夜明けにはまだまだ早いこの時刻、真っ暗な女子寮の廊下を衣擦れをさせて歩く修道女の姿が有った。  
「うふふ。流石にこの時間ならシスター・ルチアも起きて無いと思うんです。いっちょ寝込みに突入して驚かせてやるんですッ」  
 明かりとりの窓から差し込む微かな光に浮かぶ不敵な笑みはアンジェレネ――彼女は、何時もより大分早く目が覚めたのを自慢する為に、ルチアの部屋へと向かっていた。  
 そしてとある扉の前に立つ。  
 その扉には簡単な表札でルチアの名前が書かれていた。  
 アンジェレネはその扉にそっと耳を付けると中の様子を伺うのだが、  
「……おかしい。荒い息遣いが聞こえる」  
 うなされているのか、はたまた急な体調不良化か。先ほどまで浮かれていたアンジェレネの表情が俄かに緊張する。  
 原因を確かめねば――アンジェレネはそっとドアノブを回して中に入る。  
 ベッドの側に小さな明かり。そしてベッドの上には人型に盛り上がった布団が見える。  
「シスター・ルチアぁ……」  
 そう呼びかけるものの返事は無い。  
 アンジェレネは意を決してベッドに近づくと、  
「シスター・ルチア、失礼しますね!!」  
 そう言って掛け布団を一気に引っぺがした。  
 バッと大きな音と共に捲れ上がった掛け布団。はたしてその下から現れたのは、  
「ひッ!?」  
「あ、あれ?」  
 一糸纏わぬルチアの裸だった。  
 
 
 あれから数分後――ルチアの部屋では普段とは全く逆の光景が展開していた。  
 憮然とした表情で椅子に腰かけて足を組むアンジェレネと、その目の前で床に正座して神妙な面持ちを示すルチア。  
「それではシスター・ルチア。先ほどの件、説明して頂けますか?」  
「そ、それは……」  
 口ごもるルチアに、アンジェレネは1枚の写真を取り出して見せた。  
 その写真には1人の少年の姿が写っている。  
 燃えるよな紅い空を背にして何処かを見つめるているツンツン頭の少年。  
 全身すすまみれ、泥まみれ。服はいたる所破けていて、さらに肌の見える場所には必ずと言っていい程傷や痣が見える。  
 それでも彼が勝利を掴んだ事が判るのは、決して共に戦ったからだとか、自分たちが無事だからとか、そう言う訳だけでは無い。  
 それは、この写真の中の少年が微かに微笑んでいるからだ。  
 上条当麻――あらゆる不幸に敢然と立ち向かい幸福(しょうり)へと導く奇跡の少年。  
「この少年の写真を見ながら何をしていたんですか? と聞いた方がいいですか、シスター・ルチア?」  
「な、そ、そんな事……」  
「そんな事ってどんな事ですか? はっきり言ってくれないと判りませんよ」  
「う……、あ……」  
 アンジェレネの静かで、それでいて厳しい問い掛けにルチアは言葉も出ない。  
「言えないですか? 言えないですよねぇ……。禁欲が売りのシスター・ルチアが、事も有ろうに写真をおかずに色欲に溺れるなんて……ああ、嘆かわしい……」  
「そ、そんな私ッ!?」  
 アンジェレネの軽蔑する様な眼差しに、ルチアは思わず否定の言葉を口にしようとした。  
 と、そんなルチアの目の前に椅子からぴょんと降りたアンジェレネがしゃがみ込んだ。  
「ぐッ!?」  
 アンジェレネは、驚いてのけ反るルチアににやりと笑いかけてから、今度は目を閉じてスンスンと鼻を鳴らす。  
 
