「暇ぁー、暇だよ第一位」  
急ごしらえの石造りの病室に、番外個体の気だるい声が響いた。  
白い戦闘用のスーツを着た番外個体(ミサカワースト)は、簡素なベッドに寝転がりながら、足をばたばたと動かしている。  
「待ってるだけってのも退屈だねー。 敵の強襲とか味方の裏切りとか、そういう面白イベントでもないの?」  
「うるせェ、少しは黙ってろ」  
彼女のベッドとは別の、隣にある同じく簡素なベッドに腰掛けている白い少年、一方通行が面倒くさそうにそう返す。  
彼らは現在、この急設された野戦病院で諸事情により足止めを食っていた。  
羊皮紙の問題やら、別の病室にいる打ち止めの容態やら諸事情が運悪く重なり、彼らはしばらくここを動けない身である。  
 
「何かやること無いのかな? ミサカこのままだと学園都市やロシアの追っ手どころか、余りある暇に殺されそうな感じなんだけど」  
いつもは吊りあがっている目を瞑り、手足をやたらと落ち着き無く動かす番外個体。  
「うっとおしィから、その動きをやめろ」  
その様子に、一方通行は思わずイラッとした口調でそう言った。  
 
(チッ、時間がねェのは相変わらずだってのに……)  
思わず舌打ちをして、頭を掻き毟る一方通行。  
以前の彼であれば何かしらの行動をしていなければ気がすまなかっただろうが、あの無能力者との一戦から、彼の頭の中を支配していた『焦り』という感情が小さくなっていた。  
悲しい話だが、今の自分にできることは待つことしか無い。  
打ち止めの治療も、唯一の手がかりである羊皮紙の解読も彼の専門分野からはかけ離れているからだ。  
だが、何もしないでただ待っているだけというのは、意外と精神力を消耗するものである。  
「暇ー、暇だよ暇ー、ひーまー」  
隣に寝そべっているこの少女は、待ち始めてから3分と経たずに騒ぎ始めた。  
恐らくこの騒ぎ方は、本心から退屈だと思っているものではないだろう。  
その証拠に彼女は、一方通行をイラつかせて遊んでやろうと思っているような、歪んだ笑顔をしていた。  
 
「そういえばずっと疑問に思ってたんだけどさー」  
一方通行をわざと苛立たせるような大声で、番外個体が語り掛ける。  
どうもこの少女は、その一挙手一投足で一方通行の心を逆撫でしなければ気がすまないらしい。  
最も『そのように作られた』個体なのだから、そこは割り切るしかない。  
彼女の言葉を受け流そうとしていた一方通行だったが、流石に次の一言には少し驚かざるを得なかった。  
 
 
「やっぱりあなたってロリコンなのかな?」  
 
 
ゴン! という鈍い音とともに、一方通行の頭が固いベッドに打ち付けられた。  
頬杖をついて座っていた一方通行だったが番外個体の思わぬ質問に動揺して、頭を支えていた腕がずれたらしい。  
「うひゃー、超動揺してる。 ってことは図星で間違いないね」  
大げさに驚いたような仕草で、一方通行を煽る番外個体。  
「テメェ! いきなり何言いやがンだコラァ!」  
「きゃー、ロリコンが怒ってるよこわーい」  
あえて抑揚の無い、棒読みのような言い方でそう言いながら、番外個体は一方通行から少し遠ざかった。  
「下らねェ…… だいたい、どっからその発想に行きやがったンだ」  
「いや、あなたの上位個体に対する執着を見れば、ミサカじゃなくてもそう思うと思う。  
 どう見ても、小さい子に対する保護欲とか、そういうの明らかにぶっちぎっちゃってるレベルだし」  
馬鹿馬鹿しくて否定する気も起きないのか、それとも本当に図星を突かれて否定できないのか、一方通行は押し黙っている。  
「あ、やっぱり図星だった?」  
「いちいち否定すンのも面倒くせえンだよ!」  
今はこんな下らない会話に付き合っている暇は無い、とでも言わんばかりに、一方通行は番外個体との会話を打ち切った。  
今後の動きなどの建設的な話題ならまだしも、極めてどうでもよく且つ自分の名誉を傷つけるような話題に付き合ってやる義理は無い。  
大体、彼が打ち止めに抱いている感情は、幼児性愛とか恋愛感情とかそういった類のものではない。  
そのようものではなくそれらをはるかに超越した、もっと純粋な『守りたい』という気持ちだ。  
それを捻じ曲げて見られていたというのが彼の癪に障ったが、その感情を下らないとして一蹴する。  
(ったく、頭悪ィにも程があンぞ……)  
 
