戦争が終結し、学園都市には再び平和が戻ってきていた。  
 
 とある表通りを黒いツンツン頭と白いサラサラ頭が並んで歩いている。  
「今日の夕飯、何がいい?」  
 黒髪の方である上条当麻は平和そうに尋ねる。これから買い出しなのだ。  
「肉」  
 対する白髪の一方通行も、そう緊張感のない声で答えた。白を基調とした細身の幾何学的なイメージの服で、ほんの少しだけ女性ら  
しさが垣間見えるものを着ている。  
 
 何度やったかわからない対話に上条は困惑した表情を浮かべる。  
「あのさ、いい加減学習しよ? 具体的名称で頼む」  
「オマエが作ったンなら、なンだって美味ェし」  
「そう、っすか……」  
 料理を作る側として『何でもいい』ほど困る言葉はないのだが、それ以上言うことも出来ない上条。  
 仕方なく今まで一方通行に作ったことのない肉料理を考えていると、ふと彼女の足が止まった。  
 
「やっほう。久しぶりだね。偽善者とヒーロー気取り」  
 高校生くらいの少女と鉢合わせたのだ。  
 
 その少女は一方通行を殺すためだけに作られ、しかし及ばず瀕死の重症を負ったものの生かされてしまった妹達、番外個体[ミサカ  
ワースト]。  
 一方通行の顔色がわずかに苦痛に歪む。  
 
 上条はポリポリと頭を掻いて、目の前の性格破綻者を見つめる。  
「俺、別にヒーロー気取りじゃないんだけど、それどうにかなんないのか?」  
「ムリムリ。だってミサカは負の感情を読み取りやすいように調整されてるからね。ミサカは疑ってるよ。あなたが実験を止めたこと  
 だって、本当にただ妹達を救いたかったからだって断言出来る?出来るわけないよね、人間は常に色んなこと考えてるんだから」  
 そう言うと、番外個体は意地悪な笑みを浮かべて上条の腕に抱きついた。発育の良い胸が肘に当たる。  
「ちょ、御坂姉?!」  
「命の恩人になればこうやって奉仕させられるし」  
「わかったから、わかったからやめろって!!」  
「ふーん? 恋人の前じゃ盛れないか。あははっ」  
 上条は番外個体を引き剥がして大きく溜め息をついた。  
 
 彼女はどうしても物事をひねくれた方向にしか考えられないらしい。それは寂しいな、と上条は心の中だけで呟く。  
 番外個体は上条の同情じみた顔に、自嘲を含む笑みをつくった。  
「そう。ミサカは死なない限り救われない。もうミサカの生存理由はないのに一方通行[そいつ]のせいで生き地獄を味わされてるんだ」  
「そうかもな。でも、生きてたら。本当に楽しいとしか考えられない出来事だって、心から笑いたい時だってある。それに出会うの  
 
 も、感じるのも、全部生きてなきゃ出来ないことだぜ?」  
「諭したいの? 無駄だよ。人生の大半に負の感情を抱く人の気持ちなんてわかんないでしょ」  
「でも今のお前は、人生に絶望してる顔じゃない」  
 番外個体は首を傾げ、しばらく黙り込む。反論する言葉が見つからないらしい。  
「きっと、知り合いを見かけて嬉しかったんじゃねーか?」  
 上条は、けらりと笑う。  
 番外個体は不本意そうな顔をしつつ、  
「ま、そうかもね」  
 と呟いた。  
 
 
 上条の部屋に帰ってきても、一方通行はずっと黙ってしまっている。  
 原因は明白だが、上条が慰めたところで彼女のトラウマ自体を消し去ってやることは出来ない。  
 
(とりあえず、なんか腹に入れるべきだよな……)  
 上条は手際良くロールキャベツを作りはじめた。  
 
 
「ごちそォさま……」  
「お粗末さまでした。美味かったか?」  
「あァ」  
 残さず食べた一方通行の頭をぽすん、と撫でて片付ける。  
 最近、バランス良く食べているおかげか、彼女の身体は健康的になってきている。顔色も良く、胸や腰も女性らしくなってきている  
し、月経もあるらしい。  
 
