それは昼休み時間の事。  
 共にクラスの三バカ(デルタフォース)と呼ばれる級友の1人、土御門元春が振ったこの言葉から始まった。  
「じゃあカミやんは、姫神さんが彼女だったら何したいにゃー?」  
 その質問は、昼食が終わってから始まった『妄想の中の恋人談義』から端を発する。  
 今回のターゲットは姫神秋沙。長い黒髪と白い肌、そして純日本風の清楚な顔立ちが印象的な少女だ。  
 その姫神が彼女になったならどうするか? 土御門と青髪ピアスはそんな事を今の今まで真剣に語り合っていたのだった。  
 そして上条当麻はと言うと、2人の幻想をブチ壊そうとするかのように、次々と矛盾点を指摘していたのだが、  
「あ?」  
 まさか自分に話が振られるとは思っていなかった上条は、思わず視線を教室の中に泳がせた。  
 その視線が、本人の望むと望まずとにかかわらず渦中の人になっている姫神に止まる。  
 姫神はお昼寝の真っ最中なのか自分の机に突っ伏していた。  
 机の四方八方に落ちた長い長い豊かな黒髪が、その濡れ光る様な輝きのせいか、まるで流れる落ちる滝のように上条の目に映る。  
「髪」  
「「髪?」」  
 ぼそりと呟いた一言に、土御門と青髪ピアスが身を乗り出したその時、  
「あの黒くて長い髪で色々したい……」  
 三つ編みやら、ポニーテール、はてはツインテールに本格的な髪結いも、姫神ならに似合うんじゃないのか――そんなつもりで上条は言ったのだが、帰って来たのはガタガタと言う机の音。  
 それに気付いて視線を土御門たちに向けると、のけ反ってドン引きしている土御門と、両手を組み合わせて目をキラキラさせている青髪ピアスが居た。  
「おいどうした?」  
「カミやん……、ハードルが高すぎるぜよ」  
「ええよんええよん♪ カミやんがフェチの何たるかを理解するようになるとは……、ついに一皮剥けたんやねぇ」  
 見た目通りの180度の反応だが、  
「あ、あの……、話が良く見えな――」  
「よっし、ボクに任せなさいッ!!」  
「へ?」  
 突然青髪ピアスにガシッと両手を握られてキョトンとする上条。  
「おいおい青髪さん? それはいくらなんでも姫神さんが首を縦に振るとは思えないぜよ?」  
「何を言ってますのん土っちー? 折角カミやんがその気になったんやから、友達たるボクらがどうにか協力するのが筋ってもんやないの?」  
「がぁぁあああん!? 目的はともかく青ピに正論で窘められる日が来ようとはッ!! こ、これはもしや俺に課せられた運命と言う名の試練と言う事……!?」  
 1人難しい顔をしてうんうん唸る土御門を余所に、青髪ピアスは満面の笑みで上条を捕えると、  
「と言う訳でカミやん。後はボクたちに任せておいて大船に乗った気持ちで朗報を待っててねん♪」  
 
 
 ――そして放課後。  
 上条と姫神は2人向かい合っていた――何故か男子更衣室で。  
「何で姫神がここに居るんだ?」  
「それを君が言うの?」  
 と言われても上条には咎められる理由が思い付かない。  
 ここに来たのは青髪ピアスに呼び出された訳で、それ以上の事情は何も聞かされていない。  
 大体、ここは先ほども有った様に男子更衣室である。生物学的にも戸籍上も女の子の姫神が居て良い場所では無い。  
 ようよう暫く悩んだ結果出た答えは、  
「もしかして青髪か誰かに俺がここで待ってるとか言われたとか?」  
 その言葉に答える様に姫神が小さく頷く。  
(くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!)  
 嵌められた事を知って上条は心の中で絶叫した。  
 しかし、絶望ばかりもしては居られない。まずは姫神の誤解を解かなければいけない。  
 方法は当然全力の土下座。ただ、急に土下座しても相手に伝わらない恐れがある。  
 その為にもまずは当たり障りの無い会話で相手の心を掴まなくてはならない――。  
 そこで上条がまず注目したのは、姫神が両手でぶら下げている袋。  
「何その大きな袋」  
「ふふ。ふふふふふふ……」  
(か、帰りたい……。今すぐ叫び声を上げてここから飛び出したい……)  
 早くも泣きが入る上条。  
 そんな上条を余所に、姫神は袋の中をゴソゴソと物色し始めたかと思うと、その中身を取り出しては、上条に差し出して見せたのだ。  
「卵。バター。オリーブオイル」  
「ば、晩飯はオムレツかな?」  
「生クリーム。はちみつ。ヨーグルト」  
「あ、もしかしてケーキだったか?」  
「シャンプー。リンス」  
「ざ、雑貨も一緒に買ったんだ。そう言やうちもそろそろシャ、シャンプーが……」  
 そして最後に取りだしたのは、真四角の小さな包みが数珠状に繋がった物。  
 一見するととてもとてもカラフルで可愛らしく、直ぐには中身が想像できない様になっていたのだが、  
「…………」  
「!!?」  
 目を丸くしてギョッとする上条の前で、頬を真っ赤に染めた姫神は数珠つなぎになたそれ――コンドームを袋の中に仕舞うと、  
「ねえ」  
「な、何ッ!?」  
「私の髪。綺麗?」  
「あ!! そうだ!! そろそろ帰らないといけないんじゃないのかしら!? っつかボクおうちに帰る――――ッ!!」  
 くるりと背を向けた上条がガチャガチャとドアノブを回すが一向に開かない。  
 と言うかこの更衣室、警備の関係から外からしか鍵が掛けられない様になっていたのだ。  
「帰さない。君が私の髪で色々したいと言った。ここはシャワーも有るから。思う存分。君が満足するまで私で色々すればいい。あれはその為の準備」  
 そう言って詰め寄る姫神に鬼気迫るものと、それ以上に目が反らせない何かを感じて、上条の喉がごくりと鳴る。  
「これで。既成事実も出来てばっちり。晴れて私は君の彼女」  
「不ゴフゥッ!!」  
 何かを叫ぼうとした上条を、姫神は見事なフック一発で黙らせる。  
 力無く崩れ落ちる上条。  
 その姿を見下ろしながら、頬を真っ赤に染めた姫神は、うっとりと夢見る様に目を細めた。  
「不幸なんて。もう言わせない」  
 静かだが、決意の籠った力強いその呟きは、この先の上条の運命が逃れられないものであると暗示しているかのようであった。  
 
 

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