唐突だが私――木山春生は非常に困っていた。  
 それはこのうだるような暑さ。  
 一昔前から叫ばれ続けた地球温暖化の影響なのか今年の夏は一段と暑い。  
 去年もその前もそんな事を考えた気がしないでもないが、きっと今年が一番暑いと思う。  
 どのくらい暑いかと言うと、日差しの下に出て数分で私は全身汗でびしょびしょだ。  
 シャツもストッキングも下着も皆身体中に張り付いて歩きにくいは気持ち悪いは……。  
「脱ぐか」  
 そう思ってネクタイを緩めた所で、先日その事で風紀委員(ジャッジメント)の怖いお嬢さん方に怒られたのを思い出した。  
 あの時偶然出くわしたのはツインテールの少女と花畑の少女。  
 特にツインテールの方……。久々に会ったのだから積もる話もあるだろうに、頭から終わりまで説教だなんてあんまりだと思うし、正直鬼気迫るものが有って非常に怖かった。  
「止めよう」  
 これはあくまで屈した訳では無く、不要な争いを避けるための名誉の撤退なのだ。  
 まあそれはさて置き問題はもう1つあった。  
 それは――、  
「ここはどこだ?」  
 私は辺りをキョロキョロとした後、目の前の建物を見上げてそう呟いた。  
 先ほどからあちこち歩いて思い出そうとしているのだが思い出せない。  
 この建物も先ほど見た様な気もするし、初めて見る建物かもしれない。  
 探すべき駐車場も、出て来た建物にすら戻れない状況に、握りしめた携帯電話には助けを呼ぶ相手のアドレスなんて入っていないと言う三重苦。  
 それなら道行く誰かに助けを求めればいいのだが、この暑さのせいか歩いている者にも出くわさない。  
「それにしても暑いな」  
 何度目かの無益なひとりごとが口を突く。  
 視線の先でゆらゆらと揺らめく陽炎が忌々しい。  
 そしてこの暑さは一体全体何なのか?  
 これはアレか? 方向音痴で助けを求める相手も居ない寂しい私に対する嫌がらせか?  
「くそっ……、私が理事会メンバーになった暁には学園都市を全天候型ドームにしてやる」  
 ついにはこんな荒唐無稽な妄想すらしてしまう程、今の私は参っていた。  
 それでもこの場で干からびる訳にも行かず、重い足を持ち上げてまた一歩煮え立つアスファルトを踏みしめる――と踏み出した膝がかくんと折れた。  
「お?」  
 感覚はスローモーションだが、目の前の景色は目で追えない程早く流れて行く。  
 どうやら暑さで体がどうにかなってしまったらしい。  
 そんな事にすら気付けない程参っていた事にショックを受けつつも、私は倒れそうになる体を支える為の何かを探して手を伸ばす。  
 その指が咄嗟に何かを掴んだ様な気がしたが、それを確認する暇も無く私の視界は暗転した。  
 
 
 