「臭います臭います。雌くっさぁいオ○ンコ臭がプンプンしてますよ。こぉんな臭いさせてて知らないなんて、そんな言い訳は通じませんよ、シスター・ルチア」  
「そ、そんな私、オ、オマ……」  
「してますよオ○ンコ臭。この右手なんかからもほらぁ。ああ臭い臭い。おぞましくて鼻が曲がりそうだとは思いませんか?」  
「い、嫌ぁ……」  
 アンジェレネに自分の右手を鼻先に押し付けられたルチアが普段では見られない程弱弱しく身を捩ると、アンジェレネの背筋にゾクゾクするものが走る。  
(シスター・アニェーゼを真似てちょーっとだけからかうつもりだったんですけど、あんまりシスター・ルチアが可愛い反応するもんだからついつい……。あはははは、何処でお終いにしようかなぁ……?)  
 収集が付かなくなって思わず苦笑いが出たアンジェレネ。  
 しかし、すっかり精神的に追い込まれているルチアには、アンジェレネの苦笑が無様な自分を嘲笑っている様に見えた。  
(笑われたって仕方が無い……。あの少年を汚し、神に捧げた我が身を汚して……。一時の気の迷いとは言え私は……、いえ、私は元から身も心も汚れた女なのですね……)  
 どんどんと思考がネガティブな方に向くルチア。  
 その猫のような瞳にはぷくっと涙が溢れると頬を伝って流れ落ちる――それがルチアの限界だった。  
「シ、シスター・ルチア?」  
 涙に気付いたアンジェレネが驚いて声を掛けた瞬間、ルチアは声を出して泣き出してしまったのだ。  
 突然目の前で大粒の涙を流して泣きを始めた同僚にアンジェレネは再び仰天した。  
 朝には早いこの時刻では寝ている者の方が多い筈。  
 アンジェレネは、取り合えず近所迷惑も考えてルチアの口を手で塞ぐと、声を殺して必死でなだめに入る。  
「(や、ちょっと泣かないで下さいシスター・ルチアッ!?)」  
「(ふごふごふごふごふごふごふごぉぉおおおわ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――!!)」  
「(だッ!? ちょ、ちょっと本当に落ち着いて下さいシスター・ルチア!! 皆が起きちゃいます!! そうしたら秘密に出来なくなっちゃうじゃないですか!!)」  
「(ふ、ふごふぅ……?)」  
「(そう2人だけの秘密です。私がシスター・ルチアに罰を与えてあげますから、それで今回の件は無しです)」  
「(ふんごぉ?)」  
「(父なる神に誓って本当です。どうしますか? 私からの罰を受けますか?)」  
 その言葉にルチアは口を塞がれたままこくんと頷いた。  
 
 
 狭い室内にブン、ブンと何かを振りまわす様な不穏な音が響く中、ルチアは不安げな表情で背後に居るアンジェレネに声を掛けた。  
「あの……、シスター・アンジェレネ?」  
「何ですかシスター・ルチア」  
 そのアンジェレネは、先ほどから日本の羽子板によく似た形をした、平べったい本体と短い握りの付いた板を右手でブンブンと振っていた。  
「……お、お手柔らかにお願いしますね」  
「うーん。このパドルって使うの初めてなんですよね。叩かれた経験はあるんですけど……」  
 ここで言うパドルとはお尻叩きに特化した器具の事を指す。  
 この平べったい板で罰を受ける相手のお尻を打ち据える。  
 ちなみにこのパドルはこの女子寮内を探検した折にルチアが見つけて来て、いつかアンジェレネに使ってやろうと隠し持っていたものだ。  
 それの犠牲者1号がよもや自分になろうとは、  
(こんな事になるならもう少し優しいものを拾って来るべきでした……)  
 そんな事を考えていると、  
「シスター・ルチア。何かパドルを使う時のアドバイスはありませんか? 無ければ始めたいのですけれど」  
 そう言ってまたブンっと風が鳴る音にルチアはごくりと生唾を飲み込んだ。  
 そんなルチアは今、椅子の背もたれに両手を付いて、尻を突き出す様な姿勢をしている。  
 
