『とある従妹の台風上陸』  
 
『おにーちゃんおにーさんおにーさまあんちゃんあにじゃあにきあにうえあいうえお!お  
にーちゃんのかわいい乙姫ちゃんだよう!』  
 
 液晶画面に『実家』と表示されて呼び出し音を鳴らす携帯を通話にして、上条当麻の鼓  
膜に最初に響いたのはそんなけたたましい少女の声だった。  
「うおっ!実家って突然何かと思ったらお前かよっ!デカイ声で怒鳴るんじゃねえ!鼓膜  
が破れるっ」  
 電話の向こうの声は、海で従妹だと聞いた竜神乙姫の声らしかった。  
 らしかった、と言うのは上条が記憶喪失な上、海では『御使堕し』に巻き込まれ、乙姫  
の姿はあの御坂美琴と入れ替わってしまっていたため、まったく彼女の声に聞き覚えがな  
いからだ。  
 しかし、あの事件のさなか、御坂美琴の姿をした乙姫に対し、相当乱雑な扱いをしたに  
もかかわらず平然としていた(多少は不満そうだったが)ところを見る限り、この従妹に  
対してはこんな対応で構わない…はずだろう。  
 携帯電話から大音量で漏れた女の子の声に、インデックスがこちらを見て不機嫌そうな  
表情になっているが、とりあえずはスルーする。  
「なんでお前がおれんち…というか親父んとこから電話してるんだ?夏休みは終わっただ  
ろうに。まあ、それはいいとして何の用だよ」  
 
『へっへー。私、実は学園都市の高校を受験する予定なのだー。で、おじさんにおにーち  
ゃんに学園都市の案内してもらえるように頼みに来てたのっ!でね、今度の土日にそっち  
行くから泊めてねっ!はいおじさん』  
 
 いきなりの爆弾発言である。上条は飲みかけだったコップのお茶をブバアッ!っと派手  
に噴き出すと、  
「おいこらちょっと待て!勝手に話まとまってるんじゃねえ!って…」電話に向かって叫  
びだしたが、返って来たのは父・刀夜の声であった。  
『あー、当麻か。そういうわけだからちゃんと面倒見てやるんだぞ。竜神のおじさんもお  
前が見るんなら行かせていいって言ってくださってるんだ。乙姫ちゃんも真剣に自分の進  
路を考えてるんだから、いい加減なことはするな?じゃあ母さん』  
『当麻さん?良いかしら……』  
 電話から詩菜の声がする。しかし、突然の災難に上条は口から幽体離脱でもしそうな状  
態であり、もはや電話の声など耳に入っていなかった。その隣でカタカタとファックスが  
紙片を吐き出す。呆然とする上条のそばで、ひとりでに動き出す機械に一瞬ビクッとした  
ものの、インデックスがその紙片を取り上げた。  
 
「土曜日9時30分バスで学園都市に到着。おにーちゃんと学校見学しながら…デ、デー  
ト。おにーちゃんちで…お泊まり。日曜日、おにーちゃんに…街の…案内してもらいなが  
ら…デ、…デー…ト……」  
 
 文面を読み上げたインデックスが、顔をヒクヒクと引きつらせながら上条を見る。表情  
は笑っていても、目はまったく笑っていないのだが――上条は上条で携帯電話を片手にま  
だ固まっていた。  
「とうま?お…おとひめって海にいた子だよね?従妹なんだよね!?とうまは血の繋がっ  
た女の子相手にどうしてたのかじっくり聞かせてほしいかもってその前にやっぱり当麻の  
頭をカミクダク!」  
 上条当麻がなんだか理由もわからず頭蓋に走る激痛で気を失い、正気を取り戻したのは、  
それから約30分は後だった。  
 
 
 
 土曜日の朝。  
 何とかして小萌先生に預けようと無駄な努力を重ねたものの、それがまったくの無駄に  
終わったのは、上条の隣でカフェオレの紙パックのストローに口を付けつつ、ジト目で少  
年を睨む純白のシスターを見れば一目瞭然だ。  
 いい天気なのに、暗鬱とした気分が上条を包む。少年は肩を落とすばかりだ。  
 電話が来たのが水曜日。なぜか不機嫌を募らせ続ける銀髪のシスターさんに何度噛み付  
かれたか、もう数えることさえ恐ろしい。上条はバス停の待合所の柱に手を着くと、  
「不幸だ…」  
と何度目になるかさえ知れない呟きを繰り返した。  
 そこへ、聞きなれた声で上条へ呼びかけがあった。  
「休日のこんな朝から。二人でどこかへお出かけ?」  
 顔を上げた先に居たのは、コンビニ袋を片手に下げ、簡素なブラウスにロングスカート  
姿の姫神秋沙だった。  
「あー、ひめが「聞いてよ聞いてよあいさ!とうまがまた……」  
 上条が挨拶もする間もさえもなく、インデックスが姫神に少年にとっては冤罪としか思  
えないことをまくし立てた。  
 少女たちの粘着系の視線が上条を襲う。  
(……一体上条さんが何をしましたか?不幸だって叫んどけってことですか?)  
 とは言え、朝も早いのにもう叫ぶだけの元気もない。ふたたびがっくりと肩を落とす。  
(あー……、もうどうにでもなってクダサイなのですよ…って、そういや乙姫ってどんな  
顔してんだ?どうすんの、俺迎えに来た相手の顔もわからないじゃん!まずいよ!)  
 
 と、背後で大型車両の停車音。ぷしゅー、とエアシリンダーの音がして乗降口のドアが  
開く。上条が振り向こうとすると、  
「おにーちゃん!乙姫さんの到着っ!待ちわびてドキドキしてた?してた?」  
 かわいらしいが、けたたましい声とともに背後から強烈な体当たりを食らった。そのま  
ま少女っぽい二の腕が上条の首に回ってくる。  
「だあああっ」  
 突然の衝撃に、転倒をこらえて足を踏ん張る。背中に張り付く少女に振り向こうとして、  
銀髪と黒髪の二人の少女と目が合ってしまった。嫌な汗が額を伝った。口を開こうとした  
その瞬間――、  
「アンタ?本っ当に見せ付けてくれるわね?たまたま見かけたからおはようって言ってや  
ってたのにスルーして、で、それ?」  
 反対方向に、表情は笑顔、しかし額に青筋を立てた御坂美琴が髪に青白い電気火花を立  
てながら仁王立ちしていた。  
 
「え?御坂?居たの?って何ですかその表情?ってお前らも何よその目はっ」  
 未だ顔も見ない従妹を背中に貼り付けたまま、上条当麻は死を覚悟した。  
 
 

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