 目覚めた時まず視界に飛び込んで来たのは人の顔だった。  
「君は誰だ?」  
「通りすがりのコーコーセーです」  
 霞んだ目を何度か瞬かせると視界がやっと安定して来て、何処にでもいそうな感じのツンツン頭の少年だと判る。  
 何処にでもいる少年……? 自分の心の中の呟きが妙に引っかかる。  
「以前にも私にそう名乗らなかったか?」  
 そう口に出してみても不思議そうな顔をするだけの少年に「まあいい」と言って私は額の上で温くなったハンカチを握りしめてから体を起こした。  
 すると両の脇からごろんごろんと缶ジュースが落ちて来る。  
 それを拾い上げて暫く考えていると、  
「起きても大丈夫なんですか?」  
「問題無い。君の的確な判断のおかげだな。ありがとう」  
 言葉通りに体調はすこぶるいい。  
「風通りの良い日陰に、両の脇と首筋に冷たいジュースか。それから額に濡らしたハンカチ。熱中症の応急処置としてはまず的確な判断だ」  
「いや、そん……」  
 少年の謙遜の声が急にしぼんだかと思うと、  
「あ、あの……」  
 と今度は不安そうに呼びかけて来る。  
 どうしたと言うのか? もしかして助けては見たものの私が誰か判らず不安になったか?  
 では取り合えず自己紹介をしておこうじゃないか。  
「木山春生。こう見えても科学者をしている」  
「あ、じゃ、じゃあ木山先生……、ごめんなさい!」  
 いきなりごめんなさい? それは一体どういう意味かと振り返った私は、少年がこっちを指さしているのを見た。  
「その……背中にガムが?」  
「背中?」  
 そう言われても見えない――となれば脱ぐしかないな。  
 ぱぱっとボタンを外して、おや? そう言えばネクタイが無い……。  
 それはまず置いておいて、私はシャツを脱いだ。  
「ふう……」  
「せ、せんせ……」  
 これは涼しくていい。やはり人間は服など着るのを止めるべきかもしれない。  
 まあ、そんな事はどうでも良くて、背中にガムが付いていたのだな。  
「これは繊維にがっちりと絡みついていて取れそうにないな」  
 洗えば何とかなる気もするが、何時買ったかも覚えていない程度の代物に労力を割くのも面倒だ。  
 そんな事を考えていた時、涼しさを遮る様な何かが私の肩に覆いかぶさって来た。  
「何だね?」  
 それをした少年(あいて)に訳を尋ねると、  
「み、道端で裸はマズイですよ先生」  
 裸とは心外だと思ったが、一緒に例の少女の事も思い出したので取り合えずシャツの前を合わせる。  
 そうしながらもう一度「それとこれの関係は?」と尋ねると、  
「そんなガムが付いた服は着れないでしょ? その服にガムが付いたのは俺の不注意でした。すいません。嫌かとは思いますがその上から白衣を羽織れば男ものだって判りませんよ」  
 この暑いのに白衣を羽織れと言うのか少年……。  
 そう喉元まで出かかったが、全ては私を気遣っての事だと思えば何だかこの少年が愛おしく思えた。  
 そうは思えたのだが如何せん私はこう言った事が苦手だ。  
「問題無い。行こう」  
 私はそう言ってすっくと立ち上がって、まだ座っている少年を見下ろした。  
「行こう……て何処へ?」  
「私の車へだ」  
 やっと見つけた助けを易々と逃がす程私は甘く無いのだよ。  
 
 
 
 それから間もなく……。  
「先生! 先生の車ってアレですか?」  
 少年の指差す先には確かに私の車が止まっていた。  
 気が付けばこの駐車場と、会合があった建物は隣接していたのだな。  
 それにしてもこの少年はここの辺りの地図が頭に入っているかのようにあっという間に見つけてしまったのでビックリした。  
「素晴らしい。よく見つけてくれた」  
 私の労いにはにかむ様な表情を作る少年に、私は久々に子供をかわいいと思っていた。  
「じゃ、俺はこれで……」  
 そう言って私の隣を抜けて行こうとする少年。  
 おっとそうはいかないのだよ。  
「まあそう急ぐな」  
「ぐえ」  
 初めて「らりあっと」なるものをしてみたがこれはかなり有効だな。  
「君の家まで送って行こう」  
「い、いやいいですよ」  
 ジタバタするのが余計にかわいくて、思わず巻き付けた腕に力が入ってしまうではないか。  
「ぐええ……」  
「遠慮する事は無い」  
「い、いや……しかし……」  
 もう車の前まで来ていると言うのに、この少年は何と謙虚で遠慮深いのか。  
 まだるっこしいのでドアを開けて少年を頭から放り込んだ。  
「痛っ」  
「早く椅子に座りたまえ」  
 そう言って少年が態勢を立て直さない内に運転席に身体を滑り込ませて、エンジンスタートと同時にドアをロックした。  
「ふう、暑いな」  
 あっという間に肌に浮き出た玉の様な汗を見ながら、ここなら脱いでもいいかなとシャツのボタンに手を伸ばすと、  
「先生、免許証落ちてましたよ」  
 もう順応したのか少年が何処からか見つけた私の免許証を持って居た。  
「ああ、そんな所にあったのか」  
「そんな所って……」  
「車に乗る時くらいしか必要無いし、普段はIDパスで全て済む」  
「はあ……」  
 何だか気の抜けた様な返事をした少年が、今度は「先生今日が誕生日なんですね」などとのたまう。  
 流石は子供。無遠慮で言葉を選ばない。  
「女が誕生日で喜ぶのは二十歳くらいまでだ」  
 暑さも相まってちょっとつっけんどんに返したら、捨てられそうな子犬の様にしゅんとなってしまった。  
「す、すいません俺……」  
 私はそんな少年の頭をくしゃりと撫でながら、  
「すまんすまん、ちょっとからかっただけだ。悪かったな」  
 そんな事を言いながら、自然に少年の頭に手を伸ばした自分の行為を考えていた。  
 この気持ちが一体何処から出て来るものなのかと……。  
「車を出すからシートベルトをしてくれ」  
「あ、はい」  
 もしかしたらその答えを少年が教えてくれるかもしれないと私は期待していた。  
 
