『鋼鉄の女の電撃作戦 Blitzkrieg』  
 
「あ、そうそう、上条ちゃんは放課後居残りですけすけ見る見るですよー?」  
 授業が終わり、クラス委員の青髪ピアスが『起立』の号令をかけると、教壇にいた月詠  
小萌が唐突にそんなことを言った。  
「ちょっと小萌先生、なんで俺だけ居残り?」  
 不満の声を上げたのはもちろん名指しを受けた上条当麻その人である。が、クラスの生  
徒たちはそんな様子にも慣れっこなのか、一部から微かに「上条、またか…」とか「小萌  
センセーも上条が好きだねー」とか言う軽口が聞こえた程度だ。  
 そんな軽口が聞こえたか聞こえなかったか、月詠小萌は反論する上条に繰り返す。  
「文句を言ってもダメなのですよ? とにかく今日の放課後補習! いいですねー!」  
 反論するだけ無駄と悟ったか上条は肩を落とす。と、その時自分に強烈な視線が向けら  
れていたことに気付いた。顔を上げて、視線の方を向く。その先にいたのは――  
 
 吹寄制理である。じっと上条の顔を見つめている。  
 上条が顔を向けたことで目と目が合う。目が合った瞬間、吹寄はビクッ、と身体を震わ  
せ、目を見開いたまま顔を紅潮させていく。怒っているとかでは無く、何かに動揺したよ  
うな――そんな様子だ。上条が吹寄に注意を奪われていると、  
「上条ちゃん! 聞いてますか? すけすけ見る見るですからねー!」  
 という月詠小萌の声が再び響いた。  
 その声で我に返ったか、吹寄は一瞬教壇の方を向き、また上条に視線を戻し目が合うと、  
さらに強く顔を火照らせて一歩後ろに躙り――自分の椅子に足を引っかけて、  
 
 盛大にコケた。  
 
 その音に、クラス中の視線が吹寄に集中する。近くの女子生徒が吹寄を助け起こそうと  
する中、土御門元春が叫んだ。  
「かっ、カミやん! 吹寄さんに何をしたんぜよっ! 吹寄さん、カミやんに見られて動  
揺してたにゃー! ま、まさかカミやんっ!」  
 目が合ったのは事実だが、『何かした』などと言われたところで上条にはまるっきり身  
に覚えがない。  
「ちょっと待て土御門! 俺が一体……」  
 反論しようとするが、クラスメイト達の声に遮られる。  
「おのれ、かっ、上条! ついに吹寄までっ!」  
「カミジョー属性の魔の手が俺たちの最後の砦をおおおおおっ!」  
「ゆ、許さんぞ上条っ!」  
「怨敵退散、怨敵退散じゃあっ!!」  
 クラスの男子生徒達の制裁――むしろ私刑と言った方が正しいだろう――で上条がボロ  
ボロになっている間に、吹寄制理は姿を消す。  
 その後、吹寄制理が初めて授業をサボった。  
 吹寄が姿をくらませたことで、上条も再び制裁の対象となったのだが、まあそれはそれ  
ということにしておこう。  
 
 
(あー、なんか今日の上条さんは特に酷い目に遭っているような気がしますが……ううっ、  
気のせい、気のせいだよねこんな状況ウソだと言ってよバーニィ!)  
 クラスメイトからの制裁によってボロボロになった上条だが、それで補習が中止になる  
と言うこともなく、結局学校を出ることが出来たのはとうに終バスも過ぎた午後6時半ご  
ろだった。携帯電話の電池が切れてしまっていたため、学生寮で待つインデックスへの連  
絡は出来ていない。今日は買い物にも行かないといけないはずだったから、夕食は遅くな  
りそうだ。銀髪のシスターさんが不機嫌になっていく様が手に取るように思い浮かぶ。  
「……居候に、しかも女の子なのに、夕食が遅いって家主が叱られて噛み付かれるっての  
もレアな経験だよな…でも、嬉しくない…」  
 うだー、と肩を落としつつ公園の角を曲がる。  
 曲がった先に、セーラー服姿の髪の長い少女が立っていた。  
 吹寄制理。  
 午後から姿を消していた少女である。現れたのが誰かを確認するようにジロリと上条の  
全身を一瞥すると、今度は打って変わって弱々しげに上条と目を合わせる。  
「か、上条…」  
「吹寄! こんな時間まで家にも帰らずにいたのか? しかし、午後はどうしたんだよ…  
って、俺のせいか。土御門のヤツがワケ判らんこと言うから吹寄には迷惑かけちまったな、  
悪かったよ」  
 なんと言ったら良いのか、いかにもそんな風に上条は頭を掻きつつ少女に話しかける。  
事実がどうかはともかく、自分が迷惑をかけたような気がするし、それを何事も無かった  
かのようにやり過ごすのも上条のやり方では無い。自分に幾らかでも非があるなら、誠意  
だけでも見せるべきだろうと上条は頭を下げた。  
 しかし、吹寄制理は怒りの言葉を発するでもなく、ましてや手を上げるでもなく、  
 
