6月――。  
 外よりも数十年は技術が進んでいると言われている学園都市にも梅雨の季節がやって来ていた。  
 ここ数年声高に言われ続けている気候変動のせいか、しとしとと言う風情のある雨足とはほど遠い、歩む先も霞む様な土砂降りの中、上条当麻は傘を差して歩いて居た。  
「ふふふふ。雨と言えばこのカミジョーさんがずぶ濡れになると考えてる諸氏。こう言う事も有ろうかと転ばぬ先の杖は2本、3本と用意しているのだよ」  
 誰に聞かせるためなのか、上条はそんな独り言を呟くと、傍から見れば薄気味悪いとしか言いようの無い笑みを口の端に浮かべた。  
 そんな独りよがりに勝ち誇っていた上条の背後から、1人の少女が猛スピードで追いすがって来る。  
 頭の上に学生鞄を翳したその少女は、名門常盤台中学の制服がずぶ濡れになるのも構わずしぶきを上げて走り続け、やがては上条を追い越して行く。  
「ん?」  
 激しい雨音の中にバシャバシャと言う足音を聞いた上条が少女の後ろ姿にふと注意を向けた。  
 幾分か濡れてしまってはいるが、上条はその栗毛色のショートカットには見覚えがあった。  
「おい御坂!!」  
 雨にも負けないくらいに大声でその名を叫ぶと、走っていた少女の足がピタリと止まる。  
「あ、あれ? アンタ……なの?」  
 呼び止められた少女――御坂美琴は、振り返ってキョトンとしたままそう呟く。  
 そして2人はたまたま近くに有った誰も居ないバス停を雨宿り先代わりにして向かい合う。  
「アンタなのじゃねえだろ。何だお前傘忘れたのか?」  
「そうなのよ……。で、そう言うアンタの方は忘れなかったみたいね」  
「へへへ。俺だって少しは学習するんだぜ。と言う訳でお前にも予備の傘貸してやるよ……」  
「何アンタ。傘何本も持ってる訳?」  
「ああ、安売りが有ったから壊れたりした時様にと3本まとめ買いしたんだ」  
 そう言って機嫌良く鞄をポンポンと叩く上条に、美琴は唐突に浮かんだ疑問をそのまま投げかけてみた。  
「アンタ傘はいいけど勉強道具は?」  
「学校だけど?」  
 それが何かと言わんばかりの上条に、美琴は「聞いた私が馬鹿だったわ」とため息交じりに呟いた。  
「おかしな奴だなぁ……。ま、ちょっと予備の傘出すからさ。濡れて帰るよりマシだろ?」  
 そう言って上条は鞄の中身を漁りだした。  
 美琴はそんな上条を眺めながらも、エレクトロマスターの能力をいかんなく発揮して濡れた服と体を乾かし温めて行く。  
 と、そこで視線は立て掛けてある傘に止まる。  
(別に鞄から傘出してくれなくてもこれに入れてくれればいいのに)  
 何気にそんな事を考えてしまった美琴だったが、我に返ってその考えに赤面してしまう。  
(ちょッ!? ちょっと私何考えてるのッ!! い、いくら何でも大胆すぎるッ!! で、でも、あ、いやいや早まっちゃ……、し、しかしこんなチャンス滅多に……)  
 美琴の頭の中は相合傘と言うフレーズがぐるぐると掛け回り始める。  
 そんな時だった。  
「あ、あれぇ!?」  
「ど、どうしたの!?」  
 変な事を考えていたのを勘付かれたのかと小さく飛び跳ねた美琴だったが、上条の情けない顔を見てそれが徒労だった事に内心ホッとする。  
 一方の上条はと言えばそれどころでは無い様子で、再び鞄の中を覗き込むと、  
「か、傘が無い」  
「有るじゃない。そこに」  
 そう言って美琴は、先ほどとある妄想の原因にもなった傘を指差す。  
 