 
 
「遠慮無く上がってくれ」  
「お、お邪魔します……」  
 嫌がる少年をマンションに上げた私は、逃げられない様に彼の背後に立ってリビングに案内した。  
 普段から余り部屋に物を置かないせいで誰か来ても慌てる事は無い。  
 私はソファーを指差し「そこにでも座ってくれ」と言い残してキッチンに移動する。  
 そこで汚れたワイシャツをゴミ箱に放り込み、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してコップに注ぐ。  
 それを持ってリビングに戻ると少年の前に置いた。  
「悪いが未成年に出せる様なものはこれしか無い」  
「あ、いえ、お気遣いなく」  
 何を緊張しているのだこの少年は?  
 車の中ではあんなにはしゃいでいたのにおかしな奴だ。  
「これがテレビのリモコンだ。後、色々重要なものも置いてあるからそこから余り動かないでくれ」  
「は、はい!」  
 重要なものと言うのは真っ赤な嘘。こう言っておけば子供は余り悪戯をしないと言う私なりの経験則だ。  
 私はそれだけ言い残すとリビングを出てバスルームへと向かう。  
 脱衣所でワイシャツを脱ぎ、迷わず洗濯機に放り込もうとして私はポケットの中に何かを見つけた。  
「IDカード」  
 それは少年のIDカード。  
「かみじょうとうま」  
 そう言う名前なのだな。  
 IDカードは棚に外し改めてワイシャツを洗濯機に放り込む。  
 それからスカートもストッキングも下着も全部洗濯機に放り込んでからユニットに入ってシャワーのハンドルを捻る。  
 少し冷たいお湯を頭から浴びながら考える。  
 今日は本当に暑かった。  
 その上道に迷った。  
 あの少年……いや上条君が通りかからなかったらちょっと困った事になっていたかもしれない。  
 まさに天の助けとはこの事だろう。  
 誕生日などと忘れていたが彼は天が寄こした誕生日プレゼントかも知れないな。  
「馬鹿馬鹿しい」  
 我ながら空想と言うか妄想の貧困さに失笑してしまう。  
 少年がプレゼントだったとしてそれで私はどうすると言うのだ?  
 大体ほんの一瞬人生のレールが交差しただけでおこがましいというものだ。  
「こんな起伏に乏しく、鍛錬も怠った体の何処に異性の魅力を感じると言うのだ」  
 自分で言うとより一層惨めだが、先の幻想を追い払うにはこれくらいの劇薬が必要だ。  
 そこで私ははてと気が付いた――私は少年を異性として扱っていると言う事に。  
「それこそ馬鹿馬鹿しい話だ。あんな子供に何故私が……」  
 馬鹿馬鹿しい考えだったと頭から追い払うとシャワーの水を止めた。  
 
 
 
