イギリス標準時間で三月一四日の今日、このランベス女子寮に住む神裂火織のもとに1つの小包が届いた。
その小包の差出人の名前は――、
「上条当麻?」
暫く段ボール箱を抱えて考え込んでいた神裂だったが、取り合えず段ボールを開けてみる事にした。
するとそこには封筒が1つ。その白い表にはボールペンの肉筆で「神裂火織様」と書かれている。
神裂は躊躇する事無く封筒の封を切ると中身を取りだした。
中には封筒と同じ飾り気の無い白い便せんに、やはり肉筆で短い文が綴られていた。
『神裂。元気にしてるか?
この間は手作りのバレンタインチョコありがとうな。お前のチョコ、インデックスが大喜びで食ってたぞ。もちろん俺もちゃんと食べたからな。本当うまかった。嘘なんかじゃ無いぞ。正直神裂の腕前はプロ級だと思いましたよ。
それでな、お返しに俺も手作り……、と思ったんだけど、それは無理だったんで代わりにこっちで今流行ってる店行って買って来たのを送るよ。
赤いリボンのヤツはお前のだから食べてくれ。後、青いリボンのヤツは悪いけど五和に渡してくれるか。それから、それ以外に入ってる袋な。それ飴だから女子寮の皆で食べてくれ。試食したらびっくりするほど旨かったんだよ。
何か頼み事して悪いな。じゃあよろしく。
上条当麻』
手紙を読み終えた神裂は、チラリと段ボール箱を見て、もう一度手紙を見てからため息をついた。
「もっとずぼらかと思っていたのですが案外まめなんですね」
そうぽつりと呟いてから手紙を置いて段ボール箱を物色しだす。
すると中から手紙の通りに赤いリボンのついた箱と青いリボンのついた箱が出て来た。
取り合えず青いリボンの箱は置いて、赤いリボンの箱を開けると、中からは香しいバターの香りが。
「バタークッキーですか? はは、これはまたカロリーの高そうなものを選びましたね上条当麻」
年頃の女性としてはカロリーは気になる所。
そして、そんな事などお構い無しにこれを送って来た送り主に苦笑を禁じ得ない神裂だったが、それでもクッキーを1つ取り出して口に運んだ。
そして一口かじり取って2、3度噛締めた所で驚きに目を丸くする。
その後は噛締める度に目元はうっとりとして行き、飲み込んだ後にはほわんと笑顔が浮かんだ。
「何と言う芳醇かつ濃厚、そして包まれる様な優しい味わい……。素材もさる事ながらこれは完全に腕ですね。単純なものだからこそ如実にそれが表れています……」
そして二口目をかじった神裂は歓喜に身震いする。
「素晴らしいなどと陳腐な言葉は言いたくありませんがこれは本当に素晴らしい!! 嗚呼……、今までこれを知らないで生きていた我が身の無知を呪いたいいいいいいいい――――ッ!!」
そして最後の一口を口に入れて「ンン――――ッ♪」と椅子の上で飛び跳ねる姿はまるでとっておきのお菓子にはしゃぐ子供の様だ。
その後も神裂は嬉しそうにクッキーを次々口に運んでは歓喜のダンスを踊っていたのだが、
「さ、流石に水物無しでは喉が渇きましたね」
そんな当たり前の事態に直面した神裂は、クッキーの箱を厳重に机の中に仕舞い込むと、段ボール箱を抱えで自室を出て食堂へ向かう。
「まだ五和は居ますでしょうか?」
今朝がた神裂の下には五和が挨拶に来ていた。何でもオルソラと一緒に料理をするのだとか。
後で覗きに行こうかと思っていた神裂だったが、実は五和が何時までここに居るかまでは聞いていなかった。
とは言え神裂に挨拶もしないで黙って帰る五和でも無い。
そして食堂についてみればやはりまだ五和はそこに居た。今はティーカップをせっせとテーブルに並べている五和に神裂は声を掛ける。
「五和」
「あ、女教皇様。丁度お呼びしようと思っていたんですよ」
「何の準備ですかそれは?」
「ちょっと今からお茶にしようかと思いまして」
「お茶?」
「はい。しかも桜の紅茶です。先日買い出しに行った時に偶然見つけたんですよ。女教皇様も如何ですか?」
「なる程……そう言えば日本はそろそろ桜の時期でしたね」
「はい」
お互いに微笑み合う神裂と五和。
そうして食堂ではお昼前にもかかわらずお茶会が開かれる事となった。
それに集まったメンバーは、先に食堂に居たオルソラと五和、後から来た神裂、いつも通り朝食を食べ損ねてひょっこり顔を出したシェリー、そして食堂での気配を敏感に感じ取ったアンジェレネとお目付け役のルチア。