 しかも修道服のスカートをまくり、ショーツも膝まで下ろして白いお尻をむき出しにしてだ。  
「び、尾てい骨だけは止めて下さいね。冗談抜きに骨が砕けますから」  
「了解です。じゃ、そろそろ覚悟はいいですか?」  
 その一言に、2人の顔が急に引き締まる。  
「お願いします」  
 そう言ってルチアは頭(こうべ)を垂れたのを合図に、パドルがルチアのお尻に添えられた。  
「では行きますよ」  
 その言葉にルチアが歯を食い縛る――そしてパドルが水平に引かれ、  
 
 
『バンッ!!』  
 
 
 鈍い音共にルチアの白いお尻にパドルが打ち付けられた。  
「ッ!!」  
 ルチアが食いしばった歯の隙間から悲鳴を漏らしてのけ反る。  
 何故か叩いたアンジェレネも痛そうな顔をするが、こちらは過去の経験からくるものだ。  
「シスター・ルチア、大丈夫ですか?」  
「問題ありません」  
 毅然と答えたルチアだったが、微かに声が震えている。  
「そ、そうですか? とてもそうは見えませんけど……」  
「気遣ってくれているなら早く終わらして下さい……」  
「あ、ごめんなさい。それではシスター・ルチア、叩かれた回数は自分で数えて下さい」  
 自らの罪と罰を噛締める為に叩かれた側が数をカウントする――それがお尻叩きのルールだ。  
 痛みですっかりその事が飛んでいたルチアは慌ててカウントする。  
「あ、すいません。い、いち」  
「はいオッケーです。じゃ、次行きますね」  
 そう言ってアンジェレネがパドルを引くと、ルチアのお尻はパドルの形に真っ赤になっていた。  
 そして、パドルは再び振りかぶられると、  
 
 
『バンッ!!』  
 
 
「ぎッ!!」  
「さ、シスター・ルチア、早く数を数えて」  
「に、にぃ……」  
 
 
『ズバンッ!!』  
 
 
「ぎぃッ!! さ、さあぁん」  
 
 
『バンッ!!』  
 
 
「ひぎッ!! よぉおおんッ!!」  
 パドルが振り下ろされる度に歯を食いしばって耐えるルチア。そして次の罰を求める様に数を数える。  
 アンジェレネもそれに答える様に黙々とパドルが振り下ろす。  
 短い打撃音と、小さな悲鳴、そして数を数えるルチアの声が永遠と繰り返された。  
 だが、ルチアが20を数えた所でその手がピタリと止まる。  
「ど、どうひまひた、シしゅター・アンジェれれ?」  
 お尻からの激痛で呂律の回らなくなったルチアが振り返ると、パドルを抱きしめたアンジェレネが震えていた。  
「しゅしゅター・アンれんれ……?」  
「駄目ですよ……」  
「ふぇ?」  
「こんなの駄目ですよ!! こんなのただの暴力です!! だって、だってシスター・ルチアのお尻が大変……」  
 アンジェレネが涙声で訴える通り、ルチアの真っ白で綺麗だったお尻は見るも無残な事になっていた。  
 パドルが当った個所はどれもこれも赤く腫れ上がり、形の良かった丸みが見事に歪に変形している。  
 何度もパドルが当った個所は特に酷くて、内出血を起こして青黒く変色している箇所さえあった。  
「さ、最初は私が言いだした事ですけど……。だから止めましょう。ね。こんな事父なる神がお望みになる筈無いんです。直ぐに止めてお尻の手当てを――」  
「優しいシスター・アンジェレネ。よく聞いて下さい」  
 アンジェレネの訴えに正気を取り戻したのか、ルチアが優しく声を掛けた。  
「確かにあなたの言う通りこれ『だけ』を見れば暴力かもしれません」  
 そう言って無残な自分のお尻を愛おしそうに撫でるルチアに、アンジェレネは何か胸騒ぎを感じた。  
「ですがシスター・アンジェレネ。愛ある鞭は痛みだけを与えるものではありませんよ」  
「え?」  
「あなたの愛はちゃんと私の心に届いていますよ。ほらぁ……」  
 そう言ってルチアはアンジェレネに無残なお尻を突き出す様に向けると、その更に下にある大事な割れ目をゆっくりと開いた。  
 すると、甘酸っぱい様な香りと共に、真っ赤に充血したルチアの秘裂から粘液質のモノがボトボトと滴り落ちる。  
 更にもっとよく見れば、ルチアの内ももは滴り落ちた蜜でしっとりと輝いていた。  
「ひえぇ!?」  
 アンジェレネが驚いた拍子にパドルを床に落として硬い音を立てた。  
 おとした拍子にパドルからは何かが弾け飛んで部屋の片隅に転がる。  
「大事なものを落としましたよ、シスター・アンジェレネ」  
 ルチアは愛液で濡れた手でパドルを拾い上げると、アンジェレネの震える指にしっかりと握らせる。  
「さあ早く、そしてもっと私に愛を下さい、シスター・アンジェレネ」  
 今度は床に伏せて、お尻を突き出す様に高々と上げた姿勢を取るルチア。  
 その瞳には理性と言う光は全く無い。  
 目の前には痣だらけのお尻を淫らに振る同僚がいる。  
(何でこんな事に? 私は早起きを自慢したかっただけなのに)  
 アンジェレネは自問するが誰も答えてはくれない。  
 
