寝不足はお肌の大敵――などとよく言うが、3日も続けてまともに眠れなければ肌がど  
うとかこうとか騒いでいるような問題ではない。  
 ただでさえイライラしてくるのに、無意識が押し殺そうとしている感情と、あの夜のこ  
とへの羞恥心、そして何より――向こうから話しかけてくれた上条当麻から逃げ出してし  
まったという事実とが、御坂美琴のイライラに拍車を掛ける。それに、寝不足のそもそも  
の原因が『それ』なのだから、まったくの悪循環だ。  
(こんなんじゃ駄目っ……あたしはあいつ…っ、いや、じゃなくって、嫌よこんなの…)  
 教師の声もまったくの上の空。心のモヤモヤは晴れない。  
(あいつに会わなきゃ……何でもないんだから、何でも…何にも変わってないことを見せ  
てやれば、それでいつも通りに…)  
 自分で結論付けたはずの『いつも通り』という部分になぜか心が締め付けられるような  
気がしたが、思わず上条から逃げ出してしまったことを無理やり今回の主題に置き換える。  
つまらないケンカもどきでもして見せれば、きっと今まで通りだと。  
 
(それが一番良いのよ…今まで通りが…もともと、何でも無いんだから…)  
 
 放課後がやってきた。街へ向かおうとして、躊躇が心に走る。が、  
「このあたしが弱みを見せたとか、思わせないんだから…」  
 無理やりに声に出すと、御坂美琴は足を踏み出す。  
 上条がいつもどの辺りをうろついているかが瞬時に思い起こせてしまい、思わず顔が火  
照った。  
「か、構わないわよっ」独りごちる。足を止めさせないために。  
 いつも通りに。いつも通りにこっちが『あいつ』を見つけて――『あいつ』がこっちを  
スルーして――くだらない口論をして――『あいつ』がやれやれ、と溜息をついて。  
 それでおしまい。それでいつも通り。『いつも通り』に感じる引っかかりは消えて行こ  
うとしないが、それでいいのだ。そう自分に言い聞かせて、美琴は上条の姿を探す。  
 
 ……居た。  
 
「……ぁ、あ…」  
 声が出ない。気持ちが委縮する。少年の姿から目を逸らすことだけは…堪えた。一瞬、  
上条がこちらを向いて、何事も無かったかのように正面に向きを戻し――慌てて向き戻る。  
「御坂っ!」  
 通りの向こうから上条が声を上げた。自分を呼んでいる。  
 目が合った。  
 昨晩から考え続けていた、つまらない因縁をこしらえて元通りにしようという目論みが  
頭から掻き消される。代わりに湧き出てくるのは、例の感情。  
「……っ!」  
 御坂美琴の足は、またもや彼女自身を裏切った。いや、むしろ正直すぎたのか。  
 三度、上条を取り残し駆け出す。  
 
 
 その背後では、  
「貴様はまた! こらっ、逃げるな! 捕まえなさいっ!」  
「らじゃー! カミやんっ、今日こそ真相を吐かせたるでっ!」  
 と言う声の後に上条の悲鳴が響き渡ったのだが、美琴の耳には入らなかった。  
 
 
 走り続けて、息が切れて、そのまま呆然と歩き続けて。  
 いつの間にか、御坂美琴の足はとある病院へと向いていた。あの少年がしょっちゅう収  
容されている、そして『妹達』の検体番号10032号が調整を受けている病院。  
 気が付くと、その検体番号10032号、上条言うところの御坂妹の病室の前に立って  
いた。何故?と考えるその前に、部屋の中から声がする。  
「お姉様?そんなところで立っていないでどうぞ入ってください、とミサカは告げます」  
 なんで自分だと判ったんだろう――そんなことを考えながら引き戸を開ける。そう言え  
ば、『妹達』があの悲惨な『実験』から救い出されたのも『あいつ』が居たから…そこに  
至って、美琴は自分の顔が紅潮してくるのを感じた。  
 でも、意識せずにとはいえ、ここにやってきたのも何かがあってなのかもしれない、そ  
う考えながら少女は自分のクローンでもある『妹』のベッドの横に腰掛けた。  
 ガウンに身を包み、ベッドから半身を起こした御坂美琴に瓜二つの少女が、微かに微笑  
みながら『姉』に話しかける。  
「お姉様だと判ったのは生体電流を感知したからです。お姉様も私たちも常に微弱な磁場  
を放ち続けていますし、お姉様のそれは私たちよりはるかに強力です、とミサカは説明し  
ます」  
 言って、そのまま御坂妹は続ける。  
「お姉様の心拍数や体表温度、呼吸などに乱れが見られます。脳波などの異常は触れてみ  
ないと判りませんが、体調不良などではなく心理的な影響が有るのではないかとミサカは  
推測します。推測では――」  
 さらに言葉を続けようとした御坂妹を美琴が制した。  
「そ、それ以上言わなくてもいいわっ! 心理的な影響って、そう、その通り…だから」  
 そのまま、御坂妹が差し出した手を両手で握る。なぜだか、少しほっとした。  
「ここに来て良かったかも…あたしね、つまんないことで黒子にまで酷いこと言って…」  
 顔を上げると、御坂妹が美琴の目を見ながら微笑んでいた。もちろん、表情にほとんど  
変化は無いのだが――それが判るのも、自分のDNAを分けた故だろうか。ただ、それ以  
上に自分の頭の中まで見えているのではないだろうかと、少し不安にもなった。  
「不安を感じているんですね、とミサカは言います。しかし、それは心拍や脳波の変化か  
ら判るもので、お姉様の考えが読めるわけではありません、とミサカは念のために説明し  
ます。ただ―――」  
「……ただ?」  
 