「否定しないなら、今度から『悪性ロリータ』とか『学園都市ロリコン第一位』とかって呼ぶけどいい?」  
「……それは止めろ。 死ぬほどうっとォしィ」  
「あれ、それは一応否定として受け取っていいのかな? じゃあ、あなたは上位個体には恋愛感情とか歪んだ劣情とかは抱いてないわけ?」  
「当たり前だろ、まだ見た目10歳前後のガキだぞ。 あいつのことは死ンでも守るが、そういう対象にはなンねえよ」  
「ちぇー、衆人観衆の中でロリコン呼ばわりしてやろうと思ったのににゃー」  
つまらなさそうに番外個体がそう吐き捨てた。  
番外個体にどう思われても心底どうでもよかったが、流石にそれをネタに何度も冷やかされるのはあまりいい気はしない。  
 
「じゃあロリコンじゃないとしたら何なのかな? ED? それとも実はホモセクシュアルで、あの幻想殺しとデキちゃってたり?」  
そう言いながら、大げさに考え込むような素振りを見せる番外個体。  
「いちいち突っ込むのも面倒くせェ…… そんなに俺を異常性癖にしてェのか?」  
「いーや別に? ただそうでもないと、今の状況が理解できなだけなんだよね」  
「……何が言いてえンだ?」  
番外個体の台詞に、思わず首をかしげる一方通行。  
今の状況とは何を言いたいのだろうか。  
今現在二人は特に何もすることなく、ただ部屋で時の経過を待つのみとなっていた。  
この部屋に押し込まれてから、既に20〜30分ほどは経っただろうか。  
一方通行はその間何をするということもなく、今の状況と、新しく加わった『魔術』という概念について頭の整理をしていた。  
その間番外個体は、一方通行の神経を逆撫でするようにやかましく騒ぎ立てていただけだったが、これは彼自身もそこまで気に留めていない。  
彼女は一方通行の心をかき乱すように作られているのだから、少なくとも今はそこは割り切るしかないだろう。  
では、彼女が言っている『この状況』とは何なのか。  
 
番外個体は悩む一方通行を見て、ぐにゃりと歪んだ笑みを浮かべながら口を開いた。  
「いい年齢した男と女が時間を余して、同じ部屋に二人きりだったらやることは一つだと思わない?  
 それなのに何もしてこないどころか、ミサカに色目を使う素振りも見せないしさ。 ちょっと性癖が変なんじゃないのかなって」  
 
「……何がいい年齢した女だ、この実年齢零歳児」  
「あ、失礼なこと言うね。 っていうかそれ、何気にミサカ達のコンプレックス攻撃してるよね」  
彼女の言葉にほんの一瞬、動揺してしまった一方通行だったが、すぐに冷静に切り返す。  
「あなたもミサカもすること無いんでしょ? だったら二人で楽しんじゃおうと思わない?」  
「楽しむってのは何だ? じゃンけンやしりとりでもして欲しいってか?」  
「わお、ミサカはあなたの純粋無垢な発想にびっくりだよ。 やっぱりあなた、普通の女には興味が無い人なのかな?」  
うっとおしい、と一方通行は心の底からそう思っていた。  
彼女の発する言葉は、一方通行の心のどこかを逆撫でして、苛立たせるようなものばかりだった。  
こんな無駄な時間にわざわざ番外個体の相手をして、精神力を無駄に使うなど言語道断である。  
溜まった苛立ちが、今後起こり得る戦闘にどんな影響を与えるかわからない。  
彼女の言葉にいちいち反応するのでさえ、面倒で無駄なものに思えてきた。  
 
