許せない、と今でも思う。許さない、と思うこともある。その度に自分の幼い頃そっくり  
の少女の顔が浮かんで、御坂美琴はやるせない気持ちになった。どれを選んでも行き止ま  
りで、八方ふさがり。正解が何かなんて分かるわけもない。  
だから、偶然街中で白髪の学園都市第一位を見かけて意地悪ないたずらを思いついたのは、  
復讐なんて大層なものじゃなく、からかい半分、というかただの八つ当たりだった。  
 
静電気を起こして髪の毛を一束ぴんと跳ねさせると、頭上に見事なアホ毛がぴょこんと出  
来上がった。これで準備は万端だ。おぉーい、と大げさに手を振って、美琴は一方通行に  
駆け寄った。  
「偶然ねって御坂は……、ミサカ、は声を掛けてみる」  
「…………はァ?」  
「うわー、袋の中ぜんぶ缶コーヒーなのってミサカは驚いてみたり」  
「………………」  
「ちょっと無視すんなコラ!!……、ってミサカはミサカは怒ってみる」  
「頭にウジでも湧いたのかァ、超電磁砲」  
「ふふーん、言うと思った! 実はミサカは完成させてもらったのよって、ミサカはミサ  
カはお姉様そっくりな姿を披露してみる」  
「……いや、だからオマエ、超電g…」  
「だーかーら、違うっつってんでしょ!!……って、ミサカはお姉様の100分の1の威力  
もない電撃をアンタ、じゃないあなたにお見舞いしてみたり!」  
飛んできた電撃のベクトルを、一方通行はとっさに変換して脇に逸らした。目の前の常盤  
台の制服を着た女子中学生は、どこをどうみても学園都市第三位なのだが、と首をひねる。  
その彼女がなぜ、成長した打ち止めなどというバレバレの嘘をついて、自分にまとわりつ  
いてくるのかが分からない。  
 
「……まだ疑ってるわねってミサカはミサカは……、えっと、困ってみたり」  
「メンドクセエ」  
無視・放置を決めたらしい一方通行を、美琴は慌てて追いかけた。驚くとか悩むとか、何  
かしら面白いリアクションをとってくれれば、それでこちらの溜飲は下がったのに。この  
ままだと自分はただのピエロだ。  
「待って、待ってって、〜〜〜〜っ! 待ちなさいっつってんでしょこらーっ!」  
「あのクソガキはそンな口の利き方しませン」  
「うぐ、それは……その、学習装置のせい、だと思う、のよってミサカはミサカは」  
「アーソウデスカー」  
「う、ううっ……、どうして信じてくれないの、って……ぐすっ…」  
演じてるうちにその気になってしまったのか、美琴の目にはうっすらと涙まで浮かんだ。  
ぎくりと、一方通行は足を止めた。  
「いきなり信じろって方が無理っつーか嘘くせェンだよ」  
あさっての方向を見ながら、頭を掻いているところを見ると、相当気まずい様子だ。小声  
でもぞもぞしゃべった言葉は、美琴にははっきり聞き取れなかったが、どうやら謝罪の言  
葉だったらしい。  
(こんなに効果があるなんて……ちょっと、いやかなり引いた)  
「信じてくれるのってミサカはミサカは……もう一回聞いてみる」  
「正直信じらンねェが、まァ、オマエがそこまで言うンなら信じるしかねェな」  
ちくりと胸が痛んだが、同時に面白がっている自分がいることに美琴は気づいた。ウソ泣  
き一つでころっと騙されるなんて、バカなヤツと心の中でにんまりと笑みを浮かべた。  
 