 皿洗いを始めようとすると、一方通行がフラッと玄関の方へ向かうのが見えて、慌てて捕まえる。  
 何でも1人で抱え込むのは彼女の良くない癖だ。  
「はいはい、こっちいらっしゃい」  
「………………」  
 
 何時だか一方通行が買ってきた二人掛けのソファーの真ん中に座り、一方通行を膝の上に引き上げ、こちらを向かせて抱きしめた。  
「全部吐いちまえ」  
「夕飯勿体ねェ」  
「いや、物理的じゃなくて! って、わかってんだろ?」  
 元来おしゃべりな一方通行だが、弱いところはなかなか見せない。  
 上条は彼女の口から話すのを根気よく待つ。  
 
 上条のぬくもりを確かめてもぞもぞしていた一方通行は、彼の肩に顔を埋めて落ち着いた。  
 やがて顔を上げた時、彼女の顔は最強とは思えないほど寂しそうな悲しそうな、弱り切ったものだった。  
 
 
 一方通行の心は自分を負かした上条の前でのみ最強という何より強固な鎧を取り去ることが出来る。  
 剥き出しの心は信じられないほど脆く儚くて、ズタボロに傷ついていた。  
 
「俺は、何をしたらいいのか……、もォ、わかンねェンだ……」  
 ようやく口を開いた一方通行の声は震えていた。  
 上条は黙って、その綺麗な深紅の瞳を見据えて先を促す。  
 
「力はあンのに、何をしても何一つ思い通りになンかならねェ。身体も心もすり減らして這いつくばって血まみれになって、それなの  
にどォして! なンで守りたいヤツは誰1人救えねェ?! 番外個体[アイツ]だって結局、俺のせいで苦しンでンじゃねェか!!」  
 偶然番外個体に会ったことで再びトラウマを抉られたのだろう。彼女の心は荒み、泣き叫んでいた。  
 
「もォ嫌なンだよ!! だったら誰も俺の前に現れンな!! 俺の知らねェとこで勝手に助けられて、勝手に死ンでりゃァいいじゃねェか  
よォォッ!!! さっきみてェにオマエが何もかも―」  
 上条は悲痛な言葉を吐き出す唇を自分のそれで強引に塞いだ。  
 
「……ごめん。話すのつらかったな。ありがとう、もういいよ」  
 一方通行が一呼吸おいて上条を見ると、彼は黙って涙を零していた。  
 そして、自分の瞳からもそれが流れ落ちていくことに気付く。  
 
「ロシアでお前に会ったとき、最初はなんでケンカ吹っかけてくんのかわからなかったんだ。打ち止めを連れていけとか、俺が死なな  
きゃ破綻するとかメチャクチャだったからさ。それがどうして俺が殺される理由になるのかわかるはずないだろ?」  
 一方通行は黙って聞いている。  
 
「お前、すっげー複雑なこと考えるし、やることでかいし過激だから気付かなかったんだけどさ。今、ようやくわかったかもしれない」  
 それは一方通行にもわからないことだった。  
 ただ、あの追い続けた、憧れたヒーロー様が自分達に気付かないで通り過ぎるのが許せなかった。  
 
 上条は一方通行の目元を拭って、優しく微笑んだ。  
「たぶん……助けてほしかったんだよな? 打ち止めでも御坂姉でもなくて、お前自身を! 今日みたいにボロボロになった心で、何  
もかも捨てたくなる自分を殴って正して欲しかったんだよな?」  
「…………」  
 一方通行は呆然と、その言葉が心に染みていくのを感じている。  
 
「本気で殺そうなんて思ってなかったんだろ? だったら常に距離とって、風で上空まで吹っ飛ばして地面に叩きつけて、プラズマで  
 もブチ込んでやればいいんだから」  
 一方通行は小さく頷く。  
 確かにそれも考えた。  
 
 あの時の自分は何がしたかったのか支離滅裂だった。  
 殺したいのに生きてて欲しくて、捨ててしまいたいのに自分で守りたくて、負けると知ってて殴られた。  
 少なくとも、距離さえとっていれば負けなかったのに。  
「……そォ、か」  
「違うのか?」  
「自分でもわかンねェよ。でも、納得した」  
 一方通行は薄く笑って、上条の肩に再び顔を埋めた。  
 
