これは綺麗な性三角形……もとい、正三角形を作ってしまった、分不相応な性(さが)を背負った1人の男の話である。  
 
 
 
 
 町のチンピラ然とした少年浜面仕上は、只今絶賛1人トークに花を咲かせていた。  
 と言うと寂しい男の独り言になってしまうが、一応聞いている人間は2人程居る。だが今の所話に食いついて来る気配は微塵も無い。  
 それでも朗々と喋り続けるのは、彼にそれなりの勝算が有ったからだった。  
「人工海岸?」  
(かかった!)  
 そうして嬉々として声の方を振り返れば、そこにはボブカットの少女が熱心に映画のパンフレットを読んでいた。  
 完全に空ぶった格好になった浜面の勝利のニヤケ顔が僅かに引き攣る。  
 すると少女――絹旗最愛はため息を1つついてから、パンフレットから顔を上げた。  
「超キモい顔でこっちを見ないで下さい浜面。そんなに相槌を打ってもらった事が超嬉しかったんですか?」  
「キモいとか言うな! こっちはとっておきの笑顔のつもりだったんだ!」  
「それがとっておきなら一生何処かに置いておいて出さないで下さい。そう墓まで持って行ってもらうのが超ベストですね」  
「何だと! 俺の笑顔は家族にも話せない最重要機密か何かか!?」  
「そんな超御大層な……。それを例えるならせいぜい道端で五円十円をポケットに入れる位の超軽犯罪です」  
「おい、それはあんまり俺が小物過ぎるだろッ!」  
 すると絹旗は再びため息をつくと映画のパンフレットを閉じた。  
「あなたが小物とか超どーでもいい話ですから、さっきのつまらない話の続きをして下さい」  
 そんな事を言われでも「おうそうか」と言えないのが浜面が小さいと言われるゆえんなのだが、まあ、要は悔しいから話の続きなどしたく無い気分だった。  
 ところが、  
「大丈夫。私ははまづらの話、楽しいから」  
 たったその一言で浜面の注意は絹旗から滝壺に移行した。  
 しまったと言う顔する絹旗の事など最速忘れて、浜面は嬉しそうな笑顔を滝壺に向けた。  
「そうか!? じゃあ滝壺にだけ話そうかな?」  
 だが浜面はすぐに自分が調子乗ってしまった事に気付かされる事になる。  
「…………」  
 後頭部に突き刺さる絹旗の無言の威圧が彼のにやけ顔を凍り付かせた。  
 そして錆びた機械のようにぎこちなく正面に向き直った浜面は、「2人に話すよ」と若干怯えを含んだ声音で、絹旗を意識してあえてそう前置きをするのだった。  
 
 
 因みに3人の座り位置を確認すると、滝壺のたっての頼みで購入したロングソファーに、真ん中にふんぞり返るのが浜面、右に半ばずり落ちた滝壺、左に浜面の横顔を睨む様に抱えた膝に顎を乗せた絹旗。  
 およそ間抜けな両手に花だが、これは浜面が無理にそうしているのでは無い。3人暮らしの中で浜面が身に付けた処世術の1つであった。  
 
 
「で何の話してたんだっけ……そうそう人工海岸な! 何かどっかの研究施設がそう言うのオープンさせたらしいんだよ」  
「研究施設? 私はてっきり二二学区の新アトラクションだと超解釈していましたが?」  
「いや俺も最初はそう思ったんだけどな。これには訳があるらしいんだよ」  
 そう語る浜面の顔は、どうしても自然リアクションの多い絹旗の方に向いてしまう。  
 すると先程の発言以降、じっと正面を見つめたままだった滝壺が体をソファーにずり上げたかと思うと、何の脈絡も無く浜面の背中に全身でのしかかったのだ。  
「おわっ、な、何だ滝壺ッ!?」  
 