そう考えた一方通行はベッドに寝転がり、瞼を閉じて眠ることにした。  
こんな馬鹿げた話に付き合うよりは、睡眠でもとって体力を回復させるほうがずっと建設的だと思ったからだ。  
中に何が入っているのかわからないほど硬い枕に頭を乗せると、疲労感がどっと身体の奥から出てくる。  
そういえばロシアに来てから、まともに睡眠をとった時間などあっただろうか。  
今後は『魔術師』とやらとの戦闘も起こりえるだろうし、魔術は思い通りに反射することができないのは先の戦闘で証明済みである。  
どんな状況になったとしても、目減りした体力を元に戻しておけばある程度はマシになるだろう。  
 
「おーい、ミサカのことスルーして寝る気?」  
薄れ行く意識の中、番外個体のうんざりする声が聞こえてきた。  
そういえば、彼女とはつい先刻まで殺し合いをしていた仲である。  
普通に考えれば危険極まりないが、互いに利用価値があると思っている以上は手を出さないだろう。  
だが一応用心のため、一方通行は首の電極に手を置いて、十数分程は様子を見ておくことにした。  
 
「おーい、おーい」  
一方通行の目の前まで来て、閉じた瞼の前で手を振ってみたりする番外個体。  
鼓膜に響く彼女の声が実にうっとおしい、と一方通行は思った。  
「あーだめだ。 完全に寝る気だねこの白もやし。  
 さっきまであなた殺そうとしてたミサカのことを完全無視だなんて、本当にいい度胸してるよ」  
番外個体はそう言いながら一方通行に聞こえるよう、わざと大きな音を立てて舌打ちをする。  
「そう来るならミサカにも考えがあるよ? 起きないならそれを実行するけどいいのかな?」  
勝手にしとけ、と一方通行は思わず心の中で返事をしていた。  
耳元でやかましく騒ぎ立てるようなら、チョーカーの電源を入れて音を反射させてやる。  
何か危険なことをしてくる予兆があれば、迷わず反射を起動させてぶっ飛ばす。  
もし打ち止めに危害でも加えようものなら、マッハを超える速さでそれを止めるつもりだ。  
番外個体が何をしようが、一方通行には対処の方法などいくらでもある。  
 
「……よいしょっと」  
一瞬の静寂の後、番外個体がある行動をとった。  
だがそれは一方通行が予想していたような、武器や能力を使った攻撃では無かった。  
 
次の瞬間、彼の鼓膜にほんの小さな音が響いた。  
その音は本当に小さいもので、何かと何かが擦れあう摩擦音のようなものだった。  
何か柔らかい布のようなものが擦れるような音。  
そう、まるで衣擦れのような音が。  
それに混じって、金属音が擦れあう音も聞こえてくる  
 
「ふぅー、しかし本当にきつくできてるね、これ。 左腕だけじゃ面倒くさいや」  
次に、番外個体の声が聞こえてくる。  
何かの締め付けから解き放たれた、開放感の入り混じった声だった。  
 
「保温性が高いのはいいんだけどさ、室内だとただ暑いだけだね」  
そしてその次に聞こえたのは、パサリという乾いた音。  
布の塊などが硬い地面に落ちれば、間違いなくこういった音を出すだろう。  
 
衣擦れの音、開放感の混じった声、パサッという乾いた落下音、彼女の台詞の中身。  
これらを照合して、導き出される事実は……  
 
(アホくせェ……)  
一方通行は、思わず呆れ果てた。  
彼女が今どんな姿でいるか、本当にそれを実行したのかなどはどうでもいい。  
自分がそんなものに気をとられて、目を開くと思われていることが実に馬鹿馬鹿しかった。  
「ほら、目を開ければミサカのあられもない姿が見られるよ?」  
(無視だ無視。 バッテリー使うのも勿体無ェし、何より面倒臭ェ)  
目を閉じて、完全にスルーを決め込む一方通行。  
興味が全く無いと言えばそれは嘘になるかもしれないが、今はそんなことをしている暇は無い。  
「ちなみに下着なんかつけてないからね。 ミサカは今生まれたままの姿だよ? 見たくない?」  
挑発してくる彼女の言葉が、ただ単純にうっとおしかった。  
ただそのように見せかけてからかおうとしているのか、本当に脱いでいるのかは知らないが、極めてうっとおしい。  
いっそのこと1発殴って黙らせてやろうか、とも思ったが、その後のことまで考えるとそれはそれで何やら疲れそうだ。  
 