仄かに桜の香りのする紅茶と、その紅茶を使って作った甘さ控えめのロールケーキに皆が舌鼓を打つ中、
「神裂さんその箱は一体何ですか?」
そう神裂に話を振ったのはアンジェレネだった。
「ああ、これ? 上条当麻が送って来たのです」
その一言に皆の視線が段ボール箱に集中する。
「確か飴だと書かれていましたが……」
「はい、食べまブッ!?」
神裂の言葉に直ぐ手を上げたアンジェレネは、すぐさまルチアの鋭い突っ込みを受けた。
「き、急に何するんですかシスター・ルチア!?」
「叩かれた意味が判らないんですかシスター・アンジェレネ? 貴女は今しがた紅茶とケーキを頂いたばかりでしょう。しかもケーキを2切れ食べて……。お昼も近いのだからいい加減にしなさい」
「甘いものは別腹なんです! それに私はシスター・ルチアと違って育ち盛りだから食べても太らなにぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!?」
「また貴女は余計な事をッ!! 私は貴女と違って暴食などしておりませんッ!! だから下着がちょっぴり窮屈だったのも、きっと洗濯を失敗して縮ませてしまったからなんです!!」
「ふひああああああ!? ななな、なんららわららなうれろ、ろめんらはいいいいいいいいいいいいいいいッ!!」
鬼の形相でアンジェレネの頬をつねり上げるルチアとじたばた暴れるアンジェレネの姿に、またいつものが始まったと皆が生温かい視線を送る。
「それより神裂さん。中身をお見せいただけませんか?」
「あ、はいオルソラ」
今度はオルソラに促された神裂は、早速段ボール箱を開けると中身を物色する。
「あ、えと、五和?」
「はい、女教皇様」
「皆の前で申し訳ありませんが」
そう前置きしてから神裂は例の青いリボンのついた箱を五和に手渡す。
「上条当麻から渡してくれと書いてありましたので」
「ふああああ……」
その包みを両手に捧げ持った五和は信じられないものを見る様な、しかし幸せそうな顔をしていた。
そんな五和の姿に神裂は「良かったですね五和」と優しく声を掛けた。
「はいッ! はい良かったですッ! うわあああ……あの人から何か頂けるなんて……」
それは実に微笑ましい光景と言えた。
しかし――、
「あ、手紙!?」
五和のこの不用意な一言が場の空気を一変させた。
(ッ!?)
五和は背筋に氷柱でも突っ込まれた様な悪寒に我に返る。
続くズンと重くのしかかる様な空気と突き刺さる様な視線に辺りを見回せば、何処を見ても抜け駆けかこのヤローと言う視線にブチ当たる。
唯一味方になってくれると思われた神裂でさえ無表情にこちらを見つめている状況に、五和は小さな声で「すいません。お話を続けて下さい」と言って下を向くのが精一杯だった。
「で? 早くしろよ神裂ぃ。お昼ごはんになっちゃうじゃないのよ」
「あ、申し訳ありませんでした。えっと……」
シェリーの苛立った催促に神裂は慌てて箱から中身を取り出したそれは白いビニール袋。そこにはでかでかと『べっこう飴』と書かれている。
「べっこう飴?」
「何ですかそれ?」
いつの間にか解放されていたアンジェレネが興味深そうに尋ねて来る。
「日本では昔からよく食べられているキャンディーですね。その色が海亀の甲羅の色に似ていた事からこの名前が付いた様です」
その説明に皆一様に感心したような声を漏らす。
「1つ開けてみましょうか? そうしたら先ほどの説明の意味がより理解していただけると思いますので」
そう言って神裂は包みの1つを手に取ると、何の躊躇も無くばりっと破いた――それが大変な事態を引き起こすとも知らずに。
事前に触った感触で下に向かって棒が付いている事が判っていた神裂は、下から袋を開いて棒を掴むと袋から引っ張り出した。
その時何か小さな紙片の様なものがひらりと落ちた。
「ん?」
それを目で追った神裂だけが、奇しくも『それ』の直視を免れた。
一方他のメンバーはそうも行かない。
「まぁ!?」
「「ひぃッ!?」」
「あぁ?」
「ええッ!?」
思い思いに沸き起こる声に紙片を追うのを諦めて何事かと視線を上げたその時、神裂の視線の端を『それ』が掠めた。
(ん?)