「はまづら。寝室に行こう」  
 そう言いながら首に腕を回してくる滝壺。  
「し、しかしだなッ! ま、まだ話がッ!?」  
 抵抗する浜面は顔が真っ赤。しかしそれは首を絞められた訳では無い。  
 布ごしでもはっきりと判る大きな膨らみが微かな温もりを伴って押し付けられたからだった。  
「話ならベッドの上でも出来る。ね、はまづら」  
「そ、そうか?」  
 『ベッド』。そのあからさまな誘い文句に浜面が表情をデレッと崩した次の瞬間、浜面はソファーの後ろはおろか部屋の隅まで吹っ飛んでいた。  
 しかし彼も慣れたものなのか直ぐに飛ぶように戻ってくると、  
「痛えじゃねえか絹旗ッ!!」  
 ソファーごしに自分を投げ飛ばした相手に食って掛かる。それが男の生きざま。例え絶対に敵わな相手でも向かって行かねばならぬ時があるのだ。  
 だが絹旗は、そんな浜面を振り返りもせずに、その襟首を小さな手でひと掴みにすると、先程と同じ窒素装甲(オフェンスアーマー)の怪力でソファーの後ろから引っこ抜き、  
「ぅあわッ!?」  
 器用に手首の捻りだけで元の位置に座らせた。  
 そして呆然とする浜面の首に腕を回し、  
「浜面ぁ。超くびり殺されたくなかったら話の続き、し、て、く、だ、さ、い、ね」  
 と内容とは裏腹な甘い吐息の様な響きで囁いた。  
 そこへ浜面を絹旗にむしり取られた滝壺が、今度は膝の上を占拠する事に上半身をそこに乗せて、浜面の顔をじっと見上げてくる。  
 浜面はこの瞬間、最悪の事態を覚悟して誰に向けてか頷くと、淡々と話しだす。  
「そ、その研究施設っていうのがな……滝壺、嬉しいんだけどあんまり動かないでくれるか? いや、絹旗も対抗しなくていいから。てかお前ら何でノーブ……いやいい。で、その研究施設がな……滝壺。俺の話ってそんなにつまんねえか?」  
 しかし滝壺は、「そんな事ないよ。何故そんな事を聞くの?」と逆に聞き返してくる。  
「いや、それならいいんだ」  
 まさか股間をまさぐるのを止めろとは、絞首の縄が首根っこに巻き付いたままでは言えない浜面だった。  
「で研究施設なんだけどよ。そこ、色んな自然現象を人工的に再現する事を目指してたらしいんだ。波、雷、風、雨、雪……」  
「そんな施設なら学園都市で無くても超何処にでも有るありふれた施設じゃ無いですか」  
「いやそう思うおッ!?」  
「どうしました浜面? 顔が超真っ赤です」  
「い!? いや気にするな何でも無い……」  
 実は何でも無い訳は無くて滝壺がより積極的に固くなったナニに指を絡めたからだった。  
 訝しむ絹旗の視線が痛いが、本当の事を言うわけにも行かず、結果話を続ける事に。  
「外部の施設ってのは実験の為のヤツだろ? その自然現象が再現出来さえすればそれでいいって言う感じで」  
「それが超当たり前だと思いますが?」  
「だろ? お前もそう思うよな? 普通誰だってそう考えるもんだ。うんうん」  
「何ですか超勿体ぶったその言い回し? 鼻息も超荒くてダブルで超キモいです」  
 なら離れろよと思う浜面だが、肩に当たる感触も捨てがたいと思ってしまうのもやっぱり浜面だ。  
 因みに鼻息が荒いのは滝壺の手淫に体がいよいよ反応してきてしまったからだ。  
 にも関わらず浜面は悟られまいと話を続ける。  
「ま、キモいは置いとくとして。それが学園都市の施設では違うっていうんだ」  
「違う?」  
「ああ。そこの施設の責任者が馬鹿なんだろうな。再現は完璧でないといけないとか言って金と技術を派手に注ぎ込んだらしい。その結果、局地的にだが自然現象を自在に操作できる設備を造っちまったんだそうだ」  
 そう言って人差し指を立てた浜面は、今回の話の確信に迫ろうと思ったのだが、  
「どうしたんですか浜面? 急に超黙りこくって?」  
「あ、いや」  
 
