<1> はじめてのキス略してはじキス 前編   
 
 なんでこんな事になっているんだろう。  
 最初に白井黒子が思った事はそれだった。  
 目の前には先程部屋に招きいれた男の顔がドアップで存在している。  
 唇には何やら生暖かい感触を感じ、何故か知らないが顔が熱くなってきた。  
「……」  
「……」  
 今日はなにやら黒子がお姉さまと慕う御坂美琴に用事があると聞いて部屋に入れてから数十秒。  
 取り敢えず前と同じ様に布団に座らせようと思ったら、男が"運悪く"落ちていた鉄矢を踏んでこけた。  
 それだけの筈だったのだ。  
 しかし、それが男の驚きの声に振り向いただけで、まさかこんな事態になるとは。  
 ようやく事態に頭がついてきたのか男の方から勢い良く唇を離した。  
「わ、わりぃ!」  
 顔を真っ赤にしつつ叫ぶ男―――上条当麻は黒子から距離を取って勢い良く頭を下げる。  
 それに対して黒子は体を起こしてただ頭を下げている当麻をボーッとした瞳で見るだけだ。  
 暫くしてようやく思考が復帰したのか、黒子は恥、涙、怒と表情を三段移行させ、  
「―――ッ!」  
 顔を朱に染めて目を釣り上げ、足のホルダーから鉄矢を引き抜き構えた。  
「って、ちょっと待ってー!それは流石に上条さんでも死んじゃいますからー!?」  
「問答無用ー!乙女の唇を奪っておいてもう生かしてはおけませんわウフアハハハー!」  
 後半の方は自分で言った事に涙目になりつつ、もうわけのわからない思考で笑いしか出て来ない。  
 取り敢えず目の前のこの馬鹿を串刺しにしてから考えよう。そうしよう。  
「覚悟――」  
 即座に暴走したままの思考を一つの方向に纏め行動に出ようと一歩踏み出した瞬間だ。   
「あらっ?」  
 何か足に妙な感覚。  
 地面を前へと滑るような感覚だ。  
 状況確認。  
 現在進行形で、自分で自分の鉄矢をふんずけて宙へ身を投げ出している途中。  
 向かう先には腰を引いて身長差の埋まったのか、男の顔が。  
 このままではどうなる?  
 頭突き?否、このままでは――、  
「「―――ッ!?」」  
 ドサリという何かがまとめて倒れるような音が部屋に響いた。  
 暫しの沈黙と共に再び唇に伝わる生暖かい感触。  
 我を忘れて停止している二人。  
 その沈黙を破るかのように扉を開ける音と共に足音と声が聞こえてきた。  
「ただいまー。やー、疲れたわ。定期検査なんて面倒臭いも……の……」  
 聞こえてくる声は黒子がお姉さまと慕う御坂美琴のものだ。  
 しかし、その言葉の後半は途切れ途切れになり、最後には黙ってしまった。  
 それもそうだろう。  
 当麻が何かをまたしでかしてトラブルを起こした結果、こうなったならまだわかる。  
 しかし、現在の状況は当麻が押し倒して唇を奪っているわけではない。  
 "白井黒子の方から押し倒して唇を奪っているかのようなシュチュエーション"なのだから。  
 慌てて当麻は唇を離し、  
「ぷはっ、って、待ってくださいまし、美琴さん!?これは不可抗力であり、私めが白井の――」  
「うふふ、何を弁解しようとしてるのかしら。別にほら、貴方達がどういう関係だからって私の知ったことじゃないわよ?」  
 何やら美琴がなにか言っているという事はわかったが、黒子には美琴の声はあまり聞こえていなかった。  
 ただ呆然として唇を指でなぞるだけだ。  
……せ、せかんどきすまで……。  
 頭の中は真っ白。  
 ただ、キスをしたという事実だけが漠然と頭の中で自己主張を続けていた。  
 その事実を再確認するなり、黒子は顔を爆発させるかのように真っ赤に染め、目の前の男を見やる。  
 彼は押し倒されたままの状態でなにやら必死に叫んでいる。  
 まだ頭がハッキリしていないせいか、何を言っているのかはよくわからない。  
「だから、それは誤解だって言ってんだろ!?って、のぁっ、バチバチさせるなぁああああ!?」  
「うるさいうるさいうるさい!とっとと、どきなさいこの馬鹿!」  
「と言いましても白井さんがどいてくれないとわたくしめも動けないのでございます、はい!」  
 