「俺も一緒だから心配すんなよ……。打ち止めもミサカ達もみんな守る!! お前の力はちゃんと人を幸せに出来るんだ!!」  
「……あァ」  
「それで、お前も守るから……!! 何度でも救ってやるから!!」  
「うン」  
 
 顔を上げさせ、唇を寄せると幸せそうにとろけた笑顔を見せた。  
「目、腫れちまうな! 冷やそうか」  
「別にいい。もォ少し、こォしてていいか?」  
「あぁ! でも、冷静になってみるとなかなか大胆な格好ですな……」  
「オマエがやったンだろ」  
 
 
 今まで人のぬくもりを忘れていた一方通行は、上条に身を寄せるのが好きだ。  
 打ち止めや黄泉川にもそう思っているのかもしれないが、最強のプライドが邪魔をするらしい。  
 
 当麻の膝の上で甘えている一方通行は、自分が今までしてきたことをぽつぽつ話す。  
 許せなかったこと、助けた人、感謝されたこと、痛かったこと。第一位の行いとしてわざわざ誰かに言うほどのことではないが、一  
 方通行はあえて上条に話した。  
 上条は相づちを打ちながら、子供みたいに話す彼女の言葉を聞いていた。  
 
 やがて、一方通行は膝の上で眠ってしまった。  
 
 上条はそんな彼女を愛しく感じながらも困惑していた。  
(だぁぁあ、何この女の子の匂い!! 甘えてくれるのは嬉しいけど、危機感持てよ最強!!)  
 彼女の寝顔が苦悩に歪まないなら、薄幸の女性を放っておけない上条には最高の幸せだ。  
 しかし彼は同時に年頃の少年でもあり、彼女との関係は恋人である。  
 
 さっきの今で申し訳ないが、恋人と密着状態など彼の雄が反応しないわけもなかった。  
(よし、とりあえずベッドに運ぼう。そんでえーと、皿洗いしてない! と、とにかく距離を置かねーと……!)  
 決心と共に彼女を抱き上げる。安心しているのか起きる気配はなく、むにィとか寝言を呟いた。  
 
 素直な寝顔を見せる一方通行を残し、洗濯物を取り込み、お風呂を沸かし、皿洗いを始める。  
 
 
「…………ンむ」  
 しかし、ほんの十分も保たず一方通行は目を開けた。  
 近くに優しいぬくもりがないと安眠出来ないのだ。  
 
「……当麻」  
「もう起きたのか? ずいぶん早いな……。風呂沸いてるから入ったらいいんじゃないか?」  
「……ン」  
 
 おとなしいを通り越して弱々しい一方通行に、トラウマの深さを感じる。  
(朝食作ってる間なんか、俺がいなくても爆睡してんのに……)  
 自分に出来ることなどちっぽけなことだが、上条は心からあのドン底に不幸な少女の幸せを願っていた。  
 
 
 上条がお風呂から上がると、一方通行はベッドに転がっていた。  
 細い身体のためパジャマがだぼついて胸元が危うい。  
 
 上条がベッドに腰を降ろすと、のそりと膝の上まで這ってくる。  
 不安なのか、今日はとても甘えたいようだ。それで彼女の気持ちが落ち着くなら胸でも肩でも貸したい。  
 先ほどのように膝を跨いで乗ってくるが、ソファーと違い背もたれがない。  
 上条は一方通行に押し倒される形でベッドに転がった。  
「大胆だな」  
「別に攻める気ねェよ」  
「受ける気は?」  
「昨日もヤったじゃねェか」  
 一方通行は露骨に呆れた顔をするが、嫌なわけではないらしい。  
 
 上条は彼女の顔を引き寄せて唇を重ねた。  
 優しく舐めると、あっさり侵入を許すので口内を余すところなく堪能する。  
「ン……、ふ……ァ」  
「んちゅ……ちゅぷ」  
 
 苦しくて名残惜しく離れると、互いの唾液が混じって銀糸を引いた。  
「ん、上条さん、今日はいっぱい甘やかしますよ」  
「は……、目に獣宿して何言ってやがンだァ?」  
「でも我慢するつもりなんだ。お前優先!」  
 