「ひゃあ、まさかここまでガン無視決め込まれるとは思わなかったよ。 少しくらいは動揺すると思ったんだけどね」  
番外個体がわざとらしく、驚きの声を上げる。  
「やっぱりあなたは女に興味が無い系の人なの?  
 そんなのと手を組んでるなんて思ったら、ミサカは思わずドン引きしちゃいそうなんだけど」  
(うぜェ……)  
「それとも、さっきのは嘘で本当は重度のロリコンなんじゃないの? 大人の女にトラウマでもあるの?」  
(死ぬほどうっとォしいぞこのクソったれ……)  
「それとも性的不能とか? あー、いかにもありそうだねそれ。 ホルモンバランスがどうのこうので勃たなくなっちゃったとか?」  
(後で絶対タコ殴りにしてやる…… 今はとにかく無視だ無視)  
番外個体に対する苛立ちを心に仕舞いこみながら、ひたすら無視を決め込む一方通行。  
「いやん、ここまで完全無視されると、虚しさのあまりにミサカの心が壊れちゃいそう」  
(そのまま壊れとけボケ、つーかもう壊れてンだろ間違いなく)  
無視とは言いつつも、心の中では律儀に突っ込んでやる一方通行だった。  
 
彼の徹底したスルー攻撃に、流石の番外個体も根負けしたのか、部屋が急に静寂に包まれた。  
(流石に諦めたか……?)  
数分ほど様子を伺ってみたが、物音一つ立てる様子すら無い。  
自分の小さな呼吸音と、厚い石壁の外から聞こえてくる喧騒だけが室内に木霊する。  
その静けさと溜まっていた疲労も手伝い、一方通行の意識は徐々にまどろんでいった。  
何かがあれば即座に動けるように電極に手を置いたままではあるが、恐らく番外個体が自分に直接危害を加えることは無いだろう。  
そんなことをしても何の得にもならないし、かえって自分が窮地に追い込まれるだけだ。  
これが一昔前の彼ならば、仮にも自分を殺そうとしてきた相手の前で無防備な姿をさらけ出すことなど考えもしなかっただろう。  
あの無能力者の少年と交戦するたびに、やはり自分は確実に変化している。  
そんなことを思いながら、夢心地になっていたその時だった。  
 
一方通行の手に、何か柔らかいものが当たった。  
(……? ンだこれ、近くに何か置いてあったか?)  
半分寝ぼけた一方通行は、手から伝わるその不思議な感覚に、思わず頭の上に『?』を浮かべそうになった。  
指を動かしてみると、それはふにふにと形を変えて彼の指を包み込む。  
それはすべすべとしているような手触りで、マシュマロのように柔らかかった。  
なぜかほんの少し湿っているようで、一方通行の手にも水気が伝わってくる。  
注意深く手を当ててみていると、何か心臓の鼓動のような振動まで伝わってきた。  
これは一体何なんだろうか。  
 
(待てよ? ……まさか!)  
状況を照合し、ある一つの結果を導き出した一方通行は思わず、ガバッと音を立てて飛び起きた。  
「やっほーう、おはよう第一位。 寝起きドッキリ大成功ってやつかな?」  
薄暗い視界の中に広がっていたのは、心の底から邪悪な笑みを浮かべて自分に覆いかぶさるような体勢をとっている番外個体。  
右腕のギプスと包帯だけは外れていなかったが、彼女はそれ以外は一糸纏わぬ姿だった。  
そして予想通り、自分の手は彼女の胸にあてがわれている。  
 
「てめェ! 今すぐスクラップにされてェのか!?」  
「わーお、怒ってる怒ってる。 ミサカもここまでした甲斐があるってもんだよ」  
自分の身体を隠そうともせずに、番外個体がケケケと笑い出す。  
「意外と純情だね第一位。 こんなちょっとした悪戯で、そんなに顔を真っ赤にしなくてもいいんじゃないの?」  
「な……! ンだとこの……」  
そんなはずはない、と思いたかった一方通行だったが、自分が番外個体の身体から無意識に目を逸らしていることに気が付いた。  
心臓は先ほどから早鐘を打っているし、もしかしたら本当に赤面しているのかもしれない。  
自分が番外個体に翻弄されていることを認識すると、なぜか無性に腹が立ってきた。  
流石にもう我慢の限界が来たのか、彼は首の電極を戦闘用モードに切り替え……  
 
