上条にとっては色々と思い出したくない朝で始まった『従妹の学園都市見学』も、残すところそ  
の従妹である乙姫を帰りのバスに乗せてしまえばおしまい、というところまで辿り着いた。  
 やって来たのは、とある学区の三分の一ほどを占める、学園都市の外へ直通する旅客バスの  
ターミナルである。  
 チケットはすでに確保してある――と言うより、現状のところ部外者である竜神乙姫が学園都  
市に入って行動する許可を得るために、その行動予定を最初に提出してあるからバスも元から  
決まっているのだが――ので、上条もやれやれと溜息を付きつつ、ターミナル内の喫茶店へと  
腰を落ち着けていた。  
 なぜ乙姫が向かい側ではなく隣に座っているのか、そのことには思いの至らない通常運行な  
上条である。  
「えらく遅いバスだな。時間に余裕持たせすぎだろ」  
 従妹の前で畏まる必要もない。足を組んで身体を伸ばし、コーヒーカップを手にしながら上条  
が呟いた。  
 あの後、なぜか姫神秋沙がインデックスを説得して連れて行ったため、インデックスと同居と  
いうか、同棲しているという事実は、一応はばれずに済んでいる。そんなこともあって、コーヒー  
の苦みを咥内に感じながらも、  
(――この後は…インデックスを迎えに行ってやらなきゃな)  
 などと、ぼんやり考えていた。  
 しかし、上条の呟きを聞いてか聞かずか、唐突に、乙姫がこんなことを質問してきた。  
 
「ねえ、おにーちゃんって外人さんとつきあってるの? あの、海にも来てた娘」  
 
「ぶっ!」  
 口元で傾けていたコーヒーカップに向かって吹き出す。たっぷり残っていたコーヒーが跳ね返っ  
て、上条の顔面にかかった。  
「おわっ熱ちぃ!」  
 慌てておしぼりを掴んで顔に当てる。  
「すごい慌てよう……やっぱり、そうなんだ」  
 上条の向かい側に座っていた乙姫の表情が微妙に沈む。その表情の変化には気付くことなく、言葉だけを聞いて上条が答えた。  
 ダラダラと脂汗が額や背中を流れる。  
「あのね乙姫さん? どこをどう見てそう思ったのかはともかく、確かに、インデックスとは一緒  
にいることが多いけど、それもワケ有りだし、決して決して『カノジョ』なんかじゃありませんのこ  
とよ?」  
 上条当麻、従妹と言えども女は女。君の部屋にオンナの気配を感じて、何もされてないと思っ  
てか。家捜しとか家捜しとか家捜しとかな。  
 ……が、とりあえずそれはひとまず置いておこう。  
 
 ともかくそれを聞いて、別のボックス席に隠れている少女たちのうちの一人、たった今話題に  
上がったばかりのインデックスが立ち上がりそうになる。  
(なっ……! と、とうまってば…!)  
 それを、一緒に潜んでいた姫神秋沙が引き留めた。  
(見つかってしまっては。元も子も)  
 小声で咎められ、渋々ながらも椅子に身体を沈める。ちらりと横を見ると、姫神が微妙に勝ち  
誇った表情をしているような気がして、インデックスとしてはさらに面白くない。  
 
「そう。そうなの…」  
 上条は気付かないままだが、微妙に沈んだ表情を変えることなく、乙姫が言葉を続ける。  
「じゃあ、きのうバス停にいた髪の長いひと? …美人…だったよね…」  
「髪の長い? ああ、姫神のことか――って、彼女って話ですかっ! 違う違うまさかであります  
乙姫軍曹っ!」  
 なぜ軍曹かどうかは、これもまた置いておくとして。  
 インデックスの隣にいた姫神の表情がすっ、と硬くなる。拳を膝の上で握りしめてもいるようだ。  
(私のときの方が慌ててたよねとうま)  
(――それは。あなたの方が先に聞かれたから。上条君。言いふらすタイプじゃないし)  
 言いつつも、姫神の表情は硬くなる、と言うか暗くなる一方である。  
 銀髪と黒髪の二人の少女の視線だけが、耳は上条の方にそばだてながらも険悪に絡み合う。  
 
 しかし、そんな二人の思惑を余所に乙姫の質問は続いて、  
「じゃあ……」  
「吹寄はただのクラスメイトだし小萌先生はああ見えて本当に年上で教師で担任の先生だし風  
斬はインデックスの友達で舞夏はツレの妹だ」  
 否定することが義務のような気分になって、とりあえず出会った憶えのある名前を羅列してみ  
た。言えば言うほどドツボに嵌っていっているような気もするが、言ってしまってから思っても無  
駄なので、その辺りは黙殺する上条である。  
 
 が、それでも乙姫は引き下がらなかった。  
「その人たちも違うんだったら――あの、私と同い年くらいの娘?」  
「へ?」  
「うん。制服着てた娘」  
 言われて、そんなの居たっけ? と上条が考え込む様子を見せると、乙姫が言葉を繋げた。  
「何見せつけてくれちゃって! とか言ってた娘」  
 それを聞いて、上条が見せたのは呆れたような表情である。白けた顔つきではあ、と溜息を付  
くと乙姫に答えた。  
「……ああ、なんだ御坂か。それは、無い。ありえない。絶対に。120%だ。冗談きついな乙姫も」  
 背後でガチャン! と音がしたが、上条の意識が特にそちらに向くこともなかった。  
 