「いやそうじゃ無くて……」  
 美琴の天然とも言える突っ込みに言葉を返そうとした上条だったが、  
「あッ!!」  
「今度は何よ?」  
 その時上条の脳裏には有る情景が思い出されていた。  
 とある高校のとある教室で、何本も有る傘を自慢する上条。  
 そんな上条の肩を、憐みと嘲笑の入り混じった顔でポンポンと叩く悪友たち。  
 取っ組み合いの喧嘩を始める3人。  
 そして気が付けば手元には1本の傘しか残っていなかった。  
「忘れてた……。そう言えばあいつらに全部貸しちまったんだった。不幸だ……」  
 ガックリと肩を落とす上条に、こちらも肩透かしを食らった美琴は一瞬ゲンナリとした顔をしたのだが、  
「いいわよもう。走って帰れば何とかなるし、そのつもりだったし。そ、その、気持ちだけ、も、貰っておくわ。じゃ、じゃあ私は行くわよ」  
 美琴は届かないとは思いつつも、ちょっとだけ励ましのニュアンスを込めた言葉を掛けると、くるっと踵を返してバス停から駆出そうとした。  
 所がそんな美琴の手を取って上条が引き止める。  
「いやちょっと待て御坂」  
 そう言うと、取ったその手に側に置いてあった傘の柄を握らせた。  
「この傘持ってけ」  
「も、持ってけって!? ア、アンタはそれでこの土砂降りの中どうするつもりよ」  
 上条の手の温かさにプチパニックになりつつも、美琴は何とかツッコミを入れる。  
「どうにかなんだろ?」  
「ど、どうにかって何よ? アンタが考える事なんか大方ここから走って帰るとかそんな所でしょ?」  
「な、何故それを!? まさか生体電流から人の心を読める機能が御坂てんてーにはお有りとか?」  
「私は嘘発見器かなんかかっつの!! と、とにかく傘は借りられないから!!」  
 そう言って開いた方の手に傘を持ち替えた美琴は、上条にそれを押し返した。  
 しかし上条の方も引き下がらない。  
「おい待てよ。それじゃ俺が嘘付いた事になっちまうだろ? いいから持って行けよ」  
「い、や、よ」  
「持ってけ」  
「いーや」  
「たまには人の言う事を……」  
「言う事聞いて欲しかったら、先に私の言う事聞きなさいよ。嫌って言ったら、い、や」  
 そう言ったきり美琴はプイッとそっぽを向いてしまう。  
 と、そんな美琴の仕草がこのやり取りにいい加減焦れていた上条の導火線に火を付けた。  
「優しく言ってりゃ何だその言い草は!? この強情娘ッ!!」  
 突然の上条の大声に、美琴の体が面白い位にビクッと跳ねる。  
 そして、そんな自分が恥ずかしくて顔を真っ赤にした美琴は、その恥ずかしさを怒りの燃料にして爆発した。  
「な、何すんのよこのおっちょこちょいのお節介焼きッ!! 大体アンタがこの美琴さんの心配するなんて百万年早いってのよ!!」  
「何だとぉ!!」  
「アンタの矮小な脳みそじゃ理解出来ないかもしれないけど。てか自分の鞄の中身も把握出来ないなんてきっと頭の中身も鞄と同じくらいすっからかんのカランカランなんでしょうね。  
そうだ! いっそそこのゴミ箱から溢れてるゴミでも頭に詰めとけば? そしたらアンタの頭の中身も増えて町も綺麗になって一石二鳥でいいんじゃない?」  
 
「んなッ!? お前は口を開けば可愛げのない事をポンポンポンポンとぉぉぉ……」  
「アンタに可愛いなんて言われたら全身の毛穴が爆発して死ぬわね」  
 そこまで言い切った美琴は、フンと鼻を鳴らすと再びそっぽを向いてしまった。  
 すっかりいい負かされた形になった上条は面白く無い。  
 ぎりり奥歯を噛締めると、何とか美琴を言い負かそうと頭の中をフル回転させた。  
 こんな時ばかり頭の回転が速い上条。何か閃いたのか意地の悪そうな笑みを浮かべたかと思うと、  
「そぉかよ。オマエはそぉ言う考えなんだなぁ……」  
 まるでどこかで聞いた悪夢の様な口ぶりに、美琴は背筋にゾクっとしたものを感じて振り返ると、三日月の様なぱっくりと裂けた笑顔が目に飛び込んで来た。  
「な――」  
 美琴は何かを言おうとしたが言えなかった。  
 グイッと腕が引かれたのは憶えている。  
 そして気付けば、自分の両手には開いた傘の柄がしっかりと握られ、その手には上条の左手が添えられていた。  
 更に上条の右腕が大胆に肩を抱く様に回されていて、美琴はまるで上条に抱きかかえられているかの様な状態になっていた――間違い様の無い正真正銘の相合傘。  
「――――――――ッ!?」  
 それに気付いた美琴がギョッとして言葉にならない叫びを上げて身を捩るが、体力で勝る上条にがっちりと押さえられては逃げる事さえ出来ない。  
「素直じゃ無いビリビリは屈辱の『相合傘』でお送りして差し上げやがりますぜ。せいぜい変な男に引っ掛かったって噂に泣かされて反省するといい――って何か俺にも精神的ダメージが有るじゃねえかよ? 不幸だあああああ……」  
 状況はともかく、奇しくも美琴の望んだ形がここに実現した。  
(に、逃げられないんじゃ、し、仕方ないわね。しゃ、癪にさわ、さわるけど、付き合って、あ、あああげるわよ!!)  
 心ではどうにかいい繕うとも、口元がにやけてしまうのが止められない。  
 はたしてこれは屈辱の罰ゲームとなりえるのかいなか。  
 そんな2人の短い行脚が、今始まる……。  
 
 
 
終わりです。  

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