺がか?」  
 一方通行に指摘されて上条はキョトンとする。  
(俺が? ニヤついてる?)  
 上条は頭の中でその意味を反芻してみる。そして自分が一方通行に向かって微笑んでいた事に気付いて驚く。  
(そうか。俺はコイツに向かって笑ってやれているのか)  
 そう思うと上条の心はますますワクワクとして来る。  
「そかそか。ニヤついてますかカミジョーさん。んふ、んふふふふふ……」  
「?」  
 急にテンションの上がる上条に一方通行は怪訝な表情を見せた。  
(そんな顔するなよ一方通行。俺たち案外上手くやれるかも知れないぞ)  
 昨日の敵は今日の友――まるで漫画みたいな現実じゃないか。  
「なあ!」  
 そう言う思いから、上条は唐突に一方通行の肩に手を回した。  
 その行為にギョッとする一方通行の目の前には息がかかるくらいの近さに上条の顔が――そう気が付いた瞬間、  
「な、何しやがンだテメエ!?」  
 
 一方通行は上条を振りほどいた上に、その腹を蹴り飛ばしたのだ。  
「ぐはっ!」  
 体重で若干勝る上条に押し戻されつつも雪の上に上条を蹴り倒した一方通行は、白い肌を真っ赤に染めてぜえぜえと荒い息を吐く。  
 一方、腹を蹴られて本当に呼吸が出来ずにのたうっていた上条だったが、こちらは突然雪の上に手足を投げ出すと大笑いし始めた。  
「蹴られて大笑いしやがるなンて、テメエはマゾか!?」  
「はははははははははは……は? 俺がマゾぉ? まあ、いいんじゃね俺マゾでも? どうせ俺不幸だし……。俺の不幸で誰か1人でも幸せになればそれでいいよ」  
「チッ、この筋金入りの偽善者が……」  
「お褒めに預かり恐悦至極」  
「前言撤回してここでリベンジ始めるかテメエ……」  
「それは丁重にお断りします」  
「チッ」  
 2度目の舌打ちを最後に一方通行はジャケットのポケットに手を突っ込むと、おもしろくなさそうにそっぽを向いてしまう。  
 そんな姿に上条は片手を上げると、一方通行に向かって短く「おい」と声を掛けた。  
「ンだよ?」  
「起こしてくれよ」  
「何で俺が? テメエで勝手に起きやがれ」  
「お前が蹴り倒したんだからお前が責任取って、お、こ、せ、よ」  
 無謀とも言える要求――しかし上条は一歩も譲る気配が無い。  
 すると、一方通行は目だけでキョロキョロと周辺を伺った後、上条の手を掴んで雪の中から引き起こした。  
「これで満足かよ?」  
「サンキュー、一方通行」  
「…………」  
 上条の一言に一方通行はふいと視線を外してしまう。  
 何だか中々懐かない子供が心を開いて行く様子でも見ている様で、その初々しい反応が実に微笑ましい。  
 思わずその白い頭を心行くまで撫でてやりたい衝動に駆られる上条だったが、流石に命が惜しいので止めた。  
 と、ここで上条は忘れていた事を思い出す。  
「所で話を戻すけど、何の用事でここへ?」  
 その言葉に一方通行も顔を上げた。  
「ああ? そうだったな。折角準備までして来たってのに忘れる所だったぜ」  
 そう言って向き直った一方通行は、上条の胸の辺りをトンと押した。  
 そのはずみで城壁の欄干に寄りかかる形になる上条。寄りかかった拍子に積もった雪の塊がバラバラと下に落ちて行く。  
「?」  
「テメエには色々とデケエ借りが出来ちまったからな。少しは清さンしておかねェと……」  
 あまりに小さな声で一方通行が囁いたので「え? 何?」と上条が身を乗り出す。  
 それを抑える様に一方通行は上条に体重を掛けて欄干に押し付けると――その緩く開いた唇に自分の唇を重ねたのだ。  
 
