さすがに今度ばかりは切れてしまった。  
 
 登校時に見かけて声をかけたのに、『あいつ』は同級生っぽい、自分の知らない女の子  
との会話に夢中で振り向きもしなかった。その上、そのスタイルの良い女子生徒が飲んで  
いたペットボトルに平然と口を付けていた。  
 半ドンで下校して、そこで『あいつ』を見かけたら、今度は違う女の子と仲良さげに歩  
いていて、今度も無視された。  
 頭を冷やそうと一度寮に帰って、もう一度街に出かけたら、今度は真っ白な修道服の西  
洋人の女の子――プライベートっぽい時間に見かけるとなぜか必ず一緒にいる――と腕を  
組んだり、顔を寄せ合ったり、抱きつかれて嬉しそうにしていた。声をかけることもでき  
なかったが、一瞬、銀髪の少女がこちらを見たような気がする。その後何かしきりに話し  
かけられていたから、自分が居るのを見つけて、『あいつ』の注意をそらして自分を見つ  
けられないようにしていたに違いない。  
 
――『どこに住んでる誰なの?とうまのガールフレンドかなんか?』  
 
 あの銀髪の少女に言われた台詞を思い出す。  
 今から思えば、なんと白々しいことを聞かれたのだろうか。きっとあの少女は、自分の  
立ち位置を十分に理解した上での牽制としてあの言葉を放ったに違いない。  
 
 そして今、『あいつ』が一人で居るところを見かけて声をかけたのに、何度も何度も声  
をかけたのに、やっぱり『あいつ』は自分だけを無視して。  
 我慢などできようはずが無い。今までだって、耐え難かったのだ。  
 あの時は、自分を――夏休み最後の日に聞いてしまった言葉は、間違いなく自分のため  
だけのものだったのに。  
 許せない。  
 
「毎回毎回あたしのことだけ無視してんじゃないわよっ!結局アンタなんかと馴れ合った  
のが間違いだったのよ!今日こそ間違いなく本気よっ?やっぱりあたしはアンタを絶対倒  
すんだからっ!!」  
 叫んだときには、目が潤んでいた。それからあと一言でも口に出したら、きっと涙が溢  
れてくる。だから唇をきつく結んで、その少年――上条当麻を睨みつけたのだ。  
 
 
 
「毎回毎回あたしのことだけ無視してんじゃないわよっ!結局アンタなんかと馴れ合った  
のが間違いだったのよ!今日こそ間違いなく本気よっ?やっぱりあたしはアンタを絶対倒  
すんだからっ!!」  
 突然後ろから怒鳴られて、上条当麻は何事かと振り向いた。  
「……あー、なんだ御坂か。いきなり怒鳴るなよ。人目くらい気にしろ?」  
 
 今日も朝からロクなことが無かった。余裕を持って学生寮を出たと思ったら曲がり角で  
吹寄制理とぶつかって、寝ぼけているとか何とか言われて無理やり何か飲まされて窒息し  
かけるし、学校では教科書は忘れるわ雑用は押し付けられるわその他諸々、帰りには姫神  
秋沙が何を思ったか淡々と、しかし辛辣な口調で女の子に無節操だと身に覚えの無いこと  
を詰問されるし、帰れば帰ったでインデックスに「お出かけ」を強要されて散財した上に、  
何度か噛み付かれもした。その上冷蔵庫は空っぽで、買い物へ出るのも二度手間の無駄足  
である。すっかり疲れきって、通行人にぶつからないことだけしか考えずに歩いていたの  
だが――  
(何だいきなり怒鳴りつけて?上条さんはお疲れだから適当にしてほしいのですが?)  
 悪いとは思ったが、怒鳴り声とともに現れた御坂美琴にはちょっとうんざりした。  
 が。  
 今回は明らかに様子が違う。  
 本気だと叫んで、睨みつけたまま一言も無い。  
「何マジになってんだ?レベル5の御坂さんが俺みたいなレベル0にマジで喧嘩売ったっ  
て、評価に傷が…」  
 いつもならここでもう一言ありそうなものなのに。  
 学園都市屈指の能力者である少女は、潤んだ瞳できつく睨み返すだけだった。  
 
「……判ったよ。本当に、本気だな?」  
 少女の瞳を見つめ返す。それから、一歩前に進み出た。  
 一瞬、御坂美琴の瞳が揺らぐ。体を引いてしまいそうになったが、無理矢理に堪えた。  
再び正面を睨むと、そこに立つ少年に向かって、無数の電撃の矢が放たれる。しかし、少  
年が構えた右手にその攻撃はみるみる掻き消されていくばかりだ。  
「なんで、なんでよっ!当たりなさいよっ!アンタなんか!アンタなんかっ!」  
 涙が溢れる。視界が霞んだ。放ち続ける電撃の矢がどうなっているのかもよく判らなく  
なってきた。  
(・・・泣いて・・・る?俺のせい?でも・・・)  
 冷静さを欠く御坂美琴の攻撃は単調で、強弱もフェイントもない。気を抜けるようなも  
のではないことは確かだが、それでもただ受け続けることは易しかった。右手で電撃を受  
けつつ、上条は少女に一歩一歩近づく。  
(マジったって、理由もなしに女の子が殴れるかよ)  
 軽く肩でも叩いて、真剣に問いかければ。冷静さを少しでも取り戻せば。  
 全部では無くとも、少しくらいはこの理由を話してくれるだろう。そう考えて、御坂美  
琴に向かってゆっくりと手を伸ばし――  
 
 
 
「あ」  
 肩を叩こうとした。反射的に逃げた少女の体を追って手を伸ばした。  
 むにゅ。  
 
 二人の目が、上条の手の先に伸びて、それから互いを見つめる格好になる。  
 怒りに支配されていた瞳が一瞬色を失い、同じく怒りの赤に染まっていた顔も数瞬だけ  
その色を冷ますと。  
 ボンッ!と音でも立ったような勢いで、御坂美琴は耳まで真っ赤に染めると。  
 上条当麻に鷲掴みにされた(といっても掴むほども大きくないのだが)胸の隆起からそ  
の手を振り解いて。  
 
 脱兎のごとく走り去った。  
 
「みっ、御坂っ!これは事故でっ!上条さんは決してやましい気持ちでアナタサマのム、  
ムネを触ったワケではなくっ!」  
 取り残された上条の言い訳だけがその場で空回りする。発展途上ながらも意外に自己主  
張をしていた「それ」の感触に、決してわざとではないのに、頭が混乱して、言葉はさら  
に空回りして――上条当麻はただただ頭を抱えるばかり。  
 

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