 弱いところを優しく撫でると一方通行は小さく笑って身を捩る。  
「ン、くすぐってェっ」  
 上条以外触れさせたことのない、生物の急所である首筋をチョーカー型電極をよけて舐め、甘噛みする。  
「ンっ、あ、ああァァァ……っ!」  
「そんな声で鳴かれたら我慢出来なくなるだろ……っ!」  
 
 ささやかな胸をやんわり揉むと、彼女は腕の力が抜けて上条にもたれた。  
「あっ、あはァ……っ」  
 
 胸の上で喘ぐ一方通行ごと身体を反転させて組み敷き、パジャマを捲り上げて、つんと主張する色素のない薄桃色の先っぽを舌先で  
転がす。  
「く、あゥゥゥ〜……っ、と、当麻ァ……っ」  
「ん……、なに……?」  
 空いた片手で太ももを撫で上げ、秘所をつつくと一方通行の言葉は嬌声になって続かなかった。  
 
 すっかりとろけた一方通行は、拙い手つきで上条のパジャマのボタンを外そうとしている。  
 見た感じ、受け入れる準備はとっくに済んでいるようなので上条も一方通行のパジャマを脱がせていく。  
 下着ごと引き下ろし、恥ずかしそうに擦り合わせる太ももをぺろりと舐める。真っ白な肌は汗ばんでしっとりしていた。  
「ふ、ふあァ……っ」  
「すっげー濡れてんな……」  
「見ンなァ……、っつーかいちいち言うなよォ……っ」  
 
 恥じらう彼女を横目に、引っ掛けていた衣類を脱ぎ捨て自身の準備を済ませる。  
「悪いな。俺、お前のそういう顔大好きなんだ」  
「うゥ……っ」  
 
 脚を開かせ、濡れそぼった秘所に硬く反り立った自身をあてがう。  
「仕方ないだろ? 狼さんなんだから、……ん」  
 一方通行は両手を背中に回し、引き寄せて唇を重ねてきた。  
 
 お互い見合って、微笑みが浮かぶ。それを合図みたいに、一気に奥まで貫いた。  
「ッ、あうゥゥゥ!!!」  
「ッぐ、ぅ!!!」  
 
 一方通行の身体を知り尽くした上条は、彼女の表情の変化に合わせてゆっくり腰を動かしていく。  
「あァ……っ、あっ、あン……、あぐっ……!」  
「……っく、……はっ」  
 
 彼女の上にぱたり、と汗が滴り、背中にがりりと爪が立てられる。  
 相手の表情も呼吸も温度も感触も、ぐちぐちと響く水音も肌がぶつかる音も、全てが2人を煽った。  
 相手を思いやる理性が飛びかけている上条は本能のまま噛みつくように一方通行を侵していく。  
 
「あゥッ! う、うァ……、もォ……っ!……ォま、当麻ァ……ッ!!」  
「一方ッ!! 一方ッ、イけよ!! 俺に抱かれて幸せになれよ!!!」  
「はゥっ、はァうッ!! も、イくうゥゥゥうううッ!!!」  
「ぐ、う゛うぅ……ッッ!!!」  
 
 
 2人は同時に達し、しばらく互いの荒れた呼吸だけが音をつくっていた。  
 
 
 
 
 いつものアラームが鳴り、上条は眠い目をこすって起き上がった。  
「うだぁぁぁ……もう朝かー……」  
「ンン……」  
 一方通行は彼の腕にひっついて、アラームもお構い無しに熟睡している。  
 なんだか肘の辺りにやわらかいものを感じないでもないが、上条は落ちている衣服を拾うと朝食のためベッドを降りた。  
 
 
「一方〜、飯だぞー!」  
 朝食を準備し終えた上条がベッドを覗くと、一方通行は相変わらず眠っている。  
「こら、いい加減起きなさい!」  
布団をひっぺがすと、素っ裸の一方通行がころんと転がった。  
「………………ねむ」  
「朝ごはんは大事なのになぁ……、胸おっきくなんないぞ? ついでに今起きたら、ベーコン一枚サービス!」  
「……食う」  
「よーし、まずは食卓に行ける格好しようなー」  
 
 完璧に寝ぼけている寝起き最悪の一方通行に苦笑して、上条は嬉しそうにパジャマを羽織らせた。  
 
 
 

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