「黒子もいつまでも止まってないで、早くどきなさい!この馬鹿黒コゲにするから!」  
「ひぃ!それは実質的な死刑宣告!?上条さんはまさにデッドオアダイな状況んっ!?」  
 彼の顔がこちらを向いた。  
 同時に、なんだかよくわからないけど身体が勝手に動いた気がする。  
「!?」  
……あれ?わたくし、何をやってるんですの?  
 状況証明。  
 唇には再び生暖かい感触が。  
 目の前には先程と同じくらい大きく見える当麻の顔がある。  
 つまり――、  
「……?」  
 首を傾げるがその先が出て来ない。  
 はて、何をやったのやら、と美琴を見て見れば顔を真っ赤に染めて眉を立てて震えていた。  
「あ、えあ、ななななななっ?!」  
 なんであんなに舌が足りてないのだろうか。  
……だけど、そんなお姉さまも可愛らしくてグッと来るものが――で、なんで殿方の顔がこんな近くにあるんですの?  
 簡単な事だ。またキスして――、  
「―――ッ!?」  
 その事実に気づくや否や顔を離して立ち上がる黒子。  
 現実が身に染みてくるようにやって来てはそれを否定しようと頭の中で何かが弾ける。  
 ついには自分でも何をしたのかわからなくなり、呆然としている当麻を見てから美琴を見て、出口へと走り始めた。  
 自分の口を両手で塞ぎつつ顔を真っ赤にして靴も穿かずに部屋を飛び出す。  
 そのまま寮の出口へと走り、自動ドアが開くのも待たずに空間移動で寮の外に出てまた走り出す。  
 正直、自分でもどこに行くのかわからないまま、白井黒子は夜の闇へと消えて行った。  
 
  ○◇○  
 
 上条当麻は床に倒れ伏したまま、停止していた。  
 記憶喪失になって以来、自分はキスなんてした覚えがない。  
 つまり、もしかして、これは正真正銘のファーストキスになるのだろうか、と思考は取り敢えず現実逃避していた。  
 それもそうだ、この目の前でビリビリと凄まじい電力を発揮している御方と目を合わせたい等という変わり者は  
 居るだろうか。いや、居まい。  
「というわけで、上条さんは命乞いをしてみようと思うのですが、駄目でしょうか?」  
 俯いていたビリビリ娘こと御坂美琴は顔を上げる。  
 そこにある表情は意外にも笑顔だった。  
 何か一線を越えてしまったような笑顔だったが。  
「だめよ」  
 語尾に音符マークが付きそうな程清々しく優しくそして楽しそうな声。  
 まるでそれは当麻を迎えに来た天使のラッパの音色の様でもあり、同時に鎮魂歌の様にも聞こえた。  
 上条当麻がそれに対して笑顔で頷く。  
 
 瞬間、世界は白い閃光に包まれた。  
 
 ○◇○  
 
 確かに上条当麻という人物は恋敵という事以外では悪い人ではない、と白井黒子は思う。  
 しかし、それとこれとは話が別だ。  
 どうして自分はあんな行動に出たのか、ブランコに揺られつつ考えるものの全く検討もつかない。  
 初めてのキスでなにやら変な方向に目覚めてしまったのかとも思うが、それは即座に否定。  
 そんな性癖が自分にあったのだとしたら由々しき事態だ。  
 いや、それはそれで御坂美琴にそれを理由にしてキスを迫ることも出来なくもないような気もする。  
「はぁ……出来るわけないですのに……」  
 思考がようやく冷却されてきた。  
 詰まるところ熱に浮かされてついつい非常識な行動を取ってしまっただけなのだ。そうなのだ。  
 よし、と黒子は立ち上がる。  
 まずは美琴への弁解と、当麻への対応だ。  
 ついついその場の勢いでやっちゃいましたの、テヘ☆とでも言えば平気だろう。  
 うんうん、と頷いたところで誰かが公園の入り口から走ってくるのが見えた。  
 おや、と首を傾げてみればそれは目的の人物の一人である上条当麻だった。  
 これは好都合とばかりに手を振ってみれば彼の後ろから――修羅が追ってきていた。  
 