「おおっと危ない。 それは流石に困るんだよね」  
ガシッ、と番外個体の腕が一方通行の手首を掴み、それを阻止した。  
驚きのあまりに一瞬、手が電極から離れていたことが災いしたのかもしれない。  
もう片方の手で電極を入れようとしたが、番外個体の足が一方通行の手を踏みつけ、それを阻止する。  
 
「下手に返り討ちにあって、これ以上怪我するのも嫌だからさ。  
 ま、痛いことはしないから安心していいんじゃないかな? でもとりあえずは拘束させてもらうよ」  
一方通行は、彼女はいつの間にか長い針金が握っていたことに気が付いた。  
先ほど、スパイを尋問した時に使った小道具の残りを失敬していたのだろうか。  
番外個体は唯一動く左腕を器用に使い、一方通行の両腕を針金一本で縛り上げようとする。  
能力で電磁力を操作しているのか、針金は時折ひとりでに一方通行の腕に巻きついたり、宙を舞ったりした。  
一方通行も抵抗してはみたが、能力を使えない彼にできることなどたかが知れている。  
あっという間に、彼は両腕を後ろに縛り上げられていた。  
 
「……てめェ、何するつもりなンだ?」  
一方通行は平静を装ってそう尋ねたが、実のところ先ほどから彼女の肢体がチラチラと視界に入ってきて、気が気ではない。  
オリジナルである第三位よりも、ほんの少し女性らしい体つきだろうか。  
形が良く張りの有るバストや、まだ幼さを残しながらどこか艶のあるボディラインも、全て丸見えになっている。  
そして何より、先ほど番外個体が足を使って彼の手を止めたとき、彼女は自然と足を大きく開く体勢になっていたわけで。  
当然ながらその時、くびれた腰のラインとか、よく鍛えられながらも柔らかそうな太腿とか、足の間にある茶色い茂みとか、そういったものを全て見てしまっていた。  
視線を外そうとしながらも、チラチラと視界に入ってくる番外個体の身体を見て、何も感じるなというのは無茶だろう。  
 
「さっき言ったよね? 楽しいことだって」  
番外個体は、相変わらずニタニタとした嫌な笑みを浮かべ続けている。  
「それとも、ミサカの格好と状況を見てもまだわからないの? ってそんなはずは無いよね。  
 さっきから冷静な振りだけはしてるみたいだけど、目でちらちらミサカの胸ばっかり追ってるし」  
獣のように吊りあがった金色の瞳で一方通行を見つめながら、番外個体は口元をぐにゃりと歪めてそう言うと  
左手で一方通行の顎をクイッと指で持ち上げ、その赤い瞳を真っ直ぐに見据える。  
そして一方通行の癪に障るような、それでいて男の心を煽る扇情的な表情を浮かべ、彼女はこう言った。  
                                 セ ッ ク ス  
「男と女が二人でするとっても楽しいことって言ったら、生殖行為に決まってるじゃない♪  
 言っておくけど、ミサカは優しくしてやるつもりは無いからね。 ま、今の格好見ればそれはわかるだろうけど」  
 
「ざけてンじゃねえぞこのエロ女がァッ! ンなことしてる暇なンかあるかッ!」  
そう吠え立てる一方通行だったが、耳まで顔を真っ赤にしていては説得力が無い。  
闇の世界で生きてきた学園都市最強の超能力者も、やはり健全な男子である。  
「あ、そう? 別に何の意味も無いわけじゃないと思うけどね」  
「……ンだと? どういうことだ?」  
「男って1回抱いた女のことは、未練がましく忘れられないものらしいよ?  
 つまりここでミサカが貴方を虜にしておけば、今後ミサカが一方的に裏切られるってことは無くなるわけ」  
「どンだけ無茶な理論だそりゃ。 今適当に考えやがったろ」  
「そう思う? あながち嘘でも無いと思うけどね。 それじゃ、あなたが『時間が無い』って言うから、ちゃっちゃといくよ?」  
 