 突然、上条に抱きついてきた。  
 上条の脇から背中に手を回し、きつく少年にしがみつく。あまり背の高い方では無い上  
条と、女の子としては背が高い吹寄とだと胸に顔を埋めると言うわけにも行かず、少女は  
少年の首筋に顔を落とす。  
「ふ、吹寄ぇ?! どうしたんだ一体全体これはどういう風の吹き回しで…」  
「…良いから貴様は黙ってっ……しばらくじっとしてなさいっ…」  
 言い様はきついが、普段の勢いはない。むしろ弱々しいと言うか、自分の行動に途惑っ  
てさえいるかのような様子である。さすがに上条も息を飲んで黙り込む。  
 ただ、黙り込んだは良いが、抱きついてきているのは抜群にスタイルの良い吹寄制理で  
ある。『美人なのにちっとも色っぽくない鉄壁の女』などとはとんでもない話だ。背中へ  
と伸びる腕はいかにも女の子らしく柔らかくなめらかだし、太股はズボン越しにもその張  
りが伝わる。何より、彼女の大きな胸が上条の胸板に押しつけられてその弾力を強く主張  
しているのは耐え難いの一言で換えられるものではない。しかも、  
「ふっ、くふぅ・・・」  
 と、吹寄がなんだか乱れた吐息を首筋に吹きかけてくるというか、当たる。このままで  
は色々と耐えられなくなってくるところが出てきそうだし、この密着状態でそれを隠すの  
は100%不可能だ。思わず少女の両肩に手を伸ばす。  
「あっ・・・」  
 肩に手を触れられ、少女は身体を震わせる。なんだか艶っぽい吐息が首筋に掛かった。  
上条の背筋にゾクゾクと電流が走る。吹寄の肩に置いた手を離そうとしながら慌てて問い  
かけた。  
「すっ、すまん吹寄、だ、だいじょ…」  
「は、離さないでっ…良いからそのままで居なさいっ」  
 言われて再び肩に手を戻す。とにかく今は言うとおりにしつつ、少年の(一部の)主張  
に耐えなければならないだろう。  
 吹寄が呟く。  
「なんで…こんな……大覇星祭の時は見られたってただイヤだっただけなのに…なんで今  
は貴様のことを考えると気分がモヤモヤしてくるのっ…? なんで今、こんなにドキドキ  
してるのよ……っ…」  
 少年を抱き留める両手の力が強くなる。押しつけられた胸の弾力もさらに強くなり、  
 少女の胸の動悸が伝わってきた。  
 首筋に当たる吐息と伝わってくる動悸に、上条の胸もドキンと跳ねる。  
 
「なんなのよカミジョー属性って…っ! ホントは判っててやってるんでしょう貴様は?  
姫神さんだって、クラスの子も、それにあの常盤台の子も…、あんたを捜して彷徨いてた  
外国人の子もそうだし…、貴様のこと気にしてる女の子が何人いるのか自覚してるんでし  
ょ? き、貴様は、お、女の子の気持ちを天秤に架けて…、ヤなヤツよねほんと…」  
「ちょっと待ってください吹寄サン! その不穏当な発言はなんですのっ!! と上条さ  
んは悲鳴を上げますよ!? て、天秤ってなんですかっっっ!!」  
 胸板に押しつけられた絶妙の弾力感にドギマギしながらも、本人としては全く自覚のな  
い上条が叫ぶ。しかし、吹寄制理はさらに強く上条のうなじに顔を埋めると、  
「わざと言ってるの貴様はっ…。それともホントに自覚が無いの…っ?」  
 と喘ぐように詰問する。何とか反論しようと、上条は少しだけ吹寄の顔に向かって首を  
曲げたのだが――  
 突然、顔を上げた吹寄制理に両の頬を捕まれた。  
 大覇星祭初日、不幸な事故で濡れ透けになった時でさえクールな表情を崩さなかった少  
女の瞳は。  
 上条の目を見据えながらも潤んでいた。  
 
「ホントに自覚がないのなら――後先は関係ないわよね……そう、こっちがイニシアチブ  
を取ればいいのよ…」  
 
 瞳を潤ませたクラスメイトの少女はそう言うと。  
 その柔らかい感触とか、緊張して震える指先とか、慌てて目を閉じる前に見えた潤んだ  
瞳とか、飛び跳ねて胸を突き破っていきそうな心臓の動悸とかに上条が硬直している間。  
 たっぷり10秒間、強引に唇を重ねて。  
「あたしのファーストキスなんだからね? 貴様もしっかり覚悟しときなさいよっ…」  
 そう告げて走り去った。  
 
 少女の走り去る姿を見つめながら、上条当麻はその場にへたり込む。正直言って何が起こったのかもよく判らない。  
 少年が我に返ったころには、もう星も高かった。  
 

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