「ふうん。そう、じゃあ、おにーちゃん、彼女いないんだ、ふーん」  
 
 ぐさり。  
 
 しっかりしろ上条、致命傷ではないっ!  
「お、乙姫さん? 確かにカミジョーさんに彼女はいませんが、そうもはっきりお言いあそばされる  
ことでは無くってよ? お、おほほ」  
 その言葉に、相当なダメージを受けたという風の上条が、胸を押さえ引きつった顔で乙姫に答  
える。しかし、そんな上条の表情にも言葉の裏にも気が付かないのか無視しているのか、乙姫が  
繋いだ言葉は、  
「良かった!」  
 満面の笑顔である。力強すぎる追撃――上条も『彼女いない』を猛烈に喜ばれて、がっくりと肩  
を落とした。突き出した腕がへなへなと落ちる。  
 が、ここでも乙姫は言葉を途切れさせない。  
「だって――」  
 隣に座る乙姫が、顔を上条に身体ごと向けながら両手を合わせて微笑む。  
 海では例の事件で顔も見ていない従妹であり、顔を見るのは記憶喪失の上条にとっては先日  
が初めてだったのだが、改めて見ると結構可愛い。その微笑みに、少しだけ顔が火照った。  
 が、それも従妹の少女のこの言葉を聞くまでだった。  
「おにーちゃんが、ちゃんと約束覚えててくれた証拠だよねっ」  
「へ?」  
 猛烈に悪い予感がした。  
 
「やくそ…く?」  
 見れば、目の前の少女は瞳をキラキラと輝かせつつ上条を見つめている。上条の額や背中に、  
再び脂汗がダラダラと流れだした。  
 重ねて言うが、上条当麻は記憶喪失である。  
 どうも、かなり親しい親戚付き合いをしているらしいこの少女とその家族のことも、海で少々今  
回もう少々といった程度に知っただけで、この従妹との想い出はおろか過去の自分が何を聞い  
たあるいは言ったのか、という情報の欠片すらその脳内に残ってはいない。  
 まさかと思いつつ、『違うよやだなー』という回答を期待して、声を絞り出した。  
 
「えと、あれは小さい頃のまあ、そのなんだアレだろ? お、お嫁さんってのはさ」  
 ビンゴ。  
 乙姫が上条の腕に縋り付く。  
「やっぱりちゃんと憶えててくれたー! へへー、おにーちゃん大好きっ!」  
 密着した従妹の少女の意外な柔らかさに、こう見えて純情少年な上条の心臓が跳ね上がった。  
「お、うお、乙姫っ?」  
「お父さんもね、『当麻君が高校を出たらおじさんところに挨拶に行こうな』って言ってくれてるの!  
でねでね、私こう見えてもお料理とか得意なんだよへっへーん! だからね、高校入ったら、 
おにーちゃんの身の回りのお世話なら、もう私にお任せなんだよ? やーん、これって本人目の前  
に予行演習? やーん照れちゃう照れちゃうおにーちゃんのばかーっ」  
 自分の腕を押す、意外に豊かな感触にドギマギしていただけだった上条も、これを聞いて再度  
引いていた脂汗が三たびダラダラと流れ出した。  
 一体、ナニがどうなってこんな話に? 慌てて縋り付いている従妹の顔を見下ろす。  
 幸せそうに上条の袖に顔を埋めていた乙姫は、その上条の視線に気が付くと、顔を真っ赤に  
染めつつも満面の笑みを浮かべて、こんどは顔と顔を近づける。  
「春には戻ってくるんだから、おにーちゃん、浮気しちゃだめなんだぞ?」  
 その、従妹の嬉しそうな、それでいて照れているような何とも言えない表情に、上条も脂汗を垂  
らしながらも頬が自然に綻んだ。  
「そう、そうだな――」  
 
 上条が従妹の言葉に応えようとしたその瞬間。  
 背後から、上条の頭部に狙い違わず襲いかかったのは、例によって例のごとく実体を見せず  
忍び寄る白い影。  
 上条当麻の頭骨を噛み砕かんと、銀髪の猛獣少女が食らいついた。  
「ぎゃああああああああっ!! なんでっ!! なんでインデックスがここにっ!!」」  
 テーブルから押し出され、噛み付かれたまま床へと転げ落ちる。  
 激痛に耐えつつ、なんとか背後の猛獣少女を振り解こうと身体を起こした上条の目の前に、も  
う一人の少女が立ち塞がった。  
 漆黒の長髪をゆらめかせ、不自然なほどの無表情に仮面を覆った(なぜか)巫女装束の少女。  
姫神秋沙である。  
「ひ、姫神っ?」  
 上条の呼びかけにも、しかし姫神は答えない。代わりに両手をすっ、と上条の頸へと伸ばして、  
両の親指でその頸動脈を押さえた。  
「……上条君。――いっぺん。死んでみる?」  
「おぶっ!」  
 噛み付きはまったく緩まず激痛を送り続け、同時に目の前の巫女さんが無表情で上条の頸を  
締める。  
 そして、そのまま落ちそうになる視界の端に続けて映ったのは、雷光を背負った悪鬼である。  
「――そうね、あんたなんか……死んじゃえ♪」  
 
「ちょちょっと、あんたたち何よーっ! おにちゃんに何すんのーっ! 負け犬の嫉妬なんてサイ  
テー!!」  
 霞む意識に、乙姫のそんな声が聞こえた。  
(お願いです乙姫さん、これ以上煽らないでせめて生きていたいのです上条さんは)  
 棒読みでそんなセリフが頭を過ぎり、そこで上条の意識は――飛んだ。  
 
 何処へ? さあ、何処へだろうか……。  
 

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