番外個体はそう言いながら、一方通行の白いズボンのベルトに手をかける。  
そしてカチャカチャという金属音と共に、彼女は片手で機用にベルトを外していき、そのままズボンと下着を一緒にずり下ろした。  
「よいしょっと、それじゃあ学園都市第一位のモノを拝見といこうかな。  
 ホルモンバランス諸々って言ってたから、どんなに小さいか興味が―――― あれ?」  
下着の中から飛び出してきたのは、平均的な成人男性よりは少し小さいかそれと同じくらいの大きさのモノだった。  
先ほどからの番外個体の挑発に反応してしまったのか、既に彼のそれは固く勃起して、赤黒くなった亀頭が天を仰いでいる。  
一方通行は平静を装おうとはするものの、やはり羞恥は隠し切れないようで、彼は番外個体から思い切り顔を背けていた。  
「なんだ、意外と普通なんだね。 ちょっとどころかすごく期待はずれなんだけど。  
 皮被ってたり小さかったりしたら、指差しながら横隔膜が壊れるまで笑ってやろうと思ったのに」  
はぁー、と大きなため息をつきながら、番外個体は残念そうにそう言った。  
(後で絶対ブン殴る! ッつーかブッ殺す!)  
その腹立たしい仕草に、思わず番外個体を八つ裂きにしたくなるほどの苛立ちを感じる一方通行。  
普段は雪のように真っ白な彼の肌は、既にほんのりとピンク色に染まっていた。  
 
「さーて、さっきの雪辱戦といきますか」  
番外個体はそう言って、相変わらずの薄ら笑いを浮かべながら頭部を彼の下半身へと移す。  
「おー、ビクビク動いてるね。 もしかしてあなた、見られて感じる変態さんだったりする?」  
「ンな訳ねェだろうが! どこをどう見りゃそンな結論に至ンだ!」  
間近で性器を見つめられているという事実に、一方通行は声を荒げて羞恥を打ち消そうとする。  
自分の昂ぶりをどうにか沈めようと努力はしているものの、番外個体の胸が揺れる度に心音が一際高くなるのがわかる。  
ならば拘束を解こうと手を動かしてみるが、無駄にキツく縛られた針金はビクともしない。  
足で番外個体を蹴り上げてやろうともしたが、彼女の柔らかいお尻が上に乗っているため全く動かないどころか、動かそうとする度に柔らかい肉の感触が伝わってくる。  
これが普段の彼なら、ここからでも起死回生の策を見つけることができたかもしれないが、状況が状況故に上手く頭が回らない。  
完全な手詰まりだった。  
 
「そんなに嫌がらなくてもいいんじゃない?  
 あなたもミサカも何時死ぬかもわからないんだから、童貞くらい捨てておいて損は無いと思うよ?」  
「ど、どうッ……!?」  
抵抗を続けようとする一方通行を見て、番外個体がそう呟く。  
そしてその一言に、面白いほど動揺する一方通行。  
「うわ、何かわかりやすいくらいに動揺してるんだけど。 もしかして意外と気にしてた?」  
「してる訳ねェだろこのクソったれがッ! ブッ殺すぞコラァ!」  
「そんな無様な格好でいきがっても全然怖くないよ、きゃは☆  
 しかも否定してないってことは、やっぱり童貞だったんだ。 って言うか、学園都市最強が童貞って格好つかなくない?」  
 
番外個体は動揺して怒りだす一方通行を見て、自身の嗜虐心が擽られているのを感じていた。  
つい先刻までは冷静な表情を見せていたその顔が、焦りと羞恥に染まっていくのは堪らない快感だった。  
実は当初のところ、彼女にはここまで深入りするつもりは無かった。  
待っている時間があまりにも暇だったので、一方通行をからかって遊んでやろうと思っていただけだった。  
過激な言葉や色仕掛けに食いついてきた一方通行を腹の底から笑って、彼の心をかき乱してやろうとしただけだった。  
だが胸に手を当てたあたりから、一方通行の様子が目に見えて変化していくのが余りにも面白くて、それで止まらなくなってしまって。  
 
もっと彼で遊んでいたかった。  
それは、自身に打ち込まれたデータとはまるで違った表情を見せる彼の姿が、なぜかこの上なく愉快だったから。  
 
 
時間なら、何故かたっぷりと余っているのだから。  
 

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