リリ、リリ、という響きに、歩きながら耳を澄ます。  
学園都市でも季節の風物詩はあるもんだなー、などと考えながら、浜面はのんびりと帰途についていた。  
虫の調べをガシャガシャとかき回すのは、彼が右手にぶら下げている、夕飯の材料入りのビニール袋。  
毎日残暑どころではない暑さが続いてはいるものの、日が落ちればそこそこ涼しく感じられるようになってきた。  
やはり暦通り、少しずつではあるが秋への変化が始まっているのだろう。  
(…ま、早く過ごしやすくなって欲しいもんだ)  
軽く肩をすくめながら、アパートの階段を上り、部屋のドアに手をかける。  
鍵の開いているそのドアは、先客がいることを物語っていて。  
 
「超遅いですよ浜面。お腹が空きました、超早く食事にしてください」  
 
いわゆる”客”であるところの茶色の髪の少女が、”家主”であるところの浜面にかけた言葉は、  
遠慮とかねぎらいとかいった成分が一切含まれていない、そんな言葉であった。  
 
−−−浜面くんちの絹旗さん  
 
不躾というか無遠慮というか、ともかく失礼と言っていい絹旗の言葉に、しかし浜面も慣れた様子で。  
「あのなぁ…そう思うなら自分で作るとかすればいいだろ。ついでに俺の分も作ってくれ」  
「私が? 浜面に? 超ありえませんね、ええありえません。  
 そもそも家計の大部分は私の収入で超成り立ってるのに、なぜ家事までやらなきゃいけないんですか? 超お断りです」  
「ぐっ…」  
言い返したいが、事実なのだから仕方がない。無能力者の浜面と大能力者の絹旗では、できることもその見返りも桁が違う。  
さらに言えば、口ゲンカをする人間の思考のスペックもケタ違いであり、つまり浜面が口ゲンカに勝利することなどありえないのであった。  
「そういうわけですので、超早くしてくださいね」  
そう言って絹旗はまた浜面に背を向ける。その視線の先にはテレビ、そしてそこに映るグロテスクな怪物と安っぽい効果音。  
やれやれ、とため息を一つついて、浜面はビニール袋の中身を取り出し始める。  
「…そんなに金あるんなら、俺のメシなんか食わなくてもいいんじゃ…?」  
ふと視線を感じると、ソファの向こうから振り返っている絹旗と目があった。  
やべぇ聞こえたか、と慌てて言い訳モードに入ったのは、絹旗の表情が怒っているように見えたからである。  
「いや別に飯を作るのが嫌とかじゃなくてだな、俺なんかが作るよりもっとうまいものが食えるだろ、ということで…って、オイ…」  
浜面が情けない言い訳を言い終える前に、絹旗はまたテレビの方を向いてしまった。  
なぜかあまり機嫌は良くなさそうである。もちろん浜面に思い当たる節はないのだが。  
(全く、訳わからん…頼む、機嫌直してやってくれよ…)  
買い物袋の底にある2つのプリンに、そんなことを祈ってみた。  
 
 
「…超鈍感」  
つぶやきはもちろん、浜面には届かない。  
 
 
 

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