 シャワーで濡れた髪も乾かし終えた私は新しい服に着替えてリビングに戻った。  
 その手には少年のIDカードとキッチンで入れたミネラルウォータの入ったグラスが握られている。  
「上条当麻君」  
 悪戯心でそう呼びかけると少年がぴょんとソファーから跳ねた。  
「何でお……」  
 名前を知っているのがそんなに驚く事なのか、とにかく固まった彼の隣に腰掛けてテーブルの上にIDカードを置く。  
「君のIDカードがポケットに入っていた」  
 そこまで言ってグラスの中身をあおる。  
 この後彼を送る約束さえなければ飲酒と行きたい所だな。  
 と、何気にチラリと横を見ると上条が小刻みに震えている。  
「どうした?」  
「あ、あの……」  
 見るとグラスの中身が減っていない。  
「ミネラルウォーターでは不満だったかな?」  
 少年は嫌々と首を左右に振る。  
「他に不満でも?」  
 またも少年は首を横に降るばかり。  
「では何故私と目を合わさない?」  
 そう言うと少年は更に身体を小さく丸めると、  
「そ、その……せ、せん……せい……」  
「やはり私に何か落ち度があるのだな?」  
 原因は私。それは判った。  
 では何故彼は私に不満を?  
「上条君」  
 呼びかけてみるがピクリとも反応しない。  
 そうか、ついに返事も無しか。  
 打つ手無し――では無い。何故ならこう言う時の対処法にも私は長けているのだ。  
 私はおもむろに少年の頬を両手で挟み込むと、彼とぴったりと視線を合わせる。  
「不満が有れば言ってみたまえ。極力善処はする」  
 我ながら前向きな発言だと思う。  
 そしてこれで落ちない子供は居ないのだ。  
 果たして――、  
「な、なんで、したぎ、す、すがた……」  
 おずおずと少年が真相を語りだした。  
 したぎすがた……、したぎ……、すがた……。  
「おお!」  
「!!」  
 どうやら少年は自分の裸を見て引いていたらしい。  
「シャワーを浴びたのだがその時の汗がまだ引かなくてな。粗末なものを見せて済まなかった」  
 いや自分の家なのでうっかりしていた。  
「そ、粗末だなんて……」  
「いや、いいんだ。すぐに何か着て来る」  
 
 そう言って立ち上がった私の腕を、少年がグイッと引っ張る。  
 まだ何かいい足りない……?  
「だから俺の話を聞けよ先生!! 俺は何も先生の裸を見たくないなんて一言も言ってうおッ!?」  
「うわッ!?」  
 少年が私の腕を掴んだまま転んだので、私もつられてそのまま倒れる。  
 ソファーに一度ぶつかって、そのソファーとテーブルとの間に仰向けに倒れ込む。  
「う、つつ……」  
 背中を強かに打ちつけたので軽く息が詰まる。  
「す、すいません先生……」  
 余りに声が近いと思えば、文字通り目と鼻の先に少年の顔があった。  
 近くで見ると思ったよりいい男に見えるから不思議だ。  
 車の中での話では、あのツインテールも超電磁砲も知り合いらしい。  
 これは完全な邪推と言えるが、年頃の男女なのだからただの仲良しこよしと言う訳ではないだろう。  
 見た目より進んでいると思われるこの少年に私はちょっとだけジェラシーの様なものを感じていた。  
 だから意趣返し――いや大人気ない悪戯をした自分を赦してくれとは言わない。  
 私は少年の鼻の頭をぺろりと舐めてから、首の後ろに手を回して唇を合わせた。  
「ぅん……」  
 初めての割に上出来に出来た様な気がしたのは、少年が口付けに応じて唇を開いてくれたからだろう。  
 おずおずと舌を忍び込ませると少年の舌とぶつかった。  
 そのまま絡めるように擦り合わせながら少年の舌を外へと導く。  
 そして外に出て来た所を見計らってまずは舌の腹と腹をぴったりと合わせる。  
 ずる、ずる、とキャンディーでも舐める様に擦り合わせると不思議とこれが気持ちがいいのだ。  
「あぅ、はっ、あっ、あっ」  
 それは少年も同じなようで細められた瞳が溶けている。  
 その事に手ごたえの様なものを感じた私は、続いて少年の舌を口に含んでから唇を窄めて擦る様に吸った。  
 その行為は何時ぞや同僚に無理やり見せられたAVを思い出させる。  
「う゛あ゛ぅぅ……」  
 あの時の映像では女性は男性器を口に含んで一心不乱に扱いていたが。  
(そうか)  
 私はある事を思い付くと、それを実行に移すべく片方の手を下へと移動させた。  
 目指すのは先ほどから私の太ももに擦りつけられる固い感触。  
「う゛う゛ッ!?」  
 少年が気付いて声を上げた時には私の手は少年の男性器を見つけていた。  
 良く熱いとか固いとか言う形容詞を聞くが、確かに熱いのは判るが、全てが固い訳では無いのだな。  
 特にこの先端の辺り、  
「む゛うぅ……」  
(おや?)  
 少年が悩ましい声で鳴いた事、そして指先が一段とぬるぬるした事に気を良くした私は、少年のそれを扱く際に、先端をワザと強く擦った。  
「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふ」  
 鼻だけで苦しそうに短く息をする少年。  
 迸るぬめりは掌で収まりきらなくなって私の腹部を汚している。  
 私もいい加減息苦しくなって口を放すと少年が覆いかぶさる様に肩に顔を埋めて来た。  
「せ、せんせッ、だ、駄目だ」  
 彼の熱い吐息が心地いい。  
「この状況ではして下さいに聞えるよ上条君」  
 