妹達は、オリジナルである御坂美琴と肉体的成熟度が等しくなるよう設計されている。そ  
の点は打ち止めも同様で、いまの彼女の状態は、未完成であるが故に不安定で、脆い。  
「―――と、言うわけで、ミサカはミサカはちゃんと完成させてもらったってわけ」  
「そンなもンかねェ」  
ぽん、と美琴の頭に一方通行の手が置かれた。彼の能力を思って美琴は思わず身を固くし  
た。一方通行に触れられるということは、即、死を意味する。  
「……からだの方はなンともねェな。 むしろ前より安定してるかもなァ」  
ぽんぽんと2、3度、優しく頭を叩いて、一方通行は手を放した。心なしか、先刻までの険  
しい顔つきが、ほんのちょっぴり和らいだようにも見える。  
(心配……してくれた? なんともないってわかって、いまほっとしたよね…?)  
前を歩く一方通行の背中を追いながら、美琴は胸がじんわり温かくなるのを感じた。少年  
と少女の関係を、美琴は詳しく知らない。そもそも美琴にとって、一方通行は非情で冷血、  
人の命を弄ぶ極悪人、というイメージしかなかった。  
(ひょっとしなくてもコイツ、いいヤツ……なのかな)  
 
2人が黄泉川のマンション(もちろん美琴は初訪問なのだが)に着く頃には、いやがらせを  
してやろうなどという気持ちは消えていた。多分、打ち止めに「だいっきらい」などと言  
われようものなら、この学園都市第一位は再起不能に陥ってしまうだろう。そんな予想が  
できる程度には、美琴は一方通行のことを理解できていた。  
早めにネタ晴らしして、さっさと帰ろう。広いリビングの、これまた大きなソファの端っ  
こにちょこんと腰掛けて、美琴は意を決して話しかけた。  
「あ、あのね、一方通行」  
「しっかし……見事にこっちは成長しなかったなァ。 まァ、予想通りってヤツかァ」  
一方通行はソファに近づくと、美琴の隣に腰を降ろした。そしてあろうことか、乙女の純  
情な胸をおもむろにまさぐったのだ。  
「ひにゃっ!?」  
「揉めば大きくなる、なンつってよォ、人に散々揉ませた挙句完成したのがコレかよ」  
まさぐる手は明らかに性的な意味を含んでいて。  
「ちょ……っ、だ、め……って、っ!」  
耳を甘噛みされて、びくんと美琴はからだを反らせた。服の上からとはいえ、乳首を狙っ  
てぐりぐりと責められた。いやだやめて私は打ち止めじゃないの、ちょっとアンタをから  
かっただけで―――なんて言葉は、思っていても口には出せない。いま口を開いたら、き  
っとはずかしい声が出てしまう。  
「……っ、んっ…ふ……っ」  
気づけばソファに押し倒されていて、目の前に一方通行の顔があった。キスされそうにな  
って、美琴は慌てて顔を逸らした。薄い唇が美琴の耳たぶを優しく噛み、ぬるりとした舌  
が美琴の耳を舐めまわした。  
(やだやだやだ…っ、なんでコイツ、私の弱いとこ知ってんのよっ!)  
正確には、打ち止めの、だが。  
 
