久々に熟睡した。目覚めはバッチリだ。歯を磨きながら、御坂美琴はもう放課後に思い  
を馳せていた。  
 何日も無駄に過ごしたけれど。今日なら『あいつ』に会っても平気。何かが違うかもし  
れないけれど、それも自分なのだから。そう思うと、すぐにでも『あいつ』に会いたくな  
った。『あいつ』に会いに行くまでの待ち時間――今日の授業はとりわけ長く感じた。  
 授業が終わり、寮に鞄を放り込むと街に飛び出す。  
 なんで走ってしまうのか判らなかったが、走りながら『あいつ』、上条当麻を探した。  
気持ちばかりが先走ってなかなか見つからないような気がしたが、実際はすぐ見つかった。  
 
 女の子と一緒だ。  
 まるで紅茶のカップのような純白に金色の刺繍を施した修道服の、西洋人の女の子。そ  
う言えば泊まりで海にとか言ってたっけ、それにあいつがあの子の食事の世話をしてやっ  
てるのよね――などと思い出し、ちょっとムカムカを感じる。上条もその少女が隣にいて  
しごく当然、といった風体だ。  
 声をかけるかどうか迷ったが、この場は隠れて後を追けることにした。上条が何かボロ  
を出したところで飛び出してやろうと思ったからだ。  
(そのほうが何か面白そうよね…)  
 何故だろうか。今日はそんな心の余裕まで感じている。口元がちょっと綻んだ。  
 
 上条たちの本来の目的は――聞こえる限りでは夕食の買い物のようだったが(その様子  
もなんだか夫婦の会話みたいで少し苛ついた)、買い物までにショッピングモールの遊歩  
道を歩きつつ散歩でもしようか、ということらしい。散歩どころかデートじゃない、まる  
っきり…と思ったがここは耐える。  
 
 そのうち、上条の真横を歩いていた真っ白な修道服の少女――大覇星祭で上条に抱きつ  
かれていた例の少女が、少年の腕に両手を絡ませながら器用に一軒の店を指さした。  
「あーっ、とうまとうま、あれが食べたいかもっ! すごく美味しそうなにおいがしてる  
しっ!」  
「何? 今川焼きかー。そうだなー、あれくらいならいいぞ」  
 きゃいきゃいと騒ぎながら二人で店へ近づく。二人、少なくとも上条当麻には全く自覚  
がないのだが、傍目には完全にカップルの様相である。その様子に少しチクリと胸の痛み  
を感じた御坂美琴であったが、この場はまだ耐えて――様子を伺う。  
 
「へー、なんか色々あるな、何が良いインデックス?」  
「じゃあ、これとこれとこれと…えーっと、それから……」  
 すごい食欲だな、と美琴は隠れながらちょっと呆れてみたが、当の上条はといえば慣れ  
っこなのか相当数の今川焼きを受け取っている。そのまま二人は店の自販機で飲み物を買  
うと、近くのベンチに腰掛けて、本物なのか模造品なのか今時珍しくも竹の皮(!)に包  
まれた和菓子を取り出している。  
 インデックスと呼ばれた少女が幸せそうに今川焼きを頬張る。幸せそうなのはお菓子が  
あるからではなくて、きっと『あいつ』とそうしてるからだろう…自分がその立場なら、  
きっとそうに違いないから――と考えて、ブンブンブンッ!と首を左右に振る。顔が火照  
っている。  
(だから今は…そう言うことじゃなくってっ!)  
 視線を戻そうとすると、上条の声が聞こえた。  
「あっ…悪りぃインデックス、これ一つだけのヤツだった…」  
 と、手に取った今川焼きにかじり付いた格好のまま、修道服の少女に話しかけている。  
すでに一個を平らげていた少女は、いかにも憤慨したという様子で上条に食って掛かった。  
「ひっ、酷いかもとうまっ! 楽しみにしてたのにっ」  
 そう叫ぶと、上条に飛びつく。  
「ふごっ! うおっ、アチいぃっ!」  
 どうやら中身が飛び出して、口の両端に付いたらしい。慌てて拭き取ろうとする手をイ  
ンデックスが押さえる。  
「拭き取って捨てちゃうくらいなら私が貰うもんっ!」  
 銀髪の少女は上条に顔を寄せると、唇の右端に着いた派手な色のクリームらしきものを  
嘗め取った。そのまま、少し頬を染めながらも、悪戯っぽい目で上条を見つめる。  
 対して上条は一瞬で顔を真っ赤に染めると、ザザッ! とベンチの端まで躙り下がった。  
 
(なっ…やっぱりあの子も…って、いや、今がチャンスよ御坂美琴!)  
 インデックスに何か強烈な刺激(ライバル心とはまだ認めていない)を受けた御坂美琴  
だが、今が好機と上条の元に歩み寄る。  
 
「へー。仲がよろしいことでお・ふ・た・り・さん、って、これって不純異性交遊なのか  
なーっ? どうなの黒子? そうなら風紀委員に協力するけど?」  
 
 突然現れた御坂美琴の姿にか、あるいはさっきのインデックスの行動を見られていたこ  
とにか、上条が硬直する。上条に話しかけてからすぐ振り向いたが、案の定、白井黒子の  
姿も見つかった。後を追けられているのも織り込み済みだ。  
 自分が居ることがバレていたことに一瞬身体を硬直させた白井だが、美琴の様子が戻っ  
ていることに安堵したのか、はっきりとした口調で答える。  
「衆人環視の中で白昼堂々の大胆な行為、十分に風紀を乱して下さっていますわね♪」  
 その言葉を受けて、御坂美琴は上条の元へとさらに歩み寄る。上条は冷や汗を垂らしな  
がら硬直するのみ。かろうじて、  
「み、御坂サン? 調子戻ったの? でもいきなりそんなでは上条さんは――」  
 と呟きだしたが、構わずベンチの背後、上条の真後ろに立つ。そして、少年が無意識に  
突き出したであろう右手を握ると、  
 
 インデックスが嘗め取ったのとは逆の唇の端に付いていたクリームに唇を寄せて嘗め取  
った。  
 一瞬、上条の唇に自分の唇が触れたような気もする。心臓が破れそうなほどの鼓動を伝  
える。顔が火照ってきそうになるが、今は耐えた。  
 
「いっつもいっつもアンタには見せつけられてるけど――これからはそうはいかないかも  
よ?」  
 自分が今できる精一杯の笑顔を見せつける。真っ赤に顔を染めた上条の横で銀髪の少女  
が『何するの短髪ー!』とか叫んでいるが、今は気にならない。白井黒子もきっと背後で  
硬直しているだろう。  
 でも今は、あのモヤモヤから抜け出して、上条を出し抜いてやったことで胸が一杯だっ  
た。  
 『妹達』――いや、むしろあの10032号ひとりかもしれない――のライバル宣言も、  
上条を取り巻く多くの少女達のことも、気にならないと言ったら嘘になる。  
 それでも今は…これで良い。きっともう一歩を踏み出せる日が来る。そして、その日は  
遠くない――心がそう、告げている。  
「じゃあねアンタ! 今日のところはバイバイ!」  
 そういって御坂美琴は駆け出す。今になって顔が火照る。背後からは、慌てて白井が連  
いてきているようだ。  
 
 今まで通りではないけど。  
 そのほんのわずかな違いが。  
 きっと明日からの日々をもっと素敵にしてくれるに違いない。  
 
 走りながら、御坂美琴の口からは笑みが漏れていた。  
 
      (了)  
 

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