 そう言いつつ止められないのは私の方だ。  
 この時私は達しそうなのを我慢していた。  
 自分には指一本触れていない。なのに何故……?  
 自分が感じやすい性質なのかと言えばそんな事は無いと思う。  
 全てはこれだ。この手の中で脈打つ少年の……。  
「せんせッ、も、出るッ!!」  
 少年が一段と顔を強く埋めて叫んだ次の瞬間、私の手の中に何か熱いものが弾けた。  
 少年がしゃくりあげる様に身体を震わせる度に掌に何かが溜まる。  
 そして私は掌の感触だけで達した。  
「はふ……」  
 妙に満ち足りた気分に自然とため息が漏れる。  
 そう言えば私の掌は一体どうなっているのだろう。  
 私は何かが身体の上に滴るのも構わず手を顔の前に持って来た。  
 するとそこには半透明と黄白色のマーブル状になった粘液が手首から肘にかけて滴っている。  
「うわぁ……」  
 話には聞いていたがこれが男性の体から放出されるものなのか。  
 私の驚きの声に少年がぴくんと震えたがそれ所では無い。  
 零れた分だけでこの状況なのだから、掌の中はさぞやすごい事に……。  
「ぉぉ……」  
 少年の為にも声を抑えたが凄い。  
 何が凄いってもうドロドロのぐちゃぐちゃだ。  
 およそ科学者としてのボキャブラリーを疑われそうだが構うものか。  
 こんなモノをあそこから出すなんて男性とは凄いのだな……あれ?  
「上条君?」  
 何故、いや何時の間に立ち上がったのやら。  
「上じょ――」  
「せ、先生スイマセンでした! お、俺、か、帰りますね!!」  
 少年はどもりながらもそう叫ぶと、テーブルの上のIDカードを掴んでそのままリビングを飛び出して行ってしまった。  
 ドタバタと走る音がして続いてドアがしまる音がして、私の家は何時も通りの静かな場所になる。  
「まるで夢の様だったな」  
 ため息交じりにそう呟いてみたが掌の残滓が現実だと告げている。  
 思えば誕生日など暫く気にした事も無いが、こんなに心躍ったのはいつくらいだったかだろう。  
 ただ折角のプレゼントは私の手から逃げてしまった。もう少年と顔を合わせる大義名分も――いや、  
「ワイシャツ」  
 そうだ、その手があった。思わぬ大義名分が見つかった事で私の心に再びの高揚感が訪れる。  
「追いかけられる事が多い私の人生だったが……、たまには私の方から追いかけてみるか」  
 そう思うと少年の残滓もクリームの様に甘く感じられる、そんな新発見ばかりの一日であり始まりであった。  
 
 
 
END  
 
 

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