「お姉様が考えているのはその黒子さんという人のことではなく、あの人…上条当麻さん  
のことなのではないですか? とミサカはずばり問います」  
 
 ドキンッ! 御坂美琴の心臓が跳ねる。「な、な…、な…」顔がみるみる火照っていくのが判った。  
 
「実はカマをかけたのですが、やっぱりそうなのですね、とミサカは納得します。なぜな  
ら、ミサカは――ネットワークで繋がれた妹達も含めて――あの人のことをよく…いえ、  
いつも考えているから、とミサカは答えます」  
 それを聞いて、混乱しつつも美琴は答える。  
「……何であんたたちがあいつのこと…って、あいつのおかげで計画が中止になったんだ  
もんね、当然か…。でも、あたしがあいつのこと考えてるって、そんなの…」  
 御坂妹が、その『姉』に握られていた右手にもう片方の手を添える。美琴自身はと言え  
ば、手がいかにも緊張しています、と言う風に汗ばんできていて、手を離そうかと思った  
のだが――出来なくなった。  
 患者衣の少女は、もう傍目にも判るくらいの微笑みを浮かべている。その目は優しい。  
「手のひらの発汗、体温および心拍数の上昇、脳波の乱れ…色々変化はあるのですが、お  
姉様が言わないことを追求したりはしません、とミサカはお姉様に伝えます。でも、ミサ  
カはお姉様にこそ伝えておきたいことがあります。それは―――」  
 ……聞きたくない、でも聞かなければいけない。そんなことを伝えようとしている―― 
自分と瓜二つの少女の目を見ながら、御坂美琴は汗ばむ手に力が籠もるのを感じた。  
 
「私たち――いえ、他の『妹達』よりも、特に私がと強調しておきたいのですが――ミサカ 
はあの人、上条当麻さんが好きです、とミサカは正直な気持ちを言います」  
 
 ……絶句。  
 無理やりに言葉を返そうとする。しかし、美琴の口から声が出るよりも早く、御坂妹は言葉を続ける。  
「ミサカが自由に街を歩けるようになったら――健常な身体を手に入れたとしても、私た  
ちに本当の自由が与えられる可能性は低いとは思うのですが――ミサカはこの気持ちをあ  
の人に伝えます。あの人にその自覚は無さそうですが、入院するたびに色んな女性がやっ  
てきますからライバルは多いようですけど、この気持ちは誰にも負けないつもりです。も  
ちろん、それは相手がお姉様でも、です、とミサカはお姉様にライバル宣言をします」  
 
(――この子が『あいつ』のことを好き? あたしがライバル?……えっ?)  
 御坂美琴の心の中で複雑な感情が入り乱れる。今までとは違う混乱が頭を襲った。混乱  
の原因となった少女を見つめる。  
 見つめられて、それでも『姉』にライバル宣言をした少女の瞳は、あくまでも穏やかで  
優しかった。何よりも、素直な気持ちだけを宿している。御坂美琴の目には、そう映った。  
 
 
 それからどれくらい時間が経っただろうか、御坂美琴が病院を出た頃にはもう空は薄暗  
かった。あの後、会話らしい会話など無かった。手を取って、ただお互いを見つめていた  
だけ。それでも――  
 
 少女の足取りは、確かに軽くなっていた。自分の気持ちを無理やり納得させたりはして  
いない。でも、なぜか心のモヤモヤが取り除かれていくような、そんな気がした。  
 明日はきっと『あいつ』に会える。『あいつ』に会ってもあたしはあたし――  
 寮まで走って帰った。身体は、軽かった。  
 
 

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