 そこでちょっと武者震い。  
 それもその筈股間が既に爆発寸前になっていたのだ。  
 浜面はそこで大きなため息をついて、取り合えず一瞬だけでも気を逸らせてタイムリミットを伸ばす事に成功すると、  
「ちょっと便所行って来ていいか?」  
 そう言ってまずは滝壺(げんきょう)をやんわりと膝から退けた。  
「あ」  
 退けた瞬間小さな声を上げた滝壺が何か言いたそうな顔をしたがそこは無視する。  
 次は抱きついたままの絹旗だ。  
「絹旗も。な、すぐ帰るから放してくれ」  
 しかし帰って来た返事は、  
「浜面」  
 であった。  
 しかも至って表情も声も固い。  
「えと……、どうした?」  
 努めて何でも無いふうを装うが、背中の汗が尋常でない程垂れて来るのが判る。  
「浜面」  
「あ! もしかしてお前も便じょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」  
 またも発した不用意な一言は己の叫び声で遮られ、その叫びと共にまたも放り投げられた浜面。  
 今度は天井目掛けてきりもみするように放り投げられる。  
 最近は絹旗も慣れたもので天井にブチ当たる事は無いが、それでも物の様にポンポン投げないで欲しいと浜面は何時も思う。  
 だが幸い今日は着地点にソファーもある事だから、床に叩きつけられる心配が無いのが彼を安堵させた。  
 しかし、そんなふうに油断していたから、着地にあった肘掛けに頭をしこたま打ち付けてしまう。  
 ごす、だか、ごん、だか言って目の前には星が散り、浜面の意識は朦朧としたものになる。  
「うぅ……あぁ……」  
 そんな状態だからか、浜面は薄眼を開けた先に天使の姿を見た。  
 やっぱり俺は死んじまったのかとそんな事を思っていると、そんな天使からの顔面パンチで正気に戻された。  
「ぅっっ……。テメエ殺す気か絹旗ッ!! あと少しでテメエを天使と間違える所だったわこの悪うぐぐ……」  
 続いては天使……もとい絹旗からの熱い口づけが浜面の言葉を奪う。  
 ただ唇と唇を、そしてお互いの吐息を合わせるだけの単純なキスだったが、それでも浜面を黙らせるには十分な効果が有った。  
 唇が離れたのは何時だったのか?  
 浜面はまたも絹旗に殴られて我に帰ると、  
「俺はスイカか何かか!? そんなポンポン気安く殴るんじゃねえ! これ以上馬鹿になったらどうするつもりだッ!!」  
「浜面。あなたの馬鹿はこれ以上超良くなる事も悪くなる事もありませんから心配する必要は超無いと思いますよ」  
「テメ、絹旗ッ!?」  
「超それよりです」  
 浜面はその一言だけで怒りも吹っ飛んで青ざめた。  
 まさか先ほどの滝壺の悪戯がばれたのでは!? いやそんな筈は無い。俺の演技は完璧な筈。  
 とは言え絹旗から感じるこの底冷えする様な感覚は……。  
「は、な、何だよ? す、凄んだって、こ、ここ、怖くねえぞ」  
 相手は自分より小柄とは言え、男の浜面どころか自動車だって投げ飛ばす人間重戦車。  
 今の浜面の命は紙くずより軽かった。しかし、  
「私は凄んでませんし、そう言う事は啖呵は超どもらないで言うものです浜面。まあ、そんな話も超どーでもいいんですけど」  
 
 そこで一旦絹旗はフンと鼻を鳴らしてから、  
「浜面。超まどろっこしいです」  
「へ?」  
「その人工海岸とやらに超誘いたいなら誘いたいと超ストレートに言えばいいんです」  
 何だそんな事か……そう胸を撫で下ろしたのは一瞬だけ。  
 計画を看破された恥ずかしさに浜面は悶死しそうになるが、そうなる前にこれだけは言っておかなければと気力を振り絞った。  
「馬鹿ヤロッ! お、俺は……、いや男はそう単純じゃねーんだよ! こう、遠まわしに女心のベールを一枚一枚解いて行く所に攻略の喜びを感じたりするんだ! そう言うナイーブな生き物だって判らねえかな!?」  
 しかし、帰って来た言葉は、  
「いや、ホント超キモいです。流石は浜面ですね」  
 更にひょこっと顔を出した滝壺からは、  
「大丈夫だよ、はまづら。私はいつでもはまづらの為に脱げるし、はまづらがしたいんだったら私の洋服を脱がさせてあげてもいいんだよ?」  
 それには絹旗もギョッとしつつ「わ、私だって……」と小さく呟いたがそれを突っ込んだら死あるのみだ。  
「と、とにかく超そう言う訳ですから日にちは私たちで超決めておきますね」  
「楽しみだね、はまづら」  
 
 
 