すでに美琴はいっぱいいっぱいで、冷静な判断が下せる状態ではなかった。抵抗して逃げ  
出さなければいけないのに、からだに力が入らない。奥底から立ち上ってくる快感の波に、  
せめて嬌声を上げずにいるだけで精一杯だった。  
ひんやりとした手指に直接胸を触られて、ようやく美琴は胸元が完全に肌蹴られてしまっ  
たことに気がついた。恥ずかしさと嫌悪感とで、目を開けることも敵わない。体温の低い  
手は、遠慮なく美琴の胸を揉み、尖った先端を擦りあげた。  
「ひ…っ、あ……っ、んんっ」  
こらえ切れなかった声が漏れ出てしまったことに、美琴はさらに顔を赤らめた。もにゅも  
にゅと揉まれる感触は、目を閉じているせいか、やけに刺激的だ。泡粒の様な快感がいく  
つもいくつも弾け、その度に美琴はからだを震わせた。  
(アイツ以外に……なんて、いやなのに……っ、どうして)  
知らぬ間に両足を開かれ、その間に一方通行のからだが割り込んでいた。下腹部に当たる  
熱くて硬いモノに気づいて、美琴はぎくりとした。  
体温の低い手がするすると下におりて、短パンと下着の間から侵入しようとしている。  
短パンに違和感を覚えて、このウソを見破って欲しい、という願いは無残に打ち砕かれた。  
無表情で淡々としているように見えて、彼も実は我慢の限界なのだろう。侵入する手つき  
に余裕がない。じれったそうに、いっそ引きちぎってしまいそうな勢いで、美琴の下半身  
を覆っていた布地はずり下ろされた。  
ひんやりとした外気、体温の低い細い指。割れ目をなぞるその指がくちゅくちゅといやら  
しい音を立てた。  
「や……っ、ああぁぁんっ、やだ、やだぁ……んん、んっ」  
堪らず声をあげた。  
(やだ、やだやだやだっ、ぜったいやだ!!!)  
この声を聞いていいのは、ツンツン頭のアイツだけだったのに。この恥ずかしい姿を見て  
いいのも、このからだに触れていいのも、全部、ぜんぶ。  
 
「感度がイイのは変わンねェ……」  
ぴたりと一方通行の動きが止まった。美琴が恐る恐る目を開けると、視界が滲んでいた。  
泣いてしまった、という事実は、美琴が堪えていた何かを吹っ切ってしまったらしい。涙  
が後から後から出てきて、止まらない。  
「ひっく、……やだって……っ、言った………のに……っ」  
自分に圧し掛かっていた重みが、すっと引いた。助かったと思うと同時に、激しい自己嫌  
悪に襲われた。彼を傷つけるつもりは、全く無かったわけではないが、それでも、やはり  
悪いことをしたとほんの少しだけ思う。  
制服を調えながら、美琴は背中を向けている一方通行に何と声を掛ければいいかと考えあ  
ぐねていた。彼の顔は見えないが、がっくりと肩を落としたその姿は、相当なダメージを  
受けたらしいことを思わせた。  
「そのォ……悪かった。見た目以外は前と変わンねェと思ってたし、いつも通りでいいン  
だとばっかり」  
……まだ気づいていないのか、この男は。そもそも、そもそもだ。同じ遺伝子を持ってい  
るのに、自分と打ち止めとのこの扱いの差、態度の差は一体なんなんだ?!  
次第に腹が立ってきて、美琴はぼそっと吐き捨てた。  
「……ロリコン。変態」  
「あァ?」  
「あんな小さい子に"いつも"こんないやらしいことしてるなんて、変態以外の何者でもない  
わよ」  
「……どォいう意味だ、コラ」  
「打ち止めが突然大きくなるわけないでしょ。こんなウソに騙されるなんて、案外間抜け  
ね、アンタ」  
「……、……!!」  
カメラがあったら、このときの一方通行の表情を撮って、打ち止めや妹達に見せてやった  
のに、と美琴は悔しがった。それぐらい素っ頓狂な顔だった。  
硬直した一方通行の脇をするりと抜けて、美琴はそそくさと黄泉川邸を後にした。マンシ  
ョンの入口付近で、言葉にもならない絶叫が上方から聞こえたが、気にしないことにした。  
 
 
その日のことは誰にも話せない、と思っていたのに、なぜか妹達には筒抜けで、というこ  
とは当然打ち止めにもバレているということだ。  
学園都市第一位は幼女にみっちりお仕置きを受けたらしいとか。  
いま妹達の間では、成長した上位個体のフリをして白髪の少年をからかうことが流行って  
いるらしいとか。  
(あーあ、なんていうか、ご愁傷さま)  
これまでの諸々をすべて許してもいい、とまでは思えないが、ちょびっとは同情してやっ  
てもいいかなと思う美琴であった。  
 
 
終わり。  
 

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