改めて自分の右手に握られたものをまじまじと見つめる。
べっこう飴と言うだけあってべっこう色をしたそれは、長さ一五センチ、直径三センチの円柱形をしていた。
ただ形状は複雑で、まず全体的に反りが有り、先端は直径よりも一回り大きく梅の実に似た形をしている。
神裂はこの形状に見覚えが有った。
確か土御門が見せてくれた雑誌だったと思う。そのいかがわしいことこの上ないその雑誌には、全裸の男性が自分のペ○スを誇らしげに……。
次の瞬間音が聞こえるかと思う程に神裂の顔から血の気が引いた。
「ぃひぃ、嫌ぁッ!!」
普段の神裂からは想像もつかない悲鳴を上げて手に持っていた『それ』をテーブルの上に放り出すと、取り合えず隣に居た五和にしがみ付いた。
一同がそれぞれの思いを胸に沈黙する中、先ほどの紙片に気付いた五和がそっとそれを拾い上げた。
(何か開いてある……)
それに気付いた五和は早速読んでみる事に。
「え……と、『この度は力飴をご購入頂きありがとうございました。この飴は形こそびっくりしますが、わたくしどものチーフパティシエ渾身の作。その甘露の様な味わいは絶品でございます。
美味しいです。安心して下さい。だから「こんなもの買わせやがって」と苦情を言わないで下さい。あと、食べ物ですから食べる以外のご使用はご遠慮下さい。』……だそうです」
それを直ぐ側で聞いていた神裂は、それを聞いてやっと落ち着いたのか五和から離れる。
「力飴? た、食べ物なのですねそれは」
「と書いてありますけど……」
神裂に聞かれても五和もいまいち自信が持てない。
「何だ。私はてっきり拷問用の張り型かと思ったんだけど」
そう言ってシェリーがひょいと手を伸ばして力飴を手に取る。
「「「「シェリー(さん)!?」」」」
「うるせえなお前ら。それより見てよこれ。飴細工でもこれだけ細部にわたる造詣が可能なんだな」
しげしげと力飴を眺めるシェリーの目は、芸術家のそれになっていた。
「ねえ神裂」
「な、何でしょうかシェリー?」
「これ貰っていいか?」
「い、良いですよ。上条当麻も皆で、たたた、食べてくれと書いてありましたのでッ」
「おうそうかい。じゃあ……」
シェリーはそう言って席を立ち上がると、テーブルに広げられた袋の数を確かめてから「もう1つ貰ってくぜ」と言って開いていない袋を手に取ると、そのまま食堂から出て行ってしまった。
「どうするんでしょうねシェリー?」
「説明にも食べる以外での使用はご遠慮下さいとございましたから、多分食べるのでございましょうね」
アンジェレネの言葉にオルソラはゆったりと答えると、そこに付けくわえる様に、
「それにしても何処で食べるつもりでございましょうね。何処で食べるにしてもあの太さですから、さぞや食べにくいのでございましょうね」
そう自分で言ってから頬に手を当てたオルソラ。その頬は少しピンク色をしている。
「「「(シスター・)オルソラッ!?」」」
「?」
それに気付いた数名からの非難と、置いてけぼりを食らったアンジェレネのキョトンとした視線を一身に浴びたオルソラは、それでも怯むどころか満面の笑みで振り返ると、
「それより気になるのはやはりこの飴でございましょうね。シェリーは一足先に味見でもしているかも知れませんから、こちらも早速」
そう言ってオルソラは飴の袋を手に取ると躊躇無くその袋を開く。
「まあまあ、本当に立派な飴でございますね。こうして手にとって拝見いたしますとほれぼれする見事な出来栄えでございますね」
「あ、あまり食べ物に立派と言う言葉はおかしくはありませんかオルソラ?」
「そうでございますか? この力強い感じなどまさに立派と言うに相応しいと思いますけれども」
神裂の突っ込みにもどこ吹く風。その発言は更にエスカレートして行く。
「あの方がどう言った思いでこれをわたくしたちに贈ってくれたのかと思いますと、色々と熱くなるのでございますよ」
「「「(シスター・)オルソラッ!!!」」」
そんな中やっぱり置いて行かれるのはアンジェレネ。
「え? え? 何が何が? ねえシスター・ルチア、シスター・オルソラは……」
「いいんですシスター・アンジェレネ!! 貴女は食べ物の事だけ考えてまっすぐ育てばいいんです!!」