 
「おい絹旗」  
「何ですか浜面」  
 ここが室内だとは思えない様な青い空と白い雲、白い砂浜に打ち寄せる波も穏やかで美しい。  
 この研究施設は何を研究するつもりだったんだと第一印象でそうツッコミを入れた浜面たちだったが、浜面にはもういくつか突っ込みたいところがあった。  
「何でここ誰も居ないんだ?」  
 浜面が言う通り、この広大な人工海岸に居るのは浜面、滝壺、絹旗の3人だけだった。  
「超何で私に聞くんですか? 知りませんよそんな事」  
「はまづら。私は静かな方がいいと思う」  
「や、でも……」  
「滝壺さんの超言う通りです。それとも人に超見られたいんですか?」  
「い、いや、そんな事は……」  
 何処に行っても肩身の狭い浜面だった。  
 そんな浜面は、絹旗と滝壺が昔のコネでこの研究施設を借り切った事を知らない。  
「じゃ、まあ、それはいいや。だがな、これは譲れないぜ」  
「何です今度は……」  
 あきれ顔の絹旗に、浜面の心はもう折れそうだ。  
 いや待て。これをクリアしなければ先には進めない。  
 浜面は自分をそう鼓舞すると、  
「お、お前らの示し合わせた様なその白スク水は一体全体何のつもりだッ!!」  
「ただのスクール水着に超他意もあると?」  
「はまづら、ただの水着だから気にしない」  
 その瞬間、浜面はこの美しい海岸での唯一の汚れになった様な気がした。  
 
 
 浜面がパラソルの下で膝を抱えて自分を見つめ直している間、絹旗と滝壺は連れ立って海に入りに行った。  
「何を考えてんだ俺は。ただ皆でここに遊びに来たかっただけだろうが。それを俺は1人エロい方向、エロい方向って……。ああクソッ!! 格好悪いぜ俺」  
 そこで後ろを振り返れば大量の荷物。その中にはバーベキューセットもある。  
「ここは1つ俺の手料理で汚名挽回……」  
「それを超言うなら名誉挽回、もしくは汚名返上です浜面」  
「へ?」  
 振り返るとそこには絹旗と滝壺が立っていた。  
 どうやら海に入ったらしく、2人とも髪の毛までしっかり濡れている。  
 そして、白スク水は2人の体にぴったりと張り付いていて、どんな小さな凹凸もはっきりと現していた。  
「はまづら、鼻血」  
「うおッ!? マジで?」  
 思わず拭った右手の甲にはしっかりと血の跡が。  
「流石超浜面は簡単ですね」  
「簡単て、テメエやっぱり!?」  
 そんな浜面の横を通り過ぎた絹旗は浜面にティッシュボックスを投げつける。  
「何がやっぱりなのか知りませんが、これはあくまで超偶然です」  
 そう言いながら浜面の横にぴったりと腰を下ろす。  
 すると同じように滝壺も浜面の隣にぴったりと腰を下ろした。  
 水に濡れた冷たさと、2人の微かな温もりが伝わって来て、浜面は目が回りそうだ。  
「はまづら」  
「な、何だ?」  
「偶然はおしまい。ここからは、はまづらがしたい様にしていいんだよ」  
 そう滝壺に囁かれた瞬間、浜面はバンと立ち上がって2人を見下ろした。  
 するとムスッとした表情の少女と、少しはにかんだ様な表情を浮かべる少女がこっちを見つめている。  
「浜面」  
「え? もしかして今更冗談とか言うんじゃねーだろうな?」  
 すると絹旗は更にムスッとした顔をすると、「確かにその質問は超今更ですね」言ってから妙な咳払いをひとつすると、  
「それより私が超言いたいのは、へ、変な日焼け痕を超残さないで欲しいと言う事だけです」  
 顔を真っ赤にしてそんな事を言われると、浜面としても覚悟を決めねばいけないだろう。  
「い、いいのかな?」  
 すると、  
「浜面」  
「はまづら」  
「な、何?」  
「「面倒くさい」」  
 そしてあっという間に2人に砂浜に押し倒された浜面は、  
「ちょ、ちょっとぉ!? お、俺にも格好いい所を見せる様なチャンスは無いのかあああああああああああああああああああああ!!」  
「超そんなもの有る訳無いじゃないですか。無い物ねだりも超甚だしいです」  
「大丈夫だよ、はまづら。何時も通り優しくするから」  
「ちょおおおおおおおッ!? だああああああああああああああああああああああああああめえええええええええええええええええええええええええええええええ!!」  
 ガンバレ浜面。何時か2人に男を見せるその日まで。  
 合掌。  
 
 
 
END  
 
 

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