「はい?」  
 思わず声を出すが、次の瞬間には疾風と化した当麻に体ごと掻っ攫われていた。  
「って、なんでお姫様抱っこですの!?」  
「そこにツッコミますか!?というか危険だから!とっても危険だから!今は逃げなきゃ死んじゃうー!」  
 なんでこんな必死なんだろう、と思ったその時だ。  
 馬鹿みたいにドデカイ閃光が黒子達の横を抜けていった。  
「二番煎じですけど、なんですのー!?」  
 当麻の肩越しに見て見ればその修羅は黒子も良く知っている人物であった。  
 それは黒子の尊敬する人物であった。  
 それは体中に閃光を纏わせつつ凄まじい速度で走る御坂美琴であった。  
 天使の翼の様に広げた雷の光を纏った美琴を見つつ黒子は思わず息を呑む。  
 あれ程の雷撃は今まで長い間一緒に居た黒子とて見た事がない。  
 今ならレベル5を超えて6にいってるんじゃないだろうか、と思える程の気迫と圧倒的なプレッシャー。  
 恐らく触れようとすればその高熱と電流で即死。  
 そうでなくても放たれる雷撃を喰らえば一撃で死亡。  
 まさに無敵。  
「って、そうではなく。なぜゆえお姉さまが超本気というか限界ぶち抜いてあんな状態になってますの!?」  
 今の美琴に勝ちたいなら核ミサイルの一つや二つ持って来いといった感じだ。  
 恐らく近づく前に雷撃の羽で叩き落とされるだろうが。  
「誰のせいだと思ってるんでございますかー!?とにかく暴れるなって、うお!?」  
「きゃっ!?」  
 爆発。  
 恐らく美琴の放った一撃が当麻の足元をぶち抜いたのだろう。  
 なんとか体勢を立て直した当麻の手の中で身を動かす黒子。  
 爆発のせいで出来た煙幕のおかげで、どうやら美琴は黒子達を見失っているようだ。  
 それを好機と判断した黒子は即座に当麻の耳を引っ張りつつ小声で耳打ちをする。  
「今ですの。お姉さまに見つかる前に逃げるんですわよ……っ!」  
「あだだだ……お、おうっ」  
 今の美琴はどうやら冷静さをかいているようだ。  
 当麻は黒子の指示を受けて全力疾走を始める。  
「どこいったぁー!」  
 美琴の鬼のような叫びに「こわー!」と二人して心の中で叫びつつ、当麻と黒子は必死に逃げるのであった。  
 
  ○◇○  
 
 先程の公園から2kmほど離れた場所にある公園。  
 黒子はその公園の隅にある自動販売機からジュースを二本取り出しつつ少し離れた場所にあるベンチを見た。  
 そこには自分を一応、助けてくれた恩人である上条当麻が息を荒げながらよりかかっている。  
……しかし、お姉さまがあそこまで怒るだなんて思ってもいませんでしたわ……。  
 視線を逃げてきた方向に向けてみれば未だに雷の柱が天に向かって突き立っている。  
 恐らく美琴はまだ暴走しているのだろう。  
 停止しているところから、何者かが足止めしてくれているのか、もしくは冷静さを取り戻しつつあるのか。  
 後者であることを祈りつつ、黒子はベンチに座る当麻の元へと向かった。  
 