「ぃッ!?」
「まあまあシスター・ルチアもそんなに興奮なさっては体に毒と言うものでございますよ?」
「ひぃ!?」
「どうかいたしましたか?」
声を掛けた途端に死にそうな悲鳴を上げたルチアに、オルソラは不思議そうな顔をして更に近付く。
「や、止めて下さいシスター・オルソラ!? そ、そんなものを持って私の近くにぃぃ……!!」
「そんなもの? でございますか? さてそれは一体何の事でございましょうか?」
そう言ってゆったりと小首を傾げるオルソラの手では力飴がゆらゆらと揺れている。
「だ、だから、そ、それを、それを私の側に持って、来ないで、く、だ、さ、い、って、い……」
ゆらゆら、ゆらゆらと目の前で揺れる力飴の何とも言えないその禍々しさ。元々潔癖症の気のあるルチアにとってそれは耐えられない苦痛だったに違いない。
そんな主人に答える様に体が取った行動とは――次の瞬間ルチアの瞳が反転したかと思うと、アンジェレネに寄りかかる様に倒れてしまった。
「うぅ……んん……」
「うわわわわわわ!? シ、シスター・ルチア!?」
「「ルチア(さん)ッ!!」」
「あら?」
キョトンとするオルソラの前でバタバタと慌ただしく3人が駆け回る。
その間のルチアはうわ言のように「ごめんなさぁい。おち○ちんごめんなさぁい……」と意味不明のうわ言を呟いていた。
そんなルチアを連れてアンジェレネが退場してしまうと、食堂に残ったのは神裂、五和、オルソラの3人だけになった。
「3人だけになってしまったのでございますよ」
「それは貴女がルチアをしげきしたからじゃないですか?」
「それよりどういたしましょうかこの飴。味見がまだなのでございますよ」
「まだ飴の話をするんですかオルソラ? それなら貴女が食べてみればいいと思いますが?」
先ほどからのトタバタ劇でややキレ気味の神裂は、ぶっきら棒にオルソラに言い放つ。
「そうでございますか。では失礼いたしまして……」
「「え?」」
神裂と五和が我が耳を疑う中、オルソラは何の躊躇も無く飴の先端を口に含む。
「むぐむぐ」
更に前後に出し入れを繰り返していると、やがてじゅぶじゅぶと卑猥な水音がオルソラの口から漏れだして来る。
そのあまりに熱心なしゃぶる姿に神裂は声も出ない。
五和もやっとの思いで「オ、オルソラさん?」と名を呼ぶが、相変わらずオルソラは熱心に飴をしゃぶるのを止めない。
蕩けたような瞳で熱心に飴をしゃぶり続けるオルソラ。その音は食堂に木霊して2人の耳朶を刺激し続ける。
すると突然何を思ったのか神裂の手がテーブルの飴に伸びた。
「女教皇様!?」
「オルソラの変化を確認するにはこれしかありません。五和、もし私に何かあったらよろしく頼みますよ」
「女教皇様……」
消え入りそうな五和の声に神裂は無言で頷くと、飴の袋を力強く破り捨てた。
(や、やはり戸惑いますね……)
そのグロテスクとも言える形状にごくりと喉が鳴る。
それでも神裂は意を決するとその飴を口に含む。
最初は舌に張り付く様な感覚に戸惑う神裂だったが、唾液を口の中に溜めてそれをまぶしながら舌を這わすと、徐々に表面が溶けて来て、それと共に飴の味が口の中に広がる。
「ウ゛ンッ!?」
「女教皇様!?」
神裂のうめき声に五和は慌てて神裂の口から飴を引き抜く。
すると、唾液と飴が混ざり合ったものが大量に流れ落ちた。
「大丈夫ですか女教皇様!?」
「んは……。わ、判りましたよ五和……」
「何がですか!?」
「この飴の秘密がです」
「秘密……?」
興奮気味に頬を上気させた神裂の顔に、五和は何を感じ取ったのか緊張気味に相槌を打つ。
すると神裂はゆっくりと真実を語りだした。
「この飴……この、飴……」
「飴がどうしたんですか女教皇様?」
「この飴とっても美味しすぎるんです!!」
「何してるんですか皆さん?」
食事時だとばかりに食堂に一番乗りしたアニェーゼが見たのは、全身白い液体塗れで右往左往する神裂と五和、そしてそんな2人をのほほんと眺めているやっぱり液体まみれのオルソラだった。
「シスター・アニェーゼも食べてみませんか、この飴?」
「遠慮しときますよシスター・オルソラ。それより飯にして下さい」
END