「!?」  
 突然の出来事に訳も判らず目を丸くする上条をよそに、重ねられた唇を割って一方通行の舌がするりと上条の口の中に忍び込む。  
 微かにコーヒーの味がする舌が上条の口腔をたどたどしい調子でくすぐる。  
 そのむず痒くもどかしい感じが還って刺激になって、上条は腰の辺りに熱いものが込み上げるのを感じていた。  
 徐々に口付けに溺れて行く上条。段々と頭がぼうっとして来て、今しも自ら口の中で踊る舌の動きに自分の舌を絡めようとした。  
 ところが――。いつの間にかズボンの中でぎゅうぎゅうにいきり立っていた上条自身が、その時ズボンを内側からバネの様に押し上げた。  
 ズキンと言う鈍痛が腰に走って上条は目を白黒させた。  
 と、ここで我に返った上条は一方通行の肩を掴むと無理やり引きはがした。  
 チュポッと湿った音と共に唇が離れる2人。その間につうっと唾液が糸を引いたのも無視して、上条は一方通行の名を叫んだ。  
「ア、一方通行ァ――――ッ!?」  
 すると目の前で頬を上気させてキョトンとしていた一方通行の眉間に不機嫌そうな皺が寄る。  
「何しやがンだテメエは? 人が借りを返してやってンのに水差すんじゃねェ」  
 その言葉に上条は「はあ?」と驚いて口をあんぐりと大きく開けた。  
「こっちだってそれなりに勇気がいるンだ。大体こンなンで借りを返した事になるのか判らねェがァ……っておい?」  
 上条の顔にやっと気付いた一方通行の言葉が止まった。  
「ナンデ?」  
「あァ? 何聞かれてっか判ンねェ」  
「ナンデカリヲカエスノガキスナンデスカ?」  
 そう片言の様にギクシャクと喋る上条に、それでも一方通行は合点が行った様子で、  
「他の連中も昨日お前とそォしてただろォが。知らねェとは言わせねェぞ」  
 そう言ってちょっと照れくさそうに視線を外す一方通行。  
 しかし上条の頭の中はそれどころでは無い。  
 『昨日』、『キス』と言うフレーズから思い出されるのは、昨晩の祝勝会での事。  
 無礼講とばかりに飲めや歌えやをしている内に、どこでそうなったのか上条に借りがあると称する人たちからキス攻めに合わされた。  
 流石にアックアに押し倒された時は走馬灯が見えたが、それは傭兵流のジョークだったらしい。  
 つまり昨夜のアレを見ていた一方通行は……と思った瞬間、上条の瞳にきらりと希望の光が宿った。  
「それは女の人の話だろ!? いや女だからいいってもんじゃ無いんだ。当然男もそんな事しちゃいけない。もの事には順番が有る。それは判るだろ? そう、まずは友達から始めようぜ!!」  
 上条は今まで切ったどんな啖呵よりも力を込めて言い放つ。  
(そうだ! 俺はまだその方向には踏み外しちゃいない! そこまで俺は切羽詰まって無い……と思う。いや信じたい! 俺を待っている未来の彼女の為に!!)  
 上条のゆるぎない信念から放たれる言葉(いちげき)。かつて目の前に居るこの少年もこの言葉によって救われた。  
 手を伸ばすなら何度でも引っ張り上げてやるぜ、と言う自信に満ちた瞳――そして心の内では勘弁して下さいと言う上条の思いは、  
「めんどくせェ」  
 この一言で大きくぐらついた。  
「え、何が? つか何で?」  
「あァ? それはだなァ……」  
 
 そこで一方通行は言葉を切ると、この極寒のさ中おもむろにジャケットのジッパーを降ろした。  
「あ、あの……何を始めたのでせう?」  
 そんな上条の言葉を無視するように作業を続ける一方通行。今度は、中に着ていたシャツの腹をぐいと掴むとそのままたくし上げた。  
 するとむき出しになったきめ細やかな白い肌が上条の目に飛び込んで来る。  
 同じ人だと言う証明の窪んだ臍。丸みを帯びた腰から一度細くくびれ。そして年相応に膨らんだ胸の膨らみ……。  
「お、おま……その胸……」  
「こっちはよォ、わざわざテメエに気ィ使って『女』にまでなって来たんだ。それを今更友達からって、そりゃねェだろォ?」  
「!!」  
 欄干に背を預けていた上条がずるずると崩れる様に尻もちを付くと、そこに一方通行が覆いかぶさるように体を寄せる。  
「これでテメエの逃げ道は無くなったってェ訳だァ。痛くしねェから、後は大人しィく俺からの礼を受けやがれ」  
 
 
 
 古城から少し離れた森の中を進む影が2つ。  
 その片割れ。ゴルファーの様な出で立ちの男は、急に立ち止まると後ろを振り返った。  
「ん?」  
「どうしたのアックア」  
 アックアと男を呼んだのは、全身を黄色い衣装にその身を包んだ女だった。  
「何、助けを求める声が聞こえたと思ったのだが……気のせいの様であるな」  
 その返事に女は心底呆れた様な顔をする。  
「ったく……。助けるんなら目の前に居る私の二日酔いでも治せよ馬鹿。ぅつつ……全然良くならないじゃない」  
「おかしいな? こう言う時は散歩に限ると思ったのであるが……」  
「アンタを信じた私が馬鹿だったわ――もう帰る」  
「どうやらそうした方がいいようであるな。ヴェント、送って行こう」  
 そう言って踵を返した先に未知なる騒動――一方通行による上条当麻誘拐事件――が待っていようとは、今の2人には知る由も無い事だった。  
 
 
 
END  
 

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