「あー、疲れたぁー。もー、一歩も歩けねぇー」  
 ぐでー、とベンチに背を預ける当麻に向かって黒子は冷えたジュースの缶を近づけ、頬にくっつけた。  
「うひゃぁっ!?」  
 突然の冷たさに跳ね上がる当麻を見て黒子はくく、と思わず笑みを漏らす。  
 当麻が振り返り半目で見て来るが、それに対して黒子は今度こそ缶を差し出して渡す。  
 それから当麻の横に座り、自分の分の缶を開けた。  
 今日のチョイスは【ベースボールジュース・フォーク味】だ。  
 予想の真下を行く味というキャッチフレーズが特徴だが、その味は如何に。  
 プルタブに指を引っ掛けて開けると、空気が漏れる音と共に蓋が開く。  
 そして、両手で缶を持ちつつ口に当てて傾けて少しだけ口に含んでから飲み込んだ。  
 ふぅ、と息を付くと同時に感想を一つ。  
「……不味いですわ……」  
「……」  
 なら買うなよという視線が当麻から向けられるが黒子は構わず更に一口。  
 微妙にシュワシュワとする液体の味に眉を顰めつつそれでも必死に飲み干す。  
 基本的に一度買った物は無駄にはしない主義なのだ。  
「けふ……」  
「……大丈夫か?」  
 当麻が心配そうに見て来るが、黒子は両手で缶を持ったまま涙で潤んだ横目でそれを見やり、  
「えぇ、この程度でしたら……うあー、余計なチャレンジ精神なんて出すものではありませんですの……」  
「飲むか?」  
 是非に、と黒子は差し出された当麻のジュースを一口。  
「って、これ、貴方飲んでいたヤツじゃないですの!?」  
「ん、ああ、そうだけど……なんか駄目だったか?」  
 本当に不思議といった表情で首を傾げる当麻。  
 嗚呼、そういえばこういう性格でしたわね、と黒子は微妙に虚ろな瞳で当麻を見つつ思った。  
 ともあれ、もう口を付けてしまったのだから構うまいとばかりに一気に飲んで嫌な味を洗い流す。  
 それを見ながら当麻は頬を掻いて一言。  
「ところで……その、なんだ。なんであんとき、そっちから……キ、キスしてきたんだ?」  
 吹き出した。  
 当麻の顔に向かって思いっきり吹き出した。  
「うぼばー!?」  
「―――っ!」  
 思い出して顔を真っ赤に染めながら口元を制服の裾で拭う黒子。  
「いや、ほら、その場の勢いと言いますの!?なんとなくこう勢いですのよ!そうですの!」  
 あわあわとあらかじめ用意しておいた言葉を口に出すがどうにもいい訳がましい。  
 自分でもそれはわかったのでうぅ、と少し身を縮めつつも両手で持った缶の中身を見つつ言う。  
「……実際、わたくしもなんでしたのかなんてわかりませんの……でも、まぁ、貴方のは不可抗力だった事は認めますわ」  
「あー……あれは本当に悪かった。それは謝る」  
 結構、と黒子は当麻へと掌を差し出して頭を下げるのを止める。  
「でも、貴方も酔狂ですわね。わざわざわたくしを抱えて逃げるだなんて……一歩間違えば黒コゲですのよ?」  
「俺があんな危険地帯に誰かを置いて逃げると思うか?」  
「思いませんわ」  
 思わず微笑すると同時にベンチから立ち上がってクルリと当麻の方へ向き直る。  
「さて、どうしますの?お姉さまは暴走中、下手に動けば今度こそ本当にドカンとやられますわよ?」  
「うーん、そうだな……どこか隠れるのに丁度いい場所、か」  
 腕を組みつつ唸る当麻を見つつ、黒子もどこか良い隠れ場所はないかと記憶の中を探る。  
 そして、暫く考え込んだ結果。  
「あ、そうですの」  
「?」  
 良い案を思いついて手を打つ黒子。  
 
 
 それがとんでもない結果へと二人を誘う選択の道である事を当麻も黒子もまだ知らなかった。  
 

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