学園都市にも、夜はある。  
光の通らない暗い路地も、人気のない都市の隙間も。  
そして、それは。  
この街の特殊性によって、やもすれば学園都市の外よりもずっと深く、そしておぞましくなっているのであった。  
 
様々な有望な若者の集うこの街にも、やはり落ちぶれた者たちはいるわけで。  
学園都市のカリキュラムについていくことができず、ドロップアウトした者たちは『スキルアウト』と呼ばれている。  
そうした者たちは徒党を組み、人口比では日本の平均より遥かに未成年の比率の高いこの街で好き放題をし始め−−−  
いわゆる『不良』の一言では生易しいような活動をしている者たちも少なくはない。  
 
そして、この夜も。学園都市の闇の一角で、そうした無法者達が、一人の少女を囲んでいた。  
その辺りはスキルアウトの活動が活発な地域でもあり、不用意に迷い込んだ少女が目も当てられない有様となってしまうことも十分に考えられる地域ではある。  
 
そうした状況と違うのは。  
追い詰められた獣のように怯えた表情をしているのは、手に武器を取った無法者たちの方で。  
追い詰めた狩人のように余裕の表情をしているのは、丸腰の少女の方であることだった。  
 
その緊張に耐えられなくなったのか、無法者の一人が喚きながら手にした鉄パイプで少女に殴りかかる。  
直撃すればとても無事では済まないようなその一撃を、少女は片手で受け止める。  
そしてそのまま鉄パイプごと男の身体を思い切り振りまわし、壁に叩きつけた。  
 
それは先ほどから繰り返された光景であり、その後も繰り返された光景であった。  
屈強な男達を幼い少女が文字通りちぎっては投げていき、もはや立っている者は数えるほどである。  
と、その少女の死角から、一人の男が後頭部に強烈な一撃を加えた。  
「へ、へへ…ざ、ざまぁみろ…」  
体を震わせながら、それでも声を上げずに不意打ちを喰らわせたこの男は、多少は冷静であったようだ。  
「………やっぱり、超問題ないですね」  
多少は、に過ぎないのは。  
金属バットの直撃を喰らったはずの少女に浮かぶ表情が、ただ退屈そうなものでしかなかったということに気付かずに勝利を確信したことによる。  
 
「終わったかしら?」  
最後の一人が壁に叩きつけられた直後。死屍累々とした路地にもう一人、少女が現れた。  
まだ成長途中を伺わせながら、派手なドレスに身を包むそのミスマッチ加減が、妙な妖艶さを醸し出している。  
「…超退屈な仕事です。ゴミ掃除なんて末端にでもやらせとけばいいじゃないですか」  
うめき声を上げたり上げなかったりする無法者達を一瞥し、絹旗は吐き捨てる。  
生きていようが死んでいようがどうでもいい。『殺すな』と言われてないのだから、考える必要もないことだった。  
「あら、割のいい仕事を回して欲しいと言ったのは貴方よ? 報酬は悪くないはずよ」  
「…まぁ、内容がゴミ掃除にしては報酬は超太っ腹ですね。超退屈にも程がある仕事ですが」  
そういうと、絹旗は踵を返し、路地を出ていく。  
「後始末は任せました。超疲れたので帰ります、報酬はいつものところへお願いします」  
「もう帰るの? 車が来るまでもう少しあるわよ?」  
「待つのが超面倒です、歩いて帰りますから私のことはお構いなく」  
「あら、この近くに貴方達のアジトなんて…いえ、そういえばあったかしら、彼の部屋が」  
『心理定規』がそのことに言及すると、絹旗が振りかえった。  
「…仮にも仕事仲間に対して能力を使うなんて、超趣味が悪いですね」  
「あら、別に能力なんて使っていないわよ。そんなことしなくてもわかるわ」  
「どういう意味ですか?」  
「だって貴方、彼のことになるとわかりやすいもの」  
からかうような言い方。  
絹旗は一瞬『心理定規』を睨んで、しかし何も言わずにそのまま去っていく。  
 
その足取りが、仕事に行く時よりも遥かに軽いことに、彼女は気付いているのだろうか。  
 
「……ちゃんと、わかっているのかしら」  
『心理定規』のその一言は、『暗部』の一員としてのものだったのか、彼女個人としてのものだったのか。  
 
 
−−−浜面くんちの絹旗さん  4  
 
 

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