 ふと手元に違和感を感じてパドルに目を落とした。  
 すると持ち手の部分に先ほどまで無かった古代のルーンで書かれた文字が光っていた。  
 
 
『汝、慈愛を持って打ち据えよ』  
 
 
 パドルを持った右手がゆっくりと上がる。  
「ああ、あ、あ……」  
 誰が零したのであろう嗚咽の様な声が室内に響いた。  
 そして、重々しい風斬り音によってかき消された。  
 
 
「シスター・ルチアが休みぃ?」  
 くいっと片眉を上げたアニェーゼに、何故かアンジェレネは申し訳なさそうに身を縮めると、  
「え、ええ腰が痛いとか何とかそんな感じでして……」  
「ふーん。そうですか」  
 その言葉にアニェーゼは気の無い返事を返しながら、朝食のパスタを皿の上でくるくると弄ぶ。  
「あんまり激しい事は控えて下さいよ2人とも」  
「あ、えっと、それはどういう意味です?」  
 戸惑うアンジェレネに、アニェーゼはパスタを口に放り込んで大して噛まずに飲み込むと、手にしたフォークでアンジェレネを指す。  
「ここは壁が薄いっすからねぇ」  
 その一言にアンジェレネは顔を真っ赤にすると俯いてしまう。  
「あ、え、えっと、申し訳ありません……」  
「気を付けて下さいよ」  
 そう言ってアニェーゼはコップ一杯のミルクを一気に飲み干した。  
「ところでシスター・アンジェレネ」  
「は、はい!!」  
「その後生大事に抱えてるモンは何ですかい? 今朝からずっと持ってますよね?」  
 アニェーゼの視線の先には、アンジェレネの膝の上に有る布で包まれたモノを捕えていた。  
 それに気付いたアンジェレネはぐいっとアニェーゼに身を寄せると、驚いた彼女を少しのけ反らせてから、  
「あ、あのッ!! そ、その事でシスター・アニェーゼに相談が!!」  
「わ、私にですかい?」  
「お時間ありますか?」  
 妙に気迫に気押されるアニェーゼは、チラと視線をさ迷わせてから、再度目の前のアンジェレネを見つめると、  
「いいっすよ。この後直ぐでもいいっすか?」  
「もちろん!! いや、こちらこそよろしくお願いします!!」  
 ぺこりと頭を下げたアンジェレネは、こっそりと膝の上に有るモノを握りしめた。  
(汝、慈愛を持って打ち据えよ)  
 それはアンジェレネの心の声か、それとも……。